0025 - 第 1 巻 - 第 2 章 - 19
悠樹もうんとうなずく。すると詩織は断らずに落ち着いた口調で理由を話した。
「別にひどいことではありません。ただ、最近彼女がよく来て、うちのアトリエを買収したいと言っていました。ここは祖母が私に残してくれたアトリエで、私たちの家で、お母さん……母と父の帰る場所ですから、売るつもりはありません」
萌花と悠樹はそれを聞いて、その会ったことのない商会の令嬢への好感度がガクンと下がった。
「あぁ……よく来るって、断ってるのにしつこくしてるってことだよね」
「えっと……あの……はい……彼女は、商会の娘として、成人する今年になにかの成果を出す必要があると言っていまして……」
「だからいじめやすい知り合いのアトリエを買収するのにしたってわけか」
萌花と悠樹はその事情を理解し、悠樹は詩織が言いにくそうにしていたことを代弁した。
詩織は優しい性格で、この世界ではもう成人しているが、まだ世慣れていなかった。今は一人で、頼る者がいないため、色々な面で狙われやすい。
「……そんな……悠樹、どうするの? そのお嬢様と会うべきかな?」
「うーん、微妙だけど、やっぱり会ったほうがいいんじゃないかな? おれたちにとって結構重要だからね。それに彼女が諦めないなら、令狐さんの代わりにおれたちが言ってやればいいし」
「うん! そうだね!」
二人が話し合った後、萌花は嬉しそうに笑った。
「その……お気遣いありがとうございます。ですが、私のことはどうぞ気にしないでください。それと、お二人が彼女に会う時には私のことを出さないでくださいね。私のせいで取り引きが悪影響を受けるといけませんから」
「大丈夫です。おれたちはちゃんと加減しますから」
悠樹は微笑んで返した。
「さて、それじゃあ残りのものも見てみましょうか。このリュック、令狐さんはどう思いますか?」
そう言って悠樹はほぼ空になったリュックを詩織に渡した。
詩織はリュックを受け取るとすぐ驚きの表情を浮かべた。その異様な軽さに、思わず手のひらで何度か持ち上げてみる。
次に手で触りながら観察し、試しに背負ってみた。そしてそっと背から下ろし、両手で持って答える。
「とても軽いですね。生地のつなぎ目が特に頑丈で、容量も大きいですし、背負うことができるのもすごく便利です!」
悠樹のリュックは一番普通の、ナイロンとポリエステルなどの混合素材で作られた、軽量で防水性と耐久性のあるカジュアルバッグだった。
とはいえ、<普通>と言うのはあくまでも地球上でのこと。この人工繊維のない世界では、最も普通のリュックサックでも極めて珍しく、実用的なものである。
詩織の反応が良かったので、悠樹はさらに自信を持った。
「どうやらこのリュックとおれたちの服は、いい値段で売れそうですね」
「うんうん」
「私もそう思います」
萌花の靴は革製だが、二人が着てきた服や悠樹のカジュアルシューズも現代の工業製品である。悠樹のただの純綿のTシャツでさえも、この世界では最高品質の綿製品なのだ。
「よし、それじゃあ最後のものを見てみましょう」
悠樹はリュックを脇に置き、折りたたみ傘を手に取って開いた。
「ひゃっ……!」
筒状の物体が突然傘に変わる様子を見た詩織は、小さく驚きの声を上げた。悠樹は開いた傘を詩織に渡しながら説明する。
「これも結構価値があるはずです。これは折りたたみ式の雨傘で、日よけにもなります。どうでしょう」
詩織はマットな深青色の生地を撫でながら、その手触りに驚く。綿に似ているけど、もっと滑らかでひんやりしていて、しかも弾力があって、今まで触ったどんな布よりも気持ちよかった。
「この生地はとても高級感がありますね! それに、この……骨組み? は、こんなに細いのにすごく頑丈そうです。これも見たことがありません!」
悠樹は午前中の情報収集の時、商店の傘を観察していた。それらの傘の構造は基本的に粗雑で、木製の骨組みが6本と粗い生地で作られている。防水や日よけの効果はあまり期待できそうになかったと彼が思った。
それに対して、この折りたたみ傘の生地はポンジで、骨組みは化繊でできている。詩織の言う通り高級で耐久性に優れた傘だった。
「ありがとうございます。こういう現代工業製品はどれも人気が出そうですね。でも、この世界にはこんな素材、ほどんと見えないですよね? もし売るとしたら、騒ぎになりませんか?」
スマホや料理本の文字のような明らかな<未知の物>とは違うが、二人が持ってきたリュックや傘などの現代工業製品は、その外見や機能からしても非常に異質だったため、悠樹には少し懸念があった。
「多分、大丈夫だと思います」
詩織がそれをあまり心配していないのを見て、萌花は自信を持って言う。
「この世界で探索されてる地域が少ないって詩織ちゃんが言ってたじゃない? つまり、たとえどこかで新技術が発展していても、それがすぐには広まらないし、逆に、新技術の出所を探し出すには長い時間がかかる。そうだよね? 詩織ちゃん」
「はい、そのとおりと思います。実際、お二人の持ち物は”すまほ”というもの以外、私の最初の印象は<どこかの先進的な国の製品>でした」
「そうだった。じゃあ、“おれたちはここから遠く離れた地域から来た者で、そこでは技術が進んでいる”って言えば、多くの問題に対処できるんじゃないですか?」
「そうだと思います」
「それはいいですね。ありがとうございます、令狐さん。萌花もすごいね」
「でしょう~」
萌花は得意げな表情を見せた。
悠樹は物事を慎重に考えるが、時には見落としもある。そんな時になにかしらの助けになれるのは、萌花にとっても嬉しいことだ。
「そうだ、令狐さん。あの2つの魔法以外にも、他の魔法を使えますか? 例えば雨を降らせるとか。この傘の性能を試してもらいたいです」
「そ…そのような大魔法は使えません! えっと……もしただ雨粒のようにして、水を傘に当てることなら……できます」
「それはよかった。じゃあ今から試してみましょうか?」
「はい」
そう言って、三人は折りたたみ傘の性能を試すために、調合室から裏庭へと移動した。
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