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*** 73 被官とは ***



この物語はフィクションです。

登場人物、国家、団体、制度などが実在のものと似ていたとしても、それは偶然です。

また物語内の記述が事実と違っていたとしても、それはフィクションだからです。




 


「カムイレオ」


「はっ」


「門の外側に大きめの待機所と、内部に弓矢や槍を預かる鍵付きロッカーを作ってくれ」


「ははっ!」


(ふふ、それでも武器の持ち込み制限は守るという意思表示か。

 徹底しておるの)


「それではこれより部下に宿泊施設を案内させるので視察してくれ。

 もちろん貴殿らもこの交易所の施設を自由に使って欲しい」


「心より感謝申し上げる……」



 一行は1階にある外付けエレベーターに案内された。

 エレベーターは一度に20人が乗れる巨大なものが5基もある。


「もちろん階段もございますが、お年を召された方などにはこちらがご便利でしょう」


 因みにだが、この時代には痴呆老人などまずいない。

 過酷な暮らしと食料事情、医療の欠如などにより痴呆になるまで生きられないからである。

 まさに『人生50年』であった。



 そのエレベーターは外側がガラス張りになっていたために、新九郎や高広くんは腰を抜かしそうになっている。

 7階には総畳敷き20畳の部屋が30、12畳の部屋が50もあり、各部屋には押し入れに布団と枕、敷布が詰まっていて、簡単な水屋まであった。

 いずれもこの時代としてはたいへんな贅沢である。

 大身大名の居城ですら寝所には畳は一部しか敷かれておらず、寝具も衣服を脱いで体にかけるだけであった。

 廊下を出ればすぐに巨大な水洗トイレもある。

(便器が巨大なのではなく、大勢が一度に使えるという意味。

 便器がヤタラに大きなトイレなんか嫌だ。為念)


 6階は600人が余裕で一度に食事が出来る食事処であり、8階には展望大浴場まであった。

 また屋上には庭園もあり、季節の花々の中を散歩が出来る。


 蠣崎一行は感嘆を通り越して硬直していた。


(ムサシ殿は豊かだとは思っていたが、よもやこれほどまでとは……)



 その日の午後と翌日午前中を使って、非戦闘員の避難が行われた。

 女衆や年寄りたちの驚き様はさらに激しく、年寄り衆は恐ろしくて畳の部屋に足を踏み入れることが出来ずに広い廊下の隅で寝ようとしたほどである。


 当主長男義広は相変わらず城門脇で踊り続けていたが、女衆や子供たちはそんな彼らを発狂したものと思い、気味悪そうに見ていた。



 ただ、男衆が交易所に入ろうとしたときにはひと悶着あった。


「なんだと! 槍や弓矢を置いていけだと!」


「はい、この交易所に武器を持ち込むことはご遠慮いただいております。

 そちらの待機小屋には鍵のかかる戸棚がございますので、そちらに武器を預けてからご入場くださいませ」


「ふ、ふざけるな!

 武士の魂を身から離せと申すかっ!

 貴様らが攻撃して来たらなんとするっ!」


「あの、中に入ればお分かりの通り、我らアイヌもこの中では武装しておりませぬ。

 それに前ご当主の彦五郎殿もご入場の前に武器を預けられていらっしゃいますが……」


「い、いくらご隠居さまがそう為されていたとしても、こ、これは儂の武士としての矜持の問題じゃ!

 断じて武器は手放さん!」


 武器を手放せないと激高した者たちは、かなりの高齢者ばかり10人であった。

 つまり30年前のアイヌとの戦いに参加したか、間近で見て震えていた者たちだったのである。

 要は彼らは今もアイヌが恐ろしくて仕方が無かったのだ。


 しかもこのアイヌたちは自分たちよりも優に30センチ以上背が高かった。

 老人は自分より遥かに背の高い若者を心底毛嫌いする生き物である。



 全然関係ないのだが、昔から知識層(主に老人)が作って来たとされるイディオムには、大男を貶す表現が多い。

(例:木偶の坊。大男総身に知恵が回りかね。独活の大木)

 また小柄な者を称える表現も多く見られる。

(例:山椒は小粒でぴりりと辛い。小さくとも針は飲まれぬ)

 だがしかし、大男を称えて小男を貶める表現は一つも見られないのである。


 これも全然関係ないのだが、日本語表現の中で、強請ねだると強請ゆするという言葉に同じ漢字を宛てるのはどうにかならんもんだろうか。

 昔の知識層(主に老人)にとっては両者が同じ意味だったとでも言うのか?


 さらに全然関係ないのだが、『井の中の蛙、大海を知らず』という諺があるが昔の知識層(主に老人)は両生類を海に入れると死んでしまうことを知らなかったのか?


 こうした事柄により、筆者には古来日本の知識層(主に老人)は、大柄な者を疎み、小柄な体躯を僻み、碌に言葉の使い方を知らず、さらに自然科学に疎い者としか思えないのである。

 その割にあの祝日を『敬老の日』などと名付けて敬って貰いたがっているのだ。

 せめて老人の日とか老人感謝の日ぐらいにしておけばいいものを。

 閑話休題。



「仕方がありませんね。

 それではこちらの待機所で寝泊まりしてください。

 朝食と夕食は供させていただきますので」


「ぐぬぬぬぬ……」




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 翌日の昼過ぎ、安東邦季(くにすえ)率いる関船1と小早6、総勢300名は蠣崎の花澤湊へ向かって進んでいた。


「本当に大丈夫でしょうか若。

 なにしろ我らは旗印も津料となる銭も持っておりませんし……」


「はは、我が檜山安東の被官である蠣崎ごとき何するものぞ。

 この儂が最初にガツンとカマしてやればすぐに大人しくなるだろう。

 さすれば夕餉どころか酒すら出て来るかもしらんぞ。

 アイヌ討伐の前祝としよう!」



 蠣崎の総兵力280が完全武装のまま花澤湊一帯で腰を下ろして待つ中、小岬突端の物見櫓から伝令兵が走って来た。


「ご当主さま並びにご隠居さまにご報告申し上げます!

 沖合に関船1、小早6が現れ、まっすぐこの花澤湊に向かって来ております!」


「旗印は」


「ございません!」


「うむ、ご苦労。

 それでは皆の者、打ち合わせ通りにな」


「「「 ははっ! 」」」


 兵200は槍の穂に鞘を被せたままその鞘を斜め下に向けている。

 弓兵80は弓弦を張ってはいたものの、まだ矢は手にしていない。



 まもなく関船が砂浜に接岸した。

 小早船はそのやや後方に控えている。


 関船から太った若い武士が飛び降りた。

 檜山安東家当主忠季(ただすえ)の三男、邦季くにすえである。


「いよー信広、久しいのぉ!

 出迎えご苦労!」


 もちろん非常識かつ無礼極まりない挨拶である。

 邦季くにすえにしてみれば、津料もなく兵糧も乏しいために、津料は有耶無耶にして夕餉もたかる気満々であった。

 かつ出羽陸奥に勇名轟く蠣崎信広本人を前にしていみなを呼び捨てにすれば、配下の者たちもますます自分に心酔するだろうと思ってのことである。

 もちろん安東の当主三男として、安東家の被官である蠣崎家にマウントを取ろうともしたのでもあろう。

 当主の命に背いて独断で兵を集め、貴重な船を盗んでまで出兵したにも関わらず、親の権威に頼るとはまさしく虎の威を借る豚である。

邦季くにすえは豚人族)


 信広はすたすたと前に出て、槍の石付きで思い切り重季しげすえの水月を突いた。


「ぐぅげぇぇぇ―――っ!」


 情けない悲鳴を上げて砂浜に跪く邦季くにすえ


 ドガッ! ドガッ! ドガッ! ドガッ! 

 ぎゃあっ! ぎゃあっ! ぎゃあっ! ぎゃあっ! 


 信広は容赦なく邦季くにすえの背中を滅多打ちにし、邦季くにすえは為すすべもなく地に倒れ伏した。


「ひ、彦五郎殿ぉ(信広のこと)ご乱心召されたかあぁぁぁ―――っ!」


「こちらは檜山安東家ご当主のご三男源三郎(邦季のこと)殿にあらせられるぞぉぉぉ―――っ!」


 小早の舳先部分にいた4人の武士が砂浜に降りて邦季くにすえに駆け寄って来た。


「莫迦者おぉぉぉ―――っ!」


 ドカドカドカドカっ!


 ぎゃあっ! ぐえぇっ! あぎいっ! ぐひぃっ!


 信広は瞬速の突きと殴打で4人を倒した。


「弓隊、弓に矢を番えよっ!」


「「「 はっ! 」」」


 80人の弓隊が弓に矢を番えた。

 もちろん番えただけで、矢を引き絞ってはいない。

 さすがは出羽陸奥に名が轟く弓の名手蠣崎信広麾下の弓隊であり、実によく訓練されている。


「これより先、一歩でも蠣崎の地に足を降ろした者は射殺せっ!」


「「「 ははっ! 」」」


 300名の安東兵たちが固まった。


 実際には射殺すのではなく、脚を狙うように事前に指示されている。



「者共この阿呆共に縄を打てっ!」


「「「 ははっ! 」」」


 すぐに縄を持った兵20名が出て来て邦季くにすえと4人の武士の手足を縛り、砂浜に正座させた。

 どうやら縄も準備していたらしい。


 邦季くにすえが正座させられたままようやく顔を上げた。


「か、蠣崎は檜山安東の被官であるにもかかわらず、こ、このような真似をして許されるとでも思っているのか!」


「莫迦かキサマ!」


 どかっ!


「ぎゃっ!」


「蠣崎は確かに檜山安東の被官であるが、臣下ではないのだぞ!」


「えっ……」


「被官とは六分四分の盃を交わした同盟関係であり、臣従者などではないということも知らんのかっ!」


「ええっ!」


 邦季くにすえくんの目論見は大ハズレである。


「そんな武家の掟も知らんとは、貴様は武家ではなくただの豚かっ!

 しかも蠣崎の前当主である儂をいみなで呼び捨てにするとは!

 よいか!

 檜山安東のご当主である左衛門輔さえもんのすけ殿(忠季のこと)ですら、儂の事は彦五郎殿(信広のこと)と呼ばれるのだぞ!」


「だ、だからといって……」


「ならば先触れはどうしたっ!」


「そ、それはうっかりしていただけであって……」


 本当は津料は先触れに持たせるのが作法であり、カネが無かったので先触れを出せなかっただけ。


「船に掲げる檜山安東の旗印はどうしたぁっ!」


「そ、それは急いで出陣したために準備が間に合わず……」


 本当は当主の命に背いて出陣したにも関わらず、当主の旗印を掲げることは大罪になるからである。


「当主の書状はぁっ!」


「そ、それはやはり急ぎの出陣であったために、後ほど届けさせようと……」


「己らは、如何に小勢と雖も先触れも無く津料も払わず当主の書状も無く旗印も掲げず所属も明らかにしていない武装船が安東の十三湊に上陸しようとした際に、おめおめと上陸を許すのかぁぁぁっ!」


「「「 !!!!! 」」」


「そのような不審船は略奪目的の盗賊船と見做して全滅させるのが当然であろうっ!

 貴様らそれでも海の豪族と謳われる檜山安東かぁ―――っ!」


「あうぅぅぅ―――っ!」





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