*** 6 ラジオ体操の刑 ***
この物語はフィクションです。
登場人物、国家、団体、制度などが実在のものと似ていたとしても、それは偶然です。
また物語内の記述が事実と違っていたとしても、それはフィクションだからです。
翌日、神界銀河系本部、神界司法警察署にて。
「これより昨日第28象限支部にて逮捕された初級天使ブヒーラ・ポークに対する査問を行う。
容疑内容は、使徒ムサシ氏に対する恐喝と資金略取未遂となる」
「ま、待てっ!
す、すべて誤解だ!
わ、わしはそのようなことはしておらん!」
「言い逃れは難しいぞ。
昨日の第28象限支部におけるムサシ氏とのやり取りは、我ら神界司法警察により完全に記録されている」
「げぇっ!」
「もちろんジンジャー・ポーク中級天使が主犯となり、その一族たちに指示したムサシ氏の巨額資産略取計画の全貌も、司法警察は全て把握している。
今容疑者8名全員を拘束して、ここと同じように査問を行っているところだ。
なにしろジンジャー・ポークは中級天使昇格のために贈賄しまくっていたからな。
昇格後には、何らかの手段でそのカネを取り返すだろうとして、我ら司法警察の重点監視対象だったのだよ。
必要なのは貴君らが使徒ムサシを恐喝、解任したという事実だけだったのだ」
「ま、待ってくれ!
あのような下賤なヒューマノイド出身の使徒が、あれほどまでの巨額資産を持つのはおかしいだろう!
任務にかこつけて横領を働いていたのは間違いないのだ!
我らはその公金を取り戻そうとしただけだ!」
「そしてそのごく一部を神界に渡し、残りはすべて一族の隠し口座に入れる予定だったのだろう。
ジンジャー・ポークがそのように指示していた記録もあるし、偽名の隠し口座も既に用意していただろうに」
「!!!!」
「それにな、実はムサシ氏のあの口座は、単に犯罪者を引き寄せるための罠だったのだよ。
本当の資産口座は銀河間連盟銀行内の最重要顧客枠内にある。
ついでに言えば、あの10億クレジットは普段の小遣い用だったそうだ」
「な、なんだと……」
「ムサシ氏から許可を頂戴しているので特別に教えてやろう。
彼の資産額は3.0×10の24乗クレジット、つまりこの階梯宇宙の神界全体年間総予算の300億年分ある」
「!!!!!」
「銀河連盟政府に特別所得税を納める前だったら500億年分だな。
そんな金額を神界資金から横領するのは絶対に不可能だろうに」
「げ、下賤なヒューマノイドごときが、な、なぜそのような大金を……」
「彼は最初の『階梯宇宙金星勲章』を授与されたときに、これからも静かに暮らしたいのでそれを非公開にしてくれと言ったそうだ。
初級天使への昇格も辞退したしな」
「えっ……」
「彼によれば、これからもヒューマノイドへの救済を続けていくために、使徒のままでいたかったからとのことだ」
「し、信じられん……」
「よって最高神政務庁の計らいで、彼の職階は使徒のままだが、階級は初級天使になったそうだ」
「あう!」
「2度目の金星勲章受勲でも同じ理由で公表されず、職階は使徒のまま階級だけ上級天使へ昇格した」
「はうっ!」
「そして、最初の受勲の際に最高神さまに受勲の副賞として何が欲しいと聞かれ、彼は『宇宙の無生命放浪惑星』を1つ望んだそうだ。
まあ神界としても、放浪惑星などブラックホールに飲み込まれるか他の星々に危険を与える存在でしかないのですぐに許可したが。
そして彼は、その岩石惑星を粉々に砕いた後、神力レベル600を要する超高度神術『資源抽出』を用いて各種の元素にまで分解した。
その元素は、金だけで6兆トンを超える」
(註:地球人類が有史以来採掘精錬した金の総量は20万トン程度である)
「あうっ!」
「もちろん彼は所得税を純粋資源で物納したが、まあ銀河連盟政府としても巨額の税収を得た上に資源逼迫が大幅に緩和されたので大喜びだったそうだな。
そのため、銀河連盟政府は彼の資産管理と資源売却のための専門部署を置いている」
「あぅあぅ……」
「彼は未開世界の暴虐支配層を8億人も打倒してきたが、その後の疲弊した民の救済に必要な神界予算が限られていることが大いに不満だったそうで、そのために自力でそれだけの資産を得たとのことだ。
その後は自分の資金で広くこの階梯宇宙全域から農産物を買い付け、それを配布するために1体10億クレジット(≒1000億円)もするアバターを10万体、その軍団を指揮する1体100億クレジット(≒1兆円)のバイオロイドを10体購入した。
その階梯宇宙最高級のバイオロイドには、自身の思想・知識・経験・能力をアップロードしてある有機コンピューターからその内容をダウンロードして弟分の指揮官としている。
おかげで階梯宇宙の農業系恒星系も工業系恒星系も大喜びだ」
「に、任務のためにそれほどの大金を使ったというのか。
な、なんともったいない……」
「そうして3度目の金星勲章受勲に際しては、職階はそのまま、階級はなんと中級神さまへ昇格していらっしゃる」
「あぅあぅあぅあぅ……」
「故にあのお方さまは、望めばすぐにでも20兆個の銀河を擁する乙女座超銀河団統括の中級神さまとなれるのだぞ」
「げぇっ!」
「さらにムサシさまはその使徒としての籍こそ銀河系第28象限に置いてあるが、今や最高神政務庁から直々の任務を受け取っていらっしゃる。
任務担当官は上級神さまだそうだ」
「はうぁぁぁっ!」
「貴君は、それほどまでのお方さまを『下賤なるヒューマノイド』と罵ったわけだな」
「ぐわぁぁぁ―――っ!」
「さて、貴君も知っての通り、この手の資金略取詐欺未遂では、罰金はその略取を試みた金額とほぼ同じになる。
つまり10億クレジットだ」
「!!!」
「まあ到底足りんだろうが、諸君ら8人の財産は退職金を含めてすべて没収だな。
もちろん諸君ら全員は、天使の階級にあるまじき犯罪を試みた者として、神界刑務所の重大犯罪者収容房にて終身刑となることだろう」
「あぅ……」
「まあ主犯のジンジャーはそのまま重大犯罪者収容房だろうが、従犯の諸君らは全てを供述して捜査に協力すれば、一般終身刑房に入れてもらえるかもしれん。
どうする?」
「あぅぅぅ―――っ!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「さて、お前たち俺の分身ももう知っての通り、俺たちはこれから5万年前の地球に飛び、あの絶滅戦争を抑止する重大任務に就くことになる。
そこで今日は具体的な方針について考えていきたいと思う。
各自自由に発言してくれ」
「まずは2020年ぐらいに飛んで、あのプーチンチンとプーさん主席をブチ殺すか発狂させるかだろ」
「うーん、ブチ殺すとすぐに後継者争いの内戦が始まって状況は変わらないかもだぞ」
「ったく原始社会の族長交代と変わんねぇな」
「そりゃあ奴らプープーコンビは21世紀レベル程度の科学技術は持っていても、アタマの中身は原始部族の族長から進化してねぇからだろう」
「それじゃあ軽く発狂させた方がよさそうだな。
それならボスが正気に戻った時に粛清されるかもって考えて、後継者候補もすぐには動かんだろうから」
「どんな風に発狂させる?」
「やっぱあのラジオ体操の刑がいいんじゃねぇか」
「あー、あの朝6時から夜22時まで、30分体操させて30分休ませるのを繰り返すやつな。
もちろん口は利けなくさせて、休息中に文書で命令を出そうとすればまたすぐラジオ体操を始めるやつか」
「そういう念動神術と音声遮断の神術のマクロを組んで、『発狂ラジオ体操の刑』の神術マクロを作っておこうか。
期間だけ指定できるようにして」
「あの2人の戦争犯罪人は終身ラジオ体操刑だな」
「それであいつらが発狂判定されて政権交代騒ぎになって、後継を狙って武装闘争始めるやつがいたら、そいつらも片っ端からラジオ体操させるか」
「そんなことしたら、あの二か国だと1000万人ぐらいラジオ体操始めることになるぞ。
なにしろ革命とかいうもんで武力蜂起して政権を奪うのが伝統芸能になってる国だからな」
「別に何千万人がラジオ体操を始めてもいいんじゃねぇかな。
大統領も国家主席とかいう独裁者もいねぇ状態が10年も続けば、あの二か国も少しはマトモになるかもしれん」
「だが、それだと仕事出来なくって馘になって、休息時間にも食事が出来なくて飢え死にする奴が出るな」
「そのときはそいつの胃に細かくした食料と水を転移させてやればいいんじゃね。
民を救済するために食事を作ったときに出た野菜くずとか、肉の切れ端とか。
味はどうでもいいだろうし」
「よし、最初はその作戦で行こう。
まずは監視衛星本体を近傍重層次元に重点配備して、プローブだけを小さなスペースデブリに偽装した上で三次元空間に出せばいいだろう。
ついでにあの2か国の監視を強化するために、地上配備監視ナノマシンも大量に必要だな」
「そこで得た情報に基づいてアバターたちが、内戦指導者に『ロックオン』するわけだ。
その情報を俺たちが受け取って、兄貴の了承を得て『発狂ラジオ体操の刑』の神術を発動すればいいのか」
「お前たちの判断は常に追認するから勝手に神術発動していいぞ。
なにしろお前たちは俺の分身であり、言ってみれば俺自身だからな」
「それにしても、中央神殿はよく俺たちバイオロイドにヒューマノイドに対する神術行使を認めたよなぁ」
「まあ2度目の金星勲章受勲の時に、褒賞として最高神さまが認めて下さったからな。
任務時限定で責任はすべて俺が取るという条件だが」
余談だが、筆者の友人のヨメは、健康のためと称して毎朝テレビの前に立ち、あのNHKの体操番組を見ながら一緒にラジオ体操をしているそうだ。
きっと毎朝革命や内戦を起こそうと決意して神界に罰せられているに違いない……
閑話休題。