*** 76 守る者 ***
この物語はフィクションです。
登場人物、国家、団体、制度などが実在のものと似ていたとしても、それは偶然です。
また物語内の記述が事実と違っていたとしても、それはフィクションだからです。
輔佐がカムイレオに向き直った。
「カムイレオ殿、卒爾ながらいくつか聞かせて頂きたいことが御座る」
「なんなりとどうぞ」
「貴殿は北海国に於いてどのような立場にあらせられるのか」
「わたくしはただただ北海国代表ムサシの陪臣でございます。
ムサシの配下には10名の上級将と90名の将がおるのですが、その将のうちの一名の配下になります」
「その陪臣の方々は我らの言うところの武士に相当するのかの」
「確かにそういう面もございますが、カムイより賜った任務はなにも戦う事だけではございません。
北海国の民に農業や漁業を教え、村を作り、村の教場で全ての民に読み書き計算を教えている者もいます」
「すべての民に読み書き計算か……」
「もちろん農業や漁業の手本を示し、それによって得らえた食材を使った料理も教えております」
「総大将の陪臣が民に料理を教えているのか……
してその陪臣の方々は何人いらっしゃるのかの」
「現在約500万人ほどでございますね」
「!!!!!!」
「実は我らは元々の蝦夷地の民でもなく、日の本の民でもなく、この大地や海の上にある全ての国々の民でもありません。
(まあムサシさまだけは前世北海道のご出身ですが……)
我らは神界という夜空に光る全ての星々を統括する世界から、ムサシさまに連れられてやって参りました。
その任務はこの大地の上にある全ての国々を平定して戦を無くし、民が飢えず寿命以外で死なぬようにすることでございます」
「そうだったのか……
ならば今一つお伺いしたい。
これほどまでに富裕な北海国が日の本から独立するだけならともかく、何故に日の本との交易を続けられようとされるのであろうか。
まさか日の本の品で北海国が欲する物があるとも思えんし、まして銭を得ようとするとも思えん」
「ええ、我が主カムイは銅銭ならばあの米蔵と同じ大きさの蔵を千か所いっぱいにするほどお持ちですし、金板すら蔵いっぱいお持ちです」
「それほどまでか……
ならばなぜ交易なぞ」
カムイレオが微笑んだ。
「我ら神界の使徒は神界の掟に従って任務を遂行しなければなりません。
そしてその掟とは、まず第1に如何に敵や悪人と雖も他人を殺めてはならないというものなのです。
第2に、敵地に攻め込むことも出来ません。
許されているのは、攻め込んで来た敵を無力化することと、武家同士で戦を始めようとした場合に双方の軍勢を無力化すること、加えて攻め込むことを命じた軍の指導者を捕縛することだけなのです」
「ま、まさか……
これから北海国に攻め込む檜山安東の軍をすべて無力化するとでも言われるのか!」
「はい」
「だ、だが殺めずに無力化することなど!」
「我らは先程よりご覧に入れていた通り、『転移』の神術を使うことが出来ます。
武装して略奪目的で国境を越えて来た軍は、転移の術で神界の造った個人牢に転移させるだけですね。
それならば誰も死なないどころか怪我すらしないでしょう」
「だ、だが安東軍は優に5千はいるのだぞ!」
「5千が5万になろうが50万になろうが問題ありません。
既に牢は20億人分用意しておりますれば」
「なっ!
で、では戦を命じられた檜山の殿は!」
「領主が突然消えると安東の地が大混乱に陥って内戦が始まるかもしれませんし、近習が処分されてしまうかもしれません。
ですので1月ほど強制的に踊りを踊っていただきます」
「!!!!」
「もちろんその間口は利けなくさせますし、文書で命令を発することも出来ません。
食事も水も転移の神術で直接胃の腑に送り込みますので飢えて死ぬこともありません。
また、その際には領内の主だった家臣の方々には『領主は武装強盗殺人教唆の罰として発狂刑に処しました』という念話を送り届けます。
このように」
『輔佐さま、これが念話です。聞こえますでしょうか』
「!!!!!!」
「そうなれば領主は気狂いされたと見做されて家臣に『押し込め』られることでしょう。
代替わりした領主がさらに戦を命じればもちろん同じ目に遭い、やはり踊り続けた後は神界の牢に転移されられることになります。
強盗殺人教唆は重罪ですので、終身刑つまり死ぬまで牢に居ることになりますね」
「…………」
輔佐の目にはにこにこと微笑むカムイレオがまるで怪物であるかのように見え始めていた。
「ただですねぇ、その中でも王だの貴族だの大名だの領主だのと呼ばれる人たちは、生まれついたときからずっと誰かが周囲にいましたでしょう。
乳母とか侍従とか近習とか側近とか。
ですので個人牢に入って周囲に誰もいず、また命令を聞いてくれる人もいない環境には耐えられないようなのです。
この星に来てからもうかれこれ20万人ほどそうした王や領主を個人牢に入れて来ましたけどね」
「「 !!!!! 」」
「その中で3年以上正気を保っていられた方が一人もいないのです。
ですので今では全員本当に発狂してしまい、誰もいないところに向かって命令を怒鳴り続けています」
「なんと……」
「ですがまあ、部下に他人を殺して財や土地を奪って来いなどと命令するのは最悪の重罪ですので仕方がないですよね」
「「 ………… 」」
「また、南部領でも、今は一戸から九戸までの代表者が三戸城に集まって軍議をしています。
その軍議は今なお紛糾しているのですが、争点は誰がどれだけの略奪品と土地を得るかということでして、結局各家が北海国に個別に攻め込むことで落ち着きそうです」
「き、貴殿らは他領の軍議の内容まで知ることが出来るのか……」
「もちろんです。
安東や南部だけでなく、朝廷や将軍家から日本中の武将や武士、足軽頭などの位置情報と発言内容を神術によって常時把握していますので」
「「 !!!!! 」」
「檜山安東の当主忠季も、配下を北海国に攻め込ませ、もし勝てば多数の戦利品を得ることが出来、失敗して兵を失っても武士や足軽の口減らしが出来ると考えているようですね」
「くっ、やはりそうか……」
(当主でも跡継ぎでもないご当主次男安東重季殿をアイヌ討伐軍の総大将とし、各家臣にも戦慣れしていない若手ではなく戦経験豊富な者を出せと命じられたのは、やはり姥捨ての意もあったか……)
「ですがさすがに討伐軍全軍を失うとまでは思っていないでしょうね。
ましてこのままでは南部はその総兵力の8割近くを失うことになりますので、まさに壊滅的打撃を受けることになります。
そのことが知られれば、津軽、大浦、最上、相馬、葛西、大崎、蘆名、田村、由利衆、伊達といった周辺大名や国人、場合によれば伊達や越後上杉など遠方の大名も、安東や南部の領地を狙って兵を挙げるでしょう。
どこも冷害に苦しんでいるでしょうから」
「くくっ……」
「ですがご安心ください。
檜山安東の軍が半減し、南部が兵力の8割を失った後、そのことが出羽、陸奥に知れ渡るまでには、北海国代表カムイ・ムサシが神界使徒の名で出羽と陸奥の大名家当主と一向宗の地域統括寺院に充てて惣無事令を送りつけます。
もちろん誰もが笑って無視するでしょうが、実際に侵略軍が領境を超えたならば、その軍は転移神術によって消え失せ、同時に侵略側の大名家当主や住職は踊り始めるでしょう。
そうして2年も経てばそうした地の武士や僧兵は半数以下になり、平和が訪れると考えます」
「「 ………… 」」
「ところで輔佐さま、もう日も大分傾いて参りました。
今日はこちらにお泊りになられたらいかがでしょうか。
湊の水夫の方々には夕餉を出すと同時にその旨お伝えさせて頂きますが」
「そうさせてもらおうかの……」
カムイレオは断りを入れて部屋を出て行った。
彦五郎と輔佐の話し合いを邪魔しないようにとの配慮でもある。
「のう輔佐殿、貴殿は先程武士とは守る者と仰られていらしたよの……」
「左様」
「儂も考えたのじゃ。
この先蠣崎を如何に守っていこうかと。
そのためにこの地を北海国に渡してその傘下に入ることを考えておる」
「むぅ……」
多分だが、彦五郎がこのように柔軟な考え方が出来るのは、この蠣崎の地で米作が出来ないこと、つまり縄文民族と同じような暮らしをしていることと関係があるのかもしれない。
「それで貴殿は如何為されるかの。
やはりアイヌの地に攻め込まれるのか」
「いまさら儂がいくら説得しようが諫言しようが大勢は変わるまい。
仮に討伐軍大将の重季殿をこの交易所に連れて来てアイヌの実態を見せ、アイヌの地への侵攻を思い止まらせたとしても、檜山城の殿の命により大将が交代するだけだ。
また、ご当主忠季殿を説得しようにも、この戦の根本が冷害による米の不作にあるのだからどうにもなるまい。
わしはただただ先々代から賜った恩義を返すために、粛々と囚われの身になるとしよう……」
「やはりそうなるか……」
「ただ、気になるのは工藤の家の事だ。
幸いにも現当主とその嫡男は此度の遠征に出征してはおらんし、その遠征軍が全滅するという檜山の一大事も、カムイレオ殿の言によれば北海国が周辺大名を抑えつけてくれることにより滅亡は免れるだろうがの。
だが、この不作がまだまだ続くのであれば、子孫たちが飢えて一族離散の憂き目に遭うやもしれん。
それで暮らしがいよいよ苦しくなった暁には、一族の者たちに北海国への移住を勧めたいと思うのだ。
その旨後ほど手紙に認めようと思うが、カムイレオ殿はその手紙を工藤の当主に送り届けてくれるかのう」
「はは、彼らの『転移』の力を使えば容易いことだろう。
移住推薦の添え書きすら頂戴出来るかもしれんぞ」
「うむ」
「だがよいのか輔佐殿。
北海国にはムサシ殿が神界とやらから連れて来た配下以外には戦う者、つまり武士はおらんのだぞ。
しかも北海国の民は全員が平等だとのことだ」
「もちろん承知しておる。
武家としての工藤は消滅しても、家としての工藤が残ればそれで十分だろう。
今後彦五郎殿が漁や農を学ばれるように、儂も学べぬことだけが心残りだが」
「そうか……」
輔佐はカムイレオから紙と墨、筆と硯などを借りて長い手紙を書き始めた。
筆跡だけでも十分だったが、文中には工藤家当主に代々伝わる符牒も使い、この手紙が真のものだと証している。
カムイレオは快く移住の推薦添え書きと共に輔佐の手紙を工藤家当主の目の前に直接転送してくれることを約束してくれた。
そうして翌日、輔佐は笑顔で彦五郎に手を振りながら出航していったのである……




