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*** 100 出羽・陸奥沈黙 ***



この物語はフィクションです。

登場人物、国家、団体、制度などが実在のものと似ていたとしても、それは偶然です。

また物語内の記述が事実と違っていたとしても、それはフィクションだからです。




 


 一方で檜山安東領の北側に位置する大浦領では当主が激高していた。


 大浦氏(津軽氏):

 南部久慈氏がその一族である南部光信を津軽西浜(21世紀日本の青森県鯵ヶ沢町周辺)に配して檜山安東への備えとし、光信は後に大浦城を築いて大浦盛信に守らせた。

 尚、この南部光信は、史実ではその遺言で「死後も安東への備えたらん」と述べたため、大浦盛信によって甲冑姿のまま安東領に向けて埋葬されたと伝えられている。



「あ、あの安東が1年も前に蝦夷地に侵攻して大敗北を喫していただと!

 なぜそのような重大事の報告が無かったのだっ!」


「も、申し訳ございません……」


「ええい!

 直ちに物見の兵を組織し、安東領の兵力半減が真であるか否か調査させよっ!

 併せて全ての将兵に陣振れを出し、安東領への侵攻準備を命じよ!」


「はっ!」


 3人組の物見兵が安東領に向けて10組派遣された。

 だがもちろん全員が脇差などで武装していたために、領境を超えたところですべて消え失せたのである。



「まだ物見兵は戻らんのかっ!」


「は、3人組を10組ほど派遣致しましたが、未だ誰も戻らず……」


「ならば30組を派遣せよ!

 何としてでも檜山安東の様子を探るのだ!」


「はっ」



「物見兵は戻らんのか!」


「は……

 未だに誰も戻らず……」


「これは安東め、領境を超えたところに軍を伏せておるな。

 よし!

 明日早朝より安東領に向けて全軍で進軍を開始せよっ!」


「ははっ!」



 だがもちろん、大浦軍7000も領境を超えたところで消失した。

 侵攻軍総大将を嫡男に任せて城に残っていた大浦家当主も、執務室で半裸になったままラジオ体操を踊り続けている。

 当主が物狂いし、嫡男も失った大浦家では、後継者選定を巡って長老衆が言い争いを続けているそうだ。



 浪岡領では:


「うむぅ、檜山安東の将兵半分が壊滅したのか。

 それでは小早50艘に兵1500を乗せて十三湊にて檜山安東に一当てさせよ。

 首尾よくいけば十三湊の商家から略奪し、安東軍が出てくれば無理せずに引き返して来い」


「はっ」


 まあ21世紀の軍で言う『威力偵察』ってぇやつかな。


 もちろんこの威力偵察軍も安東領の領海に入ったところで全軍が消失し、浪岡家当主も腹に『神罰実行中』と書かれた大きな前掛けをつけ、泣きながらラジオ体操を踊っているそうだ。



 南部領一向宗基幹寺院総願寺にて:


「わはははは!

 ざまぁみろ南部め!

 これも我が寺に喜捨を行わず仏陀さまを蔑ろにした報いよ!

 おい、坊官長を呼べ」


「はい!」



「その方は南部領の配下一向宗寺院に触れを出し、僧兵3000を集めた上で三戸南部の城に向かえ。

 南部本家当主に対し、寺領の寄進を要求するのだ!

 もし従わねば仏罰が当たると脅してな。

 ついでに帰りがけに南部領の農民を100人ばかり攫って来い。

 奴隷として売り飛ばして本山への上納金の足しにする!」


「ははっ!」


 仏罰:

 一向宗がお布施を強要するときなどによく使う言葉。

 御仏に帰依した僧侶が御仏に代わって罰を与えるなどと言うときに使われる。

 要は俺たちに寄進しないと俺たちが暴れるぞという脅迫の文言。

 因みに仏陀の直弟子たちが残した経典には、仏陀が『仏罰』を当てると言った記録は一切無い。

 つまり一向宗門徒が暴力脅迫を行うためにでっち上げた言葉。

 ついでに一向宗の主要財源である奴隷狩りと売買だが、これは、『一向宗寺院に対して十分な喜捨が出来ない農民や町民が、せめて自らの体を売ることでその代価を喜捨に充てる崇高な行為』と定義していたらしい。

 まさに牽強付会、我田引水、夜郎自大の極致とも言える教義であった……



 もちろん僧兵3000は、寺領を出たところで全て消え失せ、総願寺の住職は本堂の本尊にケツを向けて踊り狂っているそうだ。

 もちろん首からは『神罰実行中』と大きく書かれた前掛けが下がっているために、幸いにも醜いブツだけは隠されているとのことである。



 奥羽・出羽の他の大名家も概ね同じメに遭った。

 大半はまず威力偵察部隊を送り込み、誰一人として帰還しないことに腹を立てた当主が徐々に侵攻をエスカレートさせて、最後には全軍に攻め込ませるというパターンが多かったようだ。


 もちろんその将兵すべてが消失し、侵攻を命じてラジオ体操を踊らされている当主は物狂いされたと見做されて、家臣たちの手により牢に『押し込め』を喰らっている。


 こうしてムサシ一派は、陸奥・出羽の強盗武士と僧兵を総計25万人ほど捕獲することに成功したのであった……




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 堺銭推進派の堺会合衆ナンバー2の酒問屋、伏見屋の当主は焦燥していた。

 町人向けの濁り酒はさほどではないものの、半年ほど前から武家向けの澄み酒の売り上げが激減していたからである。

 おかげで店の利益も前年の半分ほどになると見込まれていた。


「澄み酒の売り上げが激減した理由についてはまだわからんのか!」


「申し訳ございません……」


「ぐぬぬぬ……

 これより三好家の京屋敷に出向く!

 お前たちは銭を持ってついて来いっ!」


「はい……」



「お台所番さま、いつもお世話になっておりまする。

 これは些少ですが御礼でございます」


「おお、これはこれは」


「それでですね、最近こちらの京屋敷や阿波の三好城からの澄み酒のご注文が途絶えておりまして。

 もしよろしければ、ご事情を教えていただければと……」


「なんだそんなことか。

 殿や留守居役殿からの命で、清酒を大量に購入しておるからだ」


「清酒……でございますか……」


「そうだ、その方らと同じ堺の天王寺屋から仕入れておる」


「て、天王寺屋でございますか!

 あそこは俵物や食品を扱う店のはず!」


「それがしばらく前に試飲用と申して、二升ばかりの新しい酒を持ち込みおったのよ。

 それを留守居役殿に渡したところ、大いに気に入られての。

 毒見の後に殿にもお送りしたところ、三石(≒540㍑)ばかりを贖って城へ送れとの命があったのだ」


「さ、三石も……」


「ははは、今では毎月五石も買っておるぞ」


「!!!!」



「というわけでもう澄み酒は要らなくなったというわけだ」


「あ、あの、その清酒を少々分けて頂けませんでしょうか……

 一升甕で三升ほど」


「んー、まあ天王寺屋の京都支店に命じればすぐに持ってくるだろうから構わんが。

 ところで一升に付き代金は一貫文(≒12万円)だがその方はいくらで買うのだ」


「い、一升につき一貫文っ!

 それを毎月五石も!

 そ、それでは一升につき一貫文と百文で如何でしょうか」


「伏見屋ともあろう者がなにをみみっちいことを申しておる。

 三升で四貫文ならば分けてやらんこともないぞ」


「ぐぅっ!

 そ、それでは伏見屋の京支店に寄りまして、すぐに銭をお持ち致しますので、少々お待ち願えませんでしょうか!」


「おお、早くしろよ」



「お、お待たせいたしました、こちら四貫文でございます」


「そうか、ならばこの一升瓶三本だ」


「こ、これはぁっ!

 甕ではなくギヤマンの瓶入りとはっ!」


「そうだ、ご正室さまなどはこのギヤマン瓶に花を生けられて楽しまれておられるそうだ」


「…………」



 京都支店の奥座敷に戻った伏見屋は番頭らを怒鳴りつけた。


「みろ!

 お前たちが1月以上かけてわからなかった澄み酒の売れ行き不振の理由が、儂が出張った途端にもうわかったであろうが!

 お前たちも、もそっと精進せいっ!」


「はい……」


(そりゃああれだけ銭を積めばいくらでも情報は抜けるだろうよ。

 情報が入らなかった理由は、俺たちに一切経費を認めないあんたのドケチ根性のせいだろうに……)



 伏見屋は一升瓶を一本開け、ぐい吞みに注いで試飲をした。

 もちろん一升で一貫文もする酒を番頭たちに飲ませる気はない。


(こ、こここ、これはぁっ!)


 伏見屋も一応酒問屋だけあって、多少の利き酒は出来るようだ。


(まったく澱みのない水の様な外見にしてこの酒精の強さ……

 さらには雑味の一切無いこの味わい。

 加えて飲み干した後に来るこの清浄なる後味。

 た、確かに極上の味だ……

 く、悔しいが、澄み酒の一升三百文に比して、この清酒が一升一貫文というのも納得出来てしまう……

 な、ならばこれに似た酒、い、いやこれを超える酒を造らせればよいのだっ!

 そうすれば一升一貫文以上で売れるではないかっ!)

 



 翌日伏見屋一行は伏見にある仕入れ先に足を延ばした。


 大口取引先である伏見屋主人の突然の来訪に、酒造の主人と杜氏は渋々相対している。

(先触れも寄越さない突然の来訪はかなり無礼な行動である)



「まずはこれを飲んでみろ」


「こ、これはギヤマンの瓶入り酒ですか」


「早く飲んで味を覚えろ」


「少々お待ちくださいませ」


 酒造の主人が手を叩くとすぐに丁稚が現れた。


「利き酒用の水と桶を持ってきなさい」


「はい」


 丁稚は間もなく陶器の壺に入った水と桶を持って来た。


「失礼します」


 主人と杜氏が水を口に含んでぶくぶくと濯ぎ、桶に吐き出すことを繰り返している。


「それではこの酒を利かせて頂きましょうか」


「う、うむ」


 酒造の主人と杜氏は一升瓶から一合ぐい吞みに酒を注ぎ、しばらく香りを試した後に少量を口に含んだ。

 同時に主人と杜氏の目が見開かれ、杜氏ががっくりと肩を落としている。


 二人は清酒をしばらく舌の上で転がした後に飲み込み、瞑目してしばらく余韻と残り香を味わっていた。

(本来利き酒の場に於いては、酒は飲み下さずに桶などに吐き出すものである。

 だがそれは品評会などで多数の酒を味わう際に酔ってしまうことを防ぐためのものだった。

 この場合は一種類の利き酒であるため、のど越しも余韻も味わっているのだろう)


「さあ!

 今すぐ酒を仕込み始めろ!

 そしてこの酒と同等、いやこれ以上の酒を造るのだっ!」


「お断りします」


「なに……」


 杜氏が伏見屋に向き直った。


「なああんた、それでも堺一の酒問屋か?」


「な、なんだとぉぉぉ―――っ!」










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