*** 3 時間遡行神術と過去の改変 ***
この物語はフィクションです。
登場人物、国家、団体、制度などが実在のものと似ていたとしても、それは偶然です。
また物語内の記述が事実と違っていたとしても、それはフィクションだからです。
「さすがの奴らも北京とモスクワには核ミサイルは落とさなかったけど、それぞれ怒り狂った農民や市民が宮殿を襲って来たんで両国の独裁者たちは慌てて逃げたんだよな。
でもプーさん主席は農民に竹槍で突かれて殺されちゃったし、プーチンチンも非常避難路を通って逃げようとして下水に足を滑らせて溺死しちゃったけど」
「あらあら」
「その後も赤道付近に残った僅かな農地を巡って戦争が続いたし、広範囲に積もった雪が太陽光線を反射して地球ではますます寒冷化が進んだんだ。
さらに生き残った阿呆な政治家や軍人が『温暖化させるには二酸化炭素だろう!』って言って、アマゾンに1万発のミサイルを撃ち込んで超大森林火災を引き起こしたんだけどさ。
熱気で高空に吹き上げられた塵が太陽光線を遮って、さらに寒冷化が加速するハメになったんだよ。
それで1000年後にはとうとう全球凍結までしちゃって、今では俺の母惑星である地球も、僅かな微生物しかいない死の星になってるわけだ」
「たった2人の独裁者が結果として地球を滅ぼしてしまったの?」
「いやそれだけじゃあないな。
地球では滅ぶ何千年も前から暴力・殺戮思想が蔓延してたんだよ。
『自分が貧しいのなら、富める者を殺して奪え』
『俺を尊敬しない奴、俺の支配を邪魔する奴は殺せ』
『豊かになりたければ、戦争して奴隷を連れて来い』
『俺の信じる宗教を信じない奴は人ではないので殺して財を奪っても構わない』
っていう具合にな」
「だから産業革命から300年しかもたずに文明が滅び始めてしまったのね……」
「そうだな。
たとえ5万年前にあの2人の狂信者を排除したとしても、その後すぐに似たような自己顕示欲や利潤動機や宗教対立の憎悪から終末戦争が起きていただろうし」
「神の慈愛を説く宗教が殺人を奨励するんだ……」
「まあ地球のあれは宗教っていうより民衆支配のための単なるツールだからな」
「それにしてもムサシさんは地球や日本の歴史に詳しいわね」
「歴史研究は神術開発と並んで俺の趣味だからな。
日本で死んですぐに復活させてもらったけど、もう2度と地球には戻れないと思ったから、ミヌエットに地球の文化や歴史についてのネット情報を取得できるようにお願いしたわけだ。
銀河技術の記録媒体も使わせてもらえたから、おかげでけっこうな量のデータも溜められたし。
その後2024年以降に地球全体が壊滅的な被害を受けて滅びに向かったから、それからもずっと考えていたんだよ。
滅んだのはなにが問題だったのか、どうすれば滅びを回避できたんだろうかって」
ミヌエットが居住まいを正した。
「実は今日ここにお邪魔したのは、わたしの子の父親になって欲しいというお願いのためだけじゃあなくて、あと2つほどお願いもあったのよ」
「はは、将来俺の子を生んでくれる婚約者でもあるミヌエットのお願いだからな。
俺に出来ることならなんでもするぞ」
「どうもありがとう♡
あのね、この階梯宇宙を統括する最高神さまとその補佐官である上級神さまたちが、5万年にも渡る研究と議論の結果、この宇宙の将来をより幸福なものにするために禁術とされていた神術の使用と実験に踏み切るの。
もちろん極めて限定された環境と監視の下でだけど」
「なぁ、その禁術ってまさか……」
「そう、時間遡行神術とそれによる過去の改変よ」
「!!」
「あなたも知っての通り、この宇宙は145億年前に母宇宙から分離して誕生した子宇宙でしょ。
その145億年の間にこの宇宙からも無数の子宇宙が分離していったけど。
元々超広大な次元空間にはそれこそ数えきれないほどの宇宙が生まれていて、わたしたちはその樹形図のような階梯構造の中の枝の1つにいるし、我々の存在するこの宇宙全体のことも『階梯宇宙』って呼んでるわよね」
「ああ、だけど子宇宙の分離時に母宇宙とまったく同じ条件の子宇宙が生まれたわけじゃないよな」
「そうね、ある子宇宙は、当初のビッグバンやその後のインフレーションが小さすぎて宇宙が広がらず、ダークマターと常物質が集中しすぎていたために、超巨大ブラックホールが1つあるだけの宇宙になってしまっているし。
またある子宇宙はCP対称性の破れが小さすぎて、常物質と反物質がほとんど全部対消滅しちゃったせいで、ダークエネルギーしか存在しない宇宙になっちゃってるし。
だから超膨大な数の子宇宙の中でも、生命の発生に至れた宇宙はそれこそ1兆分の1も無かったのね。
その中でも知的生命体の発生に至れた宇宙はさらに100億分の1だし、その中で神界認定世界になれるほど平和な文明を築けた階梯宇宙は0.1%に過ぎないわ」
「それほど貴重な文明だからこそ、神界は俺たち使徒に宇宙を飛び回らせて神界認定世界や有望な未認定世界を守ってるわけだ」
「その通りね。
それも自然災害救済ならともかく、紛争世界の調停なんかはほとんど争いを知らない神族さまたちには無理な話だし、多少の諍いや犯罪はあっても殺し合いやまして戦争の経験なんか無い私たち天使族にも難しいのよね。
だからあなたのような優秀だけど不慮の死を迎えたヒューマノイドを使徒としてスカウトして、紛争の抑止や終結を依頼してるの」
「おかげで俺も第2の生を送らせてもらってるわけだ」
「それでね、神界研究所が数千億年に渡って観察して来た結果、分離独立した子宇宙といえども、どうしても母宇宙で起きた大きな出来事はその子宇宙に影響を与えてしまうことが分かって来てるでしょ」
「まあ直接の母宇宙と子宇宙は、すぐ近傍にあるパラレルワールドみたいなもんだし、因果律も絡み合ってるから、影響を受けるのは当然だろうなあ」
「おかげでこの5万年間、私たちの宇宙から派生した子宇宙でも、銀河系第28象限にある地球相当惑星で絶滅戦争が頻発するようになってしまったのよ」
「あー、有り得そうな話だ……」
「関係する階梯宇宙間の連絡協議会で調査した結果、この宇宙と同じように銀河系第28象限にある地球と同様に大規模な戦争が起きて、地球に相当する惑星の生命が絶滅に向かっている子宇宙は1万近くもあるの。
だから失われつつあるヒューマノイドの命は、地球の80億だけじゃあなくってその1万倍で80兆人もいるのよ。
もちろんこれからも増え続けるでしょう」
「その最初の発端になっちまったのが我が地球っていうことか……
滅ぶも栄えるも現地ヒューマノイドの選択だっていう考え方もあるが、そこまで影響が広がっているなら突き放すわけにもいかんか。
地球の煽りを受けて滅んでしまった子宇宙の民にしてみれば堪ったもんじゃないだろうからな」
「神界中央神殿もそう判断したわ」
「というよりも、5万年も放置していた地球を今更何とかしようっていうのは、子宇宙からの突き上げだったっていうわけだ」
「まあぶっちゃけそういうことね」
「ところで時間遡行の逆は出来るのか」
「未来を見に行くっていうこと?
それは禁術というよりは物理的に不可能らしいわ。
もちろん過去に遡った後は出発点の元宇宙には戻ることは出来るけど」
「そうか……
それにしてもだ。
5万年前の俺は、まだ使徒教習所で訓練中だったから無理としても、当時の第3次世界大戦が始まった地球に他の使徒は派遣されていなかったのか?」
「もちろん銀河系第28象限神界支部は、銀河系本部に依頼してAランク使徒を派遣したわ。
実際に熱核兵器が使用されようとしてからは2人を増派したし。
でも……
西側諸国の防衛体制がそれなりに整ってたから油断してたのね。
あの中国とロシアの狂人たちが、まさか自分の地位を守るために自国民に大量の核兵器を向けるとは思ってもいなかったのよ」
「西側諸国と同じか……」
「それで3人のうち2人は核爆発に巻き込まれて塵になっちゃったし、残る1人も精神が壊れちゃったの」
「その3人は、死後の複製用に自分の自我を有機コンピューターに継続アップロードしてなかったのか?」
「結果は同じだったわ。
3人とも有機コンピューターからバイオロイドに精神や知見や経験をダウンロードしたんだけど、惑星人口80億を救えなかった罪悪感でやっぱり廃人になっちゃったのよ……」
「そうか、そいつらそれまでに『100万人の民を救うために数人の独裁者をブチ殺す』っていう経験が無かったんだろうな」
「言われてみれば、彼らは自分の行動の結果民を死なせたり、不幸にしたときに発生する罪業ポイントがほとんどゼロだったわ。
もっともその分民に幸福をもたらしたときの功徳ポイントも少なかったけど」
「はは、俺なんざ極悪指導層を5000万人も殺して20億人の悪人を超絶不幸にしてるから、罪業ポイントは8億もあるけどな」
「その分、民の命を救ったり、飢餓から助けて得た功徳ポイントは200兆もあるじゃない。
おかげであなた、この階梯宇宙にはたった1人しかいないSSS級使徒になってる上に、階梯宇宙中央神殿の最高神さまから最高勲章である金星勲章を3回も授与されてるし」
「神界も、5000万人もコロした奴によくぞ勲章なんか与えた上にSSS級使徒にまでしたもんだよなぁ。
ふつー、1人でもコロしてたら使徒を馘にするだろうに」
「それは神界最高神政務庁と裁判所が精査した結果、あなたが手にかけた人や超不幸にした人たちが、全員特S級終身刑からA級終身刑に相当する罪を犯していた、もしくは犯そうとしていたって認定されたからよ。
神界には死刑制度は無いけど、もしあったら全員死刑だったでしょうね」
「そうか……
それじゃあ今後はもう少し若手の使徒たちも教育して使えるようにする必要もありそうだな……」
次回投稿分より、月水金の20:00投稿とさせて頂きますです。