0021 - 第 1 巻 - 第 2 章 - 15
「……りさん……猫森さん! 猫森さんいますか?!」
トントントントン!
少し荒いノックの音に、悠樹は反射的に跳ね起き、ベッドの壁側半分を体で覆うように守った。
「……?」
起きたばかりの彼の頭はまだぼんやりしている。隣でまだ夢の中の萌花を見て、なにが起きたのか分からなかった。
「猫森さん、部屋にいますか?! いましたら、ドアを開けてください!」
落ち着きのない女性の声が悠樹の名前を呼んでいる。
昨日の疲れのせいで、悠樹の頭の起動は通常より少し遅くなり、状況を把握するのに10秒ほどかかった。
昨日、二人は異世界に召喚され、令狐詩織という名の少女の家に泊まった。
昨夜、二人は詩織の両親の部屋で一緒に寝た。
今は朝で、詩織が慌ててドアを叩いている。緊急事態ならなぜ直接入ってこないのか? それは昨夜、悠樹がかんぬきをかけたからだ。
彼は「はい!」と返事しつつドアを開けに行った。
「どうしたんですか、令……」
「よかったです! 猫森さんはまだここにいたのですね! 百合園さんがどこにいるのか知りませんか?!」
魔法の杖を持った詩織がそう言いながら、首を伸ばして部屋の中を見ようとしたが、悠樹と体格差があるため、すぐには見えなかった。
「萌花もここにいますよ」
悠樹が道を空けると、詩織はちょうど起き上がって眠そうに目をこする萌花が見えた。
「……ぅ……ぅん? なに……? あ、詩織ちゃん、おはようー」
「百合園さん……よかったです。お二人とも無事で……」
詩織は萌花の姿を見ると、胸を撫で下ろして安堵の息を吐く。悠樹はどうしたのか尋ねた。
「先ほど、物を取りに百合園さんのお部屋をノックしましたが、ずっとお返事がありませんでした。失礼して勝手にドアを開けますと百合園さんがいなくて、なにかあったのではと思い、猫森さんの部屋に来ました」
「ああ~」と、悠樹と萌花は合点がいった。
詩織の祖母の部屋は階段口に一番近かったため、昨夜は詩織が先に自分の部屋へ入り、萌花が悠樹の部屋に来たことは知らなかったのだ。
詩織が自分の家の部屋を彼らの部屋のように呼ぶのが、二人には礼儀正しすぎるように思えた。
「そうだったのね。ごめんね、詩織ちゃん、心配させちゃって。私たちはなんでもなかったよ。昨夜、悠樹の部屋に来て一緒に寝ただけだから~」
詩織は安心すると、緊張した表情がほぐれていった。
「いいえ、お二人が無事ならなによりです……」
そして数秒の沈黙のあと、顔がどんどん赤くなっていく。
「そ…それでは、朝食の準備をしてきます! お二人は……い…急がなくても大丈夫ですので……おっ…お…おおおお邪魔しました!!」
最後に高い声でそう言って走り去った。
詩織の目には、この2人の成人男女が一緒に寝るのが慣れているに見えた。しかも、服はすごく乱れていて(サイズがやや大きくて、起きたばかりだからだ)、どうしてもイロイロ想像させてしまう。
詩織へのインパクトが強かったようだ。
二人は顔を見合わせ、萌花が少し苦笑いをする。
「なんだか、悪いことしちゃったね」
「……そうだね」
「んんん~~~~~はああぁ~~~」
二人は伸びやあくびをして、体と頭が徐々に目覚めてきた。
……現実だったね。
と、見慣れないベッド、見慣れない部屋、そして窓の外の見慣れない景色を見て、二人は心の中でそう呟いた。
少し残念な気持ちがあったが、彼らはすぐに気持ちを切り替えた。昨夜、決意を固めたのだから。
二人は服とベッドを整え、詩織が昨夜用意してくれた洗面用具で清潔にしたあと、調和室へ向かった。
詩織は既に朝食を準備していて、悠樹と萌花を見ると、三人は少し気まずく挨拶を交わし、椅子に座った。
気まずい雰囲気を壊し、今後の関係を円滑にするため、悠樹は自分と萌花がもう一度自己紹介をすることを提案した。
彼は、昨日会ったばかりの時、詩織としばらく一緒に過ごすとは思わなかったから、簡単なことしか言っていなかったし、詩織がこの世界のことや家族のことについてたくさん話してくれたのに、自分たちは名前を言っただけでは失礼だからだと。
「おれは猫森悠樹、彼女は百合園萌花、二人とも16歳です。地球という世界の日本という国の人間で、高校一年生です。あちらではまだ未成年。おれたちは生まれた時から一緒にいて、恋人で、同時にキョウダイみたいな関係です」
萌花は「うん」と相槌を打って、詩織は「ふふっ」と微笑んだ。
「それでお二人の仲がこんなにもいいのですね。素敵です。私にはキョウダイやお二人のような仲のいい人がいません」
「ええ~詩織ちゃんこんなにかわいいのに、ここの男の子たちはどうしてるの?」
「か…かわいいだなんて……」
詩織の顔に火がついたように赤みが差した。
「うん~うん~詩織ちゃんは悠樹よりも顔が赤くなりやすいみたいだね~」
萌花はにこにこ顔で親指を立てる。
「か…からかわないでください……さ…さあ、朝食を食べましょう!」
萌花に面と向かってそう言われ、詩織はとても恥ずかしくて話題を強引に切り替えた。
「はぁい~」「うん」
3人は朝食を食べ始めた。
朝食のメニューは西洋風で、手のひらサイズのパン1個、ソーセージ1本、目玉焼き1つ、そして牛乳1杯だった。玉子とソーセージは、悠樹と萌花が洗面している間に詩織が焼いたもので、まだ香ばしい匂いが立っている。
「この食べ物、形も味もおれたちの世界とほとんど同じだ」
「そうだね、安心する。これはなんのミルク? ちょっと味が薄いけど、美味しい~」
「これは乳牛のミルクです。このカールズ城では、牛乳の原液は少し高価な商品なので、お店で売られているものは普通、一定の割合で水で薄められたものです」
「そうなんだ~って、牛乳が高いなら……その、えっと……」
「あ、大丈夫です。心配しないでください。この薄められた牛乳は安いですよ」
「そうなんだ」
どんなに大きな都市でも、食品や生活必需品の100%自給は不可能で、他の都市との貿易に頼って補わなければならない。そのため、同じ商品でも価格は違ってくる。
この世界では、人間の住む都市はすべて壁で囲まれており、壁は『猛獣』を防ぐ一方で、人間の土地利用の範囲も制限している。それにより、こうした差異は一層顕著になるのだ。
萌花と詩織が牛乳について話している間、悠樹はなにかを考えていた。
「ねえ詩織ちゃん、私たちに聞きたいこととかないかな? 私はもっと詩織ちゃんのことを知りたいし、詩織ちゃんにも私たちのことをもっと知ってもらいたいの」
萌花がこれを言う理由は、三人が一緒に生活することになったからだけでなく、彼女が本当に詩織のことを気に入っているからでもある。
そしてお互いを知りたいと思っているのは萌花と悠樹だけではなく、詩織も同じ考えと気持ちを持っている。彼女もまた、この異世界から来た二人に聞きたいことがたくさんあった。
「は…はい。それでは、えっと、”こうこういちねんせい”とはなんでしょうか?」
「高校一年ていうのは学校の一つの学年だよ。学年は大体、どれくらいの年数を学んだかということかな」
「“がっこう”?」
「学校は私たちの世界の教育機関だよ。この世界ではなんて呼ばれてるの?」
「あ、学舎のことでしょうか。よそはよく分かりませんが、このカールズ城では、子供は6歳になると学舎で知識を学びます。毎年6月から始まり、3年間続きます」
「え~3年だけなの? そのあとは?」
「一般的には家の仕事を手伝ったりします。私もそうでした。お二人の世界ではどうなりますか?」
「幼児園を除けば、私たちも6歳で入学する。小学校6年、中学校3年、高校3年、基礎教育は12年。それから大学に進む人は多い。大学は4年だから、通常は16年だよ。そのあともさらにハイレベルな学歴と制度があって、個人の状況とかに合わせて進学できる。私たちは今高校1年で、幼児園も入れれば、んー、10年以上は勉強したかな」
「じゅ…10年以上……それで猫森さんの思考がそんなにも明晰なんですね。学院生みたいです!」
「ええ~? 私は~?」
「はい、百合園さんもです!」
「うんうん~」
「萌花はまだまだだよ」
ずっと聞いていた悠樹が、萌花に軽くツッコミを入れる形で会話に加わった。
「なにヲ~! 私のほうが……」
「それより、”学院生”とはなんですか?」「悠樹が無視したっ!」
「フェンスビ央国には高等な学舎があって、学院と呼ばれています。学院は初等部、中等部、高等部に分かれていて、教育を受ける人を学院生と呼ぶのです。学院ではより深く知識を学べます。学ぶことは知識を得るだけでなく、脳を鍛えることでもあります。鍛えられた脳は思考がクリアになり、さらに多くの知識を学べるようになる。と祖母が言っていました。お二人は10年以上も学ばれて、本当に素晴らしいです!」
「令狐さんは情熱ですね」
「あっ……す…すみません!」
「どうして謝るんですか。好きなことを話してたら感情が高ぶるのは普通のことですよ。おれたちもそう」
萌花もうんうんと頷く。
詩織が学院の話をする時の熱の入りようは、悠樹と萌花がゲームの話に盛り上がる様子にそっくりだった。
「詩織ちゃん、勉強が大好きなんだね~?」
「は…はい……」
「ああ……アトリエを経営して、勉強も好きで、しかも魔法も使えるなんて~ああ……まぶしい……」
「まぶしい……」
「そ…そんなことは……お二人と比べたら大したことはありません」
「こっちこそ大したことないよ、詩織ちゃんは私たちを高く評価しすぎ。私たちの世界じゃ教育は大抵の国の基本政策だからね。成績は悪くはないけど、特別にいいわけでもないよ。毎日アニメ見たりゲームしたりしてただけだし、エリートキャラでもないし、召喚特典もないし、ねえ私たちの冒険って最初から終わってるんじゃない?」
「???」
「オタク用語は令狐さんに通じないよ」
三人は興味や好きなことについて話し、笑いながらお互いの親睦を深めていった。
読んでくれてありがとうございます。
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