*** 37 地獄とは ***
この物語はフィクションです。
登場人物、国家、団体、制度などが実在のものと似ていたとしても、それは偶然です。
また物語内の記述が事実と違っていたとしても、それはフィクションだからです。
「いいか、若ぇ兵や新兵はよく聞けっ!
こうした戦場で得た戦利品は、まず小頭や頭の俺に献上する!
小頭と俺はそれを足軽大将に献上する!
そして足軽大将はそうした献上品をまとめて侍大将に献上するんだ!」
「あの、お頭」
「なんだ」
「するってぇと、俺らには何の褒美も出ねぇんですかい?」
「いや、侍大将の側近たちがその献上品を調べて評価するんだ。
特に兜首は敵の捕虜に見せたりして首実検もするがな。
そうした献上品の中の武具は次の戦に使ったりもするが、多くは商人に売り払って銭に変える。
その銭は足軽大将に褒美として下賜され、その銭がまた俺に帰ってくるわけだ。
そうすりゃあ俺が手前ぇらに分けてやるのよ」
「で、でもお頭、例えば足軽大将殿がその褒美を独り占めしたりしたら……」
「はっはっは。
そんときゃあその足軽大将は長生き出来ねぇだろうよ。
次の戦場で流れ矢が雨霰と飛んでくるか、邸が配下たちに襲われてお宝が一切合切持ち去られるかだ」
「じ、じゃあ侍大将が褒美をケチったら……」
「そんときにも謀叛が起きてその侍大将はすぐに死ぬだろう。
もしくは次の戦の時に敵に寝返る奴が続出するとかだな。
侍大将が死ぬ理由の半分はこれだ」
「なるほど……」
「今の俺たちの足軽大将である原虎胤殿は、数々の武勲を上げてとうとう士分に取り立てられたんだよ。
小さいながら殿から領地も拝領したし、扶持米も頂いてる。
だから戦で頂戴した褒美はほとんど全部俺たち足軽や農民兵に下賜してくださるんだ。
(もちろん足軽大将は既にアバターが入れ替わっており、褒美などは必要ないから)
おかげであの方の配下は皆懸命に戦っているわけだな。
つまりだ、褒美をケチるような奴は長生き出来ねぇし、出世も出来ねぇんだ」
「そうだったんすね……」
「それにそこで死んでる阿呆も言ってたろ。
首に矢が刺さった馬が倒れてて、その近くに落馬の勢いで足を折った侍が隠れてたって。
ということは、その兜首の手柄も馬を射殺した弓兵の物でもあり、その弓兵を守った俺たち兵の物でもあるわけだ。
それをこの阿呆は独り占めしようとしたわけだな。
だから長生き出来なかったのよ」
「はい……」
「それじゃあこれから逃亡兵の仕置きを始めるぞ」
皆が一斉に新兵15人を見た。
先程逃げようとして督戦兵に打ち倒された新兵たちが手足を縛られ、衣服を奪われて口にふんどしを詰め込まれたまま転がされている。
「この莫迦共が逃げ出したせいで貴重な熟練の弓兵が3人も殺られた。
おかげで盾陣に穴が開いて、危うく陣が崩れるところだった。
戦場に於ける敵前逃亡は最も重い罪だ。
よってこいつらにはその報いを受けてもらう。
まずは槍の柄で存分に打ち据えろ」
「「「 へいっ! 」」」
バシバシ! バキバキ! ドカドカ! ボキボキ!
「「「 うぐぅぅぅぅぅぅ―――っ! 」」」
逃亡を試みた新兵たちは、叩かれるたびに悲鳴を上げ、仰け反っていたが、次第に動かなくなっていった。
もちろん士官学校のアバター接続ルームでも、15人の士官候補生は激痛に悲鳴を上げ続けた後、痙攣、昏倒している。
「よし、それじゃあ新兵共、こいつらを取り囲んで突き殺せ!」
((( えっ…… )))
「早く殺れっ!
殺らねえとお前ぇたちを殺るぞっ!」
「「「 ひぃぃぃっ! 」」」
ドスドスドスドスっ!
「「「 ぐえぇぇぇ…… 」」」
まだ辛うじて息のあった者たちもすぐに沈黙した。
まあ、接続していた士官候補生は白目になって痙攣を続けていただけだったが。
「これより小頭隊1隊は戦利品を持って本陣に帰ぇれ。
同じ原殿の隊に属する足軽たちはまず大丈夫だが、他の国人領主や土豪の兵には十分に気をつけろ。
侍大将の軍監たちが見張ってはいるが、それでも手柄を奪おうとして襲って来るかもしれねぇからな。
特に兜首と鎧は藁袋に入れて隠して行け。
もし武田領の国人兵や土豪兵が襲って来たら、全員で指笛を吹き鳴らして軍監を呼び寄せろ。
そうすりゃあ国人や土豪も兵を引くだろう。
味方の兵を襲って戦利品を奪おうとしたことがバレたら、土豪だろうが国人だろうが切腹もんだからな」
「「「 へいっ! 」」」
小頭隊は馬の死骸にも藁縄をかけ、戦利品と共に引き摺っていった。
皆、今晩は肉が喰えると嬉しそうである。
尚、この戦に(アバターを通じて)参加していた士官候補生のうち、ほとんどの者がレアやミディアムの肉が喰えなくなった。
バーベキューなどで生肉やモツを見ると発狂する。
(喰えるのは最初に神威を発動しようとして脛骨を折られ、死んだ者たちぐらいであった)
また、槍で刺殺された者たちは食卓の上のナイフなどを見ると狂乱し、テーブルをひっくり返して逃げるか周囲の者を殴り倒そうとするようになったらしい。
彼らは食事でナイフやフォークも使えなくなったために、ウェルダンまで焼いた肉を手掴みで喰うようになっていた。
もちろん安静にしていてもあの戦場体験が頻繁に強烈にフラッシュバックするため、突然奇声を上げて暴れ始めるか気絶するようになっている。
戦場に戻ろう。
「小頭隊2隊は俺に続け。
確か西の方に寺があったはずだ。
いいか、大声を出すなよ。静かにな」
(あの、小頭殿、我々はこれからどこにいくのでしょうか……)
(あ? 農民を捕まえに行くんだよ)
(あの、なぜ農民を捕まえるのでしょうか……)
(んなもん決まってんだろうに、奴隷商に売り飛ばして銭に変えるんだよ)
(!!!)
(頭、あそこに村が見えますが)
(あー、村はダメだ。
農民も喰いもんから何から全部持って逃げてるだろう)
(なるほど)
(それより3人ばかり先行して寺を探してこい)
(( へい! ))
(お頭、前方5町(≒550メートル)ほどのところに寺がありやしたぜ)
(門番はいたか)
(いませんでした)
(ったく油断したがって。
寺の不輸不入の上に胡坐をかいてやがんな)
「おい、お前ぇらはここで隠れて待ってろ。
いいか、でけぇ声出すんじゃねぇぞ」
足軽頭は寺まで半町ほどの距離で灯篭の陰に隠れた。
「1、2、3…… 坊主は全部で8人か。
村人は40人ばかりいるな。
はは、こいつぁ当たりだぜ」
「おい、お前ぇたち、坊主は8人で村人は40人ほどだ。
静かに踏み込むぞ」
((( へい! )))
(あの小頭殿、お頭は寺の中を見てなかったと思うんですが、なんで中の人数がわかったんでしょうか……)
(はは、それがお頭のすげぇところよ。
さっきだって敵兵が来たのがすぐに分かったろ)
(は、はい……)
(どうやら気を澄ますと人数やらなんやらわかるそうなんだ。
おかげで俺たちも随分と助けられてるな。
それに腕っぷしもとんでもねぇし、だから誰もお頭にゃあ逆らわねぇんだ)
(はい……)
「よし、農民兵は寺の周りの茂みに隠れてろ。
古参兵は全員ついて来い」
((( へい! )))
「な、なんだお前たちはっ!
どこの兵だっ!」
一人だけ整った法衣を着た年寄りが叫んだ。
「ここを一向宗本牧寺と知ってのことか!
不輸不入を知らんとは言わせんぞっ!」
「知らねぇなぁ……」
「なっ……
た、直ちに出て行けぇっ!」
「うるせえよジジイ」
ドスっ。 「え?……」
和尚らしき老人は血を吐きながらその場に崩れ落ちた。
「き、キサマ和尚さまに何という事を!」
「お前ぇらもうるせえよ」
ドスドスっ! 「げうっ!」 「ぎゃあ!」
「おいお前ぇたち、残りの坊主共も殺っちめえ」
「「「 へい! 」」」
ドスドスドスドス! 「「「 ぎゃぁぁぁ―――っ! 」」」
坊主たちの後ろでは、40人ほどの村人たちが固まっていた。
そのうちの10人ほどは高齢者だったが、残りは女たちと子供たちだった。
「お、お坊さま方になんということを……
お前たち地獄に落ちるぞ!」
「あ゛?
何言ってんだお前ぇ。
ここが地獄だろうによ」
「!!!!!!!!!」
「お前ぇたちも俺たちも、生まれ落ちたときからずっと地獄に住んでるんじゃねぇか。
なら死んで地獄に落ちても同じだろうが」
「「「 ………… 」」」
「お前ぇらはどこの領のもんだ」
「す、諏訪さまの領だ……」
「それで武田軍が攻め込んで来たんで、男たちは兵に取られ、お前ぇたちは逃げ出してこの寺に入ったんだな」
「そ、そうだ……」
「ったくよ、毎日毎日朝から夜まで働いても、せっかく作った米もほとんど侍に持ってかれちまうし、税が足りなければガキが売られちまうしよ。
冬になれば毎年喰い物が足りずに飢えて死ぬか凍えて死ぬかだろ。
その上隣国の兵が攻めて来て、男どもはみんな兵に取られて、年寄りと女子供で逃げ出すハメになったわけだ。
しかもその隣国兵に捕まって、全員奴隷として売られちまうんだぞ」
「「「 !!!!!! 」」」
「まあこんな寺に逃げ込んだら寺領の民にされちまって、一生奴隷同然に働かされんだろうが。
これが地獄じゃあなくってどこが地獄だっていうんだよ」
「「「 ……あぅ…… 」」」




