0103 - 第 2 巻 - 第 3 章 - 11
14日目、千里が提案したことはほぼ完了し、拠点の人々には少し時間の余裕ができ、それぞれの方法で過ごしていた。
森の一角に入ったあるところで、斗哉が楓に何か頼んでいるようだった。
斗哉:「この時間、ここには誰も来ないからさ……な? いいだろ?」
楓:「……場所を考えないとしても、時期くらい考えなさいよ。張り詰めているというのに、どうしてあなたはそっちに気が向くの」
斗哉:「男なら誰でもそうだろ」
楓:「……そうね。この前、三浦さんと今吹さんもそうだった。だから千里に言われたんでしょう」
斗哉:「ぐっ……」
楓:「……はあ……あなたも少しは千里を見習いなさい。彼のように聡くなるなんて期待しないけど、せめて自制心くらいは上げて。彼も男。だけど一度だってそんな様子を見せたことが……」
斗哉は少し不機嫌そうに言葉を遮った。
斗哉:「……なんであいつの話になるんだよ?」
楓:「あら、どうしてだめなの? 千里は何でもよくできるし、知識も実践力もリーダーシップもあって、物事の道理にも詳しい。ああ、武術もできるんだったわ。彼のおかげで、皆んなこんな風にそこそこやっていけてるのよ。彼を見習ってほしいっていうのは何が……」
斗哉:「おい、楓」
斗哉は再び楓の言葉を遮る。今度は声のトーンが低く沈んでいた。
楓:「……何?」
斗哉:「おまえ、まさかあいつが好きになったのか?」
楓:「………………は?」
楓は一瞬固まり、不愉快かつ呆れたような表情になった。
斗哉:「このクソみてえな場所に来た初日から、おまえのあいつに対する態度がおかしいんだよ」
楓:「…………本気で言ってるの?」
斗哉:「当たり前だろ! おまえには彼氏がいるんだぞ。なんでいつもあいつの肩ばっか持つんだ? 時々彼氏を贬してまで」
楓:「……それはあなたに問題があると思ったことはないの? 進も紗奈も千里に良い印象持ってるでしょ? 他の人たちもそうじゃない」
斗哉:「あいつらがどう思ってんのか知ったことか! オレが今言ってるのはおまえだ! おまえはオレの女だ! 他の男のこと考えるんじゃねえっ!」
二人の言い争いの声、正確には斗哉の怒鳴り声が、ちょうど近くにいた千里、進、紗奈の耳に入った。三人は斗哉と楓のいる場所へ歩み寄り、一定の距離まで近づくと立ち止まり、様子をうかがう。
楓:「………………彼があまりに優秀だから、劣等感を感じてしまった?」
斗哉:「なんだとッ!? またあいつを持ち上げてオレを贬しやがって、やっぱ好きになってんだろッ!」
パッ!!
鋭い音を立てて、斗哉の頬にビンタが炸裂した。
楓は「…………最ッ低」と悪辣に言い放つと、背を向けてその場を去った。斗哉を一人残して。
紗奈:「あ、楓さん!」
危険に遭わないか心配して、紗奈は物陰から飛び出して楓を追いかけた。
進:「どうしたんだ、これ……」
進も二人を心配し後ろを追う。千里は斗哉の方へ歩み寄りながら「どうしたんだ?」と声をかけた。
斗哉:「……澄ました顔してんじゃねえよ。聞いてたんだろ?」
斗哉は怒気を帯びた目で千里を睨みつけ、千里は足を止めた。
千里:「……」
千里たちは実際には言い争いの核心部分は聞いていなかったが、さっきの断片的な言葉と斗哉の態度から、事情のおおよそを推測した。
斗哉:「人の女が自分に惚れたって聞いて、いい気分だろ?」
千里:「……誤解だと思う。まず落ち着け」
斗哉:「うるせえっ! いつも人前でひけらかしやがって、その上たいしたことないよって顔してやがる。本当は内心で他人を見下してんだろ? 女に褒められた時はこっそり喜んでんだろ!」
千里:「そんなことしてない。って言っても信じてくれないか。俺はただできることをやってるだけだ」
斗哉:「もういい。おい、オレと勝負しろ」
千里:「……」
斗哉:「槍術だかなんだかやってんだろ? ちょうどいいや、証明してみせろよ? オレ1人にも勝てねえもんなら、なん人もナイフ持ちを相手にできるっつう話、誰が信じるんだ?」
斗哉は凶悪な眼差しで手にしたバットを千里に向けて構えた。
千里は少し考えた後、小さくため息をついた。
千里:「…………わかったよ」
言葉とともに、彼は手にした長槍を体の前に弧を描くように軽く振り、無造作な構えを取った。それは挑戦を受けたことを示す。
その合図を受け取った斗哉はすぐに千里へ向かって突進した。
ブンッ!
両手でバットを握り、猛烈な勢いで斜めに振り抜く。
しかし千里は余裕でそれをかわした。
斗哉が再びバットを振る。千里は再び回避。
斗哉:「チッ!」
単純な攻撃では千里に当たらないと悟ると、斗哉は数回攻撃の中で振り抜かず、余力を残して方向を変え再び振り出す。
だが、それらもことごとく千里にいなされた。
斗哉:「クソっ!」
千里が使っているのは長槍、斗哉が使っているのはバット。武器のリーチで言えば、千里は簡単に斗哉との距離を保てる。けれど千里はそうせず、ただ斗哉に近距離に詰め寄らせ、長槍は攻撃を払いのけるためだけに使っていた。
斗哉:「どうした! 逃げるだけか! オラッ!」
千里:「……」
斗哉はバットを振り続け、千里は後退しながら回避し続ける。
斗哉が千里の待っていた隙を見せたまで。
斗哉があるアッパー気味に折り返すスイングの後、千里は斗哉の左側へ回避し、長槍の下段を握り、タイミングを見計らってさっと身を屈めて、末端で斗哉の腹部を突いた。
斗哉:「うおッ!?」
次の瞬間、直撃された斗哉は無意識に体を折り曲げる。千里は流れるように右腕を上げて膝を屈め、斗哉の左肩へ自身の体重を乗せた垂直の肘打ちを放った。
斗哉:「ぐああああッ!」
斗哉はその一撃で四つん這いになり、顔も少し土を被った。
彼は腹部と左肩の痛みに耐えながら、這い上がろうともがく。しかし顔を上げた彼の目の前には、千里の長槍の先がつきつけられていた。
自分が負けたこと、しかも完敗したことを悟った。
斗哉:「………………ちくしょう!」
悔しさで拳を地面に叩きつけた。衝撃でいくつかの枯れ葉が舞い上がる。
そして彼は体をひっくり返えしその場に寝転がった。腕を額に当てて巨木に遮られた空を見つめ、深く息を吐く。
斗哉:「…………はあ──」
木漏れ日が徒労感に襲われた顔を照らす。
千里:「落ち着いたか」
斗哉:「………………ああ」
読んでくれてありがとうございます。
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