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*** 35 足軽隊 ***



この物語はフィクションです。

登場人物、国家、団体、制度などが実在のものと似ていたとしても、それは偶然です。

また物語内の記述が事実と違っていたとしても、それはフィクションだからです。




 


 天文10年(1541年)晩秋。

 領内全ての稲の刈り取りと徴税が終わると、甲斐武田領では陣触れが発せられた。

 各国人領主、土豪は一旦躑躅ケ崎館に集合し、軍議の後はすぐに領地に帰って戦時編成を行う。

 また、5名いる足軽大将のうち戦闘部隊を率いる4大将は、それぞれのいつもの場所に駐屯地を設営して配下の足軽と農民兵の動員を行った。



「組頭殿、原虎胤足軽大将殿から農民兵90を預かって来ました。

 全員武田信恵殿の旧領地の農民で、初陣だそうです」


「そうか、足軽兵120と、農民兵120の俺の組に90の助っ人はありがてぇが、全員初陣じゃあなぁ……」


「まあまあお頭、荷運び人足と矢避けぐれぇにはなるでしょうよ」


「そうか、それじゃあ新兵共を集めろ」


「「「 へい! 」」」



「ん?

 おい新兵共、その場に座れ」


 ほとんどの者が座ったが、2人のゴブリン族と1人のヒト族の新兵がその場に腕を組んでドヤ顔をしたまま立っていた。


((( さあ下賤なるヒューマノイドよ!

 我が神威を浴び、我の前にひれ伏すがよい! )))


 組頭はつかつかとそのうちの1人に近づいてゆき、おもむろにそ奴の水月にヤクザキックをブチ込んだ。


「ぐえぇぇぇ―――っ!」


「おい」


「「「 へいっ! 」」」


 ドカドカドカドカ!


「「「 うぎゃあぁぁぁ―――っ! 」」」


 足軽小頭が3人出て来て男たちを槍の柄で滅多打ちにし始めた。

 それは3人が堪らずにひれ伏しても続き、3人はみるみるボコボコにされていく。

 顔も全身も腫れ上がり、手足も複数個所を骨折していた。


 そう……

 確かに神族はスキル『神威の圧』を発動することが出来る。

 ただし、その圧がヒューマノイドに対して有効になるのは、その神の総合レベルが80を超えた辺りからである。

 僅かレベル4しか無い彼らの神威では、まったく効果が無いか、むしろ相手を苛立たせるだけのものだったのだ。


「止め」


「「「 ヘイ! 」」」


 組頭は倒れ伏して呻いている男に近寄って行き、首の後ろに足を乗せて体重をかけた。


 ボキ…… ビクンっ!


 脛骨を踏み砕かれた新兵は、悲鳴も出せずにその場で痙攣し始めた。


 ボキ…… ビクンっ!

 ボキ…… ビクンっ!


 もちろんアバターと接続している士官候補生も、それぞれのベッドの上で痙攣している。



「新兵共、立て」


 その場のアバター全員が驚くほどの勢いで立ち上がった。


「いいかお前ぇら、ここからはもうお前ぇらの長閑な村じゃあなく戦場いくさばだ。

 これから戦場いくさばの法度をいくつか教えてやる。

 一度しか言わねぇからよく聞け。

 まず上の命令は絶対だ。

 特に俺や足軽小頭の命令はな。

 加えて古参足軽の命令もだ。

 敵に突撃しろと言ったら突撃しろ、死んでも弓兵を守れと言われたら死んでも肉盾になれ。

 もし反抗するようなことがあれば、こうして仕置きされる。

 もちろん逃亡も死罪だぞ。

 覚えておけ」


 アバターたちは、やはり痙攣したようにコクコクと頷いている。


「お前ぇらは3つに分けてそれぞれ小頭の下につける。

 そうそう、ここに倒れてる莫迦共は、森の奥まで引き摺って行って捨てて来い」


「あ、あの、組頭殿……」


「ほう、上への呼びかけ方ぐれぇは知ってたか。

 なんだ」


「こ、この3人なのですがまだ息をしています……

 ち、治療はしてやらないのでしょうか……」


「この阿呆めっ!」


「ひぃっ!」


「首が折れてる野郎が歩けるワケ無ぇだろうに!

 戦に邪魔な野郎は捨てて行くだけだ。

 まあ、お前ぇが槍でトドメを差してやっても構わんが、殺るなら森の奥で殺れ。

 ここは他の足軽隊も侍隊も通る場所だ。

 莫迦の血で汚すわけにゃあいかねえからな」


「は、はい……」



 3名のアバターは、結局誰にもトドメを差してもらえず、それからも動けないまま2日から3日ほど経ってから死んだようだ。

 もちろん接続していた士官候補生は死んでいないが、それぞれが深刻なPTSD(心的外傷後ストレス障害)を負っている。

 どうも、致死量の8割になるほどの鎮静剤を与えないと、白目になったまま延々と痙攣を続けているらしい……

 むしろあそこで誰かがすぐトドメを差してくれていれば、これほどまでの障害は負わなかっただろうに……




「俺は足軽小頭の権助だ。

 お前ぇら30人はこの戦の間、俺の配下になる。

 俺のことは小頭殿と呼べ。

 まずは順番にメシを喰え」


(うううっ、な、なんだこの穀物は、なぜ黒いのだ……)


 ご存じ古代の黒米である。あまり美味いものではなかったそうな。


(黒い穀物を湯に浸けたものか。

 臭みがあるだけでほとんど味がしない……)


(こ、この茶色いスープはなんだ。

 やたらに塩辛い上に、中身は野菜の切れ端だけではないか……)



「ははは、どうだ美味ぇだろう。

 米の粥に味噌汁だ。

 これが戦の醍醐味だな。

 こんな美味ぇもんが喰えるのは戦のときだけだろう」


((( ううううっ…… )))



「さて、今晩お前ぇらはこの納屋で固まって寝ろ」


「あ、あの、小頭殿」


「なんだ」


「ベッドは無いのですか?

 それにシーツや毛布も……」


「べっど? しいつ? もうふ?

 なんだそりゃ?

 そこに藁が置いてあるだろう。

 それに潜って寝ろ」


((( うううっ…… )))


「こんな贅沢な場所で寝られるのも今日だけだな。

 明日から行軍が始まれば、寝るのはその辺りの土の上になるぞ」


((( あうううっ…… )))


「ただし寝るのは15人ずつだ。

 最初の15人はこの駐屯地の周囲を見回れ。

 ここはまだ武田領のど真ん中だが、それでも敵の乱波が忍び込んでくるかもしれねぇ。

 敵を見つけたら大声で叫んで皆に知らせろ。

 いいか、そのためにも寝るんじゃねぇぞ。

 歩き回っていれば寝ずにすむからな。

 子の刻になったら交代だ」


「あ、あの、灯は無いんですか? 松明とか……」


「莫迦やろ、そんなもん持ってたら敵の乱波に足軽隊がここにいますって教えてやるようなもんだろうに!

 月明りや星明りで地面を見ながら歩くんだよ。

 雲が出ててそれも無けりゃあ足で地面を探りながら歩け」


((( あうううっ…… )))




(あー疲れた…… それに眠い……

 お、あそこに大きな木があるな。

 あの根の間に隠れりゃそうは見つからんだろ。

 ちょっと休んでいくか。

 おー、落ち葉が溜まってて尻もそんなに冷たくないや……

 はは、やっぱ眠くなって来たよ。

 まあいいか、ちょっとだけ寝よう。

 Zzzzzz……



 ずりゅ。


「ぎゃあぁぁぁ―――っ!」


「なんだ生きてたのか。

 死んでるのか生きてるのか確かめようと耳を削ぎ落してやったんだがな」


「な、なんで……」


「お前ぇ、俺の命令を忘れたんか?

 それとも覚えてるのに逆らってんのか?

 それなら仕置きせにゃな」


「す、すすす、すいません!

 つ、つい眠くなったものですから!」


「次に寝てやがるとこ見つけたら鼻を削ぎ落すからな。

 その次は首だ……」


「ひぃっ!」


「もう交代の時間だが、お前ぇはそのまま朝まで見張りを続けろ」


「は、はい……」


 やはり神族や天使族のボンボンたちでは、数多の戦場を潜り抜けて来た足軽小頭の迫力には敵わないらしい。




 翌朝4時。


「よし皆起きろ!

 その場で水を飲んで干飯を喰え。

 喰い終わったら、そこに置いてある御屋形さまが貸して下さった陣笠と胴丸を身につけろ。

 日が出たら出発だ」



 広場には大きな荷が30ほど置いてあった。


「新兵はその荷を背負え」


「あの、小頭殿、この荷は俺たちが背負って来た荷の3倍ぐらいあるんですけど……」


 見れば足軽たちは槍しか持っておらず、古参の農民兵も小さな荷を背負っているだけだった。


「なんだお前ぇ、俺の命令が聞けねぇってのか?」


「い、いえいえ! 決してそのようなことはなく!」


「お前ぇは今までに敵を何人殺した」


「あ、あの人を殺したことは無いです……」


「俺は敵兵を120人ほど殺している」


「!!!」


「まあそれだけ殺して生き延びたからこそ足軽小頭にまでなれたんだがな。

 ここにいる古参農民兵共も、それぞれ50人から80人は殺しているぞ。

 ならばもし敵の乱波が襲って来たら戦えるのは誰だ?」


(…………)


「それに2日も歩けば諏訪領に入り、その翌々日ぐれぇには敵兵とぶつかるだろう。

 その時に戦える俺たちが疲れ果てていたら、お前ぇたちも含めて全滅するぞ」


「は、はい、わ、わかりました……」




「おい新兵共! 遅ぇぞ!

 もっときりきり歩けっ!」


「で、でも荷物が重くって……」


 グサ!


「ぎゃあぁぁっ!」


 どうやら槍で尻を刺されたらしい。

 まるで士官学校の朝のランニングである。


「俺は急げって命令してんだよっ!」


「は、はいっ!」



 その日の午後。


(ああ、足が痛い……

 ああっ! この草鞋とか言うもんのせいで足の親指と人差し指の間の皮が剥けてるっ!

 あああっ! な、なんか赤いもんが出て来てるぅっ!

 こ、これが血なのかっ!

 そうだ! このまま歩けなくなれば、俺はここに1人で残って……

 そうなれば後は士官学校が転移で拾ってくれるに違いない!)


 哀れ神族のボンボンは今まで怪我をしたことすら無かったようだ。

 生まれてからずっと、侍従や護衛が常に『身体防御』の神術をかけていてくれたらしい。


「た、たいへんです小頭殿っ!

 お、俺の足から血が出てますっ!」


「???

 それがどうかしたか?」


「それに足が痛くってもう歩けませんっ!」


「お前ぇ、それ本気で言ってるんか……」


「は、はい!

 もう痛くって痛くって、これではもう歩くのは無理ですっ!」


「そうか……

 そいつぁ残念だ」


「はい! わたしも残念です!」


「おい」


「へい」


 いつの間にか後ろに回っていた古参兵が新兵の頭を両腕で掴んだ。


 ゴキリ。


(え?……)


 古参兵は、そのまま新兵の頭部を180度後ろに廻し、脛骨を粉砕したのである。


「おい新兵共」


「「「 は、ははは、はいっ! 」」」


「すぐに4名ほどでこいつを森の中に捨てて来い。

 ただでさえお前らのせいで行軍が遅れてるんだ。

 急げよ。

 それから残りの新兵はこの阿呆の荷を分けて担げ」


「「「 は、はい…… 」」」


「ったく、いいか、軍の進軍中に落伍出来るのは死んだ奴だけだからな」


((( ………… )))





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