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*** 90 巨船 ***



この物語はフィクションです。

登場人物、国家、団体、制度などが実在のものと似ていたとしても、それは偶然です。

また物語内の記述が事実と違っていたとしても、それはフィクションだからです。




 


「2年ほど前にムサシさまがカムイとしてこの地に降り立った時点では、この蝦夷の地全域には20万人ほどの民がいました。

 その全員が必死に働いて食料を得ようとしていましたが、それでも全員が飢える一歩手前だったのです。

 そこにムサシさまは膨大な量の食料を与え、まず民を安心させました。

 次に農業漁業の智慧と道具を与えられ、同時にあの日高第一村と同じ規模の村を100か所ほど造り、その村に供給する飲料水や農業用水のために貯水池や水路も造られました。

 さらには下水を浄化して綺麗な水にしてから海に戻す施設を造り、この北海の地を覆い尽くして農業の妨げになっている泥炭層を剥ぎ取って燃料として備蓄しました。

 これだけの救済事業を為すために必要な資金は、例え北海の民20万人が千年かけて税率十割で払おうとしても、到底足りるものではないのです。

 よってムサシさまは税など不要であると判断為されました」


「「「 ………… 」」」



「あの、ムサシさまはなぜそれほどまでにこの北海の地を大切になされたのでしょうか……」


「それは、この星を覆う世界規模の冷害という災厄の下で、唯一この北海の地の民だけがより北に住む多くの民の避難移住を受け入れて来ていたからです。

 自分たちの貴重な食料を分け与えてまで。

 ムサシさまはこの善行を殊の外喜ばれました。

 日の本では全ての武士という支配層が、己の利のために近隣に強盗に入り民を捕らえて奴隷として売り飛ばしている中で、この善行はそれこそ一筋の光明に見えたそうです。

 同じ寒冷化という災厄の中でも、北海のアイヌは数万の民を救う一方で、日の本の強盗武士は何十万もの民を殺し、また奴隷として売り飛ばしていたのですよ。

 ムサシさまが北海のアイヌを助け、日の本の強盗武士を滅ぼそうとされるのも当然でしょう。

 日の本中の石高が急減する中で、己の利を求めて貨幣の価値を半分にして民を騙そうとした堺の商人も強盗武士と同罪ですが」


「「「 ………… 」」」


「さらにムサシさまは、北海の地に住むアイヌ全員の了解を得て、東シベリアからの避難移住者たちも積極的に受け入れ始めました。

 カムチャツカと樺太とロシア沿海州の地に、避難民が移動しやすいように道路を整備し、途中には休息のための避難施設も造りました。

 さらにはカムチャツカと樺太と沿海州には避難民の避難目標となる巨大な灯台を建て、そこには一時避難民収容施設も造り、その施設とここ北海の地の間で連絡船を往復させて避難民を受け入れています。

 その人数は現在年間20万人ほどですが、この避難移住者を襲って財を奪おうとした現地の自称武人たちは、ことごとく捕らえて牢に送り込んでいます。

 その牢には現在80万人ほどの罪人を収容しておりますが」


「「「 !!!! 」」」


「おかげで困窮した民が移住を目指すのを邪魔するものはほとんどいなくなりました。

 そのために、これからしばらくはますます移住者も増えて行くでしょう。

 現時点の我々の試算では100年後にはこの北海国の人口は一千万人に達するものとされています」


「「「 ………… 」」」


「こうした救済事業の総費用は、日の本中の財の数千倍に達することでしょう。

 そんな費用はとてもではないですが、税などで賄えるものではありません。

 よって北海国では税は不要なのですよ」


「あ、あの、ムサシさまは如何にしてそれほどまでの財をご用意為されたのでしょうか……」


「残念ながら、わたくしはそれを語ることを許されていません。

 ですがまあ、ムサシさまはその財を独力で築かれたことだけはお伝えしておきます。

 そしてご安心ください。

 今回の作戦に要する費用は、あのお方さまの総資産の1億分の1のさらに1億分の1にも相当しておりませんので、費用のご心配は無用です」


「「「 ………… 」」」


「あ、そろそろ網船が岸に着くようですね。

 漁の様子を見に行ってみましょうか」



 砂浜に引き上げられた網の中では、今日も巨大な魚がびちびちと跳ねていた。

 使徒の一人が雷撃を放って魚たちを気絶させると、村人たちは慣れた手つきで魚を捌いていき、そうして魚はトロ箱に氷と共に詰められて時間停止倉庫に仕舞われたのである。


 天王寺屋の3人は間近で見る巨大魚が動いている姿に硬直しつつも、北の海の豊かさに感激していた。



「そろそろカムチャツカらの避難移住船が到着するのですが、襟裳岬湊に見学に行ってみませんか」


「よろしくお願いいたします」


 海岸から村の門前へと戻ると、そこには小型の低床バスが停車していた。

 トロッコ列車のように横から乗るスタイルのバスであり、壁も天井も無い。

(ただし雨が降ったり風が強い時には車体全体が遮蔽フィールドで覆われる)


 小型バスは舗装道路をゆっくりと走り、20分ほどで襟裳岬湊の大桟橋に到着した。

 幅が80メートル、長さが300メートルもある大桟橋には、既に大型バスが80台ほども停まっている。

(尚、バスの運転は北海国総司令部の量子AIコンピューターが遠隔操作で行っているようだ)



「もう少しで避難移住船カムチャツカⅡが襟裳岬を廻って姿を見せますよ」


 その巨船は岬の陰からゆっくりと姿を現した。


「「「 !!!!!!!! 」」」


 天王寺屋一行は本当に大硬直した。

 その船は大身大名の居城よりも石山本願寺の伽藍よりも遥かに大きかったのである。

 その超巨船が静々と動く様は、本当に山が動いているようだった。


 まあ無理も無いだろう。

 このカムチャツカⅡはあの戦艦大和やクイーンエリザベスⅡよりも少々小さいだけなのだ。

(その出力が圧倒的に大きいために、巡航速度を気にする必要は無く、全幅はむしろ両船より大きい)

 そんなものを15世紀末の民が見れば驚くのは当然である。


 因みに、この時代の最大の船と言えばスペインやポルトガルの持つガレオン船であり、日の本では安宅船になるが、ガレオン船の全長は60メートル、安宅船は45メートルでしかない。

 またカムチャツカⅡはより多くの乗客を乗せるために、上部構造も大きかった。

 このため、船の喫水線上の体積ベースでは、カムチャツカⅡはガレオン船の120倍、安宅船の160倍もあったのである。


 天王寺屋たちは、今度こそ完全に理解した。

 この超巨船はもはや人知の及ぶところではない。

 正しく神の御業であると……

 彼らは知らず知らずのうちに跪き、ムサシに祈りを捧げていたのであった。


 このときこそが天王寺屋主従が心からムサシに帰依した瞬間だったのかもしれない……



 桟橋の横20メートルほどで停船したカムチャツカⅡは、驚いたことにゆっくりと真横に移動して桟橋に接岸した。

(もちろん念動の神術によるもの。

 この後もしばらく桟橋に固定されたままでいることになるが、これも念動の神術による)


 船の各デッキからするすると長大なタラップが降りて桟橋に固定され、使徒らに先導されたカムチャツカの民6000名が下船を始めた。

 そのまま桟橋上で待機していたバスに乗り込んで、収容予定の第14村まで運ばれて行くことになる。

 多くの民は海を眺め、氷の欠片も浮いていないことに安堵していた。



 彼らが全員第14村に入村すると、まずは何を置いてもドーム居住棟前広場での歓迎相撲大会が始まる。

 10か所ほどの相撲場では、まず日高第1村の力自慢とカムチャツカの力自慢が対戦するが、食事も休養も十分なアイヌの方が若干勝率はいいようだ。


 だが、カムチャツカの力自慢たちのうち、この素晴らしい村の統率者たらんと野心を抱いていた者たちも、女性使徒と対戦してぽんぽん放り投げられると完全に心が折れた。

 アイヌたちは、項垂れているカムチャツカの猛者たちにいつものように同情の視線を向けている。


 建国直後の大量移民受入れ期に於いて、北海国の治安維持に最も功績があったのは、この武闘派女性使徒たちだったかもしれない……



 天王寺屋一行はまた日高第1村に小型バスで戻って来た。


「こちらは日の本からのお客様用に用意されている居住棟です。

 もし菊乃さまをお預かりすることになれば、こちらで寝泊まりして頂くことになりますので、ご視察願えませんでしょうか」


 その建物は産院にほど近いところにある8階建ての巨大な建物であり、入り口が12か所もあった。

(もちろんエレベーターつき)


 その入り口と各フロアには非常通報ボタンもあり、妊婦が産気づいた際にこれを押すと、直ちに当直の女性使徒が転移で現れることになっているそうだ。


 津田新右衛門一行が案内されたのは1階にある南向きの150平米もある4LDKだった。

 これならば付き添いの侍女2~3名と一緒に暮らせるだろう。

 窓ガラスも三重のアルミサッシであり、和人に配慮して玄関で靴を脱ぐ仕様になっている。


 リビングにはキッチンとダイニングが隣接しているが、キッチンにはIHコンロ以外に熱源は無く、湯を沸かすことしか出来ないようになっている。(火災予防のため)

 代わりに各フロアには炊事場兼食堂直通の転移装置があり、食事はそちらに移動するか侍女が取りに行くことになっていた。


「あの、カムイレオ殿、この部屋の中は何故にこのように暖かいのでしょうか。

 外とは明らかに違うように感じるのですが」


「この建物もそうですが、この村の建物のほとんどには壁や床に管が通してありまして、その中を温泉から引いて来た湯が流れているからですね。

 今はまだ初夏で過ごしやすいですが、冬になればさすがにこの地はかなり寒くなりますので」


「な、なるほど」


 全ての寝室には1つ乃至2つの低めの寝台があり、そこにはマットレスや布団も置いてあった。


「床に布を敷いて寝るのではないのですね……」


「最初は慣れぬかもしれませんが、妊婦さんには特に寝台の方が楽なのですよ」


(それにあの交易所と同じように、建物内や家の中に厠があるのか。

 この家には2つもあるし。

 そうか、このような『すいせんといれ』であれば、匂わないので室内に厠が作れるのか。

 これなら嵐や雪の日でも外を歩かずに厠に行けるのだな。

 それに、この腰掛式の『といれ』は随分と楽だのう。

 これなら妊婦も厠が苦にならないのだろうの。

 ただ、あの『しゃわーといれ』というものにはやや閉口するが。

 まるで河童に尻子玉を抜かれているかのような心持が……)


 あんた河童に尻子玉抜かれたことがあるんか?





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