*** 14 模擬戦 ***
この物語はフィクションです。
登場人物、国家、団体、制度などが実在のものと似ていたとしても、それは偶然です。
また物語内の記述が事実と違っていたとしても、それはフィクションだからです。
「だがそう言っても、あんたはともかく麾下の将兵は納得しないだろう。
そこでこれから模擬戦をしよう」
「模擬戦だと?」
「ここにいる俺の配下の武九郎があんたの将兵たちと戦う」
「『将兵たち』というからには複数か」
「そうだ」
「何人と戦うというのだ」
「そうだなぁ、500人ぐらいにしようか」
「「「 !!! 」」」
「あんたは戦わないのか……」
武九郎が微笑んだ。
「いや兄貴は俺たち兄弟10人が束になってかかってもまるで敵わねぇほど強ぇが、手加減がヘタなんだよ。
その点俺は手加減が得意だからな」
「手加減だと……」
「もし俺がうっかりあんたの部下を殺しちまったら、あんたも部下も引っ込みがつかなくなるだろ。
だから誰も殺さねぇように気を付けるが、万が一のことがあったら許してくれ」
「我が部下がお前を殺したらどうなるのだ……」
「いや俺は生き返ることが出来るから、存分にやってくれ」
「それも神界の使徒の権能だというのか」
「そうだ。
俺の配下が1人であんたらの精鋭500人に勝てば、あんたの部下たちも俺たちの言う事を聞いてくれるんじゃねぇかな」
「「「 ………… 」」」
「さて、この軍団駐屯地の前にある草原を借りるぞ」
「あ、ああ」
『武五郎(建設担当)、頼んだぞ』
『おう!』
草原にみるみる巨大なコロシアムが建設され始めた。
100メートル四方ほどの範囲を囲んで5万人収容可能な観客席も出来ていっている。
「「「 !!!!!!!! 」」」
「さて、アレクサンドロスは将兵に指示を出した後に観客席で観戦してくれ。
この場を閉じた遮蔽フィールドも消そう」
「ペルディッカス第1将軍」
「はっ」
「今よりこの者と我が軍の精鋭500との模擬戦を行う。
千人長、百人長、十人長ら500名を用意せよ。
指揮はそなたが執れ」
「この者1名と我が精鋭500の模擬戦ですと?」
「ああ、だがこの者は想像を絶する強者だそうだ。
殺すつもりで真剣に対峙せよ」
「はっ!」
(ははは、さすがはアレクサンドロス麾下の将兵だな。
ものの15分で武器防具を用意し、戦闘陣形を組んだか)
スタンド正面では長槍を持った重装歩兵が方陣を作っていた。
その左右には50名ずつ程の騎兵と、その後ろには軽装歩兵たちがいる。
その軍に正対して武九郎が一人微笑みながら立っていた。
「アレクサンドロス、いつ始めてもいいぞ」
さすが戦場で鍛えた大音声が響き渡った。
「皆の者、模擬戦を始めよっ!」
ペルディッカス第1将軍がなにか符牒のような言葉を発すると、まずは騎兵が武九郎を囲むように突進し、その後を軽装歩兵が走って追っている。
ファランクスも盾を構えて長槍を高く立て、ゆっくりと動き始めた。
(はは、鶴翼の陣か。
寡兵と戦う際の鉄板だな。
さすがよく訓練されているぜ。
だが……)
左右の騎兵が武九郎の横に来た頃、武九郎は敵右翼の騎兵に向かって突進を始めた。
馬の速度を上回る時速80キロほどで50騎の前方に回り込むと、そのまま騎兵を弾き飛ばして上方に吹き上げていく。
まるで馬とヒトで出来た噴水である。
「「「 なっ! 」」」
もちろん武九郎は直接馬に体当たりをしているわけではない。
そんなことをすれば、上空に飛ばされるよりも先に馬体が粉砕されてしまうだろう。
よって接触と同時に重力魔法で上空に跳ね上げているだけである。
また、馬と騎兵には事前に『ロックオン』の神術をかけてあり、地面に墜落すると『ヒール』の神術が発動するようにしてあった。
同時に騎兵には腕の骨を折る『上腕骨折』の神術もかけて戦闘不能にしていたが。
右翼の馬がすべて競技場の隅に逃げていくのを横目で確認しつつ、武九郎はさらに速度を上げ、今度はあろうことか左翼騎馬隊の後ろから襲い掛かっていった。
騎兵にしてみれば、戦闘機動中に後方から単独の歩兵に蹂躙されるなど有り得ない話であるが、実際に人馬噴水にされてしまっている。
あまりといえばあまりの光景に重装歩兵も軽装歩兵も硬直して見入っていた。
騎馬隊を粉砕した武九郎は、今度は正面から重装歩兵に突っ込んでいき、長柄槍と巨大な盾、青銅の鎧とともに重装歩兵を上空に打ち上げていった。
重装歩兵は15人×15人ほどの方陣を作っていたが、その中央を突破されて2つの塊に分断されてしまっている。
「重装歩兵! 槍を捨て、盾を前面にして敵を囲んで押さえつけろっ!
軽装歩兵も槍を捨てて、重装歩兵の上から敵に覆い被されっ!」
ペルディッカス第1将軍が大音声で叫んだ。
さすがに例外だらけの対個人戦に於ける符牒の用意は無かったようだ。
鍛え上げられているアレクサンドロス軍の兵たちは即座に戦術を理解し、武九郎を取り囲んでみるみる人の山を作っていく。
そのまま抑え込み続ければ、下敷きになっている兵とともに武九郎は窒息死するだろう。
「よう、なかなか見事な戦術変更だったな。
だが俺の勝ちだ」
ペルディッカス第1将軍の後ろで声がするとともに、将軍の首筋に手が当てられた。
「な、なんだと……」
「生憎俺は自由に空間を移動出来るんだ。ほら」
武九郎は兵の山の上に転移して、ムサシとアレクサンドロス王に向かって笑顔で手を振った。
すぐに上空に飛び上がって、浮遊しながら兵たちも上空に浮かせる。
『エリアヒール』
窒息しかけていた兵、手足を骨折していた兵たちの顔色が戻って行く。
武九郎は観客席のアレクサンドロスの前に転移して来た。
「なあ、俺の勝ちでいいよな」
「ああ、貴殿の勝ちだ……」
「それじゃあ次の神術を見せようか」
武九郎が手を挙げると、観客席にいた5万人近い兵たちがその場で浮き始めた。
「「「 !!!!!!! 」」」
「「「 うわあぁぁぁ―――っ! 」」」
絶叫と共に5メートルほどの上空に浮かされた兵たちは、そのままふよふよと飛んでグラウンド中央上空に並べられていったのである。
「浮いている高さも自由に変えられるしな」
将兵たちの高度が30メートルほどになった。
辺りには更なる絶叫が響き渡っている。
「このまま神術を停止すれば、兵たちは下に落ちて全滅だ」
「…………」
「それに、こんなことも出来るんだぜ」
まず浮いていた兵たちが地に戻された。
だが、安堵する間もなく、その武器と鎧と服までもが消え失せ、全員がフルチン姿になったのである。
「「「 !!!!!! 」」」
さらにその場に聞いたことの無い音楽が流れて来た。
同時に『背伸びの運動~』という声が聞こえて来るとともに、5万人の将兵たちはその場であの『ラジオ体操』を始めたのである。
全員の顔が大驚愕に歪んでいた……
翌日。
「ようアレクサンドロス、将兵たちはペルシヤ遠征中止を納得してくれたか」
「ああ、武九郎殿と同等の力を持つ将が9人、その麾下にもやや力が劣るだけの兵が20万もいると聞いて、皆毒気を抜かれていたわ。
そのような超強者たちがあのペルシャを封じ込めると聞いて皆納得してくれたぞ」
(なんかこいつ機嫌よさそうだな)
「それはよかった。
だがまあ、戦に逸る将兵がよく納得してくれたもんだ」
「ははは、貴殿に止められることなくペルシャ遠征をしていれば、あのダレイオス3世の軍勢20万を打ち破るのみならず、エジプトからインド西部にまで至る大帝国を打ち立てられるとは。
しかも史上最強の軍として、2000年後までも名が残るとあれば、武人としてこの上ない誉れだ」
「そうか」
「ふふ、封じ込められたダレイオス3世がどれだけ悔しがるか見てみたいものだがな。
そのうち和睦して話でもしてみよう。
しかも、これからはわたしの死後も後継を巡る内乱が起きぬ政体を考えるという知的作業が待っている。
アリストテレス先生をもう一度呼び寄せて一緒に考えてもらってもいいかもしれん」
「そのときにはここにいるプトレマイオスとエウメネスを側近とし、15人の将軍や貴族たちとよく話し合いをしながら決めていくといい」
「ああ、アテナイやテーバイなどの諸ポリスとも融和政策を取っていくつもりだ」
「そうか……
それではまた俺か配下がこの地に来ることがあるかもしれんが、一応これを渡しておく」
「なんだこの液体は?」
「これはエリクサーという薬だ。
如何なる死病でもこれを飲めば治る」
「!!!」
「12年後に熱病に罹ったら飲んでくれ」
「……感謝する……」
「それではさらばだ」
ムサシと武九郎の姿が消えた。
「消えたか……
なあプトレマイオス、神は本当にいるのだな……」
「はい……」
「あのムサシ殿や配下の将兵が20万もいれば、この星は本当に滅亡を免れられるかもしれん……」
因みに……
12年後に念のためアレクサンドロスの無事を確認しに戻った武九郎は、笑顔のアレクサンドロスらに迎えられた。
ただ、アリストテレスに捕まり、その底なしの好奇心に付き合わされるハメになったのである。
仕方なしに、身代わりのアバターを残し、後世に書物などを残さないという条件で階梯宇宙の物理学から政治学までなんでも教えてやったそうだ……
ただ、アリストテレスとの質疑応答が深夜にまで及び、プトレマイオスや将軍たちが死にそうな顔になって来ると、銀河宇宙のウイスキーを振舞い、酒に弱いアリストテレスを轟沈させて皆に感謝されていたそうである……