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*** 36 戦の本番 ***



この物語はフィクションです。

登場人物、国家、団体、制度などが実在のものと似ていたとしても、それは偶然です。

また物語内の記述が事実と違っていたとしても、それはフィクションだからです。




 


 ようやく野営地に辿り着いた新兵たちは疲労困憊だった。

 それでも干飯を齧った後はすぐに歩哨に立たされる。

 翌朝には29人中12人が耳を削ぎ落されていたそうだ……



 行軍開始から3日目。

 領境を超えて諏訪領に入ったため、足軽隊は街道を離れて山中の獣道に入った。

 道が険しくなったために、もはや新兵たちは疲労のあまり意識も朦朧としている。

 それでも槍で尻を突かれながら遂に当面の目的地である窪地に辿り着いたのである。

 そこでは足軽大将が簡単な陣を張っていた。


 その陣では幸いにして古参兵たちが歩哨に立ったため、干飯を齧り、味噌玉を舐めた新兵たちは地面の上で死んだように寝入ったのである。


 翌朝、足軽小頭たちの分隊は3つが合流して足軽小隊を形成し、小隊長である足軽頭が声を出した。


「全員あの河原に行って拳ぐれぇの石を10個ずつ拾って来い。

 石を拾って来たら全員胴丸と陣笠を着けろ。

 槍と木盾と石袋、竹筒と干飯だけを持ち、後の荷物はここ本陣に置いていく」


 木盾の下側には金属製の槍の穂のようなものがついていた。


「俺たちの持ち場は左翼やや後方だ。

 それでは進発する」


「「「 ヘイ! 」」」



 昼近くになると、右前方向の遠くから鬨の声が聞こえて来た。


「はは、諏訪兵の奴らようやく気付きやがったか」



 まだ彼らの小隊の前方には敵兵の姿は見えなかった。


「お、ようやく来やがったな。

 おい弓兵、木盾を新兵に渡し、弓弦を張れ。

 新兵は自分の盾と渡された盾の穂を地面に突き刺して、敵弓兵の攻撃に備えろ」


((( ………… )))


「返事はどうしたぁぁぁ―――っ!」


「「「 は、ははは、はいっ! 」」」



「あの小頭殿、本当に敵は来ているんでしょうか……」


「はは、新兵にゃあわからんか。

 だがあのお頭の勘は凄まじいからな。

 まず間違いなかろう」


「それであの、もうひとつお聞きしてもいいでしょうか……」


「なんだ」


「武士の方たちはどこにいるんでしょうか……」


「もちろんすぐ後方にいる」


「後方ですか……」


「いいか、戦ではまず足軽・農民兵同士が戦う。

 足軽・農民兵同士の戦いでは、弓兵同士がまず矢を打ち合い、次に足軽兵と農民兵が石を投げ合う。

 矢と石が尽きる頃には敵味方が相当に接近しているからな。

 その後は槍で戦うことになる。

 だが、途中で敵の騎馬武士が現れたら指笛が吹かれるから、お前ぇたち歩兵はすぐに左右に散って敵の騎馬武士たちをやり過ごせ。

 いくら俺らでも馬の突進にゃあ勝てねぇからな。

 もちろん弓兵は騎馬武士に矢を放って金星を狙うがよ。

 その後は味方の騎馬武士が敵の騎馬武士に当たるってぇ寸法よ」


「はい……」


「それに他にも国人領主や土豪の軍もいるからな。

 そうした連中は事前に城で行われた軍議によって、この諏訪の地に広がっている。

 まあ多くは敵の本拠地である諏訪大社に向かっているだろうが。

 いいか、お前ぇら新兵の役割は、2枚の木盾を体で支えて弓兵を守るこった。

 たとえ敵がすぐそこに来て槍で盾を突かれても逃げるんじゃねぇぞ。

 そん時にゃあ足軽が敵に襲い掛かって始末してくれる」


「は、はい……」



「おい、来るぞ」


 足軽頭の声と共に風切音が聞こえ、武田足軽隊の前に矢が落ちて来た。

 木盾のある辺りまで届いた矢はほとんど無い。


「はは、奴ら攻め込まれて相当に焦ってやがる。

 距離も考えずに走りながら矢を放つとはよ。

 いいか弓兵共、いつも通り俺の合図で一斉に矢を放て。

 狙うのは先頭を走る兵じゃなく、後方の足軽だ。

 その方がよく当たるからな」


「「「 おう! 」」」


「まだだ…… まだだ……

 よし放てっ!」


 びゅんびゅんと弓弦の音をたてて矢が一斉に飛んで行った。


「「「 ぐあっ! 」」」 「「「 ぎゃぁっ! 」」」


 走り寄って来る敵兵の後方から悲鳴が聞こえて来る。


「はっはっは。

 いつもながら敵の後方を狙うと効果的だぜ。

 先頭の奴らは盾を構えて走って来るが、後方の奴らは前の兵がいるおかげで自分は安全だと思ってやがるからな。

 矢は斜め上から降って来るっていうのによ。

 よし野郎ども、第2射を放てっ!

 農民兵と足軽は石も投げろ!」


 またも音を立てて矢が飛んでいき、敵後方から悲鳴が聞こえて来た。

 石もたまに敵に当たっているようだ。


 古来より雑兵が戦で死ぬ原因は、まず矢、次に投石、最後に槍と言われている。



「ようし、そろそろ接敵するぞ!

 盾兵は気合を入れろっ!」


「「「 は、はい…… 」」」



 敵先頭の兵の槍が木盾に刺さった。

 走って来た勢いのまま突き出された槍の半数近くは、木盾を貫いて裏にいた新兵たちに当たっている。


「「「 うわっ! 」」」 「「「 ぎゃっ!」」」


 ただ、陣笠と胴丸のおかげでそれほどの被害は無いようだ。

 運の悪い新兵が数人顔や首を刺されて血を噴き出している。


「「「 ひぃぃぃっ! 」」」


 新兵が15人ほど後方に逃げ出そうとした。


「「「 ぎゃっ! 」」」 「「「 ぐあっ! 」」」


 弓兵の後ろにいた古参の足軽がそ奴らを槍の柄で打ち据えている。

 どうやら督戦兵の役割も持っているようだ。


 盾兵が逃げ出したことで弓兵が3人ほど敵足軽の槍に刺殺され、盾陣の一画に穴が開いて新兵も10人ほど殺られたが、すぐに後詰の古参足軽が駆けつけて穴を塞いだ。


 左翼では盾を廻り込んだ敵兵たちが鬼の形相で盾兵を刺し殺そうとしたが、弓兵たちが近接射で敵兵の顔面に矢を送り込み、敵兵は後頭部から鏃を突き出したまま倒れている。



「敵弓兵の矢が尽きたようだ!

 盾兵と弓兵は一旦後方に下がり、武器を槍に変えて敵に突っ込め!」


「「「 おう! 」」」


 その後は槍兵同士の乱戦になったが、最初の弓合戦で後続を削られていた敵軍がやや劣勢になっている。


 そのとき大きな指笛の音が聞こえて来た。


「敵騎馬武者が来るぞっ!

 足軽と農民兵は左に逃げろっ!」


 敵の騎馬隊は逃げ遅れた敵兵を蹴散らしながら、足軽本陣や武将本陣のある方向に向けて去って行った。

 何本かの矢が騎馬武者に向けて放たれたようだが、ほとんどが外れるか鎧に弾かれているようだ。


「よし!

 敵足軽に突進せよっ!」


「「「 おう! 」」」


 武田足軽隊の奮戦は続いていたが、しばらくすると前方からまた指笛が聞こえて来ると共に敵兵たちが逃げ出した。


「わはははは、敵が逃げ出したか。

 この戦、俺らの勝ちだな!

 者共、勝鬨を上げろぉっ!」


「「「 うおぉぉぉ―――っ! 」」」


「よぉしっ!

 こっからが戦の本番だ!

 お前ぇら広く散開して倒れている敵兵にトドメを差して来い!

 いいか、死んでると見える奴にも必ず槍を刺すんだぞ!」


「「「 おう! 」」」


「ついでに兜首も探せ!

 足軽や農民兵からの剥ぎ取りはその後だ」



 地に倒れて呻いてる敵兵の前では、槍を構えた新兵が震えていた。


「なにやってるんだお前ぇ。

 早く槍を突き立てろ」


「こ、小頭殿……

 で、でもこいつものすごく血を流していて今にも死にそうですけど……」


「なーに甘ぇこと言ってんだ。

 そういう奴ほど最後の力を振り絞って俺らを道連れにしようとするんだよ。

 さっさと殺せ、俺の命令が聞けねぇんならお前ぇも殺すぞ!」


「は、ははは、はいっ!」 ドスッ!


「ぐぁ……」


「あーこの莫迦野郎っ!

 こいつ布の服着てるだろうが!

 いいか、布の服は高く売れるんだ。

 体を刺して服に穴を開けるんじゃねぇっ!

 首か目玉を刺すんだよっ!

 ほれ、そっちに転がってる敵兵でやってみろ」


「う、うううっ、おえぇぇぇ―――っ!

 ゲロゲロゲロゲロ……」


 周囲ではほとんどの新兵たちが盛大にゲロゲロになっている。


「あーあ、さすがは新兵だぜ。

 まるでガキだな」


(ま、待てよ、ここで俺たちが大量に敵兵を殺せば、その罪業カルマポイントはすべてあの憎っくきムサシのものになるのか……

 こ、これは頑張らねば!)


 こうしてアバター新兵たちはゲロゲロになりながらも、敵兵たちにトドメを差していったのである。

 辺りには濃密な血の匂いと排泄物の匂いが充満していた。



 武田兵たちは、各人が敵の陣笠、胴丸、槍、弓矢、衣服などの戦利品を持ってお頭のいる場所に戻って来た。

 これら戦利品は足軽大将の本陣から侍大将のいる本陣に持ち込まれ、集まって来ている戦場商人たちに売られることになる。


 そこへ兜付きの首と鎧を持った(アバターではない)若い農民兵が戻って来たのである。


「みんな見てくれ兜首だぞーっ!」


「「「 おお―――っ! 」」」


「よくそんなもん見つけたな。

 どこにいたんだ?」


「へへ、首に矢が刺さった馬が倒れてたんだけどよ、その近くの草叢に足を折った侍が隠れてやがったんだ。

 それで槍で首を突いてぶっ殺した後に首を落として、鎧と一緒に持って来たんだよ」


「そうかよくやった。

 お前は確か笛吹村の……」


「助蔵だ。笛吹村の助蔵だ!」


「よし、それじゃあその兜首と鎧を寄越せ、他の戦利品と一緒に本陣に持ち帰って大将に献上する」


「な、なんでだよ!

 この首は俺が見つけたんだから俺のもんだろうに!

 俺が足軽大将に渡して褒美を貰うんだっ!」


「なんだと……」


「へへへ、これで俺ぁ当面腹いっぺぇ喰いながら暮らせるな。

 酒も飲めるだろうよ。

 それにこれで農民兵の下っ端から足軽、いや足軽小頭ぐれぇにはなれんだろ」


「そうか、その兜首はお前ぇ一人のもんだって言い張るんだな……」


「だから俺が見つけたんだから俺のもんだって言ってんだろうに!

 悔しかったらお前らも自分で兜首を見つけりゃいいんだ!」


「おい」


「「「 へい! 」」」


 ドスドスドスドス!


 いつの間にか助蔵の後ろを取っていた古参兵たちが助蔵に槍を突き立てた。


「な、なんで…… ごふっ」


 助蔵は血を吐きながら死んだ。


「莫迦な野郎だぜ……」





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