*** 26 1人用宿泊施設 ***
この物語はフィクションです。
登場人物、国家、団体、制度などが実在のものと似ていたとしても、それは偶然です。
また物語内の記述が事実と違っていたとしても、それはフィクションだからです。
「あの、教官補佐殿……」
「なんだ、発言を許す」
「その、当面の間というのはどのぐらいの期間なのでしょうか……」
「現時点では3万年ほどだ」
「「「 !!! 」」」
「また、この階梯宇宙出身の士官候補生が中途退学した場合、本人はもちろんその一族からの入学希望者受け入れも1万年間停止される。
もちろんそのことも士官学校規則に書いてあっただろうに」
「「「 !!!!! 」」」
((( そ、そんなことになったら、俺は嫡男として次期上級神候補であるにも関わらず、神威を剥奪されて一族からも追放だな…… )))
「いいか、この士官学校が建学されたのはムサシ教官長閣下の御意思によるものではない。
この階梯宇宙では神々からの強い要請が、他のチャイルドユニバースの神界からも強い要請があり、そのために最高神さまがムサシ特別上級神さまにこの士官学校建学を懇請されたからである。
さらに先ほども言った通り、我々は最重要任務を遂行中である。
よって、この士官学校の入学希望者は少なければ少ないほど喜ばしいのだ。
ムサシさまがお決めになられた学校規則が不満ならばどんどん退学してくれ。
その方がお互いにとって喜ばしい結果が得られるだろう」
((( ……あぅ…… )))
「さらにもう一度だけ指摘してやる。
本学は神界の神々の強い要請によって建学された。
そしてここにいる士官候補生は、全員が事前に士官学校規則や訓練計画の内容に合意した上で入学希望書にサインし、且つ途中退学の自由も与えられている。
そのキサマたちが何故に本学の訓練計画に文句ばかり言うのだ?
それ自分でも理不尽だと思わないのか?」
「で、ですが我々は皆一族の長である上級神さまや中級神さまに命じられてここに来ているのであり……」
「そんなことは本学の関知することではないのがわからんのか?」
「あうぅぅぅ……」
「『種族保存本能停止措置』に話を戻そう。
これはすべてキサマらのためである。
現時点での士官候補生の平均年齢は極めて若く、つまり種族保存本能がダダ漏れの飢えたケダモノ同然の者たちばかりだ。
そのため、士官学校などという閉鎖空間に男女を放置しておけば、毎年数百人の性犯罪者を出してその全員が退学処分になるだろう。
この措置は、キサマらの不名誉除隊を防ぐための温情措置である」
((( ………… )))
「また、今回の1期生には現役の使徒がいないために誰も知らないだろうが、使徒やその分身が任務行動に入る際には、ほとんどの者がこの『種族保存本能停止措置』を取っている。
何故なら、救済作戦に携わっている際に救済対象の民を奴隷化するなどの目的で、敵の大群が襲って来ることも多いからだ。
そしてヒューマノイドはその個体の生命が脅かされるような事態に陥ると、個の生存を諦めてせめて子孫を残そうと性的に興奮し始めることが多い。(←本当!)
だがもちろん、そんなことを試みるよりも、敵に集中して生存確率を上げるよう努力するべきなのは言うまでもない。
この『種族保存本能停止措置』はそのための手段だ」
((( ……………… )))
「よって紛争地域の救済任務などを終えてこの停止措置を解除すると、反動で強烈な性欲に見舞われる。
このため、男性使徒も女性使徒も救済対象地域で停止措置を解除せず、歓楽業の盛んな恒星系や番相手のいる場所に転移してから措置を解除している。
万が一にも救済対象の民を襲ったりしないようにな。
また、キサマたちの訓練課程がある程度進むと、命の危険を感じるような実戦訓練も行うようになる」
「「「 !!!!!! 」」」
「こうした理由から予め『種族保存本能停止措置』を取っておくのだ。
どうだわかったか」
((( ……………………… )))
因みにだが、もちろん神界や神界認定世界など文明が進んだ世界では、女性の社会進出ももちろん進んでおり、このために、どのような職業集団に於いても男女比はほぼ半々になっている。
男女合わせて約1万人の集団は、中隊単位で10回に分かれ、教官たちに連れられて5万年前の地球近傍重層次元に転移していった。
そこにはムサシが階梯宇宙で購入した士官学校用の人工天体が存在したのである。
士官候補生たちは士官学校の中央講堂に集められ、簡単な入学式が行われた。
教官長代行の武七郎の挨拶は極めて短く、とにかく早く訓練課程を終えて優秀な使徒になってくれという些か投げやりなものだった。
入学式が終わると、教官から大隊、中隊、小隊、分隊への配属発表があり翌日以降の訓練内容の説明があったが、どの候補生も初めて聞くような内容が多く、かなりのとまどいが見られている。
「質問があれば士官学校のAIに接続して聞け。
キサマらの神術行使機能は停止してあるが、この念話だけは緊急連絡用に使えるようにしてある。
それではこれより宿舎に連れてゆくので小隊ごとに案内ドローンの後に続け」
『こちらが第1大隊第2中隊用の宿舎になりマス。
男女別、小隊、分隊、認識番号順に分かれて入室してくだサイ』
「な、なんだこの部屋は……
なぜこのようにたくさんのベッドと机があるのだ!」
『こちらは12人部屋ですのデ』
「ふ、ふざけるな!
余は上級神の嫡曾孫だぞ!
1人部屋を要求する!
それも十分に広い部屋だ!」
『他に1人用宿泊施設を希望される方はいらっしゃいますカ?』
部屋の中の全員が手を挙げた。
『1人用宿泊施設に移られた方はこの12人部屋に戻ることは出来ませんが、それでもよろしいですカ?』
「当たり前だ!」
『それではどうぞこちらヘ』
どうやらほとんどの候補生が1人用宿舎を選んだようだ。
「「「 な、なんだここは…… 」」」
そこは宿舎裏のだだっ広い空間だった。
小さなテントがぎっしりと無数に並んでいる。
『これは階梯宇宙で使われている軍用野営テントデス。
お一人ずつご利用くだサイ。
寝袋も折り畳み式の机も用意してありますし、なにしろ元は2人用のテントですので十分に広く使えますヨ♪』
「「「 なんだと…… 」」」
『尚、食堂とシャワーとトイレは元の宿舎棟の1階にありますので、そちらをご利用くだサイ。
トイレ以外の場所で用を足すと規則違反で処罰されマス』
「ふ、ふざけるな!
元の宿舎を使わせろっ!」
『それは出来まセン。
もし強引に入ろうとすれば、雷撃が落ちてきマス』
「「「 !!!!! 」」」
「も、もう我慢出来ん!
これより神界に戻り、上級神である祖父上と共に最高神政務庁に抗議にいくぞ!」
「どうゾ」
「ぐぎぎぎぎぎ……
本当に政務庁に抗議に行くぞ!
それでもいいのか!」
「もちろんそれはあなたさまの自由デス。
ですがまず、個人的理由でこの士官学校天体から外に出た場合、自主退学と見做されると士官学校規則に記載してありマス。
よって、あなたの所属する一族からの士官候補生受入れは、これより1万年間停止されることは御存じですよネ?」
「!!!!
そ、その規則も含めての抗議に赴くのだ!」
「いえ、あなたさまは既に規則に同意するとのサインをされていますので、抗議は無効デス」
「ぐぎぎぎぎ」
「それから付け加えますと、この士官学校から神界中央神殿まで一体どのようにして戻られるのですカ?」
「もちろん転移によってだ!」
「あの、あなたさまの属していた神界の中央神殿は、ここより約50億光年の距離があり、しかも5万年先の未来にあるのですガ……」
「……えっ……」
「あなたさまはその距離と時間をジャンプする能力をお持ちですカ?
もし途中で神力が枯渇すれば、時空の狭間を死ぬまで彷徨うことになりマス」
「お、俺を元の時間の中央神殿に連れて行けっ!」
「そのご依頼にはわたくしではお答え出来かねマス。
そのご用件は士官学校中央棟の学生課にてお申し出くだサイ」
「では俺をそこに連れていけ!」
「それも出来かねマス。
こちらが座標になりますのでご自分でお出向きくだサイ」
「な、なぜ転移出来ないのだ!」
「この士官学校内では、全ての候補生に対して緊急時を除いて神術行使が停止されていることをお忘れですカ?」
「こ、これは緊急時だろうに!」
「いえ、単なるボンボンのワガママと判断しマス」
「ぬががががが……」
「どうぞ徒歩にて通路や階段をご利用くだサイ」
「な、なんだと!
ここからの距離はどれほどなのだ!」
「水平距離は5キロ、垂直距離は人工重力に対して上方向に4キロデス」
「!!!!!!」
クレーム士官候補生はひーひー言いながら10日を費やして中央棟の学生課まで歩いていった。
垂直距離4キロの階段上りは地獄の沙汰である。
士官候補生は必要に応じて教官補佐が転移で移動させているため、エレベーターなどの設備は存在しないのである。
因みに神界や階梯宇宙の建造物でも、転移装置はあっても空間の無駄になるエレベーターなどという原始的なものは無いのだ。
(一応非常階段だけは存在するが)
「お、おい!
よ、余は抗議に参った! せ、責任者を出せ!」
「士官候補生からの抗議の受け付けについては、3か月に一度まとめておこなうと規則集に記載してございましたガ……
今からですと2か月後の月末朝8:00になりますので、その日時にまた起こしくださいマセ」
「ぬがあぁぁぁぁぁぁ―――っ!」