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この物語はフィクションです。

登場人物、国家、団体、制度などが実在のものと似ていたとしても、それは偶然です。

また物語内の記述が事実と違っていたとしても、それはフィクションだからです。




 


「あのシブチャリ殿は、この日高第一村の村長であるだけでなく、ここ日高地方にある30の村、14万人の村人を束ねる大村長も兼ねておられるのですよ」


「そ、そうだったのですね……

 そんな大名とも言える方が、あのように民に交じって働いておられるとは……」


「実はそもそもこのアイヌの地では、ただ狩猟と採集と素潜り漁が行われているだけで、農業も本格的な漁業も行われていなかったのです。

 また、居住地周辺の森の恵みや海の恵みが減って来れば、住処を移すのも当たり前でした。

 そういう社会では、村や町といった集団で暮らす地域は発達しませんし、村長と言う地域の統率者も育ちにくいのです。

 ヒトが多くなり過ぎて食べ物が足りなくなれば、人々はすぐに移住して行ってしまいますので。

 ですので、家長や族長はいても村長という存在はいなかったのですよ。


 日の本から和人が攻め込んで来るようになると、複数の族長たちが団結してこれを追い払おうとすることは有りましたが、和人を退けることが出来ればその団結も終わり、元の移動生活に戻りました。

 よって、土豪や国人、ましてや大名などという者は存在しなかったのです」


「「「 ………… 」」」


「ところが今から50年ほど前に、この星は小氷期と呼ばれる寒い時代に入りました。

 日の本でもこの寒さにより冷害が広がったために、武士を名乗る者たちが一斉に近隣の領地に攻め込んで財を奪おうとし始めたのです」


「さ、寒くなって米の取れ高が減ったために武士が強盗化したというのですか!」


「その通りです。

 そして、この小氷期はあと350年ほど続きます」


「「「 !!! 」」」


「一方でここ北海の地の北部では、冬になると海岸に氷が漂着するようになりました。

 そうなると、冬には海に入っての漁が出来なくなります。

 たとえ僅かな氷の隙間を見つけて海に入っても、その後風などで海氷が動いて隙間が塞がり、海に入ったヒトが陸に戻れなくなって息が出来ずに死んでしまいますので」


「「「 ………… 」」」


「ただ、幸いなことにこの北海の地も全て海氷に覆われることはありませんでした。

 東は襟裳岬まで、西は石狩湾北部までしか海氷は流れて来なかったのです。

 もしも全域が海氷に覆われていたとしたら、アイヌの民は冬に飢えて全滅していたか、夏の間に日の本の地に逃れようとして陸奥や出羽の強盗武士たちに全て殺されていたか、捕らえられて奴隷として売り飛ばされていたことでしょう。

 いずれにせよ北海のアイヌは滅んでいたことと思われます」


「「「 ……………… 」」」


「まあそのときには、ムサシさまより『陸奥出羽の武士を全て蝦夷地に転移させ、代わりに蝦夷地のアイヌを陸奥出羽に入植させよ』というご命令を賜って、我らはすぐに実行していたでしょうが。

 いえ、どうせなら畿内の武士公家寺社をすべて蝦夷の地に送り、代わりに京大阪にアイヌの国を造っていたかもしれません」


「「「 !!!!! 」」」


「北海の地が冬に氷に閉ざされなかったおかげで、日の本の強盗武士や寺社は命拾いしましたね」


(このお方さまたちなら本当に実行出来たのだろうの……)



「そして、蝦夷地北部からの避難民を受け入れていったことで、50年前には300人ほどしかいなかったこの日高第1村の地に、2年前には800人近い民が住むようになっていたのです。

 そこまで人口が増えると、もはや移住も容易ではありません。

 たとえ一部の者たちが分離して新たに住処を作ろうとしても、木を切り倒して新たな家を造るには何年もかかりますし。

 そしてこの地の民は皆懸命に働いて、食料や冬の暖房用燃料である薪や泥炭を得ようとしていました。

 そうした大きな集団ではどうしても村長のような統率者が必要になってきます。

 そのために、家長や族長しかいなかったこの地にも、新たに村長という役割が必要になったのですよ」


「「「 ………… 」」」


「その後も北からの避難移住者は増え続けました。

 特にロシアの極東シベリアの地も秋から春にかけて海が氷に覆われるようになったために、多くの現地民が凍らない海を求めて避難移住を始めたのです。

 彼らはカムチャツカ半島や樺太を南下し、短い夏の間に粗末な筏に乗り、彼らにとっては南の地であるここ北海の地に命からがら渡って来るようになりました。

 そうして、ここ日高アイヌや石狩アイヌはそうしたシベリアからの避難移住民すら受け入れて来たのです」


「あの、彼らアイヌは何故それほどまでに避難民に対して寛容だったのでしょうか……」


「それは、彼らの伝承により、彼らアイヌ自身の先祖もまた遥かな昔の氷期に、北の地から凍らない海を求めて避難移住して来た民の子孫だということを知っていたからです。

 実際に極東シベリアの民とここ北海の地の民は、祖先が同じだけあって実によく似ていますからね」


「そうだったのですか……」


「また、主に狩猟や採集、漁労を続けて来た民族を縄文民族と言い、農業を続けて来た民族を弥生民族と言うのですが、一般に縄文民族は他者に対して寛容なのに対し、弥生民族は他者に自分の配下か奴隷になるかを要求し、それが受け入れられないとその他者を殺害しようとします」


「あの、何故その『やよいみんぞく』はそのようになってしまっているのでしょうか……」


「それはすべて農業の罪によるものです。

 農業は人口を増やすという点に於いては素晴らしい功績を持っていますが、その一方で他人の労働の成果を奪うことでしか生きられない強盗武士階級や貴族階級や寺社の坊主神主を生み、同時に戦や奴隷制も蔓延させたのです」


「なぜ農業を始めると、そのような害悪が広まってしまうのでしょうか……」


「そのことについては今度詳しくご説明させてください」


「それでは一つ教えてくださいませ。

 あの城壁に囲まれた村の外には広大な田畑があり、大勢の民が働いていました。

 つまり、ここ北海の地でも農業を始められたのですよね。

 ということは、この地でも強盗武士階級が生まれ、戦が頻発するようになってしまうのでしょうか……」


「それにつきましては、ムサシさまも我々もさほど憂慮してはいません」


「それは何故なのでしょう」


「アイヌには元々カムイ(=神)信仰というものがありました。

 これは、この北海の大地も海も全てカムイさまのものであり、したがって大地の恵みも海の恵みも全てカムイさまよりの賜り物であるという信仰です。

 したがって、自分たちアイヌの民はカムイさまに生かされているカムイさまの民なのだという信仰でもあります。

 そんな中で『この土地は俺の物とし、採れた作物も全て俺の物だ!』などと言い出したら、それはカムイさまの物を奪ったという事になり、彼らの間では大変な罪になります。

 また、他人を武器で脅して『お前は俺の奴隷とする!』などと言い出しても、それはカムイさまの民を脅して奴隷にしようとしたということでやはり重罪と見做され、村人全員の総意によりすぐに追放されてしまうでしょう」


「なるほど……」


 番頭の忠次郎が手を挙げた。


「あの、ということは、50年前にその氷期というものが始まって寒くなるまでは、このアイヌの地には家長や一族の長はいたけれども、村長や土豪はいなかったということなのですよね」


「はい」


「それではあのシブチャリ殿の家系はどのようにしてこの村の村長になられたのでしょう」


 カムイレオが微笑んだ。


「最初は相撲で選ばれたそうです」


「「「 えっ…… 」」」


「つまり最も力の強い者、つまり村のために最もよく働ける者が村長に選ばれたそうですね」


「ですが、その方の長男が必ずしも力が強くなるとは限らず、また働き者かどうかもわからないのではないでしょうか」


「ふふ、和人の方にはやや分かりにくいかもしれませんね。

 ここ北海の地では、次の村長はその直系一族から選ばれるのではありません。

 実は興味深いことにこの地では村長には5年という任期があって、5年経つと自動的に村長が交代するのです」


「「「 ええっ! 」」」


「まあ相撲が最も強かった者でも、年齢と共に衰えが来るでしょうからそういう事情になったのでしょうが。

 そして、次の村長にはやはり相撲が強い者の中でも、最もよく働く者が選ばれるそうです」


「あの、誰が選ぶのですか?」


「まずは巫女さま、次に代々の村長経験者、そしてやはり相撲が強い村の有力者たちが相談しながら選びます」


「その際に村長の長男が次の村長に選ばれることは無いのですか?」


「はは、最近では『つがいになる』という者たちも徐々に増えて来ていますが、彼らの多くは多夫多妻制です。

 つまり、女性には誰が自分の子か分かりますが、男性には誰が自分の子なのかわからないのですよ」


「「「 !!!! 」」」


「だ、だから先ほどシブチャリ殿は、『そういう代々当主を受け継ぐってぇのは今ひとつピンと来ねぇが』と仰っていたのですね……」


「そ、そういえば聞いたことがあります。

 平安京に都があった時代には、天皇家以外で夫婦になる者はほとんどおらず、貴族ですら男性は自分の子が誰だかわからなかったと……」


「そうですね。

 そういう意味でも昔は女系社会だったのでしょう。

 ですが武士が暴力や戦で財を成すようになると、何故かその財を自分の子孫に残したがるようになりました。

 例えば天皇家も今から千年ほど前に西国の人々を殺しまくって朝廷というものを作ったのですが、その後も『税という貢物を払え、払わなければ殺す』と民を脅して、自分たちは働かなくとも済むような体制を作り上げました。

 不思議なことですが、そういう暴力支配体制を作った者ほど、自分の子にその地位や財産を受け渡したくなるようですね」


「あ、あの、先ほど北海国では陸の幸も海の幸も全てはカムイさまのものであり、その幸をカムイさまが民に下賜して下さっておられるとお聞きしましたが、この北海の地では税は如何ほどなのでしょうか。

 日の本では通常五公五民と言われていますが、定率制ではなく定額制であるために、昨今冷害が多発するようになると、実質八公二民となったり酷い時には採れた米を全て武家に奪われたりしているそうなのです。

 それでも税が足りないと、武家は民を奴隷として売り飛ばして税の代わりとしているとか」


「ははは、この北海国に税などありませんよ」


「「「 えっ…… 」」」





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