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*** 38 仏罰 ***



この物語はフィクションです。

登場人物、国家、団体、制度などが実在のものと似ていたとしても、それは偶然です。

また物語内の記述が事実と違っていたとしても、それはフィクションだからです。




 


「おい、外にいる兵たちを呼んで来い。

 んでもって静かにさせていろ。

 しばらくはここに隠れていて、暗くなってから本陣に帰ぇるぞ。

 ついでに蔵を漁って飯も作れ」


「「「 へい 」」」



「あー、今日は久しぶりに坊主を殺せたし、それも一向宗の坊主だったからな。

 気分がいいからお前ぇたちに昔語りをしてやるよ」


「「「 ………… 」」」


「俺はな、武田領に囲まれた一向宗本領寺っていうそれなりに大きな寺の寺領で生まれたんだ。

 物心つく前から毎日畑で働かされて、15になると村の男たちと戦にも出るようになった。

 寺領の民が武家の戦に出ると、坊主共の懐にカネが入ったからな。

 戦ではそれなりに槍働きも出来て武家から褒美も出たんで、村じゃあ嫁ももらえたし子も生まれた」


(註:河内源氏を祖とする武田家の領地では、弥生民族の風習である一夫一婦制が比較的早くから浸透していたようだ)


「だがよ、あるときその本領寺の住職が出世して権大僧都とやらになったんだよ。

 それで近隣の寺からも客を招いて盛大に披露目をするっていうんだわ。

 おかげで俺たちは下っ端坊主に連れられて、歩いて3日の城下町まで何往復もさせられて、喰いもんや酒を運ばされたんだ。

 しまいにゃ肉が足りねぇってんで、春前の山に入って猪だの兎だのを狩って来いって言われるしよ。

 そんなもんいるわけねぇのに。


 そうそう、お前ぇらお釈迦さんは肉を喰うのを禁じたわけじゃねぇって知ってるか?

 お釈迦さんが禁じたのは『殺生』だけなんだよ。

 だから俺たちに獣を狩らせてその肉を献上させて喰っても、地獄に行くのは殺生をした俺たちだけで、坊主共は行かなくても済むんだと。

 な、呆れた野郎どもだろ。

 そんで村の男たち30人ばかりで山に入ったんだけどよ。

 8日も頑張ったんだが、案の定痩せた兎が1羽しか獲れなかったんだ。


 でもって仕方なく寺に入ってその兎を渡したんだがな、激怒するかと思ってた小坊主共が文句を言わねぇんだよ。

 変ににやにやしてやがったのが気味悪かったけどな。

 それでみんなで村に帰ったんだが、その村ん中には爺ぃたちの死骸が転がってるだけで婆ぁしかいねぇんだ。

 それでなんとか婆ぁたちに事情を聞いたらよ。

 なんでも和尚が昇進披露の祝いをするのに酒も贅沢な喰いもんも足りねぇって激怒したんで、小坊主共が俺たちの村の女や子供を売っ払って銭に変え、その銭で酒と喰いもんを買いに行ったんだと」


「「「 ……………… 」」」


「それにな、あの糞坊主共は、女子供を売り払ったことを『決められた寄進を払えなかった寺領の民が、自らを売って銭に替え、仏様に寄進する誠に信心深い行為である!』とかヌカしてやがるんだよ。

 そのカネで肉や酒を買って自分たちで喰らってるくせにな」


「「「 …………………… 」」」



「もちろん俺たちゃぁ女房子供を懸命に探したぜ。

 一向宗ってぇ宗派はでけえだけに、自前の奴隷商寺も奴隷を集めておく寺も持ってるからな。

 それで10を超える寺の蔵を探し回って、ようやく俺たちの村から坊主共に連れ去られた女子供を見つけたんだ。

 だがそうした奴隷を集めるための寺だから守りも厳重だし、僧兵も大勢いたからな。

 だから俺たちも必死になって寺の襲撃方法を考えてたんだわ。

 夜中に奴隷蔵の屋根の瓦を外して天井裏に忍び込み、中の様子を伺ってみるとか。


 そしたら或る日見ちまったんだ。

 俺の女房と子が笑顔で腹いっぱい飯を喰ってるのをな。

 子が『お母ちゃん、もうお腹いっぱいで食べられないよ』とか言うのも聞こえて来たし。

 そんときゃあ涙が止まんなかったわ。

 生まれてこの方、子に『お腹いっぱいで食べられない』なんて言わせたことはなかったからな」


「「「 ……………… 」」」


「今にして思えば、あれは奴隷として売る前に、少しでも見た目をよくしようっていう寺の魂胆だったんだろう。

 その方がより高く売れるだろうし。

 それに風の噂じゃあ、売られた後の奴隷もそれほど悲惨な境遇にはならねぇっていうんだわ。

 まあ、買った奴もカネ払って買った奴隷にメシを喰わせねぇですぐ死なせるのはもったいねぇって思うんだろうな。

 若ぇ男の奴隷は別だろうが。

 そんな奴らは農奴として買われて行っても、すぐに戦に出されて死んじまうからよ。

 それで俺ぁ、涙をぬぐって嫁と子の笑顔を目に焼き付けてその場を離れたんだ。

 村の仲間たちもみんな同じだったわ……」


「「「 ……………… 」」」


「だがよ、あの一向宗本領寺の坊主共は許せねぇよな。

 それで俺たちぁ村にけえって、隠しておいた槍やらなんやら他の武器やらを持ち出してもういっぺん山に隠れたんだ。

 まあ戦の度に敵の武器は拾って献上してたが、自分たちの分ぐれぇはと思って隠してたのが役に立ったぜ。

 もちろん槍は短く切って、荷の中に入れられるようにしといたがな。

 一人一本ぐれぇなら足軽頭もそういうのは黙認してくれるんだ。


 それでよ、それからは夜中に寺に忍び込んで雪隠の板とかを少しずつ動かして準備してたんだよ。

 でもって住職の昇格祝いの披露宴の夜に30人の仲間と寺に忍び込んだんだ。

 一応山門に護衛の僧兵はいたが、そいつらも油断してて振る舞い酒で酔ってたし。

 なにより焚火に当たってたんだが、あいつら戦の経験がほとんど無かったのか、焚火に向かって座ってやがったぜ。

 そんなことしたら火に目が眩んで暗闇は見えなくなるのにな。


 それで寅の刻(≒午前3時から5時)ごろの時刻になってから全員で押し入ったのよ。

 その頃にゃあ僧侶も僧兵も全員が酔いつぶれて寝てたからな。

 近隣からも祝いの僧たちが来るとは聞いてたけど、寺には偉そうな僧衣を着た爺ぃどもが50人もいたんで驚いたわ。

 それでそいつらの口を手で塞ぎ、同時に盆の窪や喉に槍を差し込んで殺していったのよ。

 盆の窪や喉を刺せば、ほとんど声も出さずにすぐ死ぬからな。

 はは、俺たちの嫁や子を売った銭で買った酒に酔ったせいで全員死んだわけだ。

 ざまあみろだろ」


「「「 ……………… 」」」


「もちろん俺たちぁ皆仏罰が当たってすぐ死ぬのを覚悟してたぜ。

 だからせめて全員殺してから死にてぇって思って急いで殺していったんだけどよ、驚れえたことに仲間全員が誰も死なねぇんだよ。

 不思議だろ?

 ひょっとしたらだ。

 最初から仏陀さんなんぞいねぇのか、それとも人の嫁や子を売った銭で酒を飲むような破戒坊主が俺たちに殺されたことこそが、僧侶に与えられた仏罰なのかもな」


「「「 ……………………… 」」」


「それで俺たちは寺の中にあったご祝儀やら銭やら米やらを頂いて、また山に隠れたのよ。

 すぐにでも僧兵の大群が押し寄せて来て山狩りが始まるだろうからな。

 ところがだ、いつまで待っても山狩りの僧兵が来ねぇんだ。

 それで3月ばかり経った頃、数人で恐る恐る本領寺の様子を見に行ったのよ。

 そしたら驚いたのなんの、寺には見知らぬ和尚や坊主が何人もいて普通にお勤めしてやがったんだ。

 まあ、僧兵は倍ぐらいいたけどな。

 村にはやっぱり知らねぇ奴らがいて、畑仕事してたし。

 ありゃあ奴隷として買って来たどっかの元農民たちだろうよ。


 つまりだ、山狩りだのなんだのってやっちまうと、誰だかわかんねぇ奴に僧が大勢殺されたってバレちまうから、一向宗は事件を無かったことにしたかったんだろう。

 もちろん武田の武士たちは真っ先に疑われたんだろうけど、いくら調べてもそんな形跡はどこにも無ぇし。

 それよか、嫁と子を酒のために売り飛ばしたら、それを恨んだ農民に僧が皆殺しにされたとかの方が外聞が悪いだろうよ。

 もしそんなことが広まったら、あちこちの寺領の農民が同じことするかもしれねぇし。

 だから一切騒がねぇで無かったことにしたんだろう。

 和尚になりてぇ奴はいくらでもいるし、僧兵を雇う銭も村人を買ってくる銭もいくらでもあるだろうしな。


 だから俺たちぁ、それからも遠くの寺に出向いて坊主共を殺していったのよ」


「「「 !!!! 」」」


「おんなじ一向宗の僧ばっかり殺ってるとまずいだろうから、たまには違う宗派の寺も襲ってな。

 そんなことを続けているうちに、もう20年も経っちまったぜ。

 5年前にゃあ足軽大将の原虎胤殿に見つかっちまって死罪を覚悟したんだけどな。

 俺たちのことはそれなりに評判になってたらしくって、足軽頭や小頭として配下になれって言われたんだわ。

 しかも戦の無ぇときにゃあ寺を襲っても構わねぇって言うんだ。

 最初は30人いた仲間も、僧兵に殺られたり戦で死んだりして今じゃあ俺以外に5人しかいなくなっちまったけどよ」


 小頭2人と古参兵2人が微笑んだ。

(もう1人の小頭は戦利品を本陣に運送中)



「なあおい、俺たちぁもう僧を何人ぶっ殺したかな」


「そうですなぁ、今日で和尚は124人、僧は400人ぐれぇじゃねぇですか。

 僧兵は多分1000は下らねぇかと」


「「「 !!!!!!!! 」」」


「はは、もうそんなに殺っちまってたか。

 そんならもういつ死んでもいいな」


「そんなこと言わねぇでくだせぇよ。

 原の大将からは士分に推薦してやるとか足軽将になって俺の右腕に成れとか言われてんのに、それを断ってまで僧侶をぶっ殺し続けてるんですから」


「そりゃあお前ぇ、武田の士分が和尚を殺ったとなりゃあ外聞が悪すぎんだろ。

 その宗派と武田の戦になって、また百姓が大勢死ぬぞ」


「あー、まあそりゃそうですけど……」




「あの、お頭、メシが出来ました」


「そうか、皆腹いっぺぇ喰え。

 もちろん百姓たちも喰っていいぞ。

 お、そうだ。おい爺ぃ、この寺じゃあ鐘はいつ鳴らしてる」


「は、はい、酉の刻に1回です」


「そうか、ならお前、日が落ちる頃に鐘を鳴らしてこい」


「へい」



「あー、久しぶりに腹いっぺぇ喰ったわ。

 さすが寺はいい米蓄えてるぜ」

 ん?」


 頭は自分の荷から黒い服と頭巾を取り出した。


「どうかしやしたかいお頭……」


「本堂を出て右手に人が隠れてる。

 ちょっと偵察してくるからお前ぇらはここにいろ。

 そうだな、10人ほど徐々に騒ぎ出せ。

 まるで酒が進んで宴会になったようにだ。

 そうすりゃあ寝静まるまで襲撃は待つだろうよ」


「はは、いつもの俺たちの手口みたいですな」


「それじゃあ行ってくらぁ」


 頭は左手の出口から出ると、地面に腹這いになって動き始めた。





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