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異世界に転生したらオークの花嫁になってしまいました  作者: 宮ヶ谷
第五部 竜殺しの太守クラスク 第二十章 魔族の計画
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第909話 神の依代

キャスにはずっと疑問があった。

魔族どもに幾度も挑んでそのほとんど全てで返り討ちとなった五十年前の闇の大戦(ベルク・スロセル)

アルザス盆地……すなわち現在のアルザス王国全土が瘴気に侵されているという人型生物フェインミューブにとって圧倒的不利な状況で、瘴気の内で不死に近い魔族ども相手に一体どうやって勝利し、彼らを追い散らしたのだろうかと。

彼らの特性が現在と変わらないのだとしたら、十年戦おうが百年戦おうが勝ちの目などないのではないかと。


だが今回のサフィナのように高位の神の使途が自らの命を犠牲とし、そこで神の力が直接振るわれたのだとするなら話は別だ。

かつての魔族との大戦に於いて、おそらくそうして犠牲になり散った聖職者が幾人もいたのだろう。


そう考えると今の魔族との膠着状態もある程度納得できる。

この広大な国土を魔族どもから取り戻すのに犠牲となったものが大きすぎたのだ。


神性を呼び込めるほどに強大な高層たちの字の如く命を投げ出した犠牲……それにより人類は一時的に瘴気の内でさえ魔族どもと伍して戦う力を得た。


けれど各宗派が神々の後継として育ててきた彼らが犠牲になった後の、その次代の後継者の育成がおっついていない。

あるいはそれだけの素養の者が見つかっていない。

だから広大なアルザス盆地は取り戻せたのに王国の北、闇の森(ベルク・ヒロツ)に巣食う魔族どもを討伐には行けないのだ。


「なるほどな……色々と合点が言った。それでイエタの言う問題とはなんだ」

()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()です」

「あ…………っ!」


ばっ、と背後の教会を振り返る。


サフィナが無事。

それ自体は知っている。


彼女が目覚める場面は外にいて直には見ていないけれど、エルフ族の血を引くその耳が教会内部の声をキャスに届けていたからだ。


だからサフィナが無事な事はキャスもわかっていた。

わかっていた……が、()()()()()()()()()()()()()()


「それは、つまり……サフィナが神の力に耐えられた、ということか……?」

「いえ……サフィナさんはまだ体も心も幼い身。普通に考えて神の力抗えるとも耐えられるとも思えません。ですが……()()()()()()()()()のなら話は別です」

「違和感……?」


キャスの言葉にイエタが静かに頷く。


「人が神を己の内に宿したとして、それに耐えられないのは単に神と自分の存在の次元が異なるからだけではありません。喩え信仰していたとしてもやはり個としての思考や思想に差異があって、その違和感に耐えきれないからです」

「神との間の違和感を己の内に抱えるわけか……それは確かに耐え難いだろうな」


そこまで考え挿して、キャスはようやくイエタの言わんとすることを理解した。


「ということは、サフィナはもしやして……?!」

「…はい。おそらくサフィナさんは森の女神イリミとその魂の在り方がとてもとても似ているのでしょう。それゆえ己の内に女神を抱えても器たる彼女に対する負担が少なく、結果魂が砕けることもなく正気を失くすこともなかったのかと」

「そうか……それはよかった。よかったのだが……」


キャスは軽いめまいを覚えて頭を抱えた。


「それはもしやして各エルフ族の里が黙っていないのではないか……?」


キャスの言葉に、なんとも困ったような笑みを浮かべたイエタがそれに賛同する。


「はい。おそらく今回の一件でサフィナさんが世界に散らばる各世界樹(ンクグシレム)が抱えているであろう女神の後継者達の中で第一席次になったと思われますから」

「だろうなあ……」


はああああああああああああああああああああああああ……とため息をつきつつ今後確実に発生するであろうごたごたについて考えを巡らせる。


魔族の大軍を街ひとつで耐え凌ぎ、これまで類を見ない魔族どもの集団自決の現場となり、街のど真ん中に世界樹ンクグシレムが生えて、さらに女神を降臨させてもその命も正気も失わぬという次代の森の女神になれるやもしれぬ筆頭候補がぽんと出現したのである。

これが問題にならずにいられるだろうか。


いやなる。

絶対になる。

七面倒くさい問題にどうあってもならざるを得ないことは目に見えているではないか。


「それで……今度はこちらから質問してもよろしいでしょうか」

「私にわかる範囲であれば、だが」

「はい。仮にあれが森の女神だったとして、なぜ世界樹ンクグシレムをこの街に?」

「ああ……」


キャスは周囲をぐるりと見渡して、魔族の残滓を確認する。


「魔族達は一斉に≪瘴気爆発≫を行った。いわば集団自決だな。その結果としてこの街に大量の瘴気溜まりが発生し、そのあふれ出す瘴気によってすみやかにこの地を瘴気の海に沈めるはずだった。≪瘴気爆発≫はわかるな」

「はい。魔族についての対策は教会で一通り教わりますので。そういえば……教会の中でそれを為した角魔族ヴェヘイヴケスが残した瘴気溜まり、いつの間にかなくなっていましたね」

「そうだろうな。なにせそれが世界樹ンクグシレム()()()()()なのだから」

「…………………!!」


ハッとキャスの方へ振り顔を向けるイエタ。

だがキャスの視線は街の中央部、その巨大な世界樹ンクグシレムの樹上へと注がれていた。


「元々この世界は今よりさらに多くの土地が瘴気に覆われていた。だが神々はその性質的に瘴気とは相容れぬ。己の信者たる種族を生み出そうにも瘴気の中では生きられぬ。となれば神々の最初の仕事はまず()()()()()だ」

「それが、世界樹ンクグシレム……」

「そうだ。その根で近在の瘴気を吸い取り、浄化して無害な花に変える。この花の種からは瘴気に侵されぬ樹が生えて世界樹ンクグシレムを守る。そうして瘴気を拒む広大な森が生まれ、安全が確保できるようになったところで……世界樹ンクグシレムからエルフを生み出した。まあ森の神の生存戦略だな。私もエルフの古老から聞いただけだがな」

「そのようなことが……」

「だが長きにわたり世界樹ンクグシレムはエルフ達の聖地として祀られ崇められ、自らが生み出した聖なる木々に護られ囲まれて、瘴気を浄化する役目が失われて久しい。それこそこの街のケースが有史以来ではなかろうか」

「そんなに」


思わずそう呟いたイエタは、ふとある疑問に行きつく。


「それほどの力があるのにこれまでの闇の大戦(ベルク・スロセル)でも使われなったのですか?」

「なにせエルフ族が生まれた場所、聖地そのものだからな……まあそれでも人型生物フェインミューブが自在に扱える代物ならばそうしていたのかもしれないが」

「あ……確かに」


何せエルフ達が育てた樹木ではない。

神がこの地に遣わした文字通りの神樹なのだ。

たとえ管理を任されたハイエルフ達だろうとそれを自由にできるわけがない。


けれど今は違う。

曲がりなりにも世界樹ンクグシレムを生み育てるという神呪を唱えた上で命永らえた娘が存在するのだ。

それもこの街に。


これまた各国が放っておける案件ではないはずである。

キャスはこの後に押し寄せるであろう数々の難題に頭が痛くなった。


「おー……」

「よっこらしょ…と、大丈夫ですか?」

「おー……なんとか」


と、そこに教会内部からミエがサフィナを支えながら現れた。


「おー……ワッフー!」


サフィナは階段に座り込みながら包帯でぐるぐる巻きにされぐったりとしているワッフに気づくと真っ青になって駆け寄った。

いやまあ正確にはよろめきながらえっちらおっちらワッフの下へと向かった。


「ふうー。なんとか歩けるくらいにはなったみたいですけど…」


てくてくとミエがキャス、イエタのところへやってくる。


「外傷とかはなんともないんですよねえ。でもなんかすっごい衰弱してる感じで……サフィナちゃんに何があったんです?」

「ああ、説明すると長くなるが……」

「ってなんですかあれえええええええええええええ!?」


きょろきょろとあたりを見回したミエが、今更ながらに街の中心部にそびえる巨樹に気づき目をまんまるくする。

そしてミエの声を聞きつけて教会の外、道路脇で待機していたコルキが嬉しそうにとっとっとと駆けてきた。

そしてその背の上で……


「ああコルキ離れるでない! 離れるでない! もっとわしにあれをみせんかー!」






と叫ぶノーム族の娘がいたという。







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