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*** 84 値付け ***



この物語はフィクションです。

登場人物、国家、団体、制度などが実在のものと似ていたとしても、それは偶然です。

また物語内の記述が事実と違っていたとしても、それはフィクションだからです。




 


「次は酒蔵に参りましょうか」


 その酒蔵も広さは1㎞四方ほどあったが、列ごとに異なる容器に入った酒が並んでいた。

 1列目は清酒『大北海』のギヤマン製一升瓶入、2列目は同じく『大北海』だが不思議な材質の一斗樽に入った物、3列目は四斗樽、4列目はビールの中樽、5列目はギヤマン瓶入りのウイスキーだった。

 そうした並びで置かれた酒の列が延々と続いているのである。


 天王寺屋の3名は、あまりのことに口を開けて見ているだけであった。


 さらに彼らは次の銭蔵では心底驚愕して立ち尽くすことになる。

 その部屋には30センチ角ほどの箱に『北海通宝』が1貫文(=1000枚)入ったものが、やはり見渡す限り積み重ねられていたのであった。

(前面はギヤマンの板が嵌められているので、中の銭の輝きが良く見える)



 次の金板蔵には小さく区分けされた棚が無数に並んでいた。

 そして、その棚には金10両(=40貫文≒480万円)に相当する金板がぎっしりと詰まっていたのだ。

 別の棚には金100両に相当する大金板(=400貫文≒4800万円)が無数に積み重ねられている。

 そんな棚がやはり遠方が霞んで見えるほどの空間に並んでいたのであった。


(こ、これは……

 堺中の商家の財どころか日の本中の商家、いや大名家や寺社も含めた全ての財を合わせよりも遥かに多いのではなかろうか……)


「如何でしょうか。

 これで我ら北海国の財は、米を含めて十分であり、交易の目的は利を得ることではないということがおわかりいただけたでしょうか」


「は、はい……」


 天王寺屋の面々は驚きすぎてやや疲れた顔をしている。



 次に彼らが案内されたのはダイニングだった。


「それでは実際に白米を味わって頂きましょう。

 まずは白米だけで作った握り飯をどうぞ。

 各種の料理を召し上がって頂くためにやや小さめなのはお許しくださいませ」


「旨い……

 握り具合も塩加減も絶妙だが、やはりこの白米の味も香りも素晴らしい……」


「次は握り飯の中に塩鮭を入れたものになります」


「こ、これも実に旨い……

 米と塩鮭の調和が素晴らしいですの」


「それでですね。

 確か赤米や黒米は1石が銅銭1貫文で売られていると聞いたのですが、新右衛門殿ならばこの白米を1石おいくらで売ることが出来そうですか」


 途端に天王寺屋が商人の顔になった。


「ふむ、堺銭2枚が北国銭1枚に相当するのですね」


「はい」


「それで白米1石をいくらで売れるかというご下問は、北国銭基準でのお話でしょうか」


「それでお願いいたします。

 今後の値付けは全て北国銭基準でお願いいたします」


「ま、まさかこちらの交易所の商品の値付けをすべてわたくしにご下問なさると仰るのですか!」


「はい。

 私共は民を守ることと商品を用意することについては専門家ですが、大名や大寺院相手に商売をした経験はございませんので、参考にさせて頂きたいのです。

 もちろん教えて頂いた金額は後ほどムサシの承認が必要ですが、基本的にはご意見の通りになるかと思います」


「そ、それは責任重大ですな……」


「あまり深くお考えにならずにお気軽にお答えくださいませ」


「それでは一石につき北国銭5貫文(≒60万円)、堺銭10貫文と値付けさせていただきます」


「その価格は堺銭換算で赤米や黒米の10倍に当たりますが、それでも売れますか」


「こういう高級品はあまり安くしてはよろしくないのですよ。

 こんな上等で高価な米を食せるのは当然大名や大寺院の住職になりましょう。

 彼らは米の値段を気にすることはありません。

 ただ、今まではこれほど上等で旨い米はございませんでしたので、大名や住職と雖も町人と同じ米を食していたわけです。

 ですが、これほどの米を口にしてしまえば、もはや黒米や赤米には戻れないでしょうね。

 そして、当然のごとく自分はこれほどまでに旨い米を食しておるのだということを、家臣や取り巻きの高僧などに誇示することになりまする。

 そうなればこの白米の売れ行きは末広がりに拡大していくことになりましょう」


「なるほど」


「ところであの……

 この米を武家や寺社に売った場合、仕入れ代金の9割を払い戻して頂けるというのは本当でしょうか」


「もちろん本当です。

 その場合には天王寺屋さんの儲けは一石に付き北国銭ならば4貫文と500文、堺銭換算ならば9貫文となりますね」


「その際に、その北国銭4貫文と500文は引き出したり、また他の商品の仕入れに使えるというのも本当なのでしょうか」


「それももちろん本当です。

 ただ、残念なことにこの白米を同業の商家さまなどに売った場合や、一般の町人などに売った場合には払い戻し(キックバック)は受けられません。

 まあ町人などは、このように高価な白米など買わずに普通の黒米や赤米を買うでしょうけど」


「あの、念のための確認なのですが、どうしても白米を手に入れたい商家が、例えば懇意にしている武家に私共から白米を買わせてそれを秘密裏に横流しさせて手に入れ、さらに高額で転売した場合にはどうなりましょうか」


「その場合、天王寺屋さまは武家に白米を売ったのですから払い戻しは受けられます。

 ただ、その米を横流しさせて手に入れた商家は大損することになります」


「と、仰られますと?」


「白米がその商家の手に渡った後、我々がその米に『腐敗』の神術をかけます。

 そうすればその米は一刻も経たぬうちに腐り果ててとても食べられるものではなくなるでしょう」


「「「 !!! 」」」


「神術とはそのようなことまで出来るのですね……」


 尚、そのような監視・管理体制を築くには、膨大な量のナノマシンやマイクロマシン以外にも情報を管理する複数台の超高価な量子AIコンピューターも必要になるだろう。

(ムサシは神界の特別許可により、AIに神術発動体を持たせて自動処理をさせることが出来るようになっている)


 ただ、ムサシにとっては所詮カネで解決出来る問題である。

 ムサシが『資源抽出』により超莫大な資産を築いたのは、任務遂行に当たって資金の制約が発生することを嫌気したからであり、カネで解決出来ることは全てカネで解決するというのがムサシ一派のポリシーであった。

 羨ましい……



「あの、それからですね、私共が自家消費のためにこの白米を贖うことは許されるのでしょうか。

 いえ、家族ももちろんですが、従業員たちにもせめて盆と正月ぐらいはこの旨い米を食べさせてやりたいと思いまして……」


「その際には、白米購入の際に自家用とお申し出ください。

 自家用は1石に付き北海銭1貫文(≒12万円)と致しましょう」


「ありがとうございます。

 それならば従業員にも月に一度はこの白米を食べさせてやれそうです」


 忠次郎と銀之助も嬉しそうに微笑んでいた。


「それでは米を炊くのにこのような羽根釜は如何でしょうか」


 テーブルの上に大きな一斗炊きの釜が出て来た。

(実はテフロン加工までしてある優れモノ)


「こ、これは何故に銀色をしているのでありましょうか。

 ま、まさか銀で出来た釜とか!」


「いえいえ、これは鉄にクロムという鉱物を3割8分混ぜたステンレス鋼というものでして、ほとんど錆びない金属なのです」


「「「 !!! 」」」


「この釜はおいくらで売れると思われますか」


「そうですな、これだけ大きいと鉄の価値だけでも相当なものになりましょう。

 ですので北国銭2貫文(≒24万円相当)でも売れるでしょうな」


「そうですか、ですが北国銭500文(≒6万円相当)で如何でしょう」


「よろしいのですか。

 確か北海国さまは武器になるような物は一切お売りにならないのでは。

 これだけの鉄があれば鋳溶かして大量の槍の穂が作れますぞ」


 カムイレオが微笑んだ。


「実はこのステンレスというものは、このままであれば鉄と同様に強い金属ですが、ある温度帯に晒すと冷めた後に非常に脆い金属になってしまうのですよ。

 ですのでこの釜を大量に購入した武家や商家が、鋳溶かして槍の穂や太刀などに加工した際に、極めて脆い物になって驚く顔が楽しみです」


「ははは、一種の罠ということだったのですね」


(註:フェライト系ステンレスの場合、300度から550度、特に475度前後の温度にある程度晒されると、急速に脆い合金になってしまうのである。(475度脆性)

 クロム38%合金であればその温度帯に10分から100分程度いるだけで、僅かな衝撃でボロボロになってしまう合金になるのだ。

 急速加熱と急速冷却の技術の無い世界では、この475度脆性を逃れることは出来ないのである。

 この釜の空焚き厳禁)



「それではいよいよ我らムサシ一派の対強盗武士、極悪寺社を誅する主力商品の一つである酒に値付けして頂きたいと思います」


「あの、この後も多くの商品を拝見させて頂けるのですよね」


「もちろんです」


「でしたら酒はなるべく後の方がよろしいのではないかと愚考いたします。

 なにしろ酔ってしまえばまともに考えることも出来なくなってしまいますので。

 恥ずかしながらわたしは酒にあまり強くなく……」


「ああいえいえ、大丈夫ですよ。

 酒に酩酊していても、あの治癒の神道具の光を浴びれば一瞬で酔いは覚めますので」


「そ、そうなのですか?」


「人が酒を口にすると、まずはその酒精が肝の臓でアセトアルデヒドという物質に分解されます。

 このアセトアルデヒドもまた分解されて最終的に水と二酸化炭素というものになり、体の外に排出されていくのですが、この体内のアセトアルデヒドは最悪の毒物とされているのですよ」


「「「 !!!! 」」」


(註:人体内で合成される最悪の発癌性物質でもある)



「なにしろ酒を飲み過ぎた後の宿酔いの気分の悪さは、このアセトアルデヒドの毒によるものですから。

 もちろん酒精そのものもヒトの脳を麻痺させる一種の毒物です。

 そしてあの治癒の神道具は体の中の毒物を強制的に排出させる機能を持っていますので、酒の酩酊感もすぐに抜けるのですよ」


「なんと……」


「それでは我が国の酒、『清酒大北海』をお試しください」


「これは……

 見た目は水の様でありながら、なんという味わい深さ。

 また飲み下した後の後味もまるで深山の清水を飲んだ後のようにすっきりと。

 それでいて香り高く酒精も実に強い。

 これはもうあの濁り酒では到底太刀打ち出来るものではございませんな。

 また日の本には澄み酒なるものもございますが、あれは木灰や炭、綿布などで濁り酒から濁りを取り除いただけのもの。

 おかげで邪魔な雑味が多く、酒精も薄く、この清酒とは比べるのも烏滸がましいというものでございましょう。

 しかもこの歪みが全くないギヤマンの美しい瓶に入った酒。

 よって1升につき北海銭1貫文(≒12万円相当)という価格でも十分に売れるものと思いまする。

 いえ売りまくってみせましょう!」


「心強いお言葉誠にありがとうございます」


(註:北国銭の円換算価値について。

 ムサシは弟分たちと協議の結果、鐚銭でない完品の宋銭の価値を1枚120円相当と見做している。

 よって銅の合有率が宋銭の半分でしかない堺銭の価値は60円相当としていた)





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