*** 104 後土御門天皇 ***
この物語はフィクションです。
登場人物、国家、団体、制度などが実在のものと似ていたとしても、それは偶然です。
また物語内の記述が事実と違っていたとしても、それはフィクションだからです。
「あの旦那さま、お言いつけ通り北海屋に出向いて両替をして参りました。
こちらが北海銭5枚と明銭5枚でございます」
「むう、この北海銭の輝きはどうしたものだ……」
「なんでも銅の合有率が9割を超えると、銅銭はこのような色になるそうです」
「そうか……
それにこの明銭も、表面こそやや錆びておるものの、まったく欠けることなく形を保ったままか……
それで北海屋とやらの本願地はどこだったのか。
また、このような両替を行なっている理由は」
「それが、本願地については教えてもらえませんでした……」
「むう」
(まあ蝦夷地というよりは5万年後の神界だからね、言っても理解出来ないと思うよ)
「ですが、あのような両替を行なっている理由は、『銅銭の価値とは合有されている銅の価値そのものであり、またその価値は国家の根幹を為すものである。にもかかわらず銅の合有率が4割しかない偽銭を巷間に流通させて民を欺く堺銭を撲滅するため』だそうです……」
「な、なんだとぉぉぉっ!」
「い、いえわたしが言ったのではありません!
北海屋の者がそう言っただけでして!」
「ふん!
だが誰もそのような愚かな両替をしないのであれば、堺銭の流通を妨げることは出来まい!」
「お、仰せの通りかと」
或る堺衆同士の会話。
「やあ、忙しいだろう中面談ありがとう」
「わざわざ先触れまで寄越していったい何の用だ。
あんたの店とは業種も違うし取引も無いはずだ」
「その通りだが、今日は少し忠告をさせてもらおうと思ってな」
「忠告だと?」
「そうだ、あんたはあの銅が半分以下しか入ってない偽銭を『堺銭』と名付けることに賛成していただろう。
という事は今では結構な量の堺銭を貯め込んでいるはずだ」
「それがどうした!
宋銭や明銭の96文縒りを持ち込めば、堺銭100枚と替えて貰えるのだぞ!
4分(=4%)近くも得ならば、宋銭を堺銭に替えるのは当然だろうに!」
「あんたもあの北海屋の評判は聞いたろう。
悪いことは言わない。
今のうちにあの北海屋で堺銭を明銭に替えておいた方がいいぞ」
「なんのつもりだ……」
「だから忠告だと言ったろう」
「なぜわざわざ要らん忠告なぞしに来た!」
「我らはもはや完全に没交渉になっているがな。
それでもお互い祖父同士が従弟関係だったろう。
つまり遠い親戚としての忠告だ」
「何が狙いだ。
なんの利もなく私にそのような暴挙を勧める理由がわからん。
北海屋から紹介料でもせしめるつもりか!」
「ふう、まあいい。
確かに忠告はしたからな」
「ふん!
要らん忠告で時を無駄にしたわい!
早う帰れっ!」
「ああ帰らせてもらうよ。
だが今日の忠告だけは覚えておいてくれ」
「ふん! それも無駄だな!」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
そして29日後の深夜。
就寝中の桔梗屋主人と恵比寿屋主人は叩き起こされ、そのまま衣服も剥ぎ取られて店の正面入り口前に転移させられた。
そうしてその場であのラジオ体操を始めさせられたのである。
もちろん『神罰実行中』と大きく書かれた前掛けも着けていた。
(な、なんだこれは!
なぜ体が勝手に動いているのだ!)
(こ、これでは伏見屋と同じではないか!)
両者とも極端な運動不足だったために、体中の骨をボキボキと鳴らしながらラジオ体操を続けている。
そんな2名の頭の中に厳かな声が響いて来た。
(あなたは通貨偽造と偽造通貨行使の罪により神界に捕らえられました。
このまま1か月の間踊りを続け、その後は神界の牢に収監されます。
刑期は30年となるでしょう)
もちろん両者の年齢から言って、あと30年も生きられることはないだろう。
実質的に終身刑である。
(な、なんだと!
堺銭鋳造は御所の認可を受けて行ったものぞ!
なぜ儂が罰せられなければならんのだ!)
(ご安心ください。
天皇にあなたの通貨偽造を許可するよう奏上した五摂家当主、細川京兆家当主、並びにあなたの提案を細川家や五摂家に持ち込んだ三好家当主も、あなたと同様に懲罰を受けています)
(!!!)
(また、あなたの財産は全て神界に没収され、偽銭被害者救済のために使用されるでしょう。
それではさようなら)
(な、なんだとぉっ!
お、おい! 返事をしろぉっ!)
尚、三好家当主三好之長は、泥酔状態で寝ていたために、ゲロを吐き散らしながら踊り狂っている。
同時に五摂家当主たち、細川京兆家第13代当主細川澄之も就寝中の処を叩き起こされてラジオ体操を始めさせられた。
もちろん和泉の国の堺銭鋳造施設では、炉などの設備が全て消え失せ、鋳造職人たちが呆然としている。
こうして堺会合衆の3人と、五摂家、細川本家、三好家の当主、総勢10名が1か月間に渡る神罰を受けた後に牢に収監されることになった。
これら10名は牢に入っても喚き続けていたのだが、興味深いことに何故自分の行動が罰に値したのか理解している者は一人もいなかったそうだ……
因みに、現代日本の刑務所では、更生教育の一環として反省文を書かせるそうなのだが、受刑者の内2割近くは自分の行動が何故咎められたのか理解出来ず、『何を反省すればいいのかわからない』と言うそうだ……
翌早朝、京都御所清涼殿にて目覚めた第103代後土御門天皇は、いつものように二人の侍従たちの手を借りて身支度を整えると、居室に移って文机の前に端座した。
すぐにもう一人の若い侍従が白湯の入った湯呑を茶托の上に置く。
いつものようにムサシは上空から御所を観察していた。
(ふむ、これだけの御所に侍従は5人しかいないのか。
後の2人は裏庭で下男たちと一緒に細々とした畑仕事中なんだな……
さて、それじゃあご対面といきますかね)
そのとき、何の前触れもなく天皇の前に不可思議な装束を纏った大男が胡坐をかいたまま現れたのである。
「何者かあぁぁぁ―――っ!」
最も年嵩の侍従が大音声を発するとともに天皇を引き倒し、その前に仁王立ちになった。
同時に若い侍従が大喝に怯みもせず左右からムサシに突進して来る。
目が左右に動きながら伏兵を探し、片手は懐手にして守り刀を握りしめ、もう一方の手は大きく開いてムサシの喉を狙っていた。
(はは、こいつら相当に訓練を積んでるな。
侍従長の大喝で敵を怯ませ、その隙をついて侵入者を制圧するか。
まあここが紫宸殿なら狼藉者の血で穢すわけにはいかんが、清涼殿ならまずは何をもってしても賊の排除と天皇の身の安全が大事なわけだ。
そうか、碌に扶持も払えずに侍従も5人しかいない中で、最も武芸に秀でた侍従たちを残してたってぇことだな)
ムサシの『念動』により3人の公家がその場で動きを止めた。
畑にいた2人も侍従長の大喝を耳にして、それぞれ鍬と鎌を手に清涼殿に駆け込んで来たが、やはり天皇の近くに来たところで動きを止めている。
「よう、あんたが後土御門天皇だな」
「その方は」
(ほう、結構肝の据わった奴じゃねぇか……)
「俺は神界からの使徒で名をカムイ・ムサシと言う」
「神界とは高天原のことであるか……」
「いや違う、天皇家の祖先は1100年前に朝鮮半島から渡って来た百済の王弟一派だ。
奴らは日の本の土着の民を殺戮し、脅迫をもって天皇家と称する支配政権を作った。
その300年ほど後、つまり今から800年前、自らの出自を飾ろうとして古事記だの日本書紀だのをデッチ上げただけだ。
高天原などというものは存在しない」
「やはりそうであったか……」
(それにしてもこの男、巨躯もさることながらその威も凄まじいの……)
「ところで我が侍従たちは何故動きを止めておるのだ。
どうやら生きてはいるようだが動く様子もない」
「それは俺の神術によるものだ。
現在俺とあんた以外の者の体を動けないようにしている。
俺が神術を止めればまた元通り動き出す。
だが五感は停止させていないので、耳も聞こえ目も眼前の光景を見ているぞ」
「それを聞いて安心した。
この者らは、碌な扶持を下賜出来んにも関わらず、天皇家に献身的に尽くしてくれる股肱の臣なのでな」
「そうか……」
「それにしても神術とな……」
(これはいよいよ本物かもしれんの……)
「神術が使えるということは、貴殿も神の一柱なのか」
「そうだ、一応『特別上級神』という位を賜っている」
(かなりの高位神ということか……
だが、ははは、真の神とは随分と砕けた口調で話されるものなのだの)
後土御門天皇が両手を床につけて頭を下げた。
「ひとつお願いがございまする」
「聞こう」
「わたくし自身は貴殿が神の一柱ということを信じ始めておりまする。
ですが、大変なご無礼を申し上げているとは存じつつ、どうか臣たちのためにも、あなたさまが神であらせられるという御印をお見せいただけませんでしょうか……」
ムサシが微笑んだ。
「もっともな要望だ。
ただ神界からの神使と耳で聞いただけでは信じるのは難しいだろう。
それではこれから『神威』というものを発しよう。
それで判断してくれ」
(本当なら神威の翼や銀色の粒子も出した方がいいんだろうが、この時代のこの国では翼なんか出すと『己は天狗かっ!』とか言われちまうだろうからな、はは。
神威はレベル30ぐらいでいいか……)
ムサシがレベル30の神威を放つと、後土御門天皇が弾かれたように平伏した。
肩が、いや全身がプルプルと震えている。
動きを止められている5人の侍従たちの額には玉の汗が浮かび始めた。
「どうかな、これで納得してもらえたか?」
「お、畏れながら、じ、十分でございまする……」
見れば後土御門天皇は滂沱の涙を流している。
「そうか、臣下の侍従たちも納得したかな」
天皇が左右の侍従たちを見やった。
「朕はこのお方様が神であらせられるということを完全に納得した。
そなたたちも今後一切のご無礼の無いようにせよ」
「それでは侍従たちの拘束を解くとしようか」
動き出した5名の侍従たちは、ややふらつきながらもすぐに額を床に擦り付けて平伏した。
(アイヌの巫女もそうだったけど、普段から神に祈ることを日常にしている者ほど神威を感じ取り易いようだな。
まあ宮中儀式のほとんどは祖神に五穀豊穣や病魔退散を祈ったり、大地の恵みを祖神に感謝する儀式だろうからなぁ)




