*** 69 清酒大北海 ***
この物語はフィクションです。
登場人物、国家、団体、制度などが実在のものと似ていたとしても、それは偶然です。
また物語内の記述が事実と違っていたとしても、それはフィクションだからです。
「このような貴重なものも交易所で売ると申されるか」
「だが、魚も蟹も足が早い。
持ち帰るうちに腐ってしまうぞ」
「俺たちには転移の神術があると言ったろうが」
「「 !!! 」」
「交易所でカネを払ったなら、魚や蟹は望みの場所に届けてやる」
「だ、だが本当に届くかわからんのにカネを払う奴がいるだろうか」
「商売は信用の上に成り立つ。
俺たちを信用しない者と交易をする必要はないな」
「「 ………… 」」
「次は米を試してもらおうか」
3つの小皿に乗った握り飯が出て来た。
「これは……
米の握り飯か?
それにしては白いが」
「それは赤米でも黒米でもなく白米の握り飯だ。
赤米黒米より遥かに旨いぞ。
3つあるうちの1つずつを取ってくれ。
残りを俺が食べて毒見とする」
「いや、この期に及んでその必要はなかろう」
前当主と現当主が握り飯を手に取った。
「旨い……」
「うおっ!
中にはいっているこれは塩鮭か!」
「実に贅沢な握り飯だの……」
「それからこれも交易品だ」
「なんだこれは、焼き饅頭か?」
「それは麦から作った麺麭というものだ。
前当主信広が麺麭を口に入れた。
「……食べたことの無い不思議な味だ。
だが柔らかくて旨い。
これがあの草の実から作られたというのか……」
「そうだ。
麦粥もいいが、この麺麭も十分に食料となるだろう。
それからこんなものもある」
「これは平たい麺麭か?」
「中には野苺のジャムというものが入っている」
信広は躊躇することなくジャムパンを口に入れた。
「こ、こここ、これは……」
「どうだ旨いだろう」
「ま、まさか砂糖を使っているというのか!
それもこのようにたくさん……」
「そうだ。
その麺麭を作るための小麦も野苺も砂糖も、すべて北海国の畑で作った作物を加工して作られている」
「だ、だが砂糖の元になる作物は琉球や呂宋などの暑い地でなければ得られないはずだが……」
「寒い地でも砂糖の元になる作物は存在する。
というよりむしろ、寒ければ寒いほど砂糖になるその作物は育つ。
この北の地の野山には、そうした砂糖を作れる作物が大量に自生しているのだぞ」
「むう、京の地の大名ですら滅多に口に出来ぬ砂糖が北海国では作れると言うのか!」
「その通りだ。
どうだ、工夫と努力と技術さえあれば、如何に寒冷による米の不作が続こうとも、このようにいくらでも豊かになれるのだ。
南方の作物である米が冷害によって採れなくなったからといって、財と食料を求めて戦ばかりしている武士が如何に愚かかよくわかったろう」
「ぐぅ……」
前当主信広ががっくりと肩を落とした。
「もちろん北海国では国内で栽培した掛米、酒母米、麹米を使って酒も造っているぞ」
その場に一升瓶に入った清酒が出て来た。
ラベルには『清酒 大北海』と書いてある。
「むぅ、ギヤマンの酒瓶とは……」
「それにしてもこれが酒か?
なぜ白く濁っておらず、水のように透明なのだ……」
実は鎌倉時代から日の本でも澄み酒は作られていたが、糠や炭で白濁を取り除いたものであったため、どうしても糠や炭などの雑味があった。
また、やや酸っぱい味もした上に、酒精(アルコール濃度)も21世紀の日本酒に比べて半分以下だったそうな。
「本当に旨い酒はこのように澄んでいるのだ。
試しに飲んでみるか」
「頂こう」
その場に小さな盆3つと、その盆に乗った1合ぐい吞みが出て来た。
一升瓶が宙に浮いて栓が抜かれると、とくとくと音をたててぐい吞みに酒が注がれていく。
先ほどからぐったりしたままラジオ体操を続けていた嫡男義広が顔を上げ、ギラついた眼で一升瓶を見た。
(はは、神界も未開世界も酒の需要は大したもんだな。
その依存性と中毒性から禁止飲料にならないのが不思議なくらいだぜ)
前当主信広と現当主光広がぐい吞みを手に取った。
両名ともまず酒の香りを嗅ぎ、その後少量を口に含んで息を吸い込み、酒を飲み下すとともに大きく息を吐いている。
「旨い……」
「このような極上の酒、初めて飲みまするの……」
「それに酒精も強い。
今まで飲んで来た薄くて酸い濁り酒は何だったのだろうの……」
「その残りの清酒は、試し飲み用として進呈しよう」
「忝い」
そのとき丁度四半刻のラジオ体操が終わり、休息時間になった。
嫡男義広がカサカサと衣擦れの音を立て、まるでGのように一升瓶に接近して来たが、その顔面を前当主信広がバックハンドブローで捉える。
「ぶぎゃぁぁぁっ!」
義広はすごすごと壁際に引っ込んだが、涎を垂らしながら一升瓶を見ていた。
「酒精の強い酒がお好みか」
「む?」
「その清酒の酒精は1割5分ほどだが、ウイスキーという名の酒精4割5分の酒もある。
試してみてくれ」
ウイスキーの瓶が出現し、中身がショットグラスに注がれた。
「かなり酒精が強いから少しずつ飲んでくれ」
「こ、こここ、これはぁっ!」
「す、凄まじいまでの酒精の強さですの……
喉が焼けるようだ」
「しかもこの芳醇な香り、世の中にはこのような酒まであったのか……」
嫡男義広はもはや涎ダラダラである。
前当主が居住まいを正した。
「これらの酒も交易所でお売りになられるおつもりか」
「その通りだ」
「それでこの清酒は如何ほどの値にされるのか」
「清酒は一升瓶入りで一本銭一貫文(≒12万円)だ。
ウイスキーも一本銭一貫文だな」
前当主と現当主が肩を落とした。
銭一貫文といえば赤米や黒米ならば1石(≒150キロ)が買える値段である。
如何に土豪の領主といえどもおいそれと手が出るものではなかった。
「清酒の上に吟醸酒と大吟醸酒もあるが(階梯宇宙産)、そちらも同じく一升瓶一本につきそれぞれ銭5貫文(≒60万円)と10貫文(≒120万円)とする」
(註:階梯宇宙には米の酒造り一筋30億年という酔狂かつヘンタイな恒星系が存在する。
その恒星系の品評会で金賞や優秀賞を受賞した酒をムサシは大量に購入して時間停止倉庫に備蓄していた)
「ところで酒の値を聞いて来たのは安東や南部への進物とするつもりだったのか」
「左様だ……」
「ならば進物用にはこれを使えばいい」
その場に一升瓶入りの清酒二本と二合入りの瓶十本が出て来た。
「一升瓶は大名用で二合瓶はこの地を訪れた有力商人用だ。
些か酒の量は少ないが、それでもギヤマンの瓶に入っている上に試し飲み用といえば相手も納得するだろう」
「忝い……」
肩を落としていた現当主光広が顔を上げた。
「差し支えなければ北海国には何人の農民漁民がいて石高は如何ほどか教えて頂けまいか」
「今は農民漁民併せて35万ほどだ。
石高は米20万石、麦30万石だな」
「合せて50万石だと!
だ、だがそれではせっかくの麦も米も余ってしまうではないか。
麦や米は年々劣化してしまうだろうに」
「問題ない。
俺の倉庫は内部の時間が止まる。
つまり例え1000年経とうとも、中の米は新米のままだ。
もちろん腐りもしないし黴も生えない。
その倉庫ならば魚ですら1000年以上保存できるぞ」
「なんと……」
「それにしても民が35万か。
それではいざというときに15万近い兵力を動員出来ようの」
「いや、俺は民を兵にすることは考えていない。
兵はすべて俺が神界から連れて来た俺の配下が担当する」
「その数は……」
「今北海国にいるのは60万ほどだ」
「「 !!!! 」」
「それ以外にも、この日の本全域で紛争抑止任務に当たっている兵が140万、世界全体で同じ紛争抑止任務その他に当たっている兵が300万いる」
「あ、合わせて500万の兵力……
だ、だがそれでは食料が到底足りんだろう」
「はは、俺の兵たちが食べる食料は兵と一緒に十分に持ち込んでいる。
そうだな、米に換算して20億石ほどの喰い物だ。
(しかもすべてが高級食材!
アバターたちは基本神石さえあれば行動出来るが、楽しみとして旨い物を味わう機能も有している)
「「 !!!!! 」」
「なぜ60万もの兵力と、それほどまでの財と労力を費やしてこの蝦夷地に肩入れするのだ……」
「それはおよそ50年前からの地球寒冷化によって、シベリア東部の民がカムチャツカ半島経由や樺太経由で続々とこの北海の地に避難して来ているからだ。
彼らはその食料の大半を狩猟と漁労に依存していたが、寒冷化によって植物が減り、それを食べるカリブーも熊も猪も激減してしまった。
また海の幸も冬には海氷が陸に接することから冬の間は獲れなくなる。
そのために飢えた民が決死の思いで粗末な船に乗り、彼らにとっては南の地であるこの北海の地に避難して来ているためだ。
そして、元から北海の地に住んでいたアイヌたちは自分たちの先祖も遥かな昔にシベリアから避難して来て北海の地に定住したことを知っているために、新たな避難移住者も争うことなく受け入れて来た。
その褒美として、自然災害被害を救済することも任務とする俺は、彼らに当座の食料と農業漁業の技術を与えた」
「だが、その避難移住者の中には、アイヌを滅ぼしてその食料と技術を奪おうとする者も多いのではないか」
「ははは、そういう日の本の盗賊武士と同じ発想をするシベリアの民ももちろん多い。
だが、そうした強盗共は俺の兵がことごとく撃退した」
「なんと……」




