*** 68 神術 ***
この物語はフィクションです。
登場人物、国家、団体、制度などが実在のものと似ていたとしても、それは偶然です。
また物語内の記述が事実と違っていたとしても、それはフィクションだからです。
「さて、まずは自己紹介から始めさせてもらおうか」
「カムイ・ムサシと名乗られているからには、武蔵の国ご出身なのかの」
「いや、たまたま名がムサシというだけで、武蔵の国とは関係が無い。
俺はこの地より遥か離れた神界から、配下と共にある任務のために派遣されてきた神の一柱だ」
「むう、いくつかお聞きしたいことがあるがよろしいか」
「どうぞ」
「神界というのは高天原ということかの」
「いや違う。
あれは天皇家が自らの出自を飾ろうとしてデッチあげた架空の神たちの架空の世界だ。
そんなものは存在しない。
まあ、日の本の武士を名乗る盗賊たちが、その血筋を清和源氏だの桓武平氏だのと捏造しているのと同じだな」
「やはりそうか……」
「ひとつ証拠を示そうか。
天皇家は自らを神の子孫と称しているが、本物の神ならば神術を使えるはずだ。
だが、そのような伝承は残っていないし、今の天皇も神術は使えないだろう」
「神術とな」
「少し神術を見せよう」
「是非」
「あの物見櫓を見ていてくれ。
今からあそこに転移する」
ムサシが消えた。
硬直する蠣崎家三代が物見櫓を見やると、そこにはムサシがいて笑顔で手を振っている。
ムサシはすぐに書院の間に再転位してきた。
「これが『転移』の神術だ。
もちろん任意の場所にいつでも転移出来る。
つまり俺を捕縛したり牢に閉じ込めようとするのは不可能だということだ」
「そうか!
庭先に突然現れたのもこの神術によるものか!」
「そうだ。
もう一つ神術を見せよう。
そこにいる嫡男や配下の兵を少々お借りしたい」
「ご随意に」
嫡男義広が立ち上がり、奇妙な踊りを踊り始めた。
どこからともなくあの音楽も聞こえ、『背伸びの運動~』という声も聞こえて来ている。
「「「 !!! 」」」
さらに義広が踊りながら宙に浮き始めた。
「うわあぁぁぁ―――っ!」
「少し煩いな、『遮音』」
義広が口パクになった。
また庭にいた80名の兵の武器と防具と衣服が剥ぎ取られて庭の中央に集められ、ふんどし姿の兵たちが宙に浮いて同じ踊りを踊り始めている。
見事にシンクロしてはいるが、格好が格好なので優雅さは微塵も無い。
「「「 !!!!!!!! 」」」
まだ気絶したままの者も、気絶したまま踊っているようだ。
「この神術により盗賊武士共を殺害することなく無力化出来る」
「……一度に何人を無力化出来るというのだ」
「予め『ロックオン』という神術で対象を指定しておけば、50万人だろうが100万人だろうが、武装解除して無力化するのは簡単だ」
「なんと……」
(東国全ての大名が大同団結して出兵しても100万には及ぶまいな……)
「それにしても貴殿は武士を盗賊と申されるか」
「自分の領地が不作になれば、近隣の領地を襲って財や食料を奪う。
盗賊と武士集団の違いは、自分は盗賊だと名乗るか武士だと名乗るかの違いだけだろう」
「はは、昨今の戦国の世を見るに、まさにその通りだの。
それで貴殿の出身である神界とはどのようなものか。
またわざわざ日の本に来た任務とは」
「夜空には無数の光の点があるだろう」
「ああ、数え切れぬほどあるな」
「あれは全て太陽であり、その太陽の周りにはこの地と同じような大地が存在する。
因みに神界ではこの地のことを地球と呼んでいる。
それら多くの大地の一部には、この地球と同じようにたくさんの人々が住んでおり、神界とは、それらすべてを統括し、管理している存在だ」
「そのような存在があったとは……」
「そして神界は多くの使徒を擁し、様々な世界に派遣してその地の生命を守ろうとしている。
主に自然災害の被害を抑えることと、紛争世界の平定任務だが。
そして、そうした救済対象の世界の中でも、この地球は最高度に紛争が多い極悪非道な世界として知られている」
「つまり神界が注視するほどまでに酷い世界という事か……」
「そうだ」
「確かに南北朝の争いや応仁の乱からこちら、日の本中で戦が見られるようになった。
時には親子兄弟で争い、主君を滅ばしてその土地を奪うほどにな」
「それはなにも日の本だけの話ではない。
ここ50年ほど、世界中で同じような戦国時代になっている」
「世界とは?」
「この星の上にある日の本、明、朝鮮、天竺、ロシア、ペルシア、ギリシア、神聖ローマ帝国、フランス王国、イスパニア王国、イングランド王国、ノルウエー王国など120ほどの国をまとめて世界という」
「世界中が皆同時に戦国時代に入っているというのか。
それは何故か」
「この星を照らす太陽が50年ほど前からその活動を衰えさせたせいで、地球が寒冷化した。
そのために世界中で冷害が蔓延し始めたからだ」
「確かに陸奥、出羽では冷害による不作が酷いらしいの。
津軽や檜山、南部などでは50年前に比べて石高が半分以下になっているそうだが。
まさかそれで戦が増えたというのか……」
「その通りだ。
皆冷害への対策を考えることなく、自分が貧しくなったならば、他者を殺してその財や食料を奪えばよいと考えるようになった。
それが日の本の武士や世界中の武人が考えたことだ」
「なんと浅ましい……
だが冷害に対しては対策など立てようが無いだろう」
「だから他者から奪う以外に無いというのか?
そんなことはないぞ。
冷害という自然現象に対しても、いくらでも対策はある」
「如何なる対策があるのかお聞かせ願えるか……」
「まずは作物の選択だ。
米はそもそも南方を原産とした作物なので、特に冷害に弱い。
だが麦は北方原産のために、かなり冷害には強いのだぞ」
「麦とは山野に生えている草の実のことか」
「そうだ。
麦は秋に種を撒いて冬を越させ、春の終わりごろ収穫出来るほど寒さに強い」
「だ、だが麦など作っても石高とはならんだろうが……」
「それが大名や国人領主の阿呆なところだ」
「「 !!! 」」
「米と麦は同じ重さであればその滋養にほとんど違いはない。
だが大名や国人は『我が領の米石高は何万石である!』という見栄を張るために、米以外を財とは見做さず年貢としても認めていないだろう。
冷害が蔓延する中でわざわざ冷害に弱い作物を作らせようとしているわけだ。
つまり領主が阿呆だから皆飢えるのだ」
「「 ………… 」」
「それからもうひとつ、お前たちは全くと言っていいほど品種改良をしていない」
「『ひんしゅかいりょう』とな……」
「仮に酷い冷害で米の取れ高が例年の1割しか無かったとしよう。
阿呆な領主はその1割を兵糧にして他領に攻め込む。
他領も同じく冷害で酷い不作になっているにも関わらずだ。
だが、酷い冷害の中でも実を付けたということは、その米は寒さに強い米だったということになる。
よって麦粟稗などを育て、森の恵みや海の幸を食べて飢えを凌ぎ、その寒さに強い米を種籾にして翌年米を作れば、また寒さに強い米が実るかもしれない。
だが日々飢えに苛まれる領民ではそのようなことは難しいだろう。
それこそが領の中でも比較的裕福な領主の役割だ」
「むぅ……」
「つまりは領主以下全ての将兵や家人までをも動員して、森で採取した麦や粟稗蕎麦などの雑穀を育て、海で魚を獲って喰い繫ぎながら品種改良を続ければよかったのだ。
それを50年も続けていれば、今頃は相当に寒さに強い米が出来上がっていたはずだ」
「武人に草の実を集めさせ、漁師の真似事をせよと申されるか……」
「それが嫌なら飢えて死ね」
「「 !!!! 」」
「もしくは碌な兵糧も無く、他領に攻め込んで盗賊として死ぬかだ」
「「 ………… 」」
「さて、書簡にも書いた通り、北海国は和人と交易するために、この花澤館より北方四分の一の海沿い崖上に交易所を作る。
そこでの売り物を披露しようか。
まずは海産物だな」
その場に長さ2メートルを超える箱と、それよりも小さいが80センチ四方ほどの箱が出て来た。
「こ、この箱はどこから来たのか!」
「我らには転移の神術があると言ったろう。
北海国の食料倉庫から転移で持って来ただけだ」
「むう!」
ムサシが大きな箱の蓋を開けた。
「こ、これは……」
現れたのは200キロ級のマグロだった。
「どうだ、これだけの大きな魚ならば200人が腹いっぱいになるまで喰えるだろう。
北海国ではこの大きさのマグロが日に100尾は上がる。
これよりは小さいが3尺級の鮭、鰊、鰹は日に2000尾だな」
「これほどまでに大きな魚を如何にして……」
「とてもではないが釣るにしても釣糸がもたないだろう……
舟すら転覆するかもしれん」
「お前たち武士は漁を下賤な者がすることとして忌避しているせいで、誰も工夫や努力をしていないからな。
漁師には時間もカネも無いので工夫すら出来んし。
よってほとんどの和人たちがこうした大いなる食料である魚を獲らないおかげで、俺が少々道具と智慧を与えただけで北海国ではいくらでも魚が得られるんだぞ」
「「 ………… 」」
「また、さらに工夫すればこんなものも大量に獲れる」
ムサシが小さい方の箱を開けた。
「こ、これはタラバガニか!」
「なんと大きい……」
「だがこうした貴重な蟹がいるのは水深30尋(≒54メートル)以上の海底だという。
如何な素潜り名人でも蟹獲りは不可能であり、たまたま餌場から弾き出された小さな蟹を浅瀬で獲るしかなかろうに」
「なぜ水深30尋以上にいる蟹を獲る工夫をしない」
「「 う…… 」」
「我らの調査によれば、和人たちが工夫と努力を怠っているせいで、北海国沿岸にはこうした蟹が億の単位で生息している」
「「 ………… 」」
(そのようなことまで調べられる『神術』もあるというのか……)




