*** 79 堺天王寺屋番頭 ***
この物語はフィクションです。
登場人物、国家、団体、制度などが実在のものと似ていたとしても、それは偶然です。
また物語内の記述が事実と違っていたとしても、それはフィクションだからです。
ようやく檜山の十三湊に辿り着いた忠次郎は、すぐに大黒屋主人助左衛門との面会が許された。
「いや遠路遥々お疲れ様でございましたな忠次郎さま。
今晩はこの大黒屋にお泊り頂いて旅の疲れを癒してくださいませ」
「早速のご面談を賜り、また暖かいお言葉、誠にありがとうございまする。
ところで、いくつか教えて頂きたいことが御座いまして」
「どうぞどうぞ、なんでもお聞きください」
「まず、なぜに蝦夷地よりの荷が入らなくなったのでございましょうか。
それに大黒屋さまが蝦夷地との交易を檜山さまに禁じられてしまったとは……」
助左衛門が微笑んだ。
「それでは恐縮ですが、離れの方にお運び願えませんでしょうか」
つまりは余人には聞かせられない話ということである。
忠次郎は応接間に銀之助を残して裏庭に向かった。
離れの座敷には大きな座布団が2つ、妙に近づけて置いてあった。
丁稚がほうじ茶と羊羹を持ってくると、助左衛門が以降の人払いを命じている。
「これより申し上げることはすべて噂話ではございますが、どうか御内密にお願いいたします。
また、念のため書付なども残されませんように」
ということは話していいのは天王寺屋の主人津田新右衛門だけということである。
書付を残すなというのは、万が一湊役人に荷改めなどされた場合のことを考えてのことだろう。
忠次郎は唾を飲み込んだ。
「2月ほど前に蝦夷地のアイヌから、同じく蝦夷地の蠣崎家に書状が届きましてな。
なんと蝦夷地のアイヌがすべて統一されて、北海国なる国が建国されたというのですよ。
この国というのは陸奥の国やら越後の国などという大名支配の国という意味ではなく、日の本や明、朝鮮や天竺などと同格の国だというのです」
「なんと……」
「蠣崎殿や檜山安東殿は、30年前にアイヌコシャマインの乱を鎮めて以来、アイヌよりの朝貢的な交易をもって大いに財を稼いで参りました。
まあ私共もそのお零れに与っていたわけですが。
ところが日の本から独立を宣言したアイヌの北海国は、今後の交易は続けるものの、それは完全に対等な交易だというのです。
また、彼らが今まで必要としていた鉄器や織物、漆器などはすべて自前で揃えることが出来るようになったために、今後の日の本との交易は全て宋銭や金板などと引き換えに行うということでした。
このところただでさえ引き続く冷害で収入が激減していた檜山安東家はこれに激怒し、関船10隻、小早120艘の大軍で北海国に攻め込みましが、どうやらこれがアイヌに全滅させられてしまったようなのです」
「!!!」
「なにしろ出陣から2か月近く経った今でも、小早の一艘もこの十三湊に帰って来ていませぬからね。
しかもこの大敗北に衝撃を受けたご当主忠季殿が物狂いされてしまったとかで、急遽ご長男の尋季殿に代替わりされてしまったのですよ」
「…………」
「もしもこのことが明らかになれば、当然のごとく津軽、大浦、最上、相馬、葛西、大崎、蘆名、田村、由利衆、伊達といった周辺大名や国人、場合によれば南部や越後上杉までもがこの地に攻め寄せて来るでしょう。
そのために安東家は配下に厳重な緘口令を敷き、残りの戦力を檜山城周辺とここ十三湊に配置して守りを固めました。
それだけではなく我ら十三湊の各商家に対しても、当面の間と言って蝦夷地との交易禁止令を出して来たのです」
「な、ならば我ら堺の商会も蝦夷地との交易は出来ぬようになったというのですか!」
そのようなことになれば、常に高額な俵物をお買い上げ頂いている大名諸侯や大寺院に対して天王寺屋は大いに面目を失うことになる。
「いえいえ、いくら安東家と雖もここ十三湊を経由する商会や廻船問屋の船に蝦夷地との交易を禁止するわけにはいかないでしょう。
そんなことをすれば、それぞれの商会や廻船問屋の後ろ楯になっている各地大名を怒らせてしまいますし、なぜそのような禁令を出したのかと勘繰られてしまいかねませんので。
また、そのように交易を禁じれば、他ならぬアイヌの国を怒らせて彼らが攻め込んで来るかもしれません。
檜山安東にすれば、我ら安東領に拠点を置く商会に蝦夷地交易を禁じるのがせいぜいなのですよ」
「で、ですがそれでは大黒屋さまが……」
助左衛門が微笑んだ。
「そのためにこそ我ら商会は、各国に支店を置き財を分散させて参りました。
天王寺屋さまにもそれなりの銭を預けさせて頂いているのはご存じかと思います。
また、わたくしの妻子はすでに別の国の支店に避難させました。
ここ十三湊での商いはそろそろ手仕舞いすることになるでしょう」
「…………」
(なるほどこれはおいそれと書状には記せない内容だ。
万が一湊役人の荷改めなどで見つかってしまえば大事になろう……)
「ただ、これも噂なのですが、どうやら北海国は今までの我ら和人との交易に際し、その主要商品を隠していたようですね。
その商品には今までの俵物以外にも、極上の白い米や酒、さらには砂糖までもがあるらしいのです」
「なんと……」
「我ら大黒屋も本拠地を柏崎や新潟に移せば北海国との交易が出来るようになります。
ですので、もしよろしければ北海国との取引の後は、是非またこの十三湊にお寄り頂いて、どのような品が得られたのか教えて頂けませんでしょうか。
もちろん相応の御礼はさせて頂きますので」
「はい……」
「蝦夷地蠣崎領へご出立の際には、我らが雇いました酒田の船頭を案内人としてお連れ下さい。
何度も蠣崎の花澤湊に出向いたことがある者ですので」
「何から何まで忝けのうございまする」
「なに、天王寺屋さまとはこれからも良い関係を続けさせて頂きたいですからの。
ご主人の津田さまにもよろしくお伝えくださいませ」
「はい」
因みに、忠次郎は茶はありがたく頂いたが、羊羹には手を付けずにそのままにしていた。
もちろんそうすれば後で丁稚たちの口に入るからであり、取引先の主から丁稚に至るまで好感を持ってもらえるためにそうするよう躾けられているからである。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
忠次郎を乗せた関船は、堺天王寺屋ののぼり旗をつけ酒田の船頭の案内で無事花澤湊に入港した。
湊では蠣崎家次男の近習筆頭から次期当主近習に出世(?)した新九郎が忠次郎を出迎えている。
「お出迎え誠に恐縮でございます、お武家さま。
手前は堺天王寺屋の番頭忠次郎と申す者でございまする」
「遠路遥々ご苦労であったの。
某は、お館さまよりこの地を訪れる日の本の商人を北海国の交易所にお連れし、先方の担当者に引き合わせるよう命じられている者で、新九郎と申す」
「それはそれは忝けのうございまする。
こちらは津料でございますのでどうぞお収めくださいませ」
忠次郎は主人新右衛門に命じられた通り、少々多めの銭2貫文(≒24万円)が入った袋を差し出した。
「うむ、確かに受け取り申した。
配下の船頭や水夫の者はあちらの待機所でごゆるりと過ごされるがよい。
また、そなたたちの宿泊であるが、たぶんこちらの待機所ではなく、あの交易所に泊めてもらう方がなにかと興味深いと思うぞ」
「あ、あれが交易所でございますか……」
もちろん堺の大店天王寺屋の番頭とはいえ、高さ15メートルの大城壁に8階建ての巨大なビルなど見たことは無い。
というより見ただけで足が竦む威容を誇る建物であった。
忠次郎が新九郎に連れられ、手代の銀之助を一人連れて交易所に近づいて行くと、その門から20代半ばほどの男が出て来た。
「ご無沙汰しております新九郎さま」
「カムイレオ殿出迎え痛み入る。
本日は遥か堺からの客人をお連れ申した」
「ようこそお越しくださいました堺天王寺屋番頭忠次郎さま、手代銀之助さま」
忠次郎は微かに硬直したが、必死に堪えて内心の動揺は表に出さなかった。
「堺天王寺屋番頭忠次郎と申します、よろしくお願い申し上げまする」
忠次郎と銀之助は微かに顎を引いただけであった。
一般に客は仕入れ先には頭を下げないものである。
天王寺屋では丁稚の頃からこうした作法については厳しく仕込まれていた。
新九郎が忠次郎たちをカムイレオに引き渡して待機所に帰って行くと、忠次郎とその供は交易所に案内された。
厚さが10メートルもある城壁を潜ると暫し石畳の道を歩き、その先には8階建ての巨大な建物がある。
カムイレオが軽く手を挙げると、その建物の扉が左右にするすると開いて行った。
扉の先のロビーは顔が映るほどに磨き上げられた白大理石造りの床があり、壁には控え目ながら見慣れぬ装飾もある。
なにより目を引くのは天井から下がるガラスのシャンデリアと壁にかかった巨大な鏡だった。
忠次郎たちは不躾にならない範囲で目だけを左右に動かして室内の調度を見ている。
(あのように巨大なギヤマンの鏡とは……
しかも全く歪みも無い。
それにこの明るいギヤマンの照明はどういうことだ。
蝋燭の光ではないようだが……)
次の扉を潜るとそこは絨毯敷きの巨大なホールだった。
遥かに高い天井からは大きなシャンデリアだけでなく不思議な照明から明るい光が降り注いでいる。
「この建物内は畳敷きの部屋を除いて全館履物のままで結構でございます」
主人新右衛門の供として大名の下屋敷や時には城に出向いたこともある忠次郎にして、初めて目にする21世紀風近代建築に目を奪われっぱなしである。




