*** 110 追跡調査 ***
この物語はフィクションです。
登場人物、国家、団体、制度などが実在のものと似ていたとしても、それは偶然です。
また物語内の記述が事実と違っていたとしても、それはフィクションだからです。
もちろん表向きは一人年五石の扶持米という事にしつつも、公家の当主たちは家人や下男下女たちを脅して彼らの扶持を自分に献上させた。
そうして出入りの商家にその米を売って美味佳肴や美酒に溺れた生活を試みたのである。
だがそうした当主や嫡男たちは、すぐさまふんどし一丁に『神罰実行中』の前掛け姿となり、邸の門前にてラジオ体操を始めた。
その際には、『これは神界から朝廷を通じた命である一人五石の均等扶持に反し、強要脅迫による強奪に等しい罪に対する罰であり、これより十日間に渡って罰は続く』
『またそれでも罪を続けた際には次回は三十日の罰となろう』
『さらに同じ罪を繰り返せば次は牢に収監されると心得よ』という念話による説明も為されている。
だがしかし、祖先たちが勝手に作り上げた身分制に骨の髄まで浸っていた公家たちは、この罪と罰をどうしても理解出来なかった。
そのために、この罰を単なる病に類するものとして解釈し、家人や下男たちからの搾取を続けたのである。
おかげでその後の一年ほどで四十日に一度当主が行方不明になり、ほとんどすべての上級公家家で当主交代が相次いだ。
中には一年で八回も当主が交代した家もあったらしい。
特に(自分たちで勝手に決めたつもりになっていた)家格の高い家ほど、この当主交代は多かったようだ。
そうした家に属し、当主になれる血筋を持った者ほど当主になれればあらゆる贅沢は思いのままであるという幻想を抱くものらしい。
そのために、新当主は当主就任後にすぐさま配下の扶持米を奪って酒や佳肴に替えようとするために即座にラジオ体操を始めているようだ……
また、多少は頭の廻る者たちは、配下の米を献上させることと罰とされる妙な踊りの因果関係には気づいたものの、なんの対策も打てなかった。
それどころか、せっかく当主に昇格出来たのに思い通りにならない事態に激怒し、下男下女を片っ端から解雇してしまったのであった。
「えー、貴家への今月の扶持米は十五俵ですな」
「な、なんだと!
先月は二十五俵であっただろう!
それがなぜ十俵も減らされているのだっ!」
「なぜなら御家は家人や下男下女を十人も解雇されたからです」
「な……」
「扶持米はその家の人数と配下の家人、下男下女の人数に応じてとあれほど説明したでしょうに」
「!!!!」
この公家家では、井戸から水を汲む者も薪を用意する者も況や飯を炊く者もおらず、生米を齧って暮らしているらしい……
もちろん解雇された家人や下男下女たちは、御所前広場の施粥所で暮らしている。
(どうやら一人当たり年五石の扶持よりも、施粥所の待遇の方が遥かにいいようだ。
なにしろ栄養バランスの優れた食事に加えて風呂や布団まであるのである)
施粥所を作って1月も経つと、粥と住処を求めて集まって来た者たちは大変な人数になってきた。
だが一旦腹が満たされると、すぐに暴力で他人を従わせようとする者や盗みを働こうとする者が多く、即座に鴨川送りにされるために施粥所の人口増加はさほどではない。
もちろんそうした者の性根はたった10日のラジオ体操では直るはずも無く、ほとんどの者が罪を重ねて神界刑務所送りとなるために、さらに人口は抑制されている。
日の本の刑務所収監者総数はすぐに百万人を突破した。
また……
「あの、ここへ来て子の病を治してもらい、さらに粥を恵んでもらって住むところまでお与えくださって本当にありがとうございました。
おかげさまで瘦せ細っていたこの子も、すっかり元気になっております」
「それはよかったです」
「それであの、少しでもご恩返しをするために、私のような者でも出来る仕事はありませんでしょうか……」
「それでは施粥の配膳などは如何でしょうか。
大きな鍋に入って出て来る粥をレードルというもので椀によそっていく仕事です」
「それはこの子を背負いながらでも出来る仕事でしょうか」
「ご心配には及びません、この建物の3階には『託児所』というものがありまして、専門の職員にお子さんを預けて働くことが出来ます。
また、その子が3歳になれば、託児所で読み書き計算を習うことが出来るようになりますね」
「それでは是非働かせてください」
「では労働条件についてですが、朝は9時から昼食休息を挟んで夕方5時まで働いて頂きます。
給金は日に銅銭50文(≒6000円)でよろしいですか」
「えっ!
い、いえ私はご恩返しのために働くつもりでしたので、給金などは……」
「人を働かせておいて給金を払わないと、私が主に叱責されるのです。
(無償労働は奴隷労働と同じと見做され、ムサシが激怒する)
ですので、ここで働く方は必ず給金を得られますので」
「は、はい……」
この時代、100文あれば赤米や黒米ならば1斗の米が買える。
つまり2日に付き1斗の米が得られる給金であり、相当に高給といえよう。
どうやらムサシは生前も使徒になってからもフツーの職業に就いたことが無いため、金銭感覚が若干オカシイようだ。
もちろん盗難被害を防ぐために、施粥所では預金業務も始めていた。
「それからここでは6日働くと1日のお休みを取ることが出来ます。
お休みの日も給金はもらえますよ」
「そ、そんな…… お休みまで……」
「なあ、ここで働くと給金を貰えるってのは本当か?」
「もちろん本当ですよ」
「だったら俺も働くぜ!」
「あなたはどんな仕事が出来ますか、もしくはどんな仕事をしたいですか」
「ど、どんな仕事があるんでぇ」
「そうですねぇ、この建物の裏手での荷運び人足、川沿いでの堤防工事、新田開発、農業などの仕事があります」
「だったらよ、その荷運び人足ってぇのをやらせてくれよ!」
「それではこの者について建物の裏手に廻って下さい。
そこでの指図通りに荷運びをお願いします」
もちろんその男は2回ほど荷運びをした後は、厠に行くと言って姿を消した。
そうして京の街に数多ある無人の寺の床下に入り込んで昼寝をしていたのである。
(はっ、真面目に働くなんざぁ莫迦野郎のするこった。
あんだけの人足がいれば、俺がトンズラしたのもわかるめぇ。
やっぱ俺ぁ頭がいいぜ♪)
夕方、その男は施粥所に帰って来た。
「よう、たっぷり荷運びしてきたからよ、給金の50文を出せや」
「いえいえ、あなたは2回だけ荷運びをした後は厠に行くと言って逃げ、本覚寺の床下で今までずっと寝ていたではないですか」
「なっ!」
「そんな方に給金を払うわけには参りませんね」
「な、なんかの間違いだろうっ!
俺は確かに1日中働いて!」
「まだ言いますか」
男の体が宙に浮いた。
「うわぁぁぁ―――っ!」
「それでは鴨川の河原で10日間反省してください」
もちろんこの手の性根を持つ男が一度や二度のラジオ体操刑で矯正されることはない。
解放された後は再び施粥所に入ることを拒否されるため、すぐに追剝や恐喝などの犯罪を試みて、神界刑務所に収監されることになる。
それも最初は初犯として3年程度の禁固刑だが、出所と同時にまた罪を重ねて結局は終身刑となっていく。
神界が畿内の治安維持を担い、施粥所を設置して1年後。
施粥所を訪れた民100万の追跡調査が行われた。
その結果は、健康な体を取り戻した民100万の内、何らかの職に就いて真面目に暮らしている者は約20万、詐欺や強盗などの犯罪を重ねて牢に収監されている者は30万、そして残りの50万は施粥を食べては寝ているだけだったのである。
武一郎配下のアバターたちが武一郎にお伺いを立てた。
「あの、このような結果が出たのですがこのままでよろしいのでしょうか……」
「ああ、ムサシの兄貴の考えなんだけどよ。
このままでまったく問題無ぇそうだ」
「そ、そうなんでしょうか……」
「兄貴に言わせれば真面目に生きて行こうとする奴が2割もいたのは驚きだそうだ。
どうやら兄貴は1割もいれば上々だと思っていたんだと」
「!!!」
「神界刑務所に入れられた奴はもう子孫を残せないだろ。
それからここで喰って寝てるだけの奴も、無理矢理女を囲って子を生ませようとすれば、すぐに刑務所行きだからな。
衣食住が足りた後は何もせずにダラダラ生きている男も女も、娯楽としての子作りはするし、それで妊娠して出産に至ったとしてもだ。
連中は赤子が乳離れした後はすぐに奴隷商や寺に売り飛ばして酒に替えるか、出産と同時に間引きと称して殺害することしか考えてねぇだろ。
なにしろ日本では、遥かな昔から昭和期に日中戦争始めて兵を確保するために『産めよ増やせよ』って言い出すまで、ほとんどすべての連中が間引きと称する嬰児殺しの殺人犯だったからな。
産婆とかいう連中の仕事の八割は新生児殺しだったそうだし」
「はい……」
「だけど産婆とかいう連中は、新生児を殺そうとするたびに俺たちが牢に収監してるよなぁ。
産婆がいなくなって自分で嬰児殺しを試みる父親も母親も俺たちが逮捕してるし、もちろん育児放棄する連中もすぐ収監してるし。
それで残された赤子は俺たちが運営する保育所で大事に育てられるわけだ。
もしくは真面目な連中の子も保育所の助けを受けながら無事に育つだろ。
畿内一円の一向宗奴隷寺も兄貴の命で俺たちが壊滅させて、奴隷は全員保護したしな。
本山の石山本願寺は躍起になって最大の資金源である奴隷商寺を再建しようとしてるが、糞奴隷商坊主共を全員牢に入れただけじゃあなくって寺まで更地にしてるから、再建は年単位での時間がかかるだろう。
それでもまた奴隷商売始めたらすぐに俺たちが潰すし。
ってぇことでこれからの日本人は、ほとんど真面目な奴らの子孫か俺たちが育てた子だけになるんだよ。
これで三百年も経てば日本人もかなりマトモになってるんじゃねぇかって、兄貴は期待しているそうだ。
その過程で牢に入ってない日本人がたとえ全人口の一割以下になっても構わんとさ。
もし本当に総人口が百万を下回るようなら北海国から入植者を連れて来るそうだ」
「な、なるほど……」
「もちろんこれからは日本全国で同じことをしていくだろうし、もちろん全世界でもな」
「よくわかりました。
ご教授ありがとうございます……」




