*** 67 戦略級 ***
この物語はフィクションです。
登場人物、国家、団体、制度などが実在のものと似ていたとしても、それは偶然です。
また物語内の記述が事実と違っていたとしても、それはフィクションだからです。
翌日。
あと30分ほどで正午という時刻に、ムサシは『隠蔽』の神術で身を隠したまま花澤館周辺を『浮遊』の神術で飛び回っていた。
山道と海道のそれぞれに兵を100人ほどずつ配しているか……
まあ俺を襲撃しようというよりも、俺が率いて来るだろうアイヌ護衛兵を警戒してのことかな。
武装や防具がやや整った者たち80人ほどは館周辺の警戒か。
女性や子供たちの姿が見えないが……
ああ、あの館裏の土蔵に避難しているのか。
はは、俺は相当に警戒されているんだな。
『威圧』で気絶させたら気の毒だから、土蔵は遮蔽フィールドで覆っておくか。
当主も気絶すると話も出来ねぇからついでに館も。
長屋門の前には武装兵が30人ばかり、庭の石畳の左右には同じく武装兵が50ほどだな。
ん?
あの物見櫓の上にいる奴、雑兵じゃないな。
着物も結構いいの着てるし。
どれどれ『鑑定』
あー、こいつがあの前当主で若狭武田家出身の蠣崎信広かぁ。
よっぽど俺を観察したかったんだろうけど、フットワーク軽いねぇ。
総合レベルは25、この日の本の中ではかなりなもんだな。
長屋門を潜った先には石畳の道があって、その先には大きな濡れ縁の向こうに板の間か。
ここが所謂書院の間、西洋の城でいう謁見の間なんだろう。
まあ正月なんかには宴会の間になるんだろうけど。
向かって左には大きめの座布団みたいな茣蓙が2つ、右側には1つ置いてあるんか。
あそこで会談するつもりのようだ。
んん?
なんか下男みたいな連中が大勢でデカい高座を持ち込んで来たな。
あー、板の間の茣蓙をどかして高座を敷いたよ。
でもって茣蓙は高座の上に並べて2つか。
あそこに当主と嫡男が座って俺は庭に座らせる気かよ。
はは、まるで江戸時代の奉行所のお白洲みたいだぜ。
しっかしあの書簡を読んでもこんなことをするとは、よっぽど俺にマウント取りてぇんだな。
それだけ蠣崎はアイヌとのピンハネ交易に依存してるんで必死ってぇことか。
『ムサシの兄貴、そろそろ正午だぜ』
(おう、サンキュ)
ムサシは『隠蔽』を解き、長屋門内側の石畳の上に転移した。
「「「 !!!!!!! 」」」
庭にいた50ほどの兵が盛大に硬直している。
(こ、これだけの兵が警戒している中、こ奴はどこから来た!)
櫓の上の前当主蠣崎信広も愕然としている。
ようやく我に返った武士が声を出した。
「だ、誰だキサマは!」
「ったく、先触れを出しただろうが。
俺が北海国代表のムサシだ」
「な、なんだと!」
石畳の道を挟むように2名の武士が出て来た。
ムサシは構わずずんずんと進んでいく。
(護衛の兵どころか供の者も連れず、しかも丸腰だと!
な、なんという豪胆な男だ……)
ムサシが近づいて来るにしたがって、その巨大な体躯が明らかになる。
ムサシの身長は2メートル超え、体重120キロで体脂肪率5%。
対する武士2名は身長155センチに届かず、肥満体形。
実に50センチ近い身長差に武士2名は思わず後ずさった。
「そ、そそそ、そこで止まれ!」
「そ、その場で膝下低頭してお屋形さまのご到着を待てっ!」
「うるせえ」
ムサシはさらに歩いていく。
武士2名が手に持った槍を交差させ、×印を作ってムサシの行く手を塞いだが、ムサシはその槍を念動で奪い取り、穂先を毟り取った。
「「「 !!!! 」」」
その穂先を『錬成』で柔化し、掌でくるくると丸めていく。
「き、ききき、キサマ、抵抗するかぁっ!」
兵50もようやく我に返り、ムサシに向かって足を踏み出した。
(レベル50ぐらいが妥当かな、こいつら揃いも揃ってレベル10以下だから、あんまり激しい威圧だとショック死しちまうだろうし)
「『威圧、レベル50』……」
「「「 !!!!!!!!!! 」」」
至近距離でムサシの威圧を浴びた武士2名は、白目になって膝から頽れた。
顔面を地につけ尻を上げた無様な姿勢のまま、股間からはじゃーじゃーと小便を噴き出している。
庭にいた兵たち50と門前を固めていた兵30も、ほとんど全員が白目になって気絶した。
さらには山道と海道を警戒していた雑兵たちも、その場ですべて倒れ伏している。
(な、なんという武圧だ!
あの若さでいったいどれだけの戦場を潜り抜けて来たというのだっ!)
そうだねぇ、自然災害救済は他の使徒に任せてムサシくんが担当したのはほとんどが紛争停止任務だったから、大きな戦場の経験は5万年間で30万回ぐらいかな?
小規模な対人戦闘も入れたら100万回は優に超えるだろうけど。
さすがに前当主信広で、ふらつきながらも辛うじて気絶はしていないようだ。
(こ、これほどまでの武圧を放てる者は若狭武田にも甲斐武田にもおるまいの……)
いや階梯宇宙全域にもいないから。
しかも全力の威圧レベル1203なんか放てば、半径300キロ以内の生命はすべてショック死して、半径800キロ以内は全員気絶だし。
もはや戦略級の大量破壊兵器と化しているムサシくんであった……
ムサシは沓脱石の上で履いていたブーツと靴下を重層次元倉庫に転移させ、素足のまま濡縁に上がった。
(な、なんだあの座り茣蓙の配置は!
しかも高座段の上に庭に向いた2枚だけだと!)
あー、物見櫓の信広が怒ってる怒ってる。
ということはあの配置は前当主の指示じゃあなくって、現当主か嫡男の指示なんだろう。
ムサシが指さすと高座段が消え、2枚の座り茣蓙の右側に巨大な座布団が現れた。
その上でムサシがどっかりと胡坐をかく。
まだ辛うじて意識があった庭の武士が弱々しく指笛を吹いた。
どうやら客人が来たときには、当主と嫡男に伝令か合図を送る手はずになっていたようだ。
まもなく当主蠣崎光広と嫡男義広が書院の間に入って来た。
光広は訝しむ様子も無く茣蓙に座ってムサシと相対したが、義広は板の間の座布団に座るムサシを見て激高した。
「な、何故キサマがそこに座っておるのだぁっ!
ええい者共、何をしておるぅっ!」
そこで初めて庭を見た義広は、累々と倒れ伏している兵たちを見て大硬直した。
「な……
わ、我が兵に何をしたぁぁぁっ!」
「あ゛?
俺がここまで歩いて来るのを槍を交差させて邪魔をし、あまつさえ石畳の上で膝下低頭して当主を待てとかヌカしたんでな。
睨みつけて武圧をかましてやったらみんな気絶しちまったんだ。
お前らの兵はちと根性が足りねぇなぁ」
「な、なんだとぉ―――っ!」
「それにな、いくら雑兵でももう少しまともな武器を持たせた方がいいんじゃねぇか?
ほれ」
ムサシが先ほど丸めた槍の穂先を当主たちの前に転がす。
「な、なんだこれはっ!」
「よく見てみろ。
俺を脅そうとした弱兵共の槍の穂先だよ」
「「 !!!! 」」
確かに穂先の痕跡も残っている。
それもムサシの指の形に歪んで丸まっているが。
「ったく、こんな紙みてぇな武器で俺を止めようとはな」
「アイヌ風情が蠣崎を愚弄するかあぁぁぁ―――っ!」
当主光広が立ち上がり、嫡男の顔面に渾身のストレートをブチ込んだ。
腰の入ったいいフォームである。
「ぐわあぁぁぁ―――っ!」
「この莫迦者がぁぁぁ―――っ!
お前は壁際に控えておれぇっ!」
「な、なぜ……」
「あれほど言って聞かせたことをもう忘れおったか!
このまま客人に無礼を重ねれば、キサマは廃嫡どころか追放ぞっ!」
「えっ……」
この時代の追放とは、家名を剥奪して領地所払いとすることである。
その後は良くて下人、最悪流民となるだろう。
追放の回状も廻されるため、他家に仕えることもほぼ不可能となる。
21世紀のカトリック教会やヤクザ屋さんの破門に相当。
(下から上に上納金を上げていく構造といい、やはり両組織は似ているようだ)
嫡男義広は、ようやく事の重大さがわかったのか、壁際まで這って行き小さくなって震えていた。
当主光広は座って拳を床につけ、頭を下げた。
「蠣崎家当主蠣崎新之助光広と申す。
愚息と臣下の重ね重ねのご無礼、誠に申し訳なくこの通りお詫び致す」
「まあ経験も武威もない若造が単に粋がっただけだろう。
水に流そう」
「ぐっ……」
「忝い……」
「そんなことより、俺がこの度建国された北海国初代代表のカムイ・ムサシだ。
だが正式な挨拶と口上を述べる前に、少々お待ち願いたい」
ムサシは座ったまま物見櫓に向き直った。
「おーい、物見櫓の上にいる前当主蠣崎彦五郎(信広のこと)さんよー、そんなところで見てねぇでここに来て俺を間近で見た方がいいんじゃねぇかぁー」
物見櫓上で信広が立ち上がった。
(はは、儂がここにおることまで気づいておったか。
真の強者とは、ここまでの境地に至れるのだの……)
いや、単に浮遊と隠蔽で空中から観察して鑑定しただけだから。
前当主信広は書院に上がるとまず嫡孫義広の顔面を蹴り飛ばした。
「ぐわあぁぁっ!」
その後、何事も無かったかのようにムサシの前に正対して座り、頭を下げた。
「儂が蠣崎家前当主蠣崎彦五郎信広である。
我が愚孫と配下のご無礼、誠に申し訳ない」
「頭を上げてくれ。
俺が北海国代表のカムイ・ムサシだ」
(むう、体格も素晴らしいが、それ以上に圧も凄まじいの。
それも自ら放つ武圧ではなく、滲み出る圧か……)
「貴殿のムサシ殿とは仮名であらせられるか、それとも諱であらせられるか」
「どちらでも構わん。
俺の名は単にムサシと呼んでくれ」
「そうか……」
「ところでだ。
俺と話をする前に、土蔵に避難させた老人や女性や子供たちを解放しては如何かな」
(はは、そんなことまで気づいておったか。
優れた武将は伏兵の有無を気配で察知出来るというが、似たような能力なのだろうの)
信広は気絶から覚め始めた部下たちに指示して、土蔵を開きに行かせた。




