*** 42 神界改革法案 ***
この物語はフィクションです。
登場人物、国家、団体、制度などが実在のものと似ていたとしても、それは偶然です。
また物語内の記述が事実と違っていたとしても、それはフィクションだからです。
準備を終えた武四郎が最高神政務庁の首席補佐官に連絡を入れた。
「そうか、ご苦労だった。
それでは我らも予定通り行動を開始しよう」
翌日。
神界中央神殿が発行している神界広報に以下のような記事が載った。
<神界改革法案>
『現在、神一族の子弟は成人と同時に初級神見習いの階級が与えられる慣例があるが、これを全廃して如何なる出自の者も最初の階級は天使見習いとする。
今後、天使見習いへの任命、天使見習いから初級天使への昇格、及びその後の階級昇格時には、任命・昇格審査の際に禁止薬物鑑定検査を行うものとする。
尚、この検査時には、本人の承諾を得ずに『詳細鑑定』神術により禁止薬物使用の有無が検査される。
陽性であった場合には当然任命・昇格は認められず、神界司法警察に逮捕される。
陽性反応者の同居親族には神界司法警察への出頭が命じられ、これを拒んだ場合には強制逮捕が為される。
初級天使への昇格には、当面の間使徒としての任務経験100年以上を必要とし、併せて使徒ランクD以上、神術レベル30以上が必要になるものとする。
初級神への昇格には、当面の間使徒としての任務経験500年以上を必要とし、併せて使徒ランクC以上、神術レベル60以上が必要になるものとする。
尚、現在初級神以上の地位にいる者に関してはこの条件を免除する。
上級神への昇格に際しては、当面の間使徒ランクB以上、使徒経験1000年以上、神術レベル100以上を要するものとする。
尚、現在上級神の地位にいる者はこの条件を免除する。
上記『当面の間』とされている昇格条件は、今後の情勢により、最高神政務庁の判断により変更されることがある。
以上の改革案につき、質問・意見があれば最高神政務庁広報室まで連絡せよ。
また、公聴会も3回開催されるので、参加希望者も同じく広報室まで連絡せよ。
それら公聴会などが終了した後に、この改革法案は神界法として正式に発布される。
以上
神界と天使界には元々、
最高神 > 上級神 > 中級神 > 初級神 > 初級神見習い
> 上級天使 > 中級天使 > 初級天使 > 初級天使見習い
という階級構造があった。
これはまた、古代日本の、
天皇 > 公家(殿上人 > 地下人) > 武将 > 武士 > 足軽 > 農民・商人
という階級構造に似ているかもしれない。
さらに中世ヨーロッパ世界でも、
国王 > 王族 > 公爵 > 侯爵 > 伯爵 > 子爵 > 男爵 > 騎士爵 > 平民
などという階級構造があり、西洋宗教もまた、
教皇 > 枢機卿 > 大司教 > 司教 > 司祭 > 修道士
などという階級構造を持ち、仏教でも、
大僧正 > 権大僧正 > 中僧正・僧正 > 権中僧正 > 少僧正 > 権少僧正 > 大僧都 > 権大僧都 > 中僧都・僧都 > 権中僧都 > 少僧都 > 権少僧都 > 大律師 > 中律師・律師 > 権律師
という(ヤタラに多い)階級構造を持っている。
また、21世紀日本の会社法人も、
相談役 > 会長 > 社長 > 副社長 > 専務執行役員 > 常務執行役員 > 執行役員 > 部長 > (副部長、次長、部長代理など会社によって異なる)> 課長 > 課長代理 > 主任 > ヒラ
と言った階級構造を持ち、その他軍隊、警察、役人などもかなり細分化された階級を持っている。
そして、古代に遡るほどこの階級構造は硬直的なものだった。
すなわち、ほとんどすべての階級が世襲制によって得られるのである。
近代になるにつれて、上位者の死亡または引退によりその階級上の地位は下からの繰り上がりになるのだろうが。
それではなぜあらゆる組織に於いてこのような強固な階級ヒエラルキーが形成されているのか。
それはもちろん、猿や類人猿がそもそもヒエラルキーという社会性を持つ生物であり、その進化系であるヒト族もまたこうした類人猿数千万年に渡る本能を発露しているからと断定できる。
犬人族や兎人族、ゴブリン族といった他種族ヒューマノイドも、ヒト族の体に近づくような因子を与えられていたために、こうした階級本能を発露しているのだろう。
例外は猫人族ぐらいか。
猫人はほとんど階級を持たず、そもそも組織すら持たないことが多い。
古代より現代に至るまで、およそ紛争は3種類に大別出来るだろう。
まず第1に個人間のマウンティング(これもサルの本能)、第2にヒエラルキー内部での昇格を巡る階級紛争、そして第3が既に出来上がっている巨大ヒエラルキー同士の紛争である。
国家間の戦争などがこれに当たる。
ヒューマノイドの歴史とはそのまま紛争の歴史であるだろう。
(もしも歴史の教科書から、戦争、紛争、――の乱、――事変、――の役などという紛争関連の内容を削除すれば、その教科書は5分の1ほどの厚さになると思われる。
もちろん大和王権の成立だの、鎌倉幕府の成立だのも、すべて紛争の結果なのでこれらも除外される。
敵対者を殺害しなければそのような大きな組織は作れないからである)
そういう点で、殺人や虐殺や戦争を排除して歴史を構築していこうとするムサシとその一派の試みは興味深い。
果たして歴史にどのような結果を齎すのであろうか。
そして、その紛争の多くが階級構造内もしくは階級構造同士の戦いであるならば、最も古く最も硬直的だった神界の階級構造を分析研究することもまた、歴史研究の一助となるだろう。
ということで、神界の階級概念を根底から破壊してその歴史を変革しようとするこの『神界改革法』とその影響について、もう少し語ることをお許しいただきたい。
もちろん、こんな大改革が発表されたにも関わらず、神界広報を読んだ者は神にも天使にもほとんどいなかった。
読んだのは、最高神首席補佐官の直属部下である『神界改革実行委員会』の若手神だけである。
彼ら12名は、そのほとんどが初級神家や中級神家の出身であり、その階級も主に初級神であったが、首席補佐官閣下に心酔しており、全員が上記条件を満たしているエリート部隊だった。
公聴会終了後間もなく『神界改革法』が発布施行された。
それから数日後に、初級天使見習いへの任命式が開催されたのである。
(同じ任命式は、天使界にある10か所の神界中央神殿分館でも開催されていた)
成人を迎え、それぞれが一族の長である上級神や中級神などからの推薦状を携えて、若者たちは誇らしげに会場に入っていく。
会場内父兄席にはその親や寄親家の上級神なども参集していた。
そして……
1000名ほどの若者たちは、任命式が始まる前に会場とは別の講堂に集められ、最高神政務庁の補佐官から説明を受けたのである。
「ただいまより、一部の者たちの脳内にAIからの連絡を入れる。
その連絡を受け取った者は、この場に残るように。
それ以外の者は任命式会場に移動せよ」
「俺は残るのか。
ひょっとしたら初級神見習いをすっ飛ばして、いきなり初級神に任命されるのかな。
なにしろ俺様は上級神家の嫡曽孫だからな、ははは」
講堂には50名ほどが残された。
(『詳細鑑定』……
やはり全員が禁止薬物陽性か。
まだ成人したばかりだというのに嘆かわしい……)
「諸君、諸君らは全員禁止薬物検査に於いて陽性と診断された」
「「「 !!!! 」」」
「よってこれより神界司法警察の留置場に転移され、精密検査の後に神界裁判所にて裁判が行われることになる」
「「「 !!!!!!!! 」」」
若者たちが一斉に消えた。
一方、任命式会場ではまず最高神の祝辞が発せられていた。
「若人諸君、初級天使見習いへの任命おめでとう」
父兄たちのごく一部に苦笑が広がった。
((( もう最高神さまもボケ始めたか。
よりにもよって祝辞の中で初級神見習いを初級天使見習いと言い間違えるとは )))
((( これは最高神の交代も近いな。
この上は何としてでも我が一族を上級神一族から最高神一族にせねばならん! )))
((( そのためにあの下賤なるヒューマノイド上がりの男を取り込もうとしたが、あろうことかあの無礼者はわしの召喚命令を断りおった。
この上は他の上級神に取り込まれるのを防ぐために、あ奴を失脚させる他あるまい! )))
多くの天使見習いに任命された者とその父兄たちは最高神の祝辞を聞いておらず、その表情は変わっていない。
自尊心が能力以上に肥大している者ほど、他人の話を聞かないのである。
「諸君諸兄らも承知の通り、我が神界や天使界の存在意義は、すべからくこの階梯宇宙を含む全てのマザーユニバースやチャイルドユニバースのヒューマノイドの安寧に資することにある。
そうした点で昨年度は大きな進捗が見られた。
皆も知っての通り、かのムサシ特別上級神により、あの階梯宇宙有数の暴虐世界であった地球の滅亡が回避されたのである」
ほとんどの父兄の額に青筋が浮かんだ。
((( あの下賤者めが頭に乗りおって! )))
((( もし我が慈悲により、奴が我ら高貴なる一族の傘下に収まっておれば、いまごろ全ての功績はわしの物だったはずであるのに! )))
((( さすれば自動的に次期最高神はわしだったのだ! )))
それにしても、なぜこれほどまでにムサシは上級神たちに嫌われているのであろうか。
様々な原因はあろうが、その中でも大きな要因は、『ムサシの体躯が素の状態でも2メートルを超え、体重も120キロを誇っているということがあろう。
(体脂肪率は5%なので、見た目も超ムキムキである)
上級神には身長160センチ以上の者はほとんどおらず、平均で150センチ程であった。
(猿社会の中でヒエラルキーの上位にいるのは常に体躯が大きく、腕っぷしの強い猿なのであり、権力を持つ小柄な老人はほぼ例外なく大柄な若者を嫌悪する)
こうしたことは、21世紀地球の会社組織の中で課長から部長、部長から執行役員などへと昇格した際に、椅子や机が大きくなっていくことからも明らかだろう。
現代ヒューマノイドは昇進してもカラダは大きくならないため、せめて椅子や机を大きくして代償しているのである。
ある大会社の部長さんが執行役員になった際に、その机が卓球台並みの大きさになったのにうんざりしたそうだ。
それで総務課に、『こんな机だと、端の方に転がった鉛筆を座ったまま取れないじゃないか。
以前の課長の机と同じものにしてよ』と言ったそうだ。
(この人の身長は180センチ近く、学生時代は少林寺拳法部の主将だったのでガタイもいい)
そうしたら、総務から『そんなことをしたら他の部長や課長の机をすべて小さいものに取り替えなければならなくなるのでこれで我慢してください』と言われてしまったそうである。
常務執行役員になった際にはフロアの角にガラス張りの部屋ももらったそうだが、その中には『事務作業用』と言い張って課長用の机も追加で持ち込んだそうだ。
閑話休題




