*** 53 村造り ***
この物語はフィクションです。
登場人物、国家、団体、制度などが実在のものと似ていたとしても、それは偶然です。
また物語内の記述が事実と違っていたとしても、それはフィクションだからです。
老巫女は土下座のまま声を振り絞った。
「5歳の頃より巫女見習いとなり、先代が身罷った後は巫女を継いで早50年、もうお迎えが来ようというときにカムイさまにお目見え出来ようとは……
これに勝る喜びはございませぬ。
もう今すぐお迎えが来ても構いませぬが、カムイさまに一つだけお願いがございまする」
「是非聞かせて欲しいが、まず顔を上げてくれ」
「は、はい、仰せの通りに……」
巫女見習いらしき少女が伏せている老巫女の胸に手を当てて起き上がらせた。
(あー、もう歳のせいか相当に弱っているな……)
「だがその前に、もう少しそなたが動けるようにしようか。
グランドヒール」
老婆が光に包まれた。
「「「 うおおおおおお…… 」」」
光が収まっても暫く固まっていた老巫女が顔を上げた。
そのままムサシの顔を見上げると、涙をボロボロと零しながら上体も上げる。
土気色だった顔色もかなりマシになっていた。
「あ、ありがとうございまする……
ご尊顔を拝せただけでなく、このような神気まで頂戴出来るとは……」
「足の力が衰えているだろうからまだすぐに歩くのは無理だろうが、弟子に支えて貰って歩く練習を始めるとよいだろう。
それにそなたにはもう立派な後継者がいるようだからな。
これからはあまり気を張らず、ゆっくり生きてもいいのではないか」
「ははぁっ!」
「ところで願いとは何か」
「は、はい。
我らは森の幸も海の幸もすべてカムイさまよりのお恵みと考えて参りました。
そのお恵みのおかげもありまして、わたしがこの弟子ぐらいの歳の頃には、この地には300人ほどの民しかいなかったものが、気候がどんどんと寒くなり冬に北の海が凍るようになってからは十勝や釧路など蝦夷地北部から避難してくる者たちも増えて、今ではこのように800人近くもの民が暮らすようになっております」
(そうか、食料のかなりの部分を漁労に頼っているせいで、冬の流氷接岸はかなり深刻な問題なんだろうな……)
「古来よりの言い伝えによれば、我らも元々シベリアなどからの避難者であったとのこと。
ですので皆で精いっぱい頑張って、避難者を全て受入れて参りました。
夏には命からがら遥か東シベリアの地からカムチャツカ半島を経由して粗末な筏で渡って来る者たちのために、標津の地に数名が赴いて受入れ小屋を用意することもして参りました。
ですが、最近では避難者も増える一方であり、この地のカムイさまの恵みにも限界が見られるようになっております。
別の場所にここと同じような村を作って避難者を受け入れるのには、それこそ5年から10年近い歳月がかかりましょう。
その間、我らや避難者の食料が得られるかどうかもわかりませぬ。
若い者たちの中には、共倒れにならぬよう断腸の思いでこれ以上の避難者を受け入れるのは止めてはとの意見も出て来ておりまする。
この上は、どうか、どうかカムイさまより我らの今後の行く末についてご指針を賜れませんでしょうか……」
ムサシが微笑んだ。
「わかった。
お前たちが今まで北からの避難者を受け入れ続けて来たことは誠に素晴らしいことだ。
よって、その褒美として今後は我らが新たな村の家を造り、併せて食料も援助しよう」
((( えっ…… )))
「その前に、お前たちの中にも怪我人や具合の悪い者はいることだろう。
まずは全員を癒すことにしようか。
先ほどの巫女と同じように全員の体が光るだろうが、痛くもないし驚く必要も無いぞ」
「「「 は、はい…… 」」」
「エリアグランドヒール」
その場の全員の体が白く光った。
「お、おお! 膝が痛まぬ!」
「め、目がよく見えるようになった!」
「あ、脚が治った!」
「酷いあかぎれが治ったわ!」
「こ、これが神気か!」
「なあ村長、せっかくみんな集まったんだ。
相撲を続けたらどうかな」
巫女が立ち上がった。
「皆の者、これはカムイさまに御照覧いただく奉納相撲じゃ!
正々堂々と力の限り戦うがよい!」
「「「 おう! 」」」
青年の部も進み始めた。
体の小さなヒト族やゴブリン族、兎人族なども多かったが、取り組みが進むにつれて村人たちの体が大きくなっていく。
(そうか、やっぱり番付みたいなもんがあるんだろうな……)
大柄な熊人たちの取り組みも始まった。
皆顔を真っ赤にして力を込めて組み合っている。
最後に登場したのはやはり村長だった。
「あ、あのカムイさま、本当にわしと相撲を取っていただけるのでしょうか……」
「もちろんだ。
そういう約束だったし、そもそもこれは俺を歓迎してくれる相撲大会だろう。
だったら俺も参加しないとだ。
だが遠慮はいらんぞ。
力を出し切って俺を倒してみろ」
「お、おう……」
ムサシは作業着を脱いでリングトランクス1枚の姿になった。
まるで筋肉標本のような姿に村人たちがどよめいている。
(熊人たちの筋肉量もかなりのものだが、レスラーや相撲取りのように分厚い脂肪の層も持っているために、筋肉そのものはあまり目立たない)
砂場の中央でムサシと村長が組み合った。
(!!!
な、なんだこのカムイさまの体はっ!
まったく動かんっ!)
(ほう、この村長は総合レベル24ほどか。
これは日本でもかなりのものだな)
ムサシが村長の胴体に手をかけた。
「それじゃあ行くぞ。
そぉい!」
「うわあぁぁぁ―――っ!」
村長の巨体が宙を舞った。
まっすぐに8メートルほど上がると、驚愕の表情のまま固まっている。
村人たちも全員が口を開けて宙を見上げていた。
ムサシは頭から落ちて来た村長の背に手を当て、尻から砂場に落ちるようにしてやっている。
ずしいぃぃぃ―――ん!
「ぐはぁっ!」
「「「 わあぁぁぁ―――っ! 」」」
村人たちは大喜びである。
村長の背中にはくっきりとムサシの掌の跡が残っていた……
老人たちはその場にひれ伏し、女性陣の半数ほどは目がハート形になっている。
「なあ村長、俺の勝ちでいいんだよな」
「も、もちろんです……」
「ところで、この地は冬になると地吹雪が酷いのだろう」
「は、はい。雪はそれほど積もりませぬが、地吹雪はかなり酷いです。
熊人ですら風に飛ばされることがありますから」
「ならばまずは村を囲む壁を作ろうか」
((( ……?…… )))
(武五十一郎、頼んだぞ)
(はっ!)
村を囲むように高さ15メートル、厚み5メートルもの壁が立ち上がり始めた。
それは幅500メートル、長さ1キロほどの楕円形になって緩やかな斜面に沿って続いていく。
「か、風が止んだ……」
「い、いや風があのでけぇ壁に遮られたんだ!」
「こ、これなら冬も楽に暮らせるかも……」
「これだけの壁があれば、どんな地吹雪が吹いても大丈夫だろう。
続いては家だな」
村の建物から北東方向に直径100メートルほどのドームが12個出来ていった。
そのドームには炊事場とみられる大きな建物も付随している。
その周囲にも3階建ての集合住宅と倉庫が無数に建っていった。
村人たちはあんぐりと口を開けて固まっている。
「この村であれば1万人ほどは暮らせるだろう。
倉庫の中には米と麦と薪が積んであるからな。
好きなだけ使っていいぞ。
無くなればまた補充する」
「あ、あの、こんなすげぇ村に俺たちが住んでいいんですかい……」
「それに喰い物までも……」
「もちろん構わん。
今までの家に住み続けてもいいが、あの白いドームや家は山から引いて来た温泉で温められるようになっているし、家の下には大きな炉があるからな。
そこで薪や乾かした泥炭を燃やせば、外がどんなに寒くとも中では暖かく暮らせるだろう。
食料も足りなくなればすぐに補充しよう」
「すげぇ……」
「ところでお前たちは、この日高の地にあるメナシクルアイヌの村々に知り合いはいるか」
「は、はい、大抵の村の村長は知っています」
「そうした村々でも蝦夷北部やカムチャツカからの避難移住者を受け入れているのか」
「一番多く受け入れているのはこの村ですが、他の村も少しずつですが受け入れてくれています」
「ならばこうした村を後とりあえず3つほど造るので、まず日高のアイヌ全員に移住を勧めてくれ。
移住が行われて土地が空いたら全部で30の村を造ろう」
「暖かい家があって喰い物もカムイさまに援助してもらえるとなれば、皆が移住に賛成してくれると思います……」
「この寒さはこれから400年ほど続く。
その間に北からの避難者がいくら来ても暮らせるように、村々を造っていこう。
土地が足りなくなれば、もう少し海から遠いところにも村を造ればいいだろう」
((( ………… )))
北西方向から微かにごごごごという音が聞こえて来ている。
どうやら壁で囲まれた村と村の間は1キロほど離れているようだ。
その間隙も畑にするために灌木や岩などが取り除かれていっている。
また、万が一にも地滑りなどが起きないように、地面には一定の間隔を開けて長さ20メートルのスーパーステンレス製の杭が打ち込まれているようだ。
村と村の間の土地は、棚田用地と段々畑用地に分けられ、まずは表層の泥炭層が剥ぎ取られて重層次元倉庫に転移させられていく。
その後は1個中隊300人ほどのアバターたちが神術により農業用地の土木工事を始めた。
(現地住民が見ていないため、ほとんど自重せずに神術を行使している)
水田用地には元の階梯宇宙で購入した水田用の粘土質を多く含む土を敷きつめ、畦道は固化の神術で粘土質を固めた。
畑作用地には、これも元の階梯宇宙で購入して来た十分な肥料を含む土が敷かれている。
(一般に、稲は地力と水に含まれる栄養で育て、小麦は肥料で育てると言われているそうだ)
もちろん畑作用地には何本もの用水路も通されていた。
日高山脈に無数にある小規模河川からは、その流水の一部を武五十一郎たちが地下に建設した巨大な貯水槽に収め、浄水場を経て村々やその畑に供給されるようになっている。
また村と海の間には巨大な半地下式の下水処理場が建設されており、階梯宇宙の技術によって完全に浄化された水が海に還流していた。




