*** 80 展示場 ***
この物語はフィクションです。
登場人物、国家、団体、制度などが実在のものと似ていたとしても、それは偶然です。
また物語内の記述が事実と違っていたとしても、それはフィクションだからです。
一行はホール奥にあるソファセットに案内された。
「こ、これは……」
(このように大きなギヤマンの卓があるとは……
やはり歪みはまったく無いのか……)
すぐにカムイレオと同じような不思議な服を着た者が茶と茶菓子を運んで来た。
「こちらはイギリス人が好む紅茶という茶です」
大嘘である。
ティークリッパーによって中国から茶が輸入され、イギリスで紅茶が流行るのはあと300年後になる。
「この茶はまず色と香りを楽しみ、その後はやや渋い味を楽しみます。
その後、こちらの砂糖とミルクを入れるとさらに美味になるでしょう」
「む、これはまさか白磁の茶器ですか」
「ええ、紅茶の色を楽しむために内側が真っ白になるように作られています」
「白磁の器があるということは、北海国は明との取引もあるのですかな」
「いえいえ、これは北海国の窯で焼かれた器ですね」
「なんと……」
「そちらの茶菓子も是非ご賞味ください。
琥珀餅と申しまして、こちらも売り物で御座います」
「こ、これは砂糖の甘さか……」
「はい、北海国産の砂糖が入っています」
「砂糖は琉球や呂宋などの暑い地でなければ得られぬはずですが……」
「いえ、寒い地域でも砂糖の元になる植物は得られます。
というより寒ければ寒いほど砂糖はたくさん得られますね」
(実際に甜菜から砂糖が得られるようになったのは、世界でも18世紀になってからである)
「そ、それはこの北海国の地でなければ生えぬ植物なのですか?」
「いえいえ、昨今の冷害の中では陸奥出羽でも採れる作物でございましょう」
「なんと……」
「寒さで米が育たぬと嘆いている暇があれば、この作物を育てて高価な砂糖を得、それを売って得た金子で他の食物を得ればよいのに残念なことですね」
忠次郎が紅茶のカップを置いた。
目つきがやや鋭くなっている。
「ところでこちらの商会主さまにはお目通り願えませぬのかな。
堺天王寺屋の主津田新右衛門からは、是非こちらの商会主さまに御挨拶するよう命じられておるのだが」
つまり、お前たちは堺の豪商天王寺屋の番頭が遥々やって来たのに、主が挨拶にも来ないのか、という意味である。
これも商会としてのマウントの一種であろう。
カムイレオは少々困惑した表情を見せた。
(実際に困惑しているわけではない)
「実はこの交易所は北海国の国営でございまして」
「…………」
忠次郎の背中を冷たい汗が伝った。
「つまりこの交易所の主人とは、北海国の代表でもあるカムイ・ムサシなのです」
「!!!」
「まあ、日の本の国で言えば、天皇と征夷大将軍を兼ねたようなお方ですので……」
「げぇぇっ!」
「ですので残念ながらなかなかにお目通り出来る機会は……」
「そ、それでは失礼ながらカムイレオ殿のご役職は如何に。
番頭であらせられるかそれとも……」
「私共にそのような役職や階級はありません。
まあ敢えて言えば国の代表ムサシの陪臣ということになりますか」
「と、という事は武士であらせられると……」
まさか武士たるお方が商会で商売をなさっているとは……」
「あの、ご存じないのは当然なのですが、実は私共北海国では『武士』という言葉は『盗賊』や『強盗』と同義なのですよ」
「!!!!!」
「なにしろ日の本の武士という連中は、この土地は俺のものだと勝手に宣言し、自分ではまったく働かずに民を武器で脅して税を奪い、あまつさえ他人が住む土地に勝手に踏み込んで財を強奪していきます。
その行動は盗賊となんら違うことはなく、もしも違いがあるとすれば、それは彼らが自分を武士と名乗るか盗賊と名乗るかの違いでしかありません」
「…………」
「まあ日の本の方が我ら北海国の民に接するのはここ交易所だけになるでしょうし、この交易所に勤める者は皆承知しておりまするが、仮に北海国の一般国民に対して『あなたは武士ですか』と聞くのは『あなたは盗賊ですか』と聞くのと同義になり、たいへんな侮辱になりますのでお気をつけくださいませ」
「そ、それは失礼いたしました……」
「いえいえ、ご存じなかったのですから仕方がありません」
「し、しかし、武士に相当する方がいらっしゃらないのに、如何にして檜山安東軍を撃退出来たのでしょうか……」
「はは、さすが商人の方々は情報が早いようですね。
確かに我ら北海国の総司令部は檜山安東軍5800を無力化しました。
それだけでなく一戸から九戸までの南部軍2万9000も」
「うげぇぇっ!」
「ですがそれは我が国の代表カムイ・ムサシが齎した神術というものによって行われています。
それも総司令部の防衛要員8名ほどによって」
「!!!!
し、神術ですと……」
「たとえばこのようなものです」
テーブルの上にあった空のティーカップセットと琥珀餅を乗せていた皿が消えた。
「!!!」
「カップと皿は水屋に下げさせて頂きました」
「「「 ………… 」」」
「ですがこれだけではさほど説得力がありませんね。
恐縮ですが少々移動して頂けますでしょうか」
「は、はい……」
途端に彼らはごく軽い浮遊感と共にソファセットごと屋上庭園に転移した。
「「 !!!!! 」」
「ここは交易所の屋上庭園で、これが『転移』の神術ですね。
これは予め対象を決めておけば、一度に数百万の人や物体を好きな場所に『転移』させることが出来ます。
この神術を使用して、たとえば安東軍の関船小早を武士や水夫ごと地面の上30間(≒90メートル)に転移させることも出来ます」
「「 ………… 」」
尚、カムイレオは『出来ます』とは言ったが『しました』とは言っていない。
「それでは、このような些事は置いておきまして、そろそろ我らの提供出来る商品を見て頂けますでしょうか」
「お、お願いします」
3人はまたソファセットごと別の部屋に転移した。
「ここは我らの商品をお見せする展示場でございます。
まずはおなじみの俵物を御覧くださいませ」
ガラステーブルの上に白木の箱が4つ出て来た。
どれも一辺が50センチほどの正方形で、深さはやや異なっている。
ムサシが蠣崎の交易所に持ち込んだ箱よりも大分大きい。
それぞれの蓋がゆっくりと開いていった。
「こちらは干し昆布でございます」
(随分と厚く大きな昆布だ……
これなら宮中や大名家、大寺院への進物に最適だろう。
だが、些か高いな……)
その箱には切り揃えた昆布がぎっしりと詰まっており、暫定価格500文(≒6万円)と書かれた札もついていた。
「こちらは帆立貝の干し貝柱でございます」
(これも見たことが無いほど厚く大きいか)
こちらの箱にも底が見えないほど帆立貝柱が詰まっている。
値札には暫定価格500文(≒6万円)とあった。
「これは干しアワビですね」
(このように大きな干しアワビもあるのだな。
これも商品としては素晴らしいが、それでもやはり高い……)
値札は1貫文(≒12万円)である。
因みにだが、商人の間では『値段交渉が終わるまで商品を褒めてはいけない』という奇妙かつセコい風習がある。
「次にこの品はいかがですか」
「こ、これはっ!」
「ええ、椎茸ですね」
「北海国では椎茸が得られるのですかっ!」
「もちろん野山でも得られますが、これは私共が椎茸農場で栽培したものでございます」
「さ、栽培ですと!」
「ええ、どうやら日の本ではまだ椎茸を栽培する方法を発見されていないようですね」
「そ、その栽培方法とは!」
「残念ながらそれは北海国の秘密事項で御座いますれば」
「ぐぅっ!」
その箱に入っていた値札には暫定価格2貫文(≒24万円)とある。
忠次郎の供の銀之助は矢立を取り出し、白紙の大福帳に懸命に品名と値を書き写していた。
「よろしければこれをお使いください」
「これは何でございましょうか……」
「これは『サインペン』と言いまして、いちいち穂先に墨をつける必要が無く、書きやすいですよ」
「おお! 確かに!」
忠次郎もサインペンを受け取って大福帳の余白になにやら試し書きをしている。
「この『さいんぺん』は如何ほどですか」
「残念ながらそれはお売り出来る商品ではないのです。
ですがそのサインペンはお持ち帰りくださいませ」
「ありがとうございます……」
「ただ、そのサインペンの中には墨の代わりのインクというものが入っておるのですが、毎日使えば2月ほどでインクが無くなってしまいます。
また、使わないときにはインクが乾いてしまわぬよう、そちらのキャップを嵌めるのをお忘れなく」
「それで、この四箱をすべて買わせていただいた場合、値札通りでしたら4貫文ということなのでしょうが、たとえば十箱ずつ買うとすればおいくらになりますか」
(有力大名や寺院にこの値段よりやや高く売る自信はあるが、それでは天王寺屋の儲けが小さくなってしまうからな)




