*** 102 堺銭撲滅実行指令 ***
この物語はフィクションです。
登場人物、国家、団体、制度などが実在のものと似ていたとしても、それは偶然です。
また物語内の記述が事実と違っていたとしても、それはフィクションだからです。
北海国総司令部の定例会議にて。
「よう武一郎、3年前から製造が始まってた堺銭の追跡調査はどうなってる」
「堺以外の町に広がった堺銭についてはロックオン率100%だ」
「そうか、さぞかし大変な作業だったろう。
ご苦労だったな」
「いや、単に量子AIコンピューターに任せてただけだったから、俺たちは大したことはしてないけどな」
「そうか」
「ただそのAIから頼まれちまったんだよ」
「何を頼まれたんだ?」
「なんでもあの仕事、奴のCPUの使用率が最大でも0.01ベーシスポイントしか無かったそうでな。
次はもっと遣り甲斐のある仕事をくれって言われちまったんだ」
「そ、そうか……
それで現在堺の町以外に流通、保有されている堺銭はどれぐらいあるんだ?」
「約400万枚(≒4億8000万円相当)だな、そのうちの9割は公家や細川管領家、仲介役の三好家に賄や上納金として納められた分だから、市中にあるのは約40万枚(≒4800万円相当)だ」
「市中分は思ってたよりも少ないか」
「あの天王寺屋が中心になって日本全国の大店を組織化したろ。
そいつらが全国各地で『堺銭を受け取るな』『堺銭を保有するな』って啓蒙してくれたおかげだわ。
だからほとんどが京や大阪や堺の商家の保有分だ」
「その内、堺銭が消滅したら即座に困窮する商家はいるか」
「一応、売り上げに占める割合が3%以上、資本金に占める割合が10%以上の商家をピックアップしたけど、全部で80件ほどしか無かったわ」
「ならば例の『堺銭撲滅作戦』を始めた際には、その80件の商家が保有する堺銭を、一部だけ宋銭にすり替えてやってくれ。
少なくともすぐに首を吊らずに済む程度にな」
「了解」
「それで宋銭や明銭の準備は終わったか?」
「ああ、代表的な宋銭明銭と同じ配合比率で50億枚の銅銭を作り、時間加速倉庫に入れて300年ほど経過させたから、いいカンジに古びた銭が用意出来てるぞ。
ありゃあ『鑑定』でも使わんと本物と区別出来んな」
「純度の高い銅のインゴットは?」
「それも大量に製造済みだ。
純度99%の銅にニッケルと亜鉛が1%だな。
金銀は全く含まれていないぞ」
「そうか、それなら堺銭撲滅と金流失抑止作戦の第一段階を始めてくれ」
「了解」
「なあ兄貴、念のために聞いておきたいことがあるんだけどよ」
「なんだ?」
「この偽銭撲滅作戦なんだが、最も簡単な方法は首謀者の桔梗屋と恵比寿屋を牢に転送させ、同時に偽銭鋳造拠点を消滅させればいい話だよな。
なんでそうしないんだ?」
「確かに実行犯は桔梗屋と恵比寿屋と、後は強盗殺人教唆の罪で収監した伏見屋だけどな。
奴らを収監しただけでは、この国家ぐるみの通貨偽造犯罪を撲滅することにはならないかもしれねぇんだ。
発案者は桔梗屋だけど、その桔梗屋から提案を受けた三好家、桔梗屋から賄を受け取って公家衆に口利きをした細川京兆家、加えて五摂家を纏めて上納金と引き換えに貨幣鋳造許可を天皇に奏上した近衛尚通も極悪人なわけだ。
なにしろ為政者のくせに、はした金に目が眩んで国家の根幹たる通貨の価値を貶めたんだからな。
まあ後土御門天皇は奏上をそのまま認可しただけで、関与はしてねぇみたいだから許してやるけど。
どうも薄々怪しい奏上だとは思っていたみてぇだが、公家が餓死しかねねぇ困窮ぶりを見て目ぇ瞑ったらしいが。
だが五摂家以下細川京兆家やその手足の三好家は、言ってみれば為政者の犯罪者だからな。
しかも自分たちの私利のために国力を貶めるってぇタチが悪いもんだからよ、二度とこんなことが出来ねぇように、徹底的に叩いてやろうかと思うんだ」
「はは、ターゲットは実行犯の商人だけじゃあなくって、公家筆頭の近衛家に管領家筆頭の細川京兆家、その手足となって京大阪を実行支配する三好家か。
そんな大物共を処罰するからには、確かに大掛かりな準備も必要だな」
「そういうこった。
商人だけ潰しても、経済を全く理解出来ていない阿呆為政者なら、また別の商人を使って同じことを試みるだろうからよ」
「納得したぜ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
伏見屋の発狂は堺銭鋳造グループである桔梗屋(呉服商)と恵比寿屋(米問屋)にも衝撃を与えた。
「それにしてもなぜ伏見屋はあのようなことに……
ふんどし一丁の体にかけられた前掛けには『神罰実行中』と書かれているそうですが……」
「四半刻踊ったあとはしばらく蹲っているそうだが、その間に何か語ろうとしても、口が動くだけで声は聞こえんそうだの。
筆と紙を与えて踊る理由を問うても、突然踊りを再開するようだし」
「それで……
堺銭鋳造の分担金は如何いたしましょうか」
「あの評定の際に鋳造賛成に回った商家や、会合衆以外にも声をかけてみるか」
「それがですね、実は堺の町にあの『神罰』というのは混ぜ物の多い堺銭の鋳造と配布に対する罰だという噂が出回り始めているのですよ」
「馬鹿馬鹿しい、ならばなぜ我らが無事なのだ」
「ええ、そう言って火消しには廻っているのですが。
ただ、伏見屋が元通りになるまでは他の商家からの出資は難しいかと……」
「むう、ならば今しばらく新たに出資を募るのは見送るか。
まあ和泉の国に作った鋳造所もようやく順調に廻るようになったことだしの」
「ただ、一つ気になるのは、最近堺銭での支払いを断られることが多くなって来ておることなのです」
「具体的には」
「ご存じの通り私共恵比寿屋は米の卸問屋です。
つまり日の本各地の大名家御用達の大手米問屋から年貢米を仕入れ、それを京や大阪の大消費地に回送して小売り問屋に卸すことを生業としております。
各地の御用米問屋に対して支払いが発生いたしますが、その際には節季払いにて巨額の取引になるために主に金板にての取引になります。
その際の端数などは銅銭で払うことになるのですが、その支払いに於いて堺銭が断られるようになって来てしまったのです。
武家も年貢米を換金する際に一部は小口の支払いのために銅銭を要求するそうなので、御用米問屋も銅銭を必要とするのですが、それすらも堺銭は断られてしまうのですよ」
「むう、百文縒りを九六銭ではなく、百枚にしていてもか」
(註:この時代は銅銭百文縒りといっても実際には九十六枚を麻紐を通して縒ったものが慣例として使用されていた。
詳しい理由は不明ながら、どうも金板などから銅銭に両替する際の手数料のようなものだったと推測されている)
「はい。
それも当初は実質百枚の堺銭を喜んでいたものの、徐々に堺銭を拒否されるようになり、今では日の本のほとんどの御用米問屋から拒否されるようになって来ました。
まるで誰かが扇動しているかのように……」
もちろんカムイレオと天王寺屋一派の活躍によるものである。
「莫迦な、そんな扇動を試みることに、一体なんの利があるというのだ!」
いや……
一国の通貨価値を守るという立派な利があるんだよ。
自分の利しか考えられないキミタチには理解が出来ないかもしれないけどね。
「あの、桔梗屋さまのご本業では如何でしょうか……」
「むう、そもそも勘合貿易で得られる綿織物については、明の商人もその明商人から綿を仕入れる博多や周防の商人も銅隗での取引しか認めんのだ。
博多や周防の商人がというより明の商人が銅塊しか受け取らんかららしいが」
この時代の日本では、銅精錬技術が未熟だったせいで、日本の銅にはかなりの金銀が含まれていた。
そのため、既に『灰吹法』を確立していた明では、日本から銅を仕入れてその中から金を抽出することで莫大な利益を上げていたのである。
当時から明治期にかけての日本は世界有数の銅産出国であったが、このことに気づいていなかったために、その産出銅のかなりの部分が海外に流出していくことになった。
一般に、金は地殻中のどこにでも存在するが、その存在率は僅か0.003ppmである。
(100万分の0.003)
一方で採算に乗る金鉱石の品位は鉱石1トン中に金3グラム以上とされている。
(=3ppm)
武一郎の観測によれば、この時代の日の本の銅隗に含まれる金の割合は、銅1トン中で200グラムもあったそうな。(=200ppm)
余談だが、昭和40年代の日本では、かろうじて環境基準などはあったものの、国策として自動車製造業を守るために排ガス規制など皆無であった。
そのため、21世紀の北京並みに大気汚染が酷く、大気中の窒素酸化物の濃度などが『〇〇ppmもあって環境基準濃度を遥かに超えている』とよくニュースで報じられていたらしい。
そのために、当時の日本人のほとんどが『ぴーぴーえむ』を毒物のことだと思い、恐れていたそうだ。
ただの単位なのに……
「また、麻農家から麻を集めておる各地の問屋から商品を仕入れる際にも、最近では堺銭の受け取りを拒否されることが増えつつあるようだの……」
「困ったことでございますな」
「まあそうは言っても日の本はこれだけ広いのだ。
せっかく堺銭の鋳造が軌道に乗って来たのだから、これからも地道に各地の商家や武家に堺銭を流通させていこうではないか。
なにより公家や将軍家、細川家に対する冥加金はすべて堺銭で支払っておるからの。
それだけでも十分な利は得られておる」
「はい……」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
カムイレオから天王寺屋を通じて堺の協力商会10家に集合がかかった。
堺在住の者はもちろん、各地の取引先に出向いている者も、既に全国各地には清酒転送用の支店が250か所ほども用意されているため、どれほど遠くにいようと数日での帰阪が可能になっている。
また、最近では清酒だけでなく、ウイスキー、白米、白磁の皿や壺、鏡などが全国各地の武家に爆発的に売れるようになって来ており、どの商家も数年前に比べて利益が50倍から100倍以上になっていた。
さらには北海国の勧めで、まだ支払期限の来ていない売掛け証文であっても、これを担保とした無利子融資も行われ始めたために、各商家とも仕入れ資金に困ることも無かったのである。
そのために、北海国の招集であれば、どの商家の主も即刻応じていたのであった。
「本日はお忙しいところお集まりくださいまして誠にありがとうございます。
この度カムイ・ムサシさまより堺銭撲滅の実行命令が下されました」
「いよいよですね……」
「ええ、今より30日後、全ての堺銭は硫酸銅と硫化鉄という鉱物の粒になり、銭の形を取れずに使い物にならなくなります」
「神術とはそこまでのことが出来ますか……」




