*** 105 施粥所 ***
この物語はフィクションです。
登場人物、国家、団体、制度などが実在のものと似ていたとしても、それは偶然です。
また物語内の記述が事実と違っていたとしても、それはフィクションだからです。
後土御門天皇が相変わらず額を床につけたまま声を振り絞った。
「どうか、どうか我が臣たちの数々のご無礼をお許しくださいませ……」
「いや構わん。
それどころか主君たる天皇の身を守るための行動は見事だったぞ。
あれは相当に鍛錬を積んでいなければ出来ない動きだろう」
「あ、ありがとうございまする……」
「ところで、そんな風に額を床につけたままだと話がし辛いな。
俺は神とはいえ、礼節をあまり気にする性質ではない。
頭も上げて普通に話をしてくれて構わんぞ。
それにまあいつも会えるわけでもないからな、この機会に聞きたいことはなんでも聞いてくれ」
天皇がやや面を上げてムサシを見た。
「よろしいのでしょうか……」
「もちろんよい。
話をする際にはお互いに顔を見なければな。
それで何が聞きたい?」
「あの、神界とは如何なる場所なのでしょうか……」
「この日の本だけでなく、この大地の上には明や天竺、ルソンや南蛮など多くの国があるだろう。
また夜空に光る多くの星は日輪だが、その日輪の周りにはこの大地と同じような星が数多く廻っている」
「日輪や星がこの大地の周りを廻っているのではないのですか」
「違う。
この大地が自転しながら日輪の周囲を廻っている」
「この大地は唯一絶対のものでは無かったのですね……」
「そうだ、数多ある星々の一つに過ぎん。
俺はそうした全ての星々を統括する神界から、この地を平定する任務を受けてやって来た。
この大地はあまりにも戦と飢饉が多く、それを神界が憂いたからだ」
「そうでありましたか……
しかし、いくら神界からの使徒さまといえども、たった一人では……」
「案ずる必要は無い。
俺はこの大地に部下500万を伴ってやってきた」
「500万……
神界は本気だということですか……」
「もちろんだ。
我らの最終的な目的はこの大地から戦と飢えを無くすことだが、そのためにはまず武家を名乗る強盗殺人犯を逮捕投獄することが最も手っ取り早い。
日の本では既に陸奥・出羽の強盗武家たちを28万人ほど現行犯で捕らえ、神界の牢に収監している。
日の本以外の国の武人も1800万人ほど捕縛した」
「凄まじいお力ですな……」
「ただ、重罪に問われるべきは武装強盗未遂だけではない。
最近、通貨偽造と偽造通貨行使という重罪を犯した者共がいたのでこれを処罰した」
「それはあの堺銭とやらのことでしょうか」
「そうだ。
あの銅銭は今までの宋銭や明銭に比べて銅の合有率が半分でしかない。
その偽銭を宋銭明銭と同価値として流通させれば、鋳造元は大変な利益を得ることになる。
堺の一部商人が欲に目が眩んでこれを試み、三好家と細川管領家を通じて五摂家に賄を渡して働きかけ、朝廷の専管事案である貨幣鋳造の許可を得ただろう」
「宋銭や明銭の流通量を増やすことが出来ずに民が困っておるという摂家からの奏上を受けて、確かに勅許を出しましたが……
銅の合有が宋銭・明銭の半分の銅銭を発行することが罪に問われるのですね」
「銅銭の価値とは、その銭に含まれる銅の価値そのものになる。
仮に『銅の合有率が半分であるために、堺銭2枚と宋銭・明銭1枚が交換される』と言っていれば罪には問われないが、民には堺銭に含まれる銅の量が宋銭・明銭の半分しかないということを知る術はない。
これを利用して半分の価値しかない銅銭を宋銭・明銭と同価値だとして交換・流通させれば『偽造通貨行使』の罪となる。
民を欺いた分だけ鋳造元が利を得たということになるからな。
故に五摂家、細川本家、三好家の当主を罰した」
「そのようなことは四書にも五経にも書いておりませんでしたの……」
「四書も五経も倫理や心構えを説くものだ。
現実の社会に即した智慧は載っていない。
この通貨の概念は、経済つまり経世済民の学と言って、あと400年もすれば広まり始めるだろう」
「400年後ですか。
その学問を学べぬのが残念です。
それで先ほど五摂家当主を罰したと伺いましたが、罰せられたのは当主のみでしょうか。
家そのものはどうなりましょう」
「神界は連座制を完全に否定している。
処罰される者は犯罪を為した当人だけだ」
「それをお聞きして安心致しました。
公家たちはそれぞれの家ごとに後世に日の本の文化を継承するという重要な役割を担っておりますので。
ところで貴殿は朕にも偽銅貨鋳造の責を問われまするか」
「いや、そのつもりは無い」
「何故でしょう。
公家らはわが配下であり、管領家を任命したのも天皇家ですが……」
「公家や管領家の犯罪について、天皇の任命責任をいちいち問うていれば、皇子が何万人いても足りないだろう」
「ははは、なるほど」
「そんなことより依頼事がある」
「是非お聞かせくださいませ」
「巷間に流通する貨幣、特に銅貨が宋や明からの渡来品ばかりであるというのは確かに問題だ。
よって今後も銅貨の鋳造許可を願い出て来る者も続くだろう。
その際に宋銭・明銭と異なり、銅の合有率が8割以下の物には偽銭として製造許可を出さないよう、天皇家の申し送り事項としてくれ」
「あいわかりました。
それは日の本全体のためということなのですな」
「その通りだ。
通貨の価値とは国力の価値そのものだからな。
それから先ほどあんたが言ったように、公家本来の役割とは家ごとに和歌や書、雅楽や舞、儀式の伝承などの日の本古来の文化を後世に伝えて行くというものだろう。
まあ中には鷹狩りや蹴鞠などというものまであるが。
その公家たちが困窮のあまり絶えてしまうのは忍びない。
そこで我らが組織した『堺屋』という商家を通じて、朝廷に米を下賜しようと思う」
「なんと……」
「確か公家は120家、郎党や下男まで入れればその総数は約3000人ほどだったな。
ならば毎年3万石ほどの米を送らせて頂く」
「!!!!」
「ただし、まずは公家に郎党下男も含めた家の構成人数を申告させ、1万5000石を天皇家の取り分とし、残りを3000人に均等に割り振ってくれ。
つまりは一人当たり年間五石の食い扶持ということになる。
まあそれだけあればまずまずの暮らしは可能だろう」
「摂家当主も下級公家家の家人も下男も皆同じ年間五石でございますか……」
「お前たちはやれ摂家だ清華家だ殿上人だ地下人だとやたらに身分を分けたがるが、俺から見れば全員が唯人であり民である。
神ではない天皇も含めてな」
「ははっ」
「よって俺からの扶持はお前たちが勝手に作った家格や身分位階の区別は一切無く、人数割りだ。
その際に、俺は摂家当主なのだから、お前が天皇家から受け取った米は全て俺に差し出せなどと配下に強要することが無いよう、勅令で厳重に取り締まってくれ。
それでも上級公家が手に負えないようならば、俺の配下が直接手を下す。
具体的にはラジオ体操という踊りを踊り続けさせて、政務はもちろん普通の暮らしも出来ないようにさせるだろう。
まあ大罪人の五摂家当主が今踊っている踊りと同じものだ」
「はい……」
「この米があれば摂家以下、下級公家の下男に至るまで生きて行くことが出来るだろう。
故に全国の武家から賄を受け取っての官位官職授与の斡旋は禁止してくれ。
官位官職授与の依頼は直接御所の役人に申し出させればいい。
もちろん役人の収賄も禁止だ」
「なるほど」
「依頼事項はまだある。
ここに依頼内容は全て書き記してあるが、口頭でも説明させてもらおう。
まず、天皇家や公家だけに米を渡すのでは不十分だろう。
今やこの京の都は無宿人や流民、戦災孤児や逃散農民などで溢れている。
我ら神界は、こうした民らにも施粥を行いたい。
その施粥所を作るために、御所の一部と御所前広場を使わせてくれ」
「そういうことならばいくらでも使ってくださいませ」
「感謝する。
それともう一つ。
俺たちは当面の拠点を蝦夷地に設けているが、欲に駆られた檜山安東と南部が俺たち神界使徒の財を狙って強盗を試みた。
もちろん我らの神術で約3万5千の兵力を全て捕縛して牢に入れてあるが。
そのせいで出羽・陸奥では20家近い大名家が安東領と南部領に武装強盗に入ろうとしたために、これらの軍25万も全て捕縛した」
「神界とはそこまでの力がおありになりますか……」
「ある。
まあ俺と同じような神術を使える配下が500万もいれば容易いことだ」
「……」
「結果として約28万の武家や足軽を捕縛することになったが、もちろん奴らに強盗を教唆した大名家当主たちも、同じ踊りを踊らせた後、神界の牢に収監した。
そのため、代替りを余儀なくされた大名家や大身国人家は、公家の伝手を頼って新たな当主への官位官職の授与を求めて来るだろう。
その際には、武家に対し、
『公家の推薦による官位官職の授与は行われない。
全て御所の蔵人に申請せよ』
『官位官職授与の見返りとして、困窮民への施粥所建設のために本拠地の城や館から10里以内の地に30町(≒3270メートル)四方の土地を貸与せよ。
領地が狭い者はその分考慮するが、最低でも10町四方相当とする。
尚、貸与の期限は設けない』
『貸与用地の地勢は山地でも荒野でも河川敷でも構わないし、面積が同じなら正方形でなくともよい。
ただし、城下町から離れている場合には、城下町から施粥所施設への街道建設のための敷地も併せて貸与せよ。
もちろん貸与なので領地の割譲には当たらない』
『これらの条件が吞めない場合には官位官職の授与は行われないものとする』
『また、現地の武家が施粥所の食料を奪おうとした場合、もしくは困窮民が施粥所を訪れることを妨害した場合には勅勘を与え、その大名家と家臣たちの官位官職を全て剥奪した上で今後百年から四百年までの間官位官職は授与しないものとする』
との勅令を添えてくれ」
「その施粥所で振舞う食料も、『堺屋』を通じて神界が負担すると仰せですか……」
「もちろんだ」




