*** 109 勅使 ***
この物語はフィクションです。
登場人物、国家、団体、制度などが実在のものと似ていたとしても、それは偶然です。
また物語内の記述が事実と違っていたとしても、それはフィクションだからです。
曲がりなりにも京・大阪周辺の治安を与っていた三好家の兵がいなくなると、途端にならず者たちは強盗や追剥などの犯罪を試み始めた。
だが、既にムサシ一派が畿内全域200万人の脳内にナノマシン散布を終えており、犯罪を為そうとすると即座に京の鴨川河川敷に転移させられ、その場で10日間のラジオ体操が始まる。
その間にはその者が犯そうとした犯罪とそれに対する刑罰としての自由剥奪と踊りだとの説明が為され、同時に10日間の刑罰を終えても同じことを繰り返せば次は30日間の踊りが課せられること、そうして3度目の罪を犯せば今度は牢の独房に入れられて、刑罰に応じて1年から終身刑までの刑が課されることなどが説明される。
もちろん逃亡も言い逃れも不可能なので、畿内の治安は劇的に改善した。
武五郎とその配下は御所の一部をまたぐ御所前広場に奥行き100メートル、幅800メートル、高さ12階建ての巨大な施粥所を建設した。
1階は施粥所、2階は診療所と入浴施設、3階から7階までは大部屋ながら男女別の宿泊施設や家族用の部屋、そして8階以上は学校施設となっている。
(屋上は庭園露天風呂)
同時にボロボロに荒れていた御所の塀も綺麗に直してやっていた。
この巨大な建物を見て後土御門天皇も侍従たちも驚嘆していた。
「僅かな期間でこれほどの普請を為されたか……
真の神の力とはほんに凄まじきものよの……」
この施粥所の裏手御所側には大きな蔵があり、そこからはムサシが後土御門天皇に約束した年間3万石の米、それも白米が運び込まれている。
五摂家の次期当主などは地下人と同じ人数割りの米の配布に大分抵抗したようだが、後土御門天皇に、『それ以上言い張り、朕に従えぬとあらば当主交代は認めない』と強く言われて引き下がった。
当主交代が認められなければ自動的に家が潰えるからである。
米蔵前では特に下級公家ほど感激している者が多かった。
主上から米が下賜されると聞いて半信半疑だった当主や嫡男が、下男と共に肩を叩きあって大喜びしている。
そして、当座の手当として侍従から家人分の米俵を受け取り、御殿に向かって深く深く頭を下げた後、貸与された大八車に山積みにした米を笑顔で持ち帰っていったのである。
もちろん貴族家の下人などが御所から主の邸に米を運ぶ途中は、盗賊などからすれば格好の狙い目であった。
だがしかし、武器を構えて運搬されている米を奪うそぶりを見せただけで盗賊は宙に浮き、鴨川送りとなるのである。
むしろこの米運搬は盗賊ホイホイとなっているようだ。
鴨川で踊り続ける犯罪者の中には、どうやら五摂家の関係者までいたらしい。
さらに武一郎配下のアバターたちは、畿内の人員全てに配備されたナノマシンからの情報により、病人とその近しい家族を診療所に転移させ、治癒の神道具で治療した後はシャワーを浴びさせて食事を振舞った後、宿泊施設に案内している。
避難者にはまだエレベーターの使い方もわからないため、女性型使徒が搭乗して使い方を教えてやっていた。
尚、女性型使徒の体を触ろうとする不届き者もいたが、まだ触れてもいないのにすぐ腕の骨を折られて絶叫している。
また、生まれて初めて乗ったエレベーターが面白かったのか、他人を追い出して一台を占拠し、上下動を繰り返して遊ぶ半グレの若者たちもいた。
「オラオラ、この箱は俺っち専用だぁ!
お前ぇたちは乗りたきゃ一人十文払えやぁ!」
6人ほどの若者たちが大騒ぎしながら上下動を繰り返していると、突然エレベーターの壁と床が透明になった。
さらには急降下と急上昇を繰り返し始めたのである。
「「「 うぁひいぃぃぃ―――っ! 」」」
エレベーターが急激な上下動を繰り返すたびに内部では黄色い水が溜まり始めた。
それも急制動急上昇のたびにばしゃばしゃと内部で飛沫を上げている。
これを1時間ほど繰り返すと、半グレたちの目玉も完全に裏返った。
こうして彼らはすっかりと大人しくなり、住居が7階に指定されたにも関わらず、毎日1階の施粥所と住居を階段で移動するようになっているそうだ。
施粥所前広場には大変な長さの列が出来るようになったが、施粥テーブルは20か所もあるために、回転は順調な様子だった。
もちろん暴力による脅しで列に割り込もうとした者たちは、すぐに鴨川送りになっている。
「すげぇ! この粥、米の形が残ってるぜ!」
「それに味がついてて実に旨いぞ!」
「あー、こんな旨ぇもん喰ったのは何年ぶりだろうか……」
「いんやオラ生まれて初めてだぁ」
三好水軍から押収した食料も少しは役に立っているようだ。
「な、なああんたらはどこの者なんだい?」
「我々は堺の商家の集まりである堺屋というところの者です」
(実際には全員アバター)
「そうか、もう堺には足を向けて寝られねえなぁ」
「なあ、俺はもう10日も飯を喰えてなかったんで、この粥には本当に感謝してるんだ。
だけど、もう少しだけ粥を喰わせてくれねぇかな」
「実は飢えていた人が突然腹いっぱい食事をすると、リフィーディング症候群という病で死んでしまうことがあるんです」
「え!」
「ですからもう一度列に並び直してくだされば時間を置いたことになり、また粥を食べても大丈夫ですよ」
「ほ、本当にまた列に並べば粥を喰わせてもらえるのか!」
「もちろんです。何度でもどうぞ」
「あ、ありがとうよ!」
後土御門天皇は、当初はこうした施粥所の様子を侍従たちから聞いていたが、ついに我慢出来なくなったのか侍従服を着てお忍びで施粥所の視察まで始めた。
早朝のまだ空いている時間帯に施粥を試してその旨さに驚いただけでなく、大浴場での入浴まで試みている。
また、特に診療所では病が癒えて抱き合って喜ぶ母親と子らの姿を見て、玉涙まで零されていたそうだ。
さらに毎日粥を振舞われ、日に日に顔色が良く元気になっていく民らを御覧になり、大きく頷かれていることも多かったとのことである。
もちろんムサシとの約定を守り、天皇は足利将軍家を通じて既に官位官職を授与している日の本全域約280の大名家とその有力配下に対して、
『官位官職を望む際には直接御所の蔵人に申し出ること』
『その際には見返りに地元領地に民救済のための施粥所用地を貸与提供すること』
『用地の提供が為されれば、それ以外の金品の支払いは不要であること』
『以上のこと、配下の国人領主にも徹底させること』
など諸項目が記載された綸旨を送り付けたのである。
尚、もし本当にこうした綸旨を日の本全域に送付するとすれば、その費えは莫大なものとなり、足利家が潰えるほどのものとなろうが、実際には足利将軍には綸旨に連名での署名だけさせて、綸旨配送はアバターたちが行っている。
また或る日、御所の侍従が施粥所裏の米蔵を訪れ、堺屋の責任者に『カムイ・ムサシ殿に文書を届けられるか』と問うて来た。
すぐにカムイレオが呼ばれて間違いなく届けられると返答すると、カムイ・ムサシ殿親展として文箱を託されたのである。
その中には後土御門天皇の直筆で、『貴殿には不要と思われるが、少しでも役に立つなら使って欲しい』という趣旨の添え書きと共に、天皇の花押が押された『勅使』の奉書が入っていたのである。
ご丁寧に勅使の官位は『従一位』、名は『神威武蔵』となっていた。
この『勅使』の奉書があれば、各大名家との施粥所用地貸与の交渉も、かなりスムーズに進むことだろう。
さらには『勅使神威武蔵』には勅使代理任命権も与え、その官位は従3位とするとの勅令まで入っていたのであった……
返礼としてムサシは後土御門天皇に21世紀日本の基礎経済学全集(全5巻)をプレゼントした。
(もちろん出版社名と著者名は消してある)
これに陛下は狂喜し、毎夜眼光紙背に徹して読み下したあとは、自ら筆を取って筆写を始められたそうだ。
そうして原本は神授の天皇家宝物として東大寺正倉院に収蔵されたのである。
おかげでこの超特級オーパーツは、後世の歴史学者を夜も寝れぬほど悩ませることとなったのだった……
後土御門天皇とその侍従たちは、ムサシから受け取った米により、侍従や蔵人を雇い直した。
元々は朝廷のために真摯に働いていた臣たちだったが、朝廷の荘園が悉く武士に奪われてしまっていたために扶持を払えず、泣く泣く実家に帰していた者たちである。
もちろん年間一万五千石もの米があれば侍従や蔵人の千人や二千人は易く召し抱えられたことであろう。
だが、後土御門天皇は、側近と綿密に協議してムサシより要望された任務を全うするに足りる人数を算出し、それに若干の余裕を見た三百人ほどの侍従や蔵人を再雇用するに留めたのである。
その実家の当主や本家の主たちは、今まで酷く冷遇していた元蔵人たちが、三十石から五十石もの扶持で再雇用されると聞いて慌てた。
そうして、人数割りで朝廷より下賜される扶持米を、家格に応じたものとして貰えるようにするために、あるいは煽てあるいは脅して元蔵人たちを懐柔しようとしたのである。
「はて、朝廷から各公家への扶持米は、家格に応じたものではなく人数割りであるというのは主上からの命であります。
その主上に再びお仕えすることを許された私に対し、その君命に背くことを指図されるのですか」
「そ、その方は今まで誰のおかげで飯が喰えたと思うておるのじゃ!
こ、この恩知らずめ!」
「ええ、今まで下男と同じ仕事をさせられ、飯も下男と共に土間で食すよう指図されていた『怨』は決して忘れられるものではありませぬよ」
「!!」
「今回再び召し抱えて頂くに際し、主上には私が始祖となる新たな家を興すことを認めて頂きました。
これよりは恨み重なるこの家を出て、新たな家の当主として生きて参りますので、もう二度と私の前に顔を出さないでくださいませ」
「!!!!」




