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*** 92 鉛白 ***



この物語はフィクションです。

登場人物、国家、団体、制度などが実在のものと似ていたとしても、それは偶然です。

また物語内の記述が事実と違っていたとしても、それはフィクションだからです。




 


 堺の天王寺屋に転移すると、津田新右衛門はすぐに裏庭の一画を指定した。


「よろしければこちらにお願い致します」


「それでは失礼して……」


 その場が淡い光に満ち、光が消えた後には小ぶりな蔵が経っていた。


「なんとまあ……」


「さて、中に入ってみましょうか。

 こちらが北海国の交易所直通の転移門です。

 念のため申し添えますが、この転移門は今のところここにいらっしゃるお三方しか使えません。

 お仲間や菊乃さまとその侍女の方々などお使いになられる方がいらっしゃれば、わたくしかわたくしの仲間にお申し付けくださいませ。


 こちらは酒蔵ですね。

 先ほど申し上げた通り、清酒一升瓶千百本と二合瓶千本が入っておりますので、ご自由にお使いください」


「あの、蔵全体に比べてこの酒蔵は異様に大きいのですが……」


「この酒蔵は別の空間にあるものですので」


「さ、さすが……」


「私共にご用命がある時には、お手数ですがこちらの転移門を潜って北海国の交易所までお越しくださいませ。

 わたくしが休暇などで不在にしていても、同じ陪臣の仲間が対応させていただきます」


「カムイレオさまは休暇を取ることがお有りになられるのですか」


「はい、カムイ・ムサシの命により、私共を含む北海国の民は六日ごとに交代で一日の休みを取ることが義務付けられておりますので」


「そうだったのですね……

 それにしても、そのように休みが多くては仕事の効率に差し障りがあるのでは……」


「いえ、適度な休みがあった方が全体の効率は上がるということがわかっています。

 また、国家とは効率のみを追求するものではありません。

 そもそも国家とは国民の幸福を追求する場ですので。

 さらに申し上げれば、ムサシさまはその国民の休日の楽しみの場すら用意されています」


「よくわかりました……」


(どうも今のままでは天王寺屋の発展の余地が少ないような気がしてきたの。

 所有と経営を分離した後にはそうした休日制度を試してみるべきかもしらん……)



「それではお渡ししたいものがありますので、離れを貸して頂けますでしょうか」


「もちろんどうぞ」



 カムイレオは離れに落ち着いて茶を振舞われると、卓の横に手を振ってまた毛氈を敷き、その上に60センチ×40センチの台付き鏡を5枚、綺麗な中ぐらいの箱とそれよりは小さな箱を5つずつ出した。


「こちらの鏡は奥さまの綾乃さま、嫁がれた菊乃さま、またご息女の吉乃さまにどうぞ。

 こちらは忠次郎さまと銀之助さまの奥さまの分でございます」


「そ、そんな!

 私共のような者にまで!」


 銀之助もこくこくと頷いている。


「北海国の民には身分の差は無いそうだ。

 お前たちもありがたく頂戴しなさい」


「「 はい…… 」」


「それからこちらの箱には、石鹸とシャンプーとリンス、コンディショナーというものが入っています。

 それからこちらのやや小さい箱には化粧品が入っております。

 どれも詳しい使用説明書がついておりますので、よくお読みになられてご使用下さるよう、奥様方やお嬢さまにお伝えくださいませ」


 天王寺屋主従は揃って頭を下げた。


「いやよい勉強をさせていただきました。

 取引先への進物にはいつも頭を悩ませていたのですが、先般頂戴した『琥珀餅』といい、この鏡や石鹼や化粧道具といい、従業員や奥への進物とは。

 実に素晴らしいお考えであらせられます」


 もちろんその方が家中で主人の格が上がるからである。



 などと暢気なことを言っていた新右衛門だったが、翌日の昼過ぎに奥座敷で奥方と二人の娘に囲まれて少々狼狽することになる。

 三人とも髪は艶々で天使の輪も浮き、お肌もプルプルだったが、目は三角になって据わっていた。

(尚、次女の吉乃ちゃんは新右衛門が見たことも無いケバさで、さらに新右衛門の動揺を誘っている。

 まだナチュラルメイクの技は取得していないようだ)


「あなたさま!

 この『しゃんぷー』や『りんす』、そして『せっけん』や『こんでぃしょなー』というものはどこで入手なされたのでしょうか!」


「おとうさま!

 これらの品はもっと手に入るのでしょうか!」


「おとうさま!

 このような『けしょうひん』を使った状態で外を歩けば、お友達たちから質問攻めに遭います!

 そのときにどこで贖ったと答えればいいのでしょうか!」


 因みにだが、化粧品セットのなかのファンデーションにはナノマシンが含まれており、小ジワなどを無くし、かつお肌の新陳代謝を高めてくれる効果も持っていた。

 階梯宇宙では一般的かつ安価な品。



 さらに奥方や娘たちの後ろでは、菊乃の嫁ぎ先である紅粉屋べにやの主人夫婦と菊乃ちゃんの夫である跡取りの信一郎が平伏していた。

(紅粉屋というからには、もちろんその主力商品は化粧品である)


「商家に対して仕入れ先を聞いてはならないという掟は重々承知しております!

 ですが! ですがどうかこれら化粧品の入手先をご教授願えませんでしょうか!

 この通り、伏してお願い申し上げまする!」


 全員の鬼気迫る勢いに恐れをなした新右衛門は忠次郎を交易所に使いに出した。

 幸いにもカムイレオが休暇中ではなかったため、翌日昼前にカムイレオが来てくれることになったのである。



 天王寺屋の奥座敷には主人の新右衛門以下、紅粉屋夫婦や関係者一同が揃っていた。


 カムイレオは床の間を背負う席に案内されたがこれを固辞し、分厚い座布団を2メートルほど移動させて座った。

 さすがは堺の商人である紅粉屋一行も、津田新右衛門が床の間を背負う席に案内したことに加え、カムイレオの巨躯と只者ならぬ佇まいを見て素直に平伏している。

(吉乃ちゃんはちょっと頬を赤らめていた)


「皆さまどうかお顔をお上げくださいませ。

 紅粉屋さまに於かれましては、我が北海国の商品を仕入れたいとのご希望があるとのこと、まずは御礼申し上げます」


 カムイレオも深々と頭を下げたが、それでも威厳溢れる低頭であった。


「ただ、ひとつお願いがございます」


「な、なんで御座いましょうか……」


「皆さまが商っておられる白粉おしろいなのですが、その全てに鉛白が使われていることと思います」


「は、はい、確かに」


「実は鉛白に含まれている鉛にはかなりの毒性がありまして、女性の寿命を縮める原因になっているのですよ」


「「「 !!!!! 」」」


「また、妊婦の方が白粉を使用されたり出産後に使用されたりすると、胎児や乳児に重大な影響が出ることもあります」


「「「 ………… 」」」


「幸いにして菊乃さまはご懐妊がわかってからは離れに住まわれ、白粉も使用されていないと聞き及んでおります」


「は、はい、紅粉屋に嫁いだ身としては大変に申し訳ないのですが、身籠ってからは匂いの強い物を苦にするようになり、我儘を申し上げて離れに居を移させて頂いておりました……」


「それは真に幸いでございました。

 母体が胎児のために無意識に毒を避けられていたのかもしれませんね」



 因みにだが、大正天皇の脳症は実母や宮中の女御が大量に使っていた白粉が原因だとの説があるそうだ。

 昔の女性たちは、白粉を乳房付近から背中にまで塗っていたのである。

 当然ながら胎児の頃から出産後も赤子の体内に鉛が入っていたことだろう。

(Wiki参照)


 因みに、鉛白職人が白粉の元になる鉛白を製造する際には、大きな黒色の陶器の壺に酢と炭を入れ、そこに簀子を重ねて置き、それぞれの簀子に鉛の板を置いておくそうだ。

 そうして夏場は太陽光に当て、冬場は壺を湯箭にかけて一定の温度に保つそうな。

 そうすると、まず鉛の表面が水分と酸素によって水酸化鉛になり、これに酢の中の酢酸が作用して酢酸鉛が出来、この水酸化鉛と酢酸鉛が化合したところに空気中の二酸化炭素や炭の炭素が作用することで、二か月ほどかけて鉛の表面に塩基性炭酸鉛(鉛白)が出来るとのことである。

 要は銅の表面に酸素が反応して出来る緑青のごとく、鉛白とは鉛に酢酸その他を作用させた錆びの一種であるのだ。

 うわっ!

 体に悪そうっ!



「それで紅粉屋さま、貴商会でお売りになられている白粉は、白粉屋から仕入れられているものと思われますが……」


「は、はい……」


「わたくしどもの化粧品にあるファンデーションにはもちろん鉛白は使われておりません。

 ですが私共の商品が直ちに日の本中に普及していくとも思えません。

 ですので紅粉屋さまから白粉屋に鉛白を使わぬようご指導をお願い出来ませんでしょうか」


「か、畏まりました。

 ですが鉛白以外でどのようなものを白粉の原料にすればいいのやら……」


「たとえばこのようなものは如何でしょう」


 カムイレオが傍らから30センチ角ほどの箱を持ち出した。

 新右衛門や忠次郎以外の全員の目が点になっている。


 カムイレオが箱の蓋を開けると中には真っ白な粉が詰まっていた。


「これはコーンスターチというものです」


「こ、これは……

 なんと真っ白な粉でしょうか……

 こ、この粉の原料は何なのでしょう!」


「実はこの粉は唐黍から出来ているのですよ」


「「「 !!!! 」」」


「ですので、毒があるどころか食べることすらできます。

 まあ味が全く無いので美味しいものではありませんが。

 この粉を水や油で溶けば、十分に白粉の代わりになるものが出来るでしょう。

(註:コーンスターチは、21世紀地球の一部でも白色系ファンデーションの原料として使われている)


 このコーンスターチはいくらでも無料で差し上げますので、どうか多くの白粉屋さんに鉛白を使わないようご指導をお願いいたします」


「か、畏まりました!」


(まあコーンスターチなど安いものですし、これでこの時代の女性や赤子の寿命が延びて不慮の病死が減るのであれば、ムサシさまもお喜びくださることでしょう……)





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