0019 - 第 1 巻 - 第 2 章 - 13
「……っ! は…はいっ……!」
少女は少し呼吸を整えた。やや怯えつつも、悠樹に正面から向き合っている。
「そ…その……実は最近、教会に関してよくない噂が流れています。その……新元素の研究が進むにつれて、教会の情報収集がどんどん過激になっているらしいです。近頃、他の都市では、教会が新元素の魔法使いと疑われる人を、無理やり連行する事件が発生したという噂があります。あの……お二人は不思議な道具を持っていまして、魔法に対する認識もこの世界のと違う部分があるようなので……こ…こんなことを言うのはおこがましいかもしれません。ですが私は……心配です……それに、お二人はうちの『アレ』のせいでこの世界に来たようですから、私たちにも責任があると思いまして……その……わっ…私、ただお二人を助けたいだけです!」
最後の一言、少女は目を瞑って大声で言った。
彼女は両手で杖を胸にギュッと握りしめて、眉毛は八の字のまま、唇が少し震え、肩がすくんでショールが床に落ちた。
「…………………………それを信じろと?」
「っ!!」
「……」
「…………」
「……」
「………………」
少女の口は微かに動き、何回か言葉を飲み込んだ様子だった。
そして、なにかを諦めたように、俯いて落ち込んだ声で言う。
「……その、猫森さんが私のことを信じられないかもしれませんが、もしできれば、私のせいでこの世界や、この世界の人々に……祖母に対して悪い印象を持たないでください」
少女はそれ以上なにも言わず、ただ俯いて、元気のないまま地面を見つめている。目尻に一抹のオレンジ色の光が照り返され、まるで悪いことをして叱られている子供のようだった。
「………………」
悠樹も少女を見つめて、なにも言わなかった。
少しの間沈黙が続くと、彼は小さく息を吐き、ついに口を開く。
「……もう出てきていいよ、萌花」
その言葉を聞くと、魔法薬制作エリアと裏庭の扉の角から、ピンク色の髪の頭がゆるりと昇り、大きくて丸い目をパチパチさせて「もういいの?」と聞いた。
萌花は立ち上がり、小走りで悠樹と少女のほうへ向かった。
少女は非常に驚愕である。
萌花は途中で床に落ちていたショールに気付いた。これは先ほど二人が部屋を調べた時になかったもので、今は少女のそばに落ちている。萌花はきっと少女が下りる時に持ってきたものだろうと思い、それを拾い上げて、そっと少女に掛け直し、「ごめんね」と軽く謝った。
「ごめんなさい、令狐さん、試しました。どうか理由を説明させてください」
頭上にハテナがいっぱい浮かんでいる少女の同意を得て、三人は再び腰を掛ける。彼らは今日、何度も椅子に座った。
悠樹はさっき萌花に見せた内容を少女に話し、この茶番を打った理由を明かした。
昼間、魔法が存在するこの世界に来たばかりの悠樹と萌花は、喜びと不安が入り混じり、心が混乱していて、夜、ベッドに横たわるまで落ち着けなかった。悠樹が昼間のことを思い返すと、自分の愚かさを呪い、背筋が凍る思いだった。
少女令狐詩織は彼らにとても親切だったが、なにも考えず自分たちの常識をこの世界に当てはめ、そのまま受け入れるわけにはいかないのだ。
初めて会った人に家に泊まるように提案されるなど、よく考えれば大いに不自然ではないか?
この地の人間、或いはこの少女が良い人なだけかもしれない。
が、二人を捕まえて研究をするために、演技をしている可能性もある。
異世界から来た1組の男女。
不思議な道具を持っている。
未知の素材。未知の技術。未知の文明。
地球であれば、捕まえない道理がない。その結果は想像を絶するものになるかもしれない。
良くても<交流>の名のもとに無期限で軟禁され、悪ければ拷問に人体実験、解剖すらあり得る。
昼間に人を呼んでこれなかったのかもしれない。
二人が寝ている間にこの家が悪者に包囲されるかもしれない。
彼らがこの少女をよく知らないから。
本当にそこまでのお人好しならば、それは一番いい。
だが、万が一そうでないなら?
この異世界で出会う人々が彼らの知っている『人』である保証は、何一つなかった。
だから二人はこのことを確認しなければならなかった。
だから悠樹はこのような試しをしたのだ。
二人は息を潜め、家の中と外に人影がないかを確かめた。その後、嘘が下手な萌花を隠れさせ、<別世界から来た2人のうち1人が帰還した>という偽装と、<残る1人も間もなく帰る>という状況を作り上げた。最後に会話の中で餌と罠を投げかけ、この少女の反応を待つ。
悠樹は少女の前で繰り返しスマホの機能を見せつけ、地球からの信号を受信できるふりをした。それは人間の醜い所有欲を焚きつけるための仕掛けだった。
昼間、スマホの機能を見せた時、少女の反応は明らかに未知のものに対するものだった。
彼女にとって、それは<手のひらサイズで、瞬時に絵を描くことも、自動で音楽を演奏することも、照明することも、距離を無視し別の世界と通信することさえもできる、元の世界でも相当値が張るミラクルな道具>である。
もし少女が悪人であれば、<自分が助けた他の世界から来た男がもうすぐ帰ってしまう>という状況で、<そいつを捉えられないとしても、その道具だけでも手に入れたい>と考えるのであろう。
少女がそんなことを企んでいたのなら、その演技がいかに上手かろうが、悠樹を引き止め時間を稼ごうとするはずだった。
だが、少女は悠樹にもスマホにも、少しの不自然さも見せなかった。
人と人のコミュニケーションにおいて、表情や仕草から伝わる情報量は言葉よりずっと多い。表情は言うまでもなく、顔の筋肉のわずかな動きや、身振り手振り、筋肉のこわばり、声のトーンや話す速さなど、そうした情報から相手のその時の感情や思考を読み取れるのだ。
いわゆる読心術。これは国際組織の尋問官がターゲットから情報を引き出すために必ず使う手法である。
もちろん悠樹に、専門家のような読心術の技量があるわけではない。けれど、一般人として日常生活で使える程度には、その技術を磨いてきた。
会話の間中、少女の表情や仕草、言葉の端々から伝わってくるものは、悠樹と萌花がこれまでに抱いていた彼女のイメージにぴたりと重なった。特に<他の世界の人間の価値>という核心を突く問いかけに対し、彼女の示した<人助けをしたのに、その助けた人から疑われた>という反応が演技だとしたら、地球の最高演技賞を問題なく受賞できるだろう。
だから結果は、少女が悠樹の試しに完璧に合格した。
昼と夜、レストランで食事をした際、悠樹と萌花は周囲の人々を観察していた。街を行き交う通行人、路傍で商う店主、談笑するスカーベンジャー、カーデリム果実をかじる悠樹を見て忍び笑うウェイター、仕事上がりに酒を傾ける兵士、和やかな家族連れ……誰もが自然に振る舞い、自分たちの世界の人間と変わるところはなかった。
これでもなお少女が誠実かどうか分からず、この世界の人々が二人の知る『人』かどうか判断できないのなら、たとえ少女の家から逃げ出したとしても、この世界で生き延びることなど到底できはしない。
とはいえ、実のところ、この茶番が始まる前に、悠樹はほとんど令狐詩織を有害な人物とは見なしていなかった。
それは令狐詩織が善人に見えたからではなく、<自分たちが夜寝る時間までなにもされなかった>という事実によるものだった。
ここは少女の家であり店舗でもある。もし彼女が悪人なら、買い物や仕入れ、商品をお客様に届けるなどの合理的なことを理由にして、悠樹と萌花の視界から離れ、二人を捉えるよう誰かを呼んでくることができたはずだ。
朝、二人が他の世界から来たことを明かした瞬間から、機会はいくらでもあった。少女が本当に他の悪人を呼んでくるつもりだったら、異世界に来たばかりで浮かれて、頭が混乱していた二人はとっくに捕まっていたはず。だが、彼女がしていたのは、一日中この世界のことを二人に教えることだった。
それでも、悠樹は少女を試すことを選んだ。それは判断材料を増やし、万が一のために備えるためである。
彼には確信が持てず、保証できるものもなにもなかったからだ。
読んでくれてありがとうございます。
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