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*** 97 18回の驚愕 ***



この物語はフィクションです。

登場人物、国家、団体、制度などが実在のものと似ていたとしても、それは偶然です。

また物語内の記述が事実と違っていたとしても、それはフィクションだからです。




 


「初めまして皆さま、わたくしは2年と少々前に皆さまが蝦夷と呼ばれていた地に建国されました北海国の役人でカムイレオと申す者でございます」


 カムイレオが深々と頭を下げた。

 普段は取引先の公家や大名家の重職者以外には滅多に頭を下げない堺の豪商たちが、思わずつられて大きく頭を下げてしまっている。


(それにしても国の役人とは……)


 その職は、日の本では通常大名家の直臣、もしくは下級公家に相当することになる。


「この場合に北海国の国という言葉は、皆さまの言う摂津の国や大和の国などの国の意味とは異なり、言ってみれば『日の本の国』と言う場合の国と同じ意味になります。

 これより我が北海国の紹介や、皆さまに提供出来る商品を御覧頂きたいと考えますが、百聞は一見に如かずとも論より証拠とも申します。

 そこでこれより皆さまを北海国の地にご招待申し上げたいと考えました」


((( ……えっ…… )))


「あ、あの、蝦夷地と言えば、この堺よりどんなに急いでも20日はかかるのでは……」


「そ、そんなに長く店を空けるわけには……」


「ご心配は不要です。

 この場より北海国までは私共の神術のうち『転移』の神術というもので一瞬のうちにお連れさせて頂きますので」


「「「 !!! 」」」


 天王寺屋が微笑んだ。


「本当に大丈夫でございますよ。

 わたくしも何度も『てんい』で連れて行ってもらっておりますし、わたくしの娘などは今北海国で暮らしておりますので」


「あ、あの紅粉屋さまに嫁がれて、ご懐妊為されたという菊乃さまですか!」


「ええ、なにしろ北海国ではこの2年間で1万人以上のご婦人が出産為されましたが、産褥で儚くなられた方は一人もおらず、全ての赤子も健康に育っているそうですので」


「そ、それは誠ですか!」


 もちろんこの時代でも嫁入りや婿取りは大変におめでたいことではあるが、それでもその後の出産という大きなリスクと背中合わせである。

 この商人も娘御が嫁ぐ予定か婿取りを控えているのだろう。


「ええ、しかも娘が寂しがらぬよう、この天王寺屋と北海国の地を『てんいもん』というもので繋いで頂き、わたしの妻も嫁入り先の紅粉屋夫婦も婿も毎日のように北海国に出向いておりますので。

 もっとも娘は余程にあちらの暮らしが気に入ったのか、滅多に帰って来てはくれませんが」


「「「 ………… 」」」



 彼ら堺の豪商は、前回の寄り合いで初めて清酒を飲んで驚き(最初の驚き)、その後払い戻しなどの取引条件を聞いて驚き(2回目の驚き)、さらには蔵元の日の本の戦を減らして堺銭も廃絶させるという目的を聞いて驚いている(3回目の驚き)。

 そして今、一瞬で蝦夷の地に行けると聞き(4回目の驚き)、さらには産褥の危険を避けるために天王寺屋の娘が北海国で出産すると聞いて驚いたのであった。(5回目の驚き)


「それではみなさま、恐縮ですがまた履物を履かれて、裏庭にお集まり下さいませ」


 こうして堺の豪商たちは、一瞬で気候も景色も違う場所に転移したことに驚き(6回目)、巨大な交易所の建物に驚き(7回目)、豪華な内装に驚き(8回目)、『治癒の神道具』の光を浴びて体の不調が治ったことに驚き(9回目)、超広大な米蔵と銭蔵と酒蔵を見て驚き(10回目)、大水槽室を見て心底驚き(11回目)、エレベーターに腰を抜かし(12回目)、陳列された各種商品に驚き(13回目)、超豪勢な昼食を頂いて感嘆したのである(14回目)。


 さらには日高第1村に転移して、巨大な城壁に囲まれた村に驚き(15回目)、凄まじいまでの漁獲量に驚き、産院前広場で寛ぐ大勢の妊婦に驚き(16回目)、サッカーの試合と大観衆を見て驚いたのだ。(17回目)


 仕上げは襟裳岬港に現れたカムチャツカⅠだった。(18回目の驚き)

(どうやらわざわざ岬の裏に隠して用意していたらしい)


 堺の豪商たちは皆、両手を地につけて戦慄いていたのである……


 どうもヒトは古代の昔から、ピラミッドや万里の長城や前方後円墳やらの巨大構造物に憧れ畏れるようだ。

 ということは、スカイツリーに上りたがり、タワマンに憧れる21世紀日本人も、古代人から進化出来ていないということなんだね♪



 こうして堺の豪商たちも、無事北海国のシンパに育っていったのである。

(洗脳とも言う)

 そのほとんどは、近々娘や孫が嫁ぐ、娘や孫が懐妊中、本人がリューマチや通風で苦しんでいる、家族の誰かが病人というケースが多かったようだ……




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 紅粉屋の主幸之助も頑張っていた。

 交代で番頭や手代を供に連れ、カムイレオが紹介してくれたカムイラオという名の使徒と共に、日本全国に360軒ほどある白粉卸の店を転移行脚し始めたのである。

(この時点でムサシ一派の日の本全域観測体制により、工房の位置は既に判明していた)


 鉛白職人:

 7世紀に中国から伝来した鉛白の製法(前述)は、紅粉屋の時代に於いても既に800年近い歴史と伝統を持っていた。

 その伝統とは主に工房運営の掟という形で残っていたのである。

 その掟とは、

 1.鉛白製造工房は、人里より少なくとも1里以上離れた森中に作らねばならない。

 2.工房は、河川よりも少なくとも半里離れた場所に作らねばならず、そのため飲料水などは天水(雨水のこと)や井戸の利用が望ましい。

 3.鉛白製造に使用した鉛については、すべて鉛白に変化させることが望ましく、鉛を地中や地表に投棄することは許されない。

 4.職人は生涯独身であることが望ましいが、妻帯する際には妻子を人里に残し、帰宅する際には丸1日以上の潔斎(よく体を洗う事)を必要とする。

 5.普段より作業が終了するたびに半刻以上の潔斎を行わねばならない。

 6.弟子を取る際には最小限の人数とすべし。


 というように、どうやら鉛白職人の間では鉛白の強毒性は常識になっていたらしい。

 また、鉛白は主にへちま水に溶くことで白粉おしろいとしていたが、完成した白粉は陶器の壺に入れ、人里との中間地点に作られた小さな蔵に鍵をかけて納入することになっていた。

 その蔵の隣にはやはり鍵のかかる小さな蔵があり、その中には里の白粉問屋から食料、燃料、米酢や鉛板、へちま水などの原料が納められることになっていたようだ。


 つまり、白粉職人や白粉問屋は、鉛白を使用した白粉の危険性を十分に認識していたことになる。

 もちろん白粉職人の寿命はかなり短く、平均で40歳に届いていなかったらしい。



 堺の紅粉屋といえば、化粧品を扱う卸商の間では知らぬものはいない大店である。

 その主人がわざわざ先触れも出した上で来訪して来たために、ほとんどの店は当主が真剣に対応してくれた。

 尚、最初の挨拶が済むと、実際の説明はほとんどカムイラオが行っている。


「ということでですね、皆さまもご存じの通り鉛白は非常に強い毒性を持っておりまして、女性や乳幼児の健康被害を避けるために、今後は白粉おしろいの原料として鉛白を使用するのを止めて頂きたいのですよ」


「はぁ、確かに鉛白は毒でございます。

 その旨商品の説明書きにも特記し、また小売店にもお客さまに売る際には決して口にしないよう説明を求めております……

 ですが鉛白に代わる白粉の原料を如何にして調達すればよいものやら」


「それではこれをお使いください」


 30センチ角ほどの箱にコーンスターチが詰まったものが出て来た。


「こ、これはなんとまあ美しい白い粉ですな……」


「そしてこちらがこのコーンスターチをへちま水に溶いたもの、こちらが無味無臭の油で練った物になります」


(註:無味無臭の油とは、元々無味無臭に近いココナッツオイルにさらに化学処理を行って完全に無味無臭としたもの)


「この白粉にはお好きな香料を添加して、貴商会独自の白粉を作られたら如何でしょうか」


「た、確かに素晴らしい白粉です。

 ですが、この『こーんすたーち』や無味無臭の油はおいくらなのでしょうか」


「もちろん無料です」


「そ、そんな……」


「私共は日の本から鉛白を無くしたいと考えているので、その見返りですね」


「いくらなんでも……」


「それでは無償で提供させて頂く代わりにひとつお願いがございます」


「な、なんでございましょうか」


「鉛白を作っておられる白粉職人の方については、今後生活の面倒を見てあげていただけますか。

 職人の方が寿命でお亡くなりになるまで、またご家族がいらっしゃる場合には、奥さまが亡くなられるまで、子供さん方は18歳になるまでです。

 また、お弟子さんがいらっしゃればそのお弟子さんを丁稚や手代として雇い入れるか、就職先を斡旋してあげてください」


 商人は咄嗟に心の中で計算したが、なにをどう考えても職人やその家族の生活の面倒を見る方が遥かに安かった。

 鉛白やその原料になる鉛や酢はけっこう高価なのである。


「で、ですが、鉛白をこの『こーんすたーち』というものに切り替えた後、『こーんすたーち』の供給が止まることを思えば……」


「それではこのコーンスターチが入った箱を千箱お譲りしましょう」


「!!!!」


「この箱は蓋を開けて放置しない限り、コーンスターチが変質することはございませんので」


 紅粉屋の主人も口添えした。


「それでも『こーんすたーち』が足りなくなれば、私共紅粉屋に書状でお知らせください。

 紅粉屋の名にかけて、こちらのカムイラオさまより頂戴した『こーんすたーち』をお送りさせていただきます」


「か、畏まりました……」



 こうして日の本全土360軒全ての化粧品問屋が鉛白撲滅に協力したのである。


(鉛鉱山などは、鉛の売れ行きが急減して打撃を受けるだろうが、そもそも鉱山とは全て大名家の支配下にあるために、誰も気にしていなかった)





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