0001 - 第 1 巻 - 第 1 章 - 1
七月末のとある週末の午後。
悠樹と萌花は悠樹のお母さんに、長い間(三日)計画した事を伝えた――今日は悠樹のお母さんの誕生日である。二人はいつも彼女にお世話になっているので、誕生日くらい、自分たちで夕御飯を作ってあげたいと。
「あら~あらあら~悠樹~萌花~ほんと……」
「本当か?! 悠樹!」
話の途中、悠樹のお父さんがリビングの扉の隙間からひょこっと顔をのぞかせる。いきなり登場したお父さんに、悠樹と萌花はビックリした。
「驚かさないでよ!」と、悠樹がちょっとムッとする。
「ハハッ! 帰った途端にこんなスゴイ事を聞いて、ついな」
「スゴイ事って……ただいまくらい言ってよ」
「おう。ただいま」
「遅いわ!」
「プふっ!」「あらあら」
萌花と母の笑い声を聞くと、悠樹はまた父さんと変な漫才をやってしまったことに気づく。
「それで。今言った事は本当か、悠樹」
「そうだけど」
「なんか買いたいものでもあるのか? それともなんかやらかして……」
「違う! おれは別に、今までなにかやらかしてなんかいないよね? それともおれって、そこまで信用ないの?」
悠樹はまた少しムッとした。
「おかあさん、いつもおれと萌花の面倒を見てくれてるから、誕生日にくらい恩返ししたい。それに、これで葵おばさんとジェノスおじさんに楽をさせることもできる……一応父さんにもね……」
悠樹は、自分の声がだんだんと小さくなっているのに気がついた。親に心に秘めた事を伝えるというのがこんなにも恥ずかしい事なんだと思った。萌花は隣でイジワルな笑みを浮かべながら、暖かい眼差しを彼に向けた。
「……悠樹……おまえ……大人になったのか?」
「なんで疑問形?」
「ありがとうね~悠樹~萌花~」と悠樹のお母さんがすごくいい笑顔で二人に言う。
「まっ…まだ何もやっていないから……って、父さんのせいで話が逸れた。おれたちはネットで作りやすくて美味しそうな料理をしらべたんだ。でも冷蔵庫を覗いたら、必要な食材が少し足りないから、おかあさんにお金もらって、それで買おうかなって思って」
二人は自分たちのおこづかいで買うつもりだったが、先週新しいゲームを買ってしまったせいでお金が少し足りなくなっていた。
おかあさんの誕生日に夕御飯を作ってあげるというのに、そのおかあさんに食材を買うお金をもらうなんてと、悠樹は微妙な気持ちになった。「こんな事ならゲームは後で買えばよかった」と後悔した。
「よしっ! お父さんがあげる!」
悠樹のお父さんはそう言いながら財布を取り出し、その中から何枚かお札を抜いて悠樹に手渡した。悠樹には買い物の経験はないものの、夕御飯の食材を買うためのお金はそんなにかからないことは分かっていた。
「多いよ……」
「太一おじさん、これは多すぎだよ」
悠樹と違い、萌花はお母さんの葵とスーパーで食材を買った経験があるので、値段がどれくらいになるのか分かっている。
「お釣りはおこづかいだ! 好きに使え!」
と、悠樹のお父さんが気前よく言った。二人は渡されたお札を見て、顔を見合わせる。とても困惑しているようすだった。
「……おこづかいがもらえるのはうれしいけど……でもこんなにもらうと、おこづかいをもらうためにお母さんの誕生日を祝っているみたいな感じになるんだけど……」
眉をひそめる悠樹に、萌花が「うんうん!」と大きくうなずく。
それを聞くと、太一は両手を腰に当て、真面目な顔になる。
「いいか、悠樹、萌花。欲張らないのはいい事だ。だがな、おまえたちが苺に感謝するために飯を作るのと同じで、俺もおまえたちに感謝するためにおこづかいをあげるんだ。家族からでも友人からでも、その行動が本物の好意からのものなら、それがお互い様ってやつだ。こころよく受け取って、機会があれば礼を返せばいい。人が自分によくしてくれるなら、自分も人によくする。自分が人によくすれば、絶対とは言わんが、人もおのずとよくしてくれる。わかったか?」
「おっ…お……」
豆鉄砲を食らったハトのような顔の悠樹だったが、父の言葉はしっかりと届いたようだ。
そんな息子の反応に、太一は白い歯を見せて満足げに笑う。そして、バンッと悠樹の肩を叩いた。
「わかったなら、さっさと行ってこい!」
その一撃で、悠樹は体が揺れて文字通りHPが削られた気がした。彼は時折、父は文庫の編集者ではなく、実はジムのトレーナーをしているんじゃないかと疑う。
「……じゃあもらっとくよ。支度が終わったら出かける。いこ、萌花」
「はい~」
二人は悠樹の部屋に戻り、出掛ける支度をする。萌花はスマホで予め打ったチャットを両親に送った。内容は夕御飯の事。これで萌花の両親は料理作りに参加するために、急いで帰って来なくてもよくなった。
悠樹と萌花は家族ぐるみで仲がいい。彼らの親は昔の仕事仲間だった。現在萌花の両親は仕事を変えて、ケーキ屋を営んでいる。両家の人間のなかで、誰かがの誕生日になると、皆でその人を祝う決まりになっているのだ。
二人の支度はあっという間に終わった。
「おじさんおばさん、行って来るね~」
「はい~いってらっしゃい~気をつけてね~」
パタンとドアを閉め、悠樹は日傘を差した。二人はスーパーへ向かった。
悠樹の家からスーパーまでは、徒歩で7、8分ほどの時間がかかる。気温は36℃、容赦ない日差しが照りつける。歩くだけで汗が噴き出し、確かにしんどい。それでも、その苦労がむしろやりがいに感じられる二人だった。
「太一おじさんの話、すごいよかったね」
「そうだね。まさかあの大雑把な父さんがあんなまともな事を言うなんて……」
二人は話しながら、太陽に灼かれたアスファルトの道を歩いていく。
しばらくして、二人はスーパーに到着した。そして、(彼らなりの目利きで)新鮮な食材を選び、ついでにお菓子も山ほど買い込んだ。
冷房の冷気が肌に張り付くスーパーに入った瞬間は天国だった。しかし、買い物を終えて外へ出ると、待ち構えていた熱波が容赦なく襲いかかる。店内との温度差が逆に、外の灼熱をより強烈に感じさせた。
「こういう感覚は何回体験してもイヤだ」
「全くね……」
読んでくれてありがとうございます。
もしよかったら、文章のおかしなところを教えてください。すぐに直して、次に生かしたいと思います。(´・ω・`)