0017 - 第 1 巻 - 第 2 章 - 11
【全体】
二人が静かになってしばらく、悠樹が人差し指でそっと萌花の唇に触れた。萌花は少しぼんやりと目を開ける。口を塞がれたまま、悠樹の真剣な顔と「しー」の合図を見て、彼女は声を出さなかった。
夜が更けて人が寝静まる中、わずかな音でも響くので、悠樹は極めて小さな声で萌花に話す。
「怒らないで聞いて。確かめなきゃいけないことがあるんだ――」
そして彼は萌花の唇から指を離し、スマホのメモアプリを開いた。そこには彼が言いたいことが事前に書かれていた。予め設定された夜間モードの微かな光は萌花の目を刺激しない。
萌花はメモに書かれた内容を見て驚いた。読み終えると、眉を八の字にして複雑な気持ちになりながらも、悠樹に頷いて合図をした。悠樹もそうして返す。
そして二人は行動を開始した。
彼らはそっとして、ゆっくりと音を立てないようにベッドから降りた。悠樹はこの木の床が軋む音を立たないことを幸運に思っている。
二人は警戒しながら部屋のドアに向かい、距離が近づくほどに心臓の鼓動が速くなっていく。
しばらくして、彼らようやくドアの前にたどり着いた。悠樹は萌花をドアの横のクローゼットの後ろに隠れるように指示し、萌花はそこに隠れ、頭を出して様子をうかがっている。
悠樹はポケットに手を入れ、自作の唐辛子スプレーの蓋を静かに外し、すぐに使える状態で瓶を背後に隠す。そして、ドアのかんぬきへと左手を伸ばしたが、心臓の鼓動が伝わるのを恐れ、指先はかんぬきに触れずに浮かせたままだった。
二人とも非常に緊張しているが、確かめる必要があると思っている悠樹は躊躇できない。
お互いに準備が整ったことを示し合った後、悠樹は軽やか且つ素早くかんぬきを外した。
彼は神経を研ぎ澄まし、外の気配を聞き取ろうとする。
音がしなかった。
それから、彼はドアをそっと開けて細い隙間から外を覗き、目で素早く状況を把握する。廊下の微かな星明かりは彼が想像した光景を照らしていなかった。
彼は少し安心し、少なくとも最悪の事態ではないと思った。
続いて、彼はドアをそっと開け、廊下に出る。スマホの灯りで周囲をくまなく照らし、異常がないことを確認すると、萌花に合図を送った。
二人は忍びやかにバルコニーと萌花が元々いた部屋を確認し、窓越しに裏庭の薬草畑の周りにも異常がないことを確認した。
次に、彼らは少女がいる部屋を細心の注意を払いながら通り過ぎ、階段を下りて調合室に到着した。萌花もスマホの照明機能を起動し、二人で調合室、店舗、地下室の人が隠れられる場所をすべて確認する。
その結果に、二人は再び胸を撫で下ろした。
悠樹は唐辛子スプレーをポケットに戻した。次に彼は少女と話をする必要がある。けれどその前に萌花に隠れさせないといけないので、彼は周囲を見回して適切な場所を探した。
地下室は隠れられるところがあって、隠れ場所としても最適かもしれない。だが、もしなにか問題が起こった場合、密室では却って危険が増すため、二人は調合室と裏庭を繋ぐドアの前を選んだ。
そこはL字型の魔法薬製作エリアの角にあたり、しゃがみ込めば階段やテーブルの位置からは見えない死角になっていて、直接そこに行かなければ見えない場所だ。隠蔽性は地下室ほど良くはないが、万が一なにかがあっても、悠樹が迅速に対応できる。
それに彼はもし見つかったら、その時は開き直ればいいと思っている。
「ここにしゃがんで隠れてて。おれがいいと言うまで出てこないで、なにかあったら大声で叫ぶんだよ」
彼はそう萌花にささやくと、地下室に下りて、階段の付近でわざと物音を立て、2階に注意を集中させた。
この方法は少し失礼かもしれないが、彼は、自分が少女を呼びに行くよりも、少女が自ら下りてくれるほうが萌花にとっても、自分にとっても安全で、最善の選択だと考えた。
しばらく待つと、2階から微かな音が聞こえてきた。すると悠樹は地下室の奥へ向かってこう言う。
「じゃあ、また後で」
そして、彼はタイミングを計って階段を上がり、少女が地下室から出てくる自分を目撃させるようにした。
「猫森……さん?」
「ああ、令狐さん。すみません、起こしちゃったんですか?」
少女が答える前に、悠樹は話を続けた。
「ちょうど令狐さんに話したいことがあります。座って話せませんか?」
「は…はい」
二人はテーブルの両側の椅子に座り、少し硬い雰囲気が漂った。
少女は階段を下りる時に使った蝋燭ランプをテーブルの中央に置き、杖をテーブルの横に立てかけた。スマホの照明が眩しいので、悠樹はそれを消してスマホをしまった。今はその蝋燭ランプだけが照明である。1つの蝋燭ランプが照らせる範囲はとても限られていた。
長方形の木製テーブルの表面には、無数の傷と使い込まれた艶があり、無言で思い出を語っているかのよう。蝋燭の橙色の暖かい色合いの光と木製家具の微かな木の香りが、ランプを中心に、うっとりとするような空間を紡ぎ出していた。
外からはどこかで断続的に虫の鳴き声が聞こえていた。昨晩までエアコンを使っていたのに、今は2枚の服を着ていても、悠樹は寒さを感じている。これらすべての感覚が、異郷にいるという現実を彼にじわりと刻みつけていった。
少女は寝間着を着ていて、ショールをかけている。左手で右側のショールを少し引っ張る仕草が、彼女の緊張を感じさせた。
「……令狐さん、急に状況が変わったので、伝えますね。実はついさっき、おれと萌花は、おれたちの世界の人から帰る方法が見つかったんだと、通知を受け取りました。だから、令狐さんにお別れを言おうかと思いまして」
「えっ? そ…それは良かったです! ですがえっと……通知というのは……?」
少女はとても喜んでいるようだったが、少し理解できない様子だったので、悠樹はまたスマホを取り出し、彼女に説明する。
「スマホは写真を撮ったり、照明に使ったりするだけじゃなく、どこまで遠く離れた場所にいても、他のスマホを持つ人と連絡できるんです。おれたちの世界ではすごく便利な道具です。まあ……お金が結構かかるんですけどね。この世界には似たような道具や魔法がありますか?」
「すごいですね! その、この世界にはそんなものはありません……もしあったら、どんなによかったのでしょう……」
「今朝ここに来た時、他の人に連絡しようとしたけど、うまくいきませんでした。ところが、ついさっき、おれたちがあっちからの発信を受信しました。おれたちの世界の人たちがその魔法陣を解析し、逆召喚の方法を完成させたんです。でも、なんか急がないとダメだったし、1度に1人しか転送できないので、萌花を先に帰しました。おれは帰る前にこのことを令狐さんに伝える役目です」
「お…おめでとうございます! お二人の世界の技術は本当にすごいですね! こんなに早く帰る方法が見つかるなんて、本当によかったです!」
悠樹は少女の一挙手一投足を注意深く観察している。
「…………なので、昼間のあの約束を果たせなくなってしまいました。すみません」
「ど…どうか謝らないでください。お二人が元の世界に帰れることがなによりも大切です」
「……」
悠樹は数秒間沈黙し、そして続けた。
「おれが帰るまでまだちょっと時間があります。迷惑をかけて申し訳ないですが、もう少し話していてもいいですか? せっかく異世界に来たので、ここのことをもっと聞きたいんです」
「あ、はい! よろこんで」
少女は快く承諾し、悠樹は確かめたかったことを確認し始める。
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