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*** 57 農業のために ***



この物語はフィクションです。

登場人物、国家、団体、制度などが実在のものと似ていたとしても、それは偶然です。

また物語内の記述が事実と違っていたとしても、それはフィクションだからです。




 


 この日、陸仕事衆は20台ほどの小型リヤカーを曳いて泥炭の採取に出かけていた。

 最初の村から襟裳岬方面に2キロほど進み、その後は1キロほど緩斜面の道を登ると広大な泥炭地がある。


「みなさん、この広場にリヤカーを置いて、左右にあるサイドブレーキを引いてください。

 そうすればリヤカーは動かなくなりますから。

 そして、このスコップで泥炭を掘って竹籠に入れ、籠がいっぱいになったら籠の中の泥炭をリヤカーに置いてあるこの大きな箱に入れて下さい。

 リヤカーの箱がいっぱいになったら村に帰りましょう」


「うわー、この『すこっぷ』って言うもん使うといっぺんに大量の泥炭を掬えるなぁ」


「あー、もう籠がいっぱいになったか。

 それじゃあ『りやかー』のところまで担いでいくか」



「はは、『りやかー』の箱までもういっぱいになったか。

『すこっぷ』のおかげで仕事が捗るわ。

 それじゃあみんな村に帰るぞー」


「「「 おう! 」」」


「あー、いつも泥炭を取りに行くときは籠に入れたまま担いで帰るけど、『りやかー』があるおかげでいつもの3倍以上泥炭を運べるなー」


「あそうか、ここに来るときの上り坂は『りやかー』が空だからそんなに大変じゃないけど、泥炭を乗せて重くなったときには下りと平らな道だけなんだ!」


「みなさん事故を起こさないようにリヤカーの引手のブレーキを使いながらゆっくり坂を下ってくださいね」



 陸仕事衆は村に帰ると泥炭を加工する作業を始めた。


「それではこの2種類の枠の中に小さいシャベルで泥炭を詰めてください。

 乾いている泥炭は少しだけ水で濡らします。

 そうしたら、この枠よりも少し小さい蓋を乗せて上から抑えつけてください」


「なあ、なんで深い枠と浅い枠があるんだ?」


「薄い泥炭板と厚い泥炭レンガを作るためです。

 竈に火を熾す時にはまず薄い泥炭板に火をつけ、火がよく廻ってから長時間燃える泥炭レンガを入れるとよいでしょう」


「なるほどなぁ……」 


「泥炭をよく突き固めたら、枠から外して村を囲む壁の外側にある屋根付きの棚に干してください。

 ここは風が強いですから10日も干せば泥炭レンガも完全に乾くでしょう」


 村人たちは夢中で作業をしていた。

 主に子供たちが枠に泥炭を入れ、蓋を乗せた後は大人たちが力を込めて蓋を押し付けている。



「おお、泥炭の板やレンガが沢山出来たなぁ」


「あれ?

 でもこれからは家の中で泥炭を燃やさなくってもいいだろ。

 だから冬に備えてそんなにたくさんは干し泥炭を用意する必要は無いんじゃないか?」


「いえ、これからもカムチャツカから大勢の避難民がやって来るでしょう。

 そうした方々の煮炊き用ですのでもっとたくさん用意しておかなければなりません」


「なるほど」


「それに、これから皆さんに農業を覚えて頂きたいんですが、実は泥炭地に作物を植えても育ちが良くないんです。

 ですのでたくさんの畑を作るためには、土の表面にある泥炭をすべて取り除いていかなければなりません。

 それに余った干し泥炭はカムイさまの倉庫に入れておけばいいですからね」


「それじゃあこれからもがんばって、たくさん干し泥炭を作ろうか」


「「「 おう! 」」」


(それに干し泥炭は本州各地の泥炭の無い地域で民の暖房用にも使えますし。

 ただの暖房用に木を切り倒してしまうのはもったいないですから)




 ムサシはこの15世紀末の北海道を日本有数の穀倉地帯にする計画を立てていた。


 そもそも何故この時代の北海道で農業がほとんど行われていなかったのか。

 その第1の理由はもちろん小氷期到来による寒冷化であり、第2の理由は北海道や東北の一部が作物の生育に適さない泥炭に覆われていたからである。


 このうち寒冷化に対処するために、ムサシは物資調達担当の武三郎とその部下たちを元の階梯宇宙に派遣していた。

 武三郎はまずけっこうな寒冷気候であるにも関わらず農業が盛んな恒星系に出向き、その地で開発された超耐寒小麦と、同じく超耐寒米の種籾を購入している。

 これらはもちろん階梯宇宙の特許法で守られているが、その恒星系では購入者があの宇宙の英雄ムサシ特別上級神さまであらせられることから、神界未認定世界での使用限定という条件で大量に種籾を売ってくれた。


 また、広葉樹林が多く、人口の少ない恒星系では、森林腐葉土や水田用の粘土質の土を千億トン単位で購入し有害微生物やバクテリア、病原菌などを徹底的に排除して代わりに根粒細菌や有用バクテリアなどを添加した土にした上で備蓄している。

 おかげでこの星系は年間恒星系予算の200%に相当する臨時収入が得られ、恒星系政府大統領以下政府重鎮たちがムサシに感謝の祈りを捧げることになった。


 次に土に施肥する肥料だが、植物の5大栄養素とはそもそも窒素(N)、リン酸(P)、カリウム(K)、マグネシウム(Mg)、カルシウム(Ca)等の化合物である。

 この時点で地球型岩石惑星100個分の資源を保有するムサシには肥料の自力調達は何の問題も無い。

 なにしろ希少な金だけで6京6000兆トンも保有しているのである。


 同じことは食料のうちの肉にも言える。

 およそヒューマノイドの食料のほとんどは炭素(C)、水素(H)、酸素(O)、窒素(N)から出来ている所謂CHON高分子化合物であり、これに必須ミネラルとしての亜鉛(Zn)、カリウム(K)、カルシウム(Ca)、ナトリウム(Na)など13種類の微量元素が加わる。


 産業革命から300年程度の技術文明しか持たない21世紀地球に比べ、120億年の技術文明史を持つ階梯宇宙では、既に百億年近くも前から『いかなる物質の分子構造式も観測出来る』、『必要元素と分子構造式さえあれば、いかなる物質も合成出来る』という技術を確立していた。

 要は資源と神力エネルギーさえあれば、どのような食料でも人為的に合成可能だったのである。

 その技術は数十億年の洗練の末に、もはや恒星系を代表するシェフですら人工食材と自然食材の判別が困難なほどにまで進化していた。


 ならばなぜ未だに畜産業の盛んな恒星系が存在するのだろうか。

 その理由はその食材のコストにある。

 21世紀地球での一般的な牛肉は100グラムにつき100円から500円程度であろう。

 これが中級肉になれば100グラム2000円、A5クラスの最上級牛肉でも原価は最高で100グラム1万円程度である。

 ところが人工牛肉は神力エネルギーが高価なこともあって、100グラム当たり500クレジット(≒5万円)もするのだ。

 そのために、動物を屠畜して食することを厭う極めて裕福な人々しか口に出来るものではない合成肉製造業だけでなく、一般畜産業も存続を続けられているのであった。


 だが、ムサシとその一派にとって、原材料の資源や神力エネルギーを用意することに何の問題も無い。

 よって、北海道の住民に振舞う肉類も、すべてムサシ一派の食肉合成工場で作られたものだったのである。

(もちろん栄養価も天然物と変わりは無い)


 また、ムサシの持論として、住民に幸福を齎すもののうち『食の幸せ』は大変重要であるというものもあった。

 そこで武三郎(資材調達担当)は美食で名高い恒星系に出向き、そこで調理を担当する料理ドローンの料理ノウハウも電子的に購入していたのである。

 もちろん門外不出の最高シェフドローンのノウハウではなく一般シェフドローンのノウハウであること、購入者があの英雄ムサシ特別上級神さまであること、かつやはり未開世界での救済任務にしか使用しないことなどを条件に、快く売ってくれたのであった。

 ムサシはこのノウハウを全てのアバターに電子的に伝授し、15世紀末の日の本救済に役立てようとしている。



 また、この時代の北海道の農業開発には、北海道で最も広い平野である石狩平野と第二位の平野である十勝平野の整備が鍵になる。

 このうち、石狩平野の場合は北海道最大の河川である石狩川が上流域の泥炭を運んで中流から河口にかけて広大な泥炭湿地を作ってしまっていた。


 これに対処するために、ムサシは数個師団のアバターを500年前に派遣し、ヒューマノイドが居住していない地域を手始めに石狩川上流域の泥炭を徐々に除去していくプロジェクトを計画中である。

 これが実行されれば石狩川下流域の泥炭湿地は消滅し、代わりに階梯宇宙で購入した農業適土に粘土質土が混ぜられたものを客土として敷き詰めることになるだろう。

 同時に石狩川の生態系を破壊しないよう、毎年少しずつ川床を削って浚渫を行い、併せて自然な岩石に似せた堤防を築いていく予定である。

 本格的な用水路排水路工事と溜池作りは、現在のアイヌ援助だけでなく避難民援助が本格化してからで間に合うだろう。


 十勝平野について必要なものはやはり泥炭表土除去になる。

 幸いにもこの地域は人口が少なかったため、500年前に派遣するアバター部隊が積極的に泥炭除去を進められると思われる。

 除去後の跡地にはやはり階梯宇宙で購入した農業適土が肥料と共に敷き詰められる予定であった。

 また、十勝川はその源流域に大雪山や阿寒湖、摩周湖などがあるために水量は豊富であり流域面積も広いため、農民の入植後は農業用水路整備だけで事足りるだろう。

 時間遡行神術マジ便利!


 さらにムサシはアイヌの民に当面の間熊や鹿、猪などの狩猟を禁止するつもりである。

(代わりに潤沢な人工肉を振舞うが)

 その一方でこうした野生動物による獣害を避けるために、知床半島からオホーツク海沿いに宗谷岬手前の浜頓別まで至る地域を海岸から30キロほど内陸まで自然保護区とし、鉄条網や城壁で囲んでしまうことも計画している。

 500年前に送られるアバター部隊は、自然保護区以外にいる大型野生動物を見つけ次第保護区に転移させて行くだろう。




 陸仕事衆が泥炭の処理を終えたころ、海仕事衆が意気揚々と帰って来た。

 そうして陸仕事衆を集めて彼らの目の前で巨大魚の入ったトロ箱を開けて見せたのである。


 陸仕事衆と村にいた女衆は盛大に硬直した。

 海の恵みを主な食料源にして暮らしていた彼らにして初めて見る巨大魚と巨蟹である。

 海仕事衆は全員がこれ以上ないドヤ笑顔になっていた。


「これもみんな使徒さまが貸して下さった船や道具に、教えて下さった漁の智慧のおかげだがな」 


「そうか……」





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