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*** 96 戦の減少(九州) ***



この物語はフィクションです。

登場人物、国家、団体、制度などが実在のものと似ていたとしても、それは偶然です。

また物語内の記述が事実と違っていたとしても、それはフィクションだからです。




 


 九州肥前の大身大名竜造寺家当主もその長男である若殿も清酒には仰天した。


「この世にこれほどまでに旨い酒があったとは……

 よし!

 来月の大名茶会用にこの清酒を四斗樽で四樽用意せよ!

 加えて儂の普段飲み用に一樽だ!」


「ははっ!」


 こうして堺の天王寺屋には早船便で四斗樽五樽の注文が入ったのであった。

(総額約2400万円相当)


 ボッタクリである。

 だがそもそも大名家のカネとは、農民を武力で脅して税をボッタクったものであるので特に問題は無いだろう。



 カムイレオは天王寺屋が太客を捕まえた際には全面的に協力すると約束していた。

 そのためにカムイレオは、津田新右衛門と番頭の忠次郎を連れて竜造寺氏本拠の佐嘉城下町に転移し、地元の会合衆に挨拶を済ませた後は城下町の外れに十間四方ほどの土地を借りてその土地に小さな店舗兼蔵を建てたのである。

(註:佐嘉=21世紀の佐賀市)


 早船便でもその佐嘉城下までには七日ほどかかるため、忠次郎は八日後に馬借を雇って四斗樽五樽と一升瓶二百本を持って佐嘉城を訪れた。

 もちろん勝手口で城代家老さまからの注文書を見せたために、台所番の詰め所までは素通りである。


「お台所番頭だいどころばんがしらさま、堺の天王寺屋でございます。

 ご家老さまより頂戴したご注文の酒をお持ち致しました」


「うむ、ご苦労」


「それで、ご注文は四斗樽五樽という事だったのですが、ご覧の通り四斗樽はギヤマンではなくこのような樽に入っておりまする。

 四斗樽五樽と一升瓶二百本のどちらがよろしいでしょうか。

 念のため両方持って参りました。

 もちろん売掛けの証文も両方用意してございます」


「な、なんだと!

 一升瓶一本が宋銭か明銭で1貫文もするだと!

 澄み酒の3倍以上ではないか!」


 さすがは台所番の頭であり、酒や食品の値も良く知っているようだ。


「あの、畏れながら、清酒は極上の香りと強い酒精を持つ稀有な酒でございます。

 畏れ多くも大殿さまですら今まで召し上がられたことが無いほどの。

 希少かつ極上の味わいであれば、このような価格になってしまうのですよ」


「そ、そうか、確かに大殿が『天王寺屋の清酒』とご指定されたそうだからのぅ。

 それではしばし待て。

 今城代家老さまにどちらが良いかお伺いしてくる」


「はっ」



「そうか、天王寺屋め、早速清酒を持って来たか」


「それで清酒は四斗樽を五樽というご指示でしたが、四斗樽ですと木樽に入った物になります。

 天王寺屋は気を利かせてギヤマンの一升瓶も二百本持って来ておりますが、どちらにいたしましょうか。


「ならば両方買え」


「ははっ!」


 もちろん清酒は大量にあった方が城代家老もそれだけ多くのお相伴に与れるからである。


 → 総売り上げ金額4000貫文(≒4800万円)


 城代家老はほとんど売掛け証文を見もせずに2枚に署名捺印した。



台所番頭だいどころばんがしらさま、本日はたくさんのお買い上げ誠にありがとうございました。

 ただ、台所番頭さまともなれば、大殿さまにお出しする清酒の味もご確認なさりたいことと思われます。

 そのご試飲用として、こちらの二合瓶をどうぞ」


「う、うむ、台所番としては確かに知っておくべきであろうの」


「それからこちらは女性用の髪洗い石鹸と化粧品の詰め合わせでございます。

 番頭ばんがしらさまの奥方さまに一つと、大殿さまのご正室さまの侍女衆の方々へのご挨拶の品でございますれば、よろしくお伝えくださいませ。

 また、天王寺屋は城下に小さいながら店を構えましたので、またのご用命の際にはどうぞそちらに言付けをお願い申し上げます」


「うむ」


 忠次郎は4箱のシャンプーセットと4箱の化粧品セットを置いて台所番の執務室を辞去した。

(もちろん紅粉屋への援護射撃である。

 台所番といえば食材を中心にした城の物資調達係であるが、大身大名や将軍家の正室が『御台所さま』と呼ばれたように、正室も上司の一人になる。

 その正室に侍る侍女への進物は台所番にとってもかなりありがたいものだった。

 さすがは大名家との取引に慣れた天王寺屋である)


 忠次郎は、馬借たちに『これからもよろしく頼む』と言って、相場よりかなり高い駄賃を渡し、その後は城下の支店から転移門で堺の天王寺屋に帰った。

 九州の支店には丁稚が2名ずつ交代で派遣されることになる。



 翌日、驚いたことにこの佐嘉支店に城からの使いが来て、髪洗い箱と化粧品箱をそれぞれ10箱ずつ納品せよと注文があった。(総額80貫文≒960万円)

 丁稚の一人は直ちに転移門で天王寺屋に戻り、忠次郎にこれを伝えている。

 もちろん忠次郎はすぐに支店に転移して納品を行った。

(この利益はすべて紅粉屋につけられることになっている)



「台所番頭さま、こちらは髪洗いと化粧品をご購入いただいた御礼の清酒でございます。

 どうぞ侍女さま方によろしくお伝えくださいませ」


「う、うむ」


 この髪洗い箱と化粧品箱は、その後も月に十箱ずつのペースで売れることになった。

 さすがはこの時代の女性たちで、ナチュラルメイクという概念は全く持たず、大量の洗髪料や化粧品を使えばそれだけ美しくなれると思い込んでいるようだった。


 さらに奥御殿のご正室さまより大量の清酒注文が加わった。

 もちろんこの時代の女性が酔っぱらった姿を殿方に見られるのはタブーだが、大殿や若殿のお渡りが無いと連絡が来た際には、奥御殿入り口に警護係りの侍女が薙刀を持って立ち、御殿内では毎晩のように酒宴が催されるようになったのである。

(大殿も若殿も、毎晩一升酒を喰らっているために、当面お渡りは不能である)


 加えて予定通り大名茶会が開催され、譜代衆や一族衆などの重職者、国人衆や有力土豪が招待されて清酒が振舞われると、竜造寺領の大名や武家全体の飲酒に歯止めが利かなくなって来た。

 家臣たちの多くも城下の天王寺屋支店に大量の酒購入注文を出すようになっていったのである。



 そう、この時代では大身の大名と雖も極端に娯楽が少なかったのだ。

 その娯楽の最たるものは戦の興奮である。

(大名は例え出陣しても馬周り衆に強固に守られているために、滅多に討ち死にすることは無い)

 特に彼ら大名の中には、敵か味方かを問わず『己の命令によって人が死ぬ』ということに無上の喜びを見出す社会病質者もまた多かった。


 だがまあ予算の都合上も毎日戦に出るわけにもいかず、次善の娯楽としては子作りが挙げられるだろう。

 だからこそ武家は側室や妾を多く囲い、既に後継の子孫が多数いるにも関わらず、毎日毎晩子作りに耽っていたのである。

(或る徳川将軍のように子が50人近くいたサルもいたほどである)

 ただし、これも男性にとっては一日中子作りをするなど物理的に不可能であった。


 そして3番目の娯楽である酒だが、これは最も手軽である代わりに、この時代の酒は酒精も低く、また酸い味がするなど雑味も非常に多かった。

 ところがここに、清酒という最高の酒が得られてしまったのである。

(階梯宇宙産の最高の銘酒なので旨いのは当たり前)


 大名やその有力家臣たちは、当初晩酌に限っていた飲酒も、翌朝の宿酔いを軽減する向い酒を欲するようになり、ついには泥酔して気絶するように寝るまで酒を飲み続けるようになってしまったのだ。

(晩酌に一升、朝起きて飲む向い酒がエスカレートして昼までにさらに一升の酒を必要とする竜造寺家当主が、肝硬変で死ぬまであと1年)




 堺の天王寺屋には、今も毎月5件のペースで大名家が公家への挨拶の品とアドバイスを求めて来訪する。

 それも、地方の大身大名ほど日の本最高の俵物を用意出来る天王寺屋を訪れることが多かったのだ。

 また、この時代には己の血筋を誇るために、官位官職を詐称して名乗る武家も多かったのだが、大身大名ほど面子を重んじてこれを禁止し、臣下や被官に正規の官位官職の取得を命じていたのである。


 こうした繋がりから、清酒は九州豊後の大友氏、薩摩の島津氏にも浸透を始めたのであった。


 修羅の国とも呼ばれる九州の覇権を争う、竜造寺、大友、島津の三雄はそれまで配下の国人や被官を使った小競り合いから本家筋が動く大戦まで常に戦を行って来ていたが、この時期にその戦が何故か急減することとなった。

 これは後世の歴史家の間でも大いなる謎とされていたのだが、まさかそれが堺天王寺屋の、ひいては北海国の清酒のせいだったとは誰も気づかなかったらしい。


 こうして、戦よりも楽しい飲酒という楽しみが出来たために戦が激減したことからも、彼ら強盗武士にとって、強盗侵略行為である戦が娯楽の一環だったと証明出来ることだろう……




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 天王寺屋が集めた8軒の商会とカムイレオの面談が行われる当日、天王寺屋の広大な奥座敷正面には分厚い座布団の上にカムイレオが端然と座っていた。

 そこに各商会の当主がそれぞれ頭取番頭や若手番頭、手代などを引き連れて入室してくる。


(通常、このテの会合では席次で揉めたりすることの無いよう、座席は年齢順もしくは到着順で決まるが、この日は到着順だったようだ)


 招待客たちは、それぞれ入り口の天王寺屋主に挨拶などをしながら入室し、主はそのまま座敷中央の座布団に、番頭たちは左右に分かれて座敷の隅にある座布団に座っていった。

 皆正面に座るカムイレオの巨大な体躯と風貌や物腰を見て、私語を発することもなく静かにしているようだ。


(この御仁があの清酒の蔵元代表か……)


(見た目は20代半ばほどに見えるものの、凄まじいまでの貫禄だの……)


 席に着いた客には丁稚たちが静々と茶や茶菓子を配っている。


「カムイレオ殿、みなさんお揃いになられました。

 以後はよろしくお願い申し上げます」


「畏まりました津田さま」





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