*** 78 神罰実行中 ***
この物語はフィクションです。
登場人物、国家、団体、制度などが実在のものと似ていたとしても、それは偶然です。
また物語内の記述が事実と違っていたとしても、それはフィクションだからです。
当主忠季ももちろん硬直した。
「な、なんだと……」
そのとき襖の向こうから若侍の切羽詰まった声が聞こえた。
「お館さまにご報告でご座いまする!」
「入れ!」
「はっ!」
「何事じゃ!」
「先ほど正門前に我が軍の旗指物が大量に置かれているのが発見されました!
その数、おおよそ5千にてございます!」
「「「 !!!! 」」」
「武器蔵の旗指物は調べたのか!」
「はっ、武器蔵の錠前に異常ございませぬ!
中身を改めましても、蝦夷討伐軍に与えた旗指物以外はすべて無事であります!
蔵の不寝番も健在にて、夜通し異常は無かったと証言しておりまするっ!」
「ま、まさか本当に……
すぐに一族衆、重臣全員を集めよ!」
「ははぁっ!」
安東の一族衆も重臣も、此度の蝦夷遠征は単なる討伐遠征であり戦時という認識は低かった。
だが、一応全家が相応の出兵をしていたため、略奪品の分配や論功行賞に備えて檜山城周辺に集まっており、緊急招集は速やかに行われている。
そして、評定の間に集った順に当主から書状を見せられ、皆腰を抜かさんばかりに驚いたのであった。
「はったりだ!
このようなことが起こりうるはずがない!」
「アイヌの蛮人共が!
このような欺瞞で我らが兵を引いたり和睦に応じるなどとでも思っているのかっ!」
「これは先の鎌倉殿から蝦夷管領に任じられた我ら檜山安東を愚弄しておる!
ただちに全軍を挙げて討伐に向かうべきであるっ!」
だが、『この書状は誰が如何にして届けて来たのか』『登城する際に正門前で見た安東の旗指物の山は何だったのか』『既に安東領が保有する関船と小早の大半が失われているのに、どのようにして再遠征を行うのか』ということについては、誰も全く口にしなかった。
それどころか、自分たちの行動が本質的に盗賊団と同じ略奪のための遠征だったということに気づいた者も一人もいなかったのである。
そのとき、全員の頭の中に声が響いて来た。
『檜山安東当主、一族衆、譜代衆に告ぐ。
こちらは神界よりの使徒、北海国代表であるカムイ・ムサシである。
ただいまより、配下に北海国に対する武装強盗殺人を命じた盗賊団の首魁、安東忠季に神罰を与える』
当主忠季が突然ふんどし一丁の半裸になり宙に浮いた。
そうして奇妙な踊りを踊り始めたのである。
「「「 !!!!!!!!!!!!!!!!!! 」」」
忠季の上半身には縦長のビブスや涎掛けにも見える布が縛り付けられており、その布地には『神罰実行中』と書かれていた。
「ち、父上ぇ―――っ!
お、お気を確かにぃ―――っ!」
「「「 と、殿ぉぉぉ―――っ! 」」」
(な、何故だ!
なぜ儂の体は勝手にこのような踊りを踊っているのだっ!
しかも声を発することも出来んっ!)
当主忠季は内心では大狼狽していたが、表情筋すら支配されており、まったくの無表情で淡々と踊り続けている。
また皆の頭の中に声が聞こえて来た。
『よくわかったか、これが神罰だ。
この踊りは四分の一刻続けた後四分の一刻の休息を与えるが、その後は再び踊りを踊らせる。
夜は寝かせてやるが、翌朝からまた神罰の踊りを踊ることになる』
「こ、この無礼者めがっ!
お館さまに妖術などかけおって!」
『ははは、これは妖術などではない。
神の術、つまり神術だ』
「こ、この卑怯者めっ!
どこにいる! 出て来いっ!」
『ん?
俺は今北海国の総司令部にいるからな。
お前らの頭の中に直接声を送り込んでいるだけだ』
「ならば何故我らの言葉に反応出来るのだっ!」
『わははは。
そりゃあお前、神術でお前らの軍議や言動をすべて観察しているからだろうに』
「な、なんだと!
ならばこれより檜山安東の総力を挙げてアイヌを殲滅するべく兵を出すぞっ!」
「我ら安東は先の鎌倉殿から蝦夷管領のお役目を賜った者であるぞ!
その我らに逆らうかっ!」
そう、この時代の武士とは、名誉欲(要はマウント欲求)と金銭欲のみが行動原理だったのである。
これしきの事でアイヌにマウントを取られるわけにはいかなかったのだ。
『おう、何度でも攻め込んで来い、もちろんすべて無力化してやる。
それに武装強盗殺人を試みるのはただでさえ重罪だが、再犯となればさらに罪状は重くなる。
その場合には、この場にいる者全員が踊り出すことだろう』
「「「 !!!! 」」」
『また、この神罰は1月ほど躍らせた後に、罪人を神界の個人牢に転移させることになる。
その際の刑期は終身刑、つまり死ぬまで牢の中だ』
「「「 !!!!!!!! 」」」
『さて、当主忠季も1か月後には牢に転移させることになる。
それまでに後継の当主を決めて、その後は大人しくしていろ』
「な、なんだと……」
『というよりお前ら北海国にまた攻め込んでいる場合か?
安東の将兵の半数と船の大半が失われたんだろうに。
それが知られれば津軽、大浦、最上、相馬、葛西、大崎、蘆名、田村、由利衆、伊達といった周辺大名や国人、場合によれば越後上杉までが喜んで安東領に攻め込んで来るだろうによ』
「「「 !!!!!!!!!! 」」」
『そうなればお前ら一族の女衆も子供らも、皆殺しにされるか奴隷として売り飛ばされるかだろうに。
今までお前たちがやって来たことと同じようにな』
「「「 ……(あぅ)…… 」」」
『これで通信は終えるが、お前たちは常に監視されていることを忘れるなよ。
じゃあな』
評定の間はしばらくの間静まり返っていた。
その後は踊り狂う当主忠季の世話を近習に任せ、別室に移動して評定を始めたのである。
その評定では、当主長男尋季を次期当主とすること、檜山城と能代の街の守りを固めること、間道も含めた他領との境の監視を強化すること、そしてなによりも、北海国に大敗したことを厳重に秘匿することが決められたのであった。
そう、武士とは確かにマウント欲求と利潤欲求のみを追求する者たちである。
だが……
それよりもなによりも、もちろん己と家の生存欲求の方が遥かに重要だったのだ……
(ついでに恥は何が何でも隠そうという隠蔽体質も持つ者たちであった)
数日後、南部領からも本家、分家のすべてが北海国に向けて出兵した。
だがもちろん檜山安東家と同じくその武装強盗軍が北海国との海上国境を超えたところでことごとく消え失せていったのである。
安東と同様に一戸から九戸までの全ての家に書状と旗印が届けられた。
九家の当主が奇妙な踊りを踊り始めると同時に、評定の間に集まった一族衆と重臣に念話で通告も行われた。
(通告は武一郎麾下の将たちが手分けして行っている。
9回も同じことを繰り返すのが嫌になったムサシに丸投げされたらしい。
彼らはムサシが安東家に対して行った通告の録画を何度も見て練習したそうだ)
こうして南部一族も一戸から九戸までが大敗をひた隠しにしたまま、必死に守りを固めていたのであった……
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
堺の豪商天王寺屋の八番番頭忠次郎が敦賀から関船に乗って檜山安東の十三湊に向かった。
目的は蝦夷地で得られる熊や狐の毛皮、そしてなによりも蝦夷地特産の分厚く大きな干し昆布、これも大きな干しアワビ、帆立の干し貝柱など、所謂俵物を仕入れることである。
こうした産物は畿内の大大名や大寺院などに好評であり、仕入れ値の倍から十倍近い値で売れたからであった。
大身大名も大寺院の管主も、多くは幼少の砌より銭勘定などはしたことが無く、配下や別当や侍従に『〇〇を持て』と命じるのみであり、命じられた者は金額の多寡に関わらずそれを調達する必要に迫られた故であった。
また、地方の大名も公家経由で天皇家に対して官位や官職を願い出る際に、多量の銭と共にこうした進物を必要としていたのである。
(官位官職は他の大名家にマウントを取るために必要不可欠なものであった)
堺から琵琶湖までは船で淀川、宇治川、瀬田川を通って琵琶湖経由で北近江まで、そこから敦賀の港までは陸路を籠や荷車に揺られて合計およそ十日、敦賀からは関船に乗って檜山の十三湊までは天候次第で十日から二十日とたいへんな道のりである。
通常であれば十三湊から敦賀までは廻船問屋が、敦賀から堺までは馬借が荷を運ぶが、今年は十三湊の取引先である大黒屋から、ある事情によって蝦夷地の荷が仕入れられなくなってしまったとの文が来てしまっていた。
どうしても蝦夷地の商品が欲しければ、直接花澤湊の蠣崎家を訪ねて欲しいというのだ。
ならば何故大黒屋が蠣崎家を訪ねて商品を仕入れ、堺の天王寺屋に送らないのかと問い合わせたところ、それは領主安東家によって固く禁じられてしまったために、天王寺屋が直接蠣崎に仕入れに行くか、敦賀の商人に代理で蝦夷の蠣崎に行かせてくれという。
檜山から敦賀、果ては博多までは多くの廻船問屋の船が行き交っており、文などは速やかに届けられるようだ。
もちろん天王寺屋の看板があれば、敦賀だろうが新潟だろうが坂田だろうが、どこの大手商人でも喜んで代理取引先となるだろう。
だが、忠次郎は天王寺屋主人、津田新右衛門より直々に蝦夷行を命じられてしまったのである。
八番目の番頭に昇格したばかりの忠次郎の手腕を試してみるつもりだったのか、それとも大きな商いの匂いを嗅ぎつけたのか。
こうして哀れ末端番頭忠次郎は、堺から檜山の十三湊まで手代の銀之助と共に片道1月近くもかかって出張するハメになったのであった。




