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*** 63 交易 ***



この物語はフィクションです。

登場人物、国家、団体、制度などが実在のものと似ていたとしても、それは偶然です。

また物語内の記述が事実と違っていたとしても、それはフィクションだからです。




 


 意外なことにフォワードに適性を示したのは最も体の小さな兎人族だった。

 彼らは脚が早いだけでなく、驚異のジャンプ力を持っており、なにしろ巨漢ゴールキーパーが手を伸ばしてジャンプするよりも、遥かに上まで頭が届くのである。

 このため、ロングフィードされたボールを頭や背中でトラップし、高空からヘディングシュートやバイシクルシュートを放つことも出来たのであった。



「いやー、今日のマン・オブ・ザ・マッチは間違いなくウサジーだな!」


「えっ!」


「あのコーナーキックからの高高度ヘディングシュートも、ロングフィードを背中で捌いてからのバイシクルシュートも凄かったもんな!」


「あ、あの! ボクみんなの役に立てたんですか!」


「もちろんだ。

 みんな頑張って勝利に貢献したが、一番のヒーローはお前だよ」


「うっ、ううううう……」


「はは、泣くな泣くな」


「だ、だってボク、体も小さくて力も無いからいつも農業じゃあみんなの役に立てなくて……」


「そんなことはないぞ。

 お前だからあの狭い畝と畝の間に入って雑草を抜いたり、芋虫を取ったり出来るんだぞ」


「俺たち熊人がそんなマネしたら、せっかく大きくなってきた麦をみんな踏み潰しちまうだろうに」


「サッカーも仕事もおなじだ。

 みんな自分の得意なことをしてみんなの役に立てばいいんだよ。

 今日のお前みたいにな」


「うぅぅぅぅぅ……」



 こうしてサッカー熱は瞬く間に民たちの間に広がった。

 各村では男女別に分かれてU―13、U―18、U―23、フル代表、O―40(40歳以上のカテゴリー)のチームが無数に作られ、村内リーグ戦も始まった。

 彼らは早朝と夕食後の時間を練習に宛て、日曜日には各カテゴリーの村内対抗戦を朝から晩まで行っている。


 なにしろ6月の道央では日の出は3:55、日の入は19:13なのである。

 しかもムサシさまはピッチに照明塔まで作って下さっているのだ。


(21世紀でも北海道の住民の内郊外に住んでいる者は、朝3時に起きてゴルフ場に行き、4時の日の出とともにプレーを始めて通しでラウンドし、それからシャワーを浴びて会社に出かけても十分に間に合ったそうだ。実に羨ましい)


 因みにレフェリーはもちろん使徒さまたちである。

 彼らは全員が中央AIコンピューターとリアルタイム接続されているため、観客席の使徒やミリマシンも入れると常時VARチェックをしている状態であり、誤審や見逃しなどはありえなかった。


 ただし、彼らは住民たちに混ざってのプレーは自粛していた。

 なにしろ彼らは本気になれば100メートル走は1秒を切るし、垂直飛びは優に10メートルに達するのである。

 民に交じってのプレーはしなかったものの、彼らは重層次元に無数のピッチを造り、アバターリーグを結成してそれなりに楽しんでいた。

 ただ、よほどの動体視力の持ち主でなければ、ボールがどこにあるのかすらわからないそうである。


 サッカーリーグは村内チーム対抗から各カテゴリーごとに村代表を選抜しての村対抗ゲームも始まるようになった。

 すぐに、日高、苫小牧、石狩川沿い、石狩湾沿いの4つの地域代表による蝦夷地カムイカップも始まることだろう……




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





 その年の秋、和人との交易の季節になったということで、ムサシは武一郎配下のアバター40人を連れて渡島半島南部花澤湊にある蠣崎の地を訪れた。

(といっても花澤湊から北1キロ地点に転移しただけ)


 アバターたちの服装は、濃い緑と黒のジャングル向け迷彩服に超軽量超硬合金性の軍用ヘルメット、足にはショートブーツ、背には巨大な荷を背負っているが、歩く様には些かの乱れも無い。

 その上ご丁寧に顔には迷彩のフェイスペイントまでしていた。

 荷の中身はアイヌたちが作った干しアワビと干し昆布以外は全てムサシが用意したものである。


 ムサシは『変化へんげ』の神術で顔を変え、その出で立ちは同じ迷彩服ながら、肩には将官を表す金モールに胸には金星勲章の略章3つと大きな白金勲章の略章1つをつけている。

 また、ヘルメットには指揮官の証として暗視兼超望遠ゴーグルを装着していた。

(もちろん単なるお遊びギミックである。

 ムサシは『暗視』と『望遠』スキルをカンストしていた)


 ムサシの2メートル超の身長と120キロの体躯に続いて、アバターたちも全員が身長180センチから195センチ且つムキムキである。

 ついでにアバターたちの顔も凶悪に変化へんげさせていた。

 要は極めて厳つい集団だったのである。



 蠣崎領への入り口に当たる関所兼交易所が見えて来た。


「な、何者だっ!」


 誰何した蠣崎の兵もかなり腰が引けている。


「何者って、この時期にこれだけの大荷物を持って来たんだからアイヌの交易隊に決まってんだろうが」


「な、なんだと!」


 兵は内心のビビリを隠そうと、ことさらに高圧的になっているようだ。


「あ゛?

 お前ぇアイヌの交易隊が気に入らねぇって言うんかぁ?

 だったら帰ぇるわ。

 お前ぇんとこの当主には、アイヌの交易隊は大量の交易品を持って来ましたが、わたしの口の利き方が無礼だと腹を立て、そのまま帰ってしまいましたと伝えておけ」


「な、なななな……」


「おいお前ぇたち、帰ぇるぞ」


「「「 はっ! 」」」


「ま、待てっ!」


 ムサシは振り返り、蠣崎兵に向けて3歩踏み出した。


「ひぃっ!」


「『待て』だと……

 お前ぇ、この期に及んで俺に命令する気かぁ?」


 ムサシが『威圧レベル10』をかますと、それだけでその兵はへなへなと尻もちをついた。


「は、配下がたいへん失礼仕った!

 ど、どうぞ交易所の方にお越しくださいっ!」


「ふんっ!

 おいお前ぇら、交易所の中に商品を並べろ」


「「「 はっ! 」」」


 板張りの広い交易所の奥には25センチほど高くなった高座があった。

 高座の上には草で編んだ座布団があったが、他には何もない。

 壁際には関所の兵6人が立った。


「どうぞ」


「おう」


 アバターの一人が荷の中から分厚い綿の座布団を出して、高座の上の草座布団に相対する位置に置いた。

 ムサシはその上にどっかりと胡坐をかいて座り、アバターたちは荷の中から箱を取り出してムサシの前に積み上げている。

 ムサシの前に箱の山が4つ出来、そのうち3つの山の一番上の箱の蓋が開けられたが、何故か4つ目の山の上の箱は閉じられたままだった。



 高座段の脇から小柄なジジイが入って来たが、ムサシの体躯を見て立ち竦んだ。


「い、いつものアイヌはどうした!」


「俺が新しい交易担当だ」


「ぐぬぬぬ……」


 既にジジイの額には何本もの青筋が立っている。

 小柄なジジイとは、自分より遥かに勝るガタイの若者を見ると、それだけで激怒する生き物なのである。

 何しろ高座段の上に座る自分より、床に座るムサシの頭は遥か上にあるのだ。



 ムサシがヘルメットを脱いで横に置いた。


「な、なんじゃその面妖な兜は!」


「んなもん交易とは関係無ぇだろ」


「なっ!」


 アバターたちは交易所に8人が残り、後の32人は交易所の入り口の前で方陣を組んでそれぞれ背中を向けて周囲の警戒を始めた。

 いずれも巨体の持ち主が足を開いて手を背中側で組み、微動だにしないで四方を警戒している。


「まずは干し昆布からだな、おい」


「はっ!」


 アバターたちが干し昆布の束が10束入った箱40を開け、ジジイの前に並べて行った。

 ジジイはもったいつけて各箱を覗き込んでいる。


「ふん、まぁまぁの品じゃな。

 特別に一箱5文(≒600円)で買ってやろう」

(ふふ、この見事な干し昆布なら三戸や堺の商人に一箱50文で売れるだろうて)


 うにょん。


 メットにつけられている暗視ゴーグル兼望遠鏡が動いてジジイを見た。


「な、なんじゃぁっ!

 なぜ触れてもおらん兜が動くっ!」


 ジジイが仰け反り、蠣崎の兵も硬直している。


「ったく体が小せえだけじゃなく肝まで小せえのかよ」


「な、なんじゃとぉぉぉ―――っ!」


「んなことぁどうでもいいだろう。

 1箱5文の干し昆布が40箱あるから200文(≒2万4000円)だっていうんだな」


「そ、そうじゃっ!」

(こ、こやつ、掛け算が出来るのか?)


 アバターたちが干し昆布の箱を片付けていった。

 ジジイは木簡と矢立てを取り出してなにやら書きつけている。


「次は干しアワビだな」


 またアバターたちが干しアワビの箱を開けて並べていった。


「ふむふむ、ちと小さいがまぁよしとしよう。

 一箱10個入りが40箱か。

 一箱20文(≒2400円)で買ってやろう」

(ははは、これだけ大きいアワビならば堺の商人は一箱200文(≒2万4000円)の値をつけようて)


 うにゅ。


 望遠鏡が伸びた。


「な、なんじゃぁぁぁ―――っ!」


「細けぇこたぁ気にすんなや。

 一箱20文が40箱で800文(≒9万6000円)だというんだな」


「そ、そうじゃ!」


「次は帆立貝の貝柱を干したものだ。

 一箱10個入りが20箱だ」


「うむ、特別に一箱10文で買ってやろう」

(これも一箱100文で売れるの)


 うにゅにゅ。


 また望遠鏡が伸びた。


「!!!!!」


「一箱10文が20箱で200文だな」


「そ、そうじゃ!

 そういえば鷹の羽はどうした!」


「この寒さで森の恵みが激減して野鼠がいなくなったせいで鷹もいなくなった」


「く、熊や狐の毛皮は!」


「だから森の恵みが減ったって言ったろ。

 熊も狐も兎もいねぇな」


「ったく、その方らもっと真面目に働いたらどうじゃ!」


「だったらお前ぇも真面目に働いて米を作れや」


「!!!!!」


「それからな、森ん中でこんなもんを見つけたんだが、いくらで買う」


 ムサシが4種類目の箱を開けると、そこには大きくぶ厚いシイタケが10個詰まっていた。


(こここ、これはまさか椎茸かっ!

 この厚さ大きさ……

 これなら堺の商人に一箱400文(≒4万8000円)で売れようぞ!)


(註:この時代にはもちろん椎茸の人工栽培は出来ず、天然ものに限られていた。

 しかも一向宗や法華宗以外の真っ当な宗派では、管主から小坊主まで精進料理しか食べず、その際に肉や骨を入れない精進料理の出汁として、椎茸は21世紀の国産松茸に匹敵する貴重且つ高価なものだったのである)


「ふ、ふん、ただの茸ではないか。

 そうだの、一箱20文で買ってやるからありがたく思え」


 うにょにょにょ……


「!!!!!!!」


 望遠鏡の長さが1メートル近くになった。

 倍率2000倍とかいう安い顕微鏡に匹敵する恐るべき望遠鏡である。

 こんなものをヘルメットに装着して歩いたら、僅かに首が振れるだけで視野が何キロも動き、1分でゲロを吐くだろう。

 完全にネタ装備であった……


「一箱20文が20箱あるから400文(4万8000円)だというんだな」


「そ、そうじゃ!」


「それでジジイ、全部でいくらになるんだ」


「こ、こここ……」


「鶏の鳴き真似してるヒマがあったらさっさと計算しろや」


「がぎぐぐぐぐ……」





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