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*** 60 移住本格化 ***



この物語はフィクションです。

登場人物、国家、団体、制度などが実在のものと似ていたとしても、それは偶然です。

また物語内の記述が事実と違っていたとしても、それはフィクションだからです。




 


 渡島半島北部に住む渡島アイヌ40の村の民約1万2000人と、内浦アイヌ60の村の民約2万4000人への移住勧誘も驚くほど順調に進んだ。

 その理由としては、

 第1に元々この地のアイヌたちが半島の和人商人たちの横暴さに辟易していたこと。

 第2に比較的大きな村にいる巫女たちがムサシをカムイさまのご顕現としてひれ伏したこと。

 第3に村々の村長や長老たちを日高アイヌの村に視察に招待したところ、全員が腰を抜かすほど驚いたこと。

 特にカヌーや網や蟹獲り用の金属籠や丈夫なロープといった、彼らにしてみれば最先端の超技術を使って、見たことも無いほど巨大な魚や蟹を得られていることには心底驚いていた。

 加えて日高の村では暖かい住居、風と冬の地吹雪を遮る巨大な壁に加えてとんでもない量の食料が蓄えられていたのである。

 しかも食料を含むこれら全ての設備を、カムイさまは日高アイヌの村と同じようにすべて貸し与えてくださるというのだ。

 村人たちと同じ食事を振舞われた渡島アイヌと内浦アイヌたちは、その旨さと量に涙を流さんばかりに感激していた。


 さらに第4の理由として、彼らはそもそも森の恵みの採集と漁労に依存する縄文民族だったという事が挙げられるだろう。

 彼らは村周辺の森の恵みや近くの海の浅瀬にある貝類や昆布などが減って来ると、足を延ばしてやや遠方に出かけて食料を確保していた。

 その際には近くの丘に休息用のチセを建てたり、時にはそこで寝泊まりして食料を得ることもあったのだ。

 その内に遠征地のチセも徐々に増え、元の村に有ったチセを解体して新たな食料採取地に建て直すこともあった。

 狩猟採集漁労を主産業とする縄文民族アイヌたちは、生涯に3~4回の移住を経験することが当たり前だったのである。


 彼らは日高第23村から第30村までの8つの村に分かれて移住して行った。



 また、石狩アイヌの説得についてはさらに順調だった。

 なにしろ巫女たち全員が泣きながらムサシにひれ伏すし、あっという間に新しい村も建ててもらえた。

 つまり移住する必要もなかったのだ。

 加えて日高アイヌの村に視察に招待され、あの素晴らしい道具によって巨大な魚や蟹を獲る方法を目の当たりにし、その道具も手法も伝授してもらえるという。

 その見返りとしては、樺太からの避難移住者をさらに迎えるだけでいいというのである。

 加えてその移住者が必要とする村も当面の食料もカムイさまは援助して下さるという。

 こうして石狩平野周辺に250ほどある石狩アイヌ全ての村の同意を得て、ムサシたちは樺太南端の地にも巨大灯台と臨時避難所を建設することになったのである。

(またオーパーツが増えた)


 同様にして、苫小牧付近に居住するシュムクルアイヌもムサシ一派を受け入れてくれることになった。

 ムサシの大量物資救援作戦は着々と進んでいる。




『武五十二郎』


『はい』


『樺太とカムチャツカ半島に、それぞれ1個師団ほどのアバター軍団を派遣してくれ。

 樺太は南北800キロ、カムチャツカ半島は南北1000キロもあるからな。

 途中の街道整備や簡易休息所みたいなものを避難民のために作ってやってくれるか』


『どのレベルの支援に致しましょうか』


『んー、現地に派遣されるお前の配下たちが思う通りにしていいぞ』


『畏まりました』


 結果的に樺太とカムチャツカに派遣させたそれぞれの師団は、競い合うように避難民支援開発を進めた。

 街道整備や橋の建設はもちろん、20キロおきに簡易休息所(簡易と言っても300人が宿泊可能)や、100キロごとに中規模休息所(定員3000人)も整備してやっている。



「ああ、ここまで南に来たけど、それでも冬には海は凍るのか……」


「ええ、この半島は冬には全域で流氷が接岸するようになってしまいましたので」


「そうか、もう諦めるしかないのか……」


「ですがこの街道をあと百里ほど南の方に行くと、そこからは船が出ていてさらに南の蝦夷地にまで連れていってもらえますよ」


「だがもう蝦夷地にも大勢人が住んでいるんだろ。

 俺たちを受け入れてくれるかどうか……」


「いえ、彼らはカムチャツカからの避難移住者を全員受け入れてくれています。

 それに海の食料も豊富ですよ」


「そうか、それならもう少し頑張って南に行ってみるか……」



 ムサシたちには、こうした氷期から逃れようとする人々をカムチャツカ南端や樺太南端に集めるだけでなく、こうした避難所から転移などで蝦夷地に直接連れて来るという選択肢もあるはずだった。

 それをしなかった理由は『避難者の選別』にある。


 つまり、本気で避難移住したいのなら、せめて樺太の南端やカムチャツカの南端ぐらいまでは自力で歩いて来い、ということであった。


 そしてもう一つの理由は……



『カムチャツカ派遣部隊より北海道総司令部のムサシさまに月例報告です。

 20日前、中規模休息所に現地勢力の襲撃がありました。

『この砦は我らのものとする! 中にいる民は全て我らの奴隷とし、食料その他も全て差し出せ! さもなければ皆殺しにするぞ!』と主張して兵500ほどを率いる将が攻めて来ました』


『我が方の対応は?』


『即座に犯罪者全員を個別牢に転移させ、順次量刑決定のための裁判を始めています。

 また、敵旗印は全て敵の本拠地に転移させ、『貴軍の強盗部隊は全滅しました。当方損害無し』との書状も送り届けて、敵性集団本拠地周辺の村に送り込んだ味方諜報隊に敵全滅の噂を流させています』


『敵勢力の分析結果は?』


『詳細鑑定によれば、Y染色体ハプログループはC3系統、カムチャツカ北部に本拠地を持つロシア・スラブ民族系の現地豪族です』


『C3系統か。

 ロマノフ王朝や20世紀にロシア共和帝国を作った奴らの祖先と同じだな』


『その他小規模な休息所襲撃が8件ほどございましたが、いずれも敵性集団は牢に転移済みです』


『ハプログループは?』


『すべてC3系統でした』


『現地オホーツク族による襲撃はあったか』


『ありません。

 コリヤーク人、イテリメン族、ニヴフ族、ウリチ族、ネギダール族などのハプログループY2系統のオホーツクの民は、休息所にて食事、休養、治療の後、ほぼ全員がそのままカムチャツカ南端を目指して移動を続けています』


『そうか、ご苦労。

 そのまま任務を続行してくれ』


『はっ! カムチャツカ派遣部隊、任務続行します!』




『樺太派遣部隊より北海道総司令部のムサシさまに月例報告です。

 この1か月間に中規模休息所襲撃未遂は12件、小規模休息所襲撃未遂は32件、また樺太南端の臨時収容所に対する大規模兵力による襲撃未遂は5件ありましたが、いずれも敵兵力は全て個別牢に収容しております。

 また、敵性集団の旗印もすべて回収して本拠地に転移させ、『貴軍の将兵は全滅、当方損害無し』との書状を送り付けた上で、派遣軍全滅の噂も流しています』


『敵勢力の分析結果は』


『全員がハプログループC3系統でした。

 また、襲撃者の8割は間宮海峡を挟んだユーラシア大陸東部沿海州の現地豪族やロシア貴族の軍でした』


『あの臨時避難民収容施設に作った大型灯台に引き寄せられたか。

 まるで悪党をおびき寄せる誘蛾灯だな』


『はい。

 また、敵地観察によれば、遠征軍全滅とそれを民に広報されてしまって激怒した現地支配層が、徴兵や他軍との連合を含めてさらなる大軍を組織中です』


『徴用された兵に対しての刑罰は軽めにしてやれ』


『はっ』


『それでは引き続き任務続行せよ』


『はっ! 樺太派遣部隊、任務続行します!』



 そう、『避難者選別』とは悪党の排除だったのである……




 さすがはハプロC3系統だな、あの極悪帝国を作った奴らの祖先だけあるわ。

 それにしても中華帝国のハプロO系統といい、やっぱり大昔からロシアと中国には碌な奴らがいなかったんだな。


 でもまあそれを言えば、中央アジアやヨーロッパのR系統民族も中東のJ系統民族も碌な連中じゃないか。

 国家元首の大半が虐殺独裁者になるアフリカのハプロA系統なんかもう最悪だし。


 でも豪族貴族や王族は極悪人だけど、民衆はそこまで酷くなかったりするよな。

 それって、極悪非道残虐外道じゃないと豪族貴族王族に成れないからか?

 それとも豪族貴族王族になると自動的に極悪非道残虐外道に成るのか?


 まあいいや、もうしばらく悪党への個別対処を続けて、それでどうしてもダメだったら紀元前3万年ぐらいからすべての地球人類の脳にナノマシンをブチ込み、犯罪行為を行おうとしたと同時にラジオ体操させる『完全管理政策』を始めよう……




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 ムサシ一派が北海道に顕現してからというもの、アイヌたちの暮らしは劇的に改善した。


 飢えと寒さから解放された民たちは、ムサシが言った通りに生活を楽しみ始めたのである。

 やや意外なことに、彼らは学校での学習も楽しんだようだ。


「へへ、これ見てくれ。

 布地に俺の名前を書いて服に縫い付けてもらったんだ」


「お、いいなそれ。

 俺もやろう!」


 今まで文字を持たなかったアイヌたちは、自分の名を書けるようになったことを喜んだ。

 こうしてほとんど全員が使徒さまから借りたマジックで小さな布に自分の名を書いて服に縫い付けたため、まるで20世紀日本の幼稚園のような光景が広がっている。


 あの巫女さまは、カムイさまご降臨の様子を綴って後世に残す際に、せめて序文や第1章は自分で書きたいと鬼気迫る勢いで文字を学び、今では使徒さまにお願いして文章の添削指導を受けている。


 因みにだが、この時代の日の本の民に読み書きが普及していなかった理由は、その漢文調の文体と最低五千字と言われる漢字の多さにあった。

 つまりカネもヒマもある特権階級にしか取得出来ないものだったのである。

 そのために、漢字を簡略化した仮名や平仮名は知力の劣る女性向けのものとして、所謂男性知識層は忌避する傾向にあった。

 要は多すぎる漢字は知識層が自分の地位を守るための参入障壁だったのだ。


 これに対し、ムサシは21世紀日本の小学校レベルの漢字とひらがなを交えたものを民に教えることにした。

 この読み書き能力取得熱に最初に火をつけたのが、毎週末に教場の講堂に於いて開催される『紙芝居』である。

 ムサシの命を受けた武三郎は元の階梯宇宙に飛び、銀河系連盟中央教育大学の助けも借りて幼児児童向けの電子書籍を買いまくった。

 その中からさらに厳選した絵本の出版社に法外な著作権料を払い、児童画家集団も雇って巨大な紙芝居を作ったのである。 

 この紙芝居は横3メートル、縦2メートルもあり、1千人の聴衆に一度に見せてやることが出来た。

 読み手は使徒さまである。


 もちろんアイヌたちも物語風の伝承を持っていたが、それは主に長老衆が子供たちに語って聞かせる音声のみの物で、また長老たちのレパートリーも少なかった。

 それも昔の族長は偉かったとか、みんな大変な苦労をして暮らしていたとか、些か教訓寄りの話が多く、エンターテイメント性に乏しかったのだ。


 ところがこの紙芝居は綺麗に彩色された絵が付いていて、説教臭くもないのである。

 しかも毎週違った物語が上演されるのだ!

 これには大人たちも子供たちも夢中になった。

 あまりにも感情移入し、手に汗握って見ているために、20分ほどの上演が終わるとみんなぐったりしているほどである。

 子供たちは、そのほとんどがエネルギーを使い果たしてその場で寝入ってしまっていた。


 そして……

 教場の『図書室』には、今までに上演された紙芝居の元になった絵本が大量に置いてあったのである!

(取り合いにならないよう1つのお話につき、用意された絵本は20冊もあった。

 けっこうな著作権収入を得られる児童書著者や、書籍が大量に売れる出版社はウハウハである)


 もちろん絵だけでも楽しめるが、教場で文字を覚えれば、お話を読めるようにもなるのだ!

 おかげで民の読み書き取得熱は大変なものになった。

 紙芝居や絵本を使ったムサシの学習補助作戦は大成功である。


 そのうちに民の中から絵本作家や小説家も出て来るかもしれない…………





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