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*** 95 販促 ***



この物語はフィクションです。

登場人物、国家、団体、制度などが実在のものと似ていたとしても、それは偶然です。

また物語内の記述が事実と違っていたとしても、それはフィクションだからです。




 


 天王寺屋での最初の寄り合いは続いていた。


「それでは残って下さった皆さまにはより詳細な話をさせて頂きます」


 ・・・・

 ・・・

 ・・

 ・


「なんと、堺銭は卸元との取引には使えず、まず北海銭に交換してから仕入れを行わねばならないのですか。

 しかも北海銭1枚を得るためには堺銭2枚が必要であると」


「ええ、その卸元の方に言わせると、銭の価値とはそれを誰が作ったかではなく、あくまでその銭に含まれる銅の価値だというのです。

 その点で、北海銭には9割5分の銅が含まれていますが、堺銭には約4割の銅しか含まれておりません。

 まあその分微量の鉄や錫などが含まれているために、オマケして堺銭2枚につき北海銭1枚と交換して下さるそうです」


「それは桔梗屋を始めとする堺銭鋳造派に敵対することになりませぬか」


「銅の合有量が少ないにも関わらず、宋銭や明銭に似せた銭を作ろうとする行為は民を騙すことに他ならず、卸元は敵対するどころか滅ぶべきだと仰っていました」


「「「 ………… 」」」



「それから、卸値と同じ一升1貫文もの高額な値でこの清酒を武家に売った場合には、卸元から9割もの払い戻しがあるというのですか」


「しかも売掛金の回収が不能になったり延期された場合には、清酒の卸元が証文を額面で買い取ってくれるとは」


「それでは我らには売れば売るほど莫大な利が舞い込み、しかも売掛金回収の危険が全く無いということなのですな」


「あの、その清酒の卸元はなぜそのような商いを為されるのでしょう……」


「それは先程申し上げたように、堺銭の鋳造を止めさせるためと、武家の力を削いで戦を減らすためですね」


「あの、例えば清酒一升を卸値の1貫文ではなく500文で武家に売っても、払い戻しがあれば我らの利は確保出来るのでは……」


「それは卸元に禁止されています。

 そのようなことをすれば、武家の資金力を削ぐという目的から逸脱しますので、二度と清酒を仕入れることは出来なくなるでしょう」


「で、ですが黙っていればわからないのでは……」


「売掛証文に売った清酒の量と価格を記載されないのですか」


「売掛の総金額だけ記載していれば……」


「その売掛け証文は卸元に買い取ってもらえないでしょうね」


「あぅ……」



「あの、その卸元とはどの地方のどなたなのでしょうか」


「最近我々が蝦夷地と呼ぶアイヌの地が、カムイ・ムサシさまという方の下に統一されて北海国という国が出来ました。

 醸造元と卸元はその北海国の地にあります」


「蝦夷地は寒すぎて米の取れない不毛の地だと聞いておるのですが……」


「北海国の去年の米の取れ高は40万石だったそうです」


「「「 !!! 」」」


「また、麦の取れ高は70万石だったそうで」


「し、しかし麦など米の5分の1以下の値ですし、粥にする以外に食べようも無いのでは」


「それではこちらをお召し上がり下さい」


 天王寺屋の手代たちが皆に配ったのはまずは麺麭ぱんだった。

 それも21世紀日本で一時流行った高級麺麭で、バターも砂糖もたっぷりと使われている。


「旨い……」


「これが麦から作られたと仰られるか……」


「次はこちらをどうぞ」


 配られたのは小ぶりの器に入った味噌ラーメンだった。


「こ、これはぁっ!」


「な、なんという旨さ!」


「その汁の中にある麺というものは、小麦が材料です」


「なんと……」


「それからですね、最近冷害のせいで日の本の米の取れ高が急減しておりますでしょう。

 50年前の公称石高に比して半分以下になっている領も少なくありません。

 それは米とはそもそも日の本よりも南の、明南部やルソンなど暖かい地を原産としている植物であるために、極めて冷害に弱いからなのだそうです。

 一方で麦は北方の寒い地を原産としているために寒冷に強く、秋撒き小麦などは秋に畑に撒いて冬を越させ、春の終わりごろに収穫出来るほど寒さに強い植物だそうですね。

 つまり、秋から春にかけては麦を作り、春から秋にかけては米を作る二毛作ですら可能なのだそうです」


「「「 ………… 」」」


「さて、本日はお忙しい中私共の寄り合いにご参加下さいましてありがとうございました。

 次回の寄り合いは10日後とさせて頂き、そのときには先方卸元である北海国代表の担当の方をご紹介させていただきます。

 ただ、その際には是非先代さまよりお仕えされているようなご意見番の頭取番頭さまなどに加えて、若手番頭さまもご一緒にお連れ下されるようお願い申し上げまする」



 天王寺屋主、津田新右衛門は翌日も比較的近しい商家20軒を招いて寄り合いを開催したが、やはり新右衛門よりも年嵩の商会会頭たちは途中で席を立ってしまった。

 そして、5回の寄り合いで残った50家ほどの商家も次々に書状で欠席の旨を伝えて来たために2回目の説明会に参加したのは8家だけだったのである。


 どうやらご意見番の頭取番頭が当主にそのような胡乱な会合に出席しないよう諫めたらしい。

 まあ典型的な老人の変化嫌いの体質のせいだろう。

 加えて彼らは自分よりも遥かに若いくせに、堺有数の商家の主である津田新右衛門に多大なる嫉妬心を抱いていたのである。

 結果として、2回目の寄り合いに参加したのは、いずれも老人の頭取番頭ではなく、現当主が指名した頭取を従えた商会主ばかりであった。



「カムイレオ殿誠に申し訳ございません。

 100軒ほどの商家に声をかけたのですが、明日の2回目の説明会に来るのは8軒だけになってしまいました……

 わたくしの不徳の致すところでございまする」


「津田さま、どうかお顔をお上げ下さいませ。

 実は私共は2回目の説明会参加者は1軒でもいれば十分だと考えておりました。

 それはもちろん津田さまのお力を低く見たのではなく、人は自分の目で見たものしか信じられぬ生き物だからです。

 それが8軒も参加されるのは、まさに津田さまの徳の為せるところ。

 この上はわたくしも精一杯頑張って北海国を紹介させて頂きたいと思います」


「暖かいお言葉誠にありがとうございまする。

 どうぞよろしくお願い申し上げます」



 あの寄り合いの途中で『そんな胡乱な話には乗れんな』と言って途中退出した商家や、頭取番頭に諭されて2度目の説明会参加を見送った商家たちも、数か月後に天王寺屋一派のあまりの儲けぶりを見て、天王寺屋を訪れて津田新右衛門に頭を下げようとするようになった。

 中には要らん意見をした頭取番頭を引退させてから来た者もいる。


 だが、天王寺屋の返事はいつも『旦那さまはあいにく商談のため不在です』であったし、運よく新右衛門に会えても、『現在日の本中の大商家に北海国の説明のために飛び回っているところですので、残念ながら貴商会への対応はそれがすべて終わってからという事にさせて頂きます』と言われてしまうのである。


 幸運の女神は逃げ足が速いのであった……




 もちろん津田新右衛門は堺の商会を組織化することだけに注力していたのではない。

 天王寺屋には平均して月に5件は日の本全域の大名家の使いが訪れ、若殿などのために下級公家や五摂家などへの官位官職の陳情用の進物を求めに来ていたのである。


(註:官位官職とは家に与えられるものではなく、あくまで朝臣として個人に与えられるものであった。

 そうでなければこの時代の困窮した下級公家などはとっくに餓死していただろう)



 新右衛門は、その際にも販促を怠っていなかった。


 九州肥前の大身大名竜造寺家の使いが若殿の官位官職を求めて上京し、無事内定通知を得た際に使者たちが滞在する旅籠屋(はたごや)に出向いたのである。


「この度の若殿さまへの官位官職授与内定、誠におめでとうございます」


「うむ、その方の助言通り動いた結果であるがな。

 おかげでわしも大事なお役目を無事終えられて安堵したわ」


「もったいないお言葉痛み入ります。

 それでこれは最近手に入りました希少な酒なのですが、みなさまの祝杯乾杯用と若殿さまへの祝いの品としてお受け取り願えませんでしょうか」


 天王寺屋はそう言って一升瓶2本を差し出した。


「こ、これはギヤマンの瓶に入った酒か!」


「はい、あまりにも希少な酒であるために、このように少量でお恥ずかしいのですが、どうかご査収くださいませ」


「あいわかった。

 また公家に挨拶が必要になった際にはよしなに頼む」


「ありがとうございまする……」


 その後その武士たちは、清酒を口にして仰天することになる。


「こ、こここ、これはぁっ!」


「なんと旨い酒よ……

 それに酒精も実に強く、今までの濁り酒や澄み酒とは比べ物にならんな……」


 彼らは2本目の一升瓶も空けてしまうことを考えたが、なにしろ若殿の官位官職内定祝いに預かった酒である。

 万が一にもそれを飲んでしまったことがバレたらと思うと、一升瓶の周囲を布やおがくずで覆い、目について出来心で開けてしまわぬよう船倉の奥底に仕舞った上で、九州の国元への帰還の途についたのであった。





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