*** 87 親の罪 ***
この物語はフィクションです。
登場人物、国家、団体、制度などが実在のものと似ていたとしても、それは偶然です。
また物語内の記述が事実と違っていたとしても、それはフィクションだからです。
「あの、ところでこうした魚も、例の時が止まった倉庫に保存しておけるものなのでしょうか」
「もちろんです」
「我ら堺の商家はそれぞれ懇意にしている料亭があるのですが、私共天王寺屋や仲間内の商家と近しい料亭が困っておりまして。
実は桔梗屋を始めとする堺銭鋳造派の商家は以前から明石の漁師町を押さえており、我ら堺銭反対派に近しい料亭に明石の鯛を卸さぬよう圧力をかけているのです」
「鯛と仰るからには祝宴用の真鯛でしょうか」
「はい、もちろん明石以外にも真鯛の水揚げはございますが、夏などの季節にはどうしても畿内に近い明石の真鯛が重宝されております。
それで時を止める神術をお持ちの北海国さまにおすがり出来ないものかと思いまして……」
「ということは、やはり尾頭付きの刺身がよろしいのですよね」
「はい、出来ましたら」
「それではこのようなものは如何でしょうか」
広い特別室の座敷に、大きな卓が出て来た。
その卓の上には1.5メートルほどの白木の船の模型があり、その船には細かい氷が敷き詰められた上に、やはり頭の先から尾の先まで1.5メートルもある真鯛が仰け反った姿で置かれていたのである。
「「「 !!!!! 」」」
天王寺屋の3人も仰け反った。
そもそも真鯛という魚は、回遊魚である鰹や鮪と違ってあまり動き回らない魚であり、このため細長い流線型をしていない。
そのために、背びれから腹までの長さも70センチを超える堂々たる姿である。
もちろん船盛りだけあって、その半身は既に刺身に引かれて骨の上に乗っていた。
(註:もちろん合成食品である。
こんな大きな天然真鯛は存在しない。
ムサシ一派の食品合成部門が、最も旨いとされる体長50センチの天然真鯛の味を再現して作り上げた逸品。
彼らは、ミヌエットちゃんがムサシの子を生んだ際には、祝いの席で猫人たちを喜ばそうと体長10メートルの鯛の船盛りを出すことを目論んでおり、その習作として作った物。
そんな怪獣レベルの鯛を見たら、ミヌエットちゃんの親戚の仔猫たちは皆泣き叫び、おしっこをまき散らしながら逃げていくことだろう。
そんな鯛に口を広げさせ、『ギョギョギョ―――っ!』とか吼えさせたら、猫人参列者が皆仔猫と同じになるものと推測される)
因みにだが、或る大身大名の祝いの席に於いて、酒が入って場が緩んだ頃、その末席に招待されていた桔梗屋が、『ふん! 天王寺屋めがこんな大きいだけの活きの悪い魚を出しおって! 見てみろ、目が死んでおるではないか!』とこれみよがしにイチャモンを漏らしたらしい。
そこで刺身を小皿に取り分けていた調理人(実はアバター)が、身を全て皿に盛り終えた後に『ご無礼仕ります』と周囲に言って骨に酒をかけたところ、鯛の尾頭と骨がビチビチと音を立てながら跳ね飛んで桔梗屋に迫っていったのである。
(もちろん念動の神術によるものだが、練達の包丁人が活け鯛の身を捌いた後に酒をかけると同じことが起きるらしい。マジかよ!)
おかげで大大名は『あっぱれあっぱれ!』と大喜びし、驚愕のあまり悲鳴を上げて尿モレを起こした桔梗屋は満場の笑い者になったそうな。
(因みに鯛の口には小さいながら牙があるため、頭から迫って来られるとけっこうコワイ)
その晩、天王寺屋の3人はそれぞれ個室に案内され、綿入りの布団に感激しながら就寝した。
翌朝、コンチネンタルスタイルの朝食に感嘆した後は、まずあの大水槽室見学である。
「こ、こここ、これはぁっ!」
「如何ですか、昨晩召し上がって頂いた海の幸は、このように北の海の中にいるのです」
「「「 ………… 」」」
「それではそろそろ北海国の村の見学に参りましょうか」
天王寺屋一行がカムイレオに連れられて転移したのは、日高第1村の正門前だった。
「む、村の周りをこのように大きな城壁で囲っているのですか。
これはもしや日の本の武家の襲撃に備えるためですか?」
「いえいえ、強盗武士は北海国の領海に入ると同時に牢に転移させていますので、ここまで来ることはございません。
この壁は風よけです」
「確かに言われてみればここの風は随分と強いですな」
「今は初夏ですのでこの程度ですが、これが冬になると猛烈な地吹雪になってしまうのですよ。
ですので村はこのような風よけで覆うようにしています」
「なるほど……」
「それでは村の中を見てみましょうか」
「村に入ると風が止んだ……」
村に入ってまず目につくのは、底面の直径が100メートルもある巨大なドーム状の建物だった。
「お、大きな建物ですな……」
「ええ、あれが多くの村人が住む建物でして、内部にはけっこうたくさんの部屋もございます。
隣接しているのは炊事場兼食堂ですね。
今はあのように3面に壁が無く開放されていますが、冬になると壁に覆われた建物になります。
また、炊事場の左手に見えます建物は治療院になりまして、怪我をした方や病気の方々が村中から通って来ていますが、重症の方々はもちろん治療院に泊っています。
まあ治癒の神道具でみなさんすぐに回復しますので、入院患者はそれほど多くありませんけど。
また、炊事場の右手にある建物は産院です。
妊娠したかどうかの検査から、妊娠が確定された妊婦さんたちが月に一度ほど通って健康診断も受けていますね。
さらに、産院には妊娠中の注意事項や出産後の子育てについて学ぶ母親学校も付属しています」
産院の周囲にはたくさんのテーブルや椅子があって、まだお腹が大きくなっていない女性から、丸々と大きくなったお腹を抱えた者まで、多くの女性がお茶を飲みながら歓談していた。
中には小さな新生児を抱えた母親もいる。
また、よく見れば炊事場で調理中の女性の中にもお腹が大きくなっている者が多くおり、それぞれが楽しそうにお喋りしながら野菜の皮を剥いたり鍋をかき混ぜたりしているようだ。
「皆さん楽しそうですね……
嫁に行った我が娘も、塞ぎ込まずにあのように屈託なく笑っていられればいいのに……」
カムイレオが新右衛門に向き直った。
「菊乃さまとここにいる妊婦さんたちは何が違うと思われますか」
「そ、それはもちろん産褥の不安があるかないかだと……」
「それは要因の一つですね。
それ以外にも多くの違いがあります」
「ど、どのような違いなのでしょうか」
「ご覧ください。
妊娠が分かったばかりのご婦人は、臨月近くになったご婦人や既に出産を終えたご婦人たちの経験談を興味深く聞いていらっしゃるでしょう。
ああした同じ母親になろうとしている大勢の仲間たちがいることが、若い初産の妊婦さんたちの不安を和らげているのです。
それに炊事場でも多くの妊婦さんたちが働いておられるでしょう。
妊娠とは病ではありません。
適度の運動もまた妊婦さんやお腹の子の健康のために必要なことでして、カムイさまは妊娠6か月以上の方でも日に2刻を限度としてあのように働くことを推奨されています。
もちろん力仕事は屈強な男衆が行いますが」
「そうでしたか……」
「菊乃さまは離れなどにほとんど隔離状態なのではないですか」
「は、はい。
天王寺屋から迎えた嫁の初産であるということで、庭奥の離れに住まわせ、実家から連れて行った女中2名のみが世話をしているとのことです。
もちろん紅粉屋夫婦も婿も日に何度も離れを訪れて、ご機嫌伺いをしてくれているそうなのですが……」
「外を歩かせて万が一転びでもしたら、流行り病を貰ってしまいでもしたら。
そうしたご心配があるのは当然でしょうが、そのように離れに押し込めていれば気鬱の病に罹ってしまうのは当然でしょう。
例えば津田さまも、膝が痛むときなどに離れから出してもらえなくなったとすれば、かなりの気鬱に陥られることと思います」
「な、なるほど……」
「ですので、出来ればあのように『母友』(たぶんママ友のことと思われる)が大勢いる環境が最も望ましいですね」
「仰る通りかもしれません……」
「それともう一つ、ムサシさまによれば日の本やかつての蝦夷地でご婦人方が出産時に亡くなられることが多かったのは、その出産年齢のせいもあるとのことなのです」
「ど、どういう事なのでしょうか……」
「皆さまは多くの場合、娘さんに月のものが始まるとすぐに嫁に出されたり婿を迎えられたりされていると思います」
「はい……」
「ところがですね、女性は月のものが始まる、つまり妊娠が可能になったというだけでは、出産に適した体にはなっていないのですよ」
「そ、そうなのですか?」
「よく見て頂ければお分かりの通り、女性の体の成長はおおよそ22歳まで続きます。
つまり22歳の女性に比べて16歳や18歳の女性は、まだ体が小さいのですよ。
ところが生まれて来る子の大きさは母体の大きさに関係がありません。
ですので、一般に16歳や18歳以下での若い方の出産ほど危険が大きくなってしまうのです」
「!!!」
「ですが皆さんは一刻も早く跡取りが欲しいと考え、20歳を過ぎても縁談が決まらない娘を嫁ぎ遅れと蔑み、また20歳を過ぎても子を生まない嫁を嫌う傾向があります。
そのために産褥死が多くなっているのですから、若すぎる母親の産褥死は、運が悪かったのではなく、もちろんその母親の責任でもなく、すべて実家の両親や嫁ぎ先の両親の責任だということになりますね」
「!!!!!!!!!!!」
「ですので、北海国ではムサシさまのご指導により、子作りをするのは最低でも女性が20歳を過ぎてからということになっています。
これも出産事故を減らすのに大いに役に立っていることでしょう」
「そ、そうだったのですね……
わたくしの妻綾乃は菊乃を生む際に16歳でして、月足らずの早産だったのですが幸いにも無事生むことが出来ました」
「それは運が良かったですね。
早産だった分赤子が小さかったために無事生むことが出来たわけです」




