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異世界に転生したらオークの花嫁になってしまいました  作者: 宮ヶ谷
第五部 竜殺しの太守クラスク 第二十章 魔族の計画
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第904話 くろいはな

衛兵が、倒れている。



その衛兵は先刻まで街の中で仲間とともに魔族と必死に交戦しており、その最中にキャスの叫びを聞いた。


咄嗟に身を翻し、全員でその魔族から急速に離脱した、その直後に≪瘴気爆発≫が巻き起こった。

ギリギリのタイミングで直撃を避けることができた彼らだったけれど、その余波を受けてしまう。

強い濃度の瘴気をまともに受けてしまい、頭痛や腹痛でその場にうずくまり、そのまま倒れてしまったのだ。


動かない。

動けない。

体が小刻みに震えるのみで身動きひとつとれない。


あの黒い塊の傍にいては駄目だ。

少しでも離れなければ。

だというのに体がちっとも動いてくれない。


己の身体からみるみる力が抜けてゆくのを感じる。

自身が弱まってゆくのを感じる。

衰弱していっているのを感じる。


何かないだろうか。

何かできないだろうか。


どうにかしなければならぬとわかっているのに。

どうすればいいのかもわかっているのに。

体が一切言うことを聞いてくれぬ。


このままでは意識があるまま徐々に死に至るのしかない。

恐怖の中己の命が尽きる瞬間をただ待つよりない。

でも自分ではどうしようもない。


恐怖を感じては駄目だとわかっている。

衛兵隊長であるエモニモに幾度も言われたことだ。

それは魔族どもに餌を与えるだけだと。


けれどどうしたらいい?

こんな時にどうしたらいい?


湧き上がる恐怖を。

立ち昇る死への怖れを。


身動きできず、ただ意識だけがはっきりしてそれを待つしかできぬ身で。

一体どうすれば恐怖を感じずにいられるのだろう。



……その地震が起きたのは、ちょうどそんな時だった。



その大きな揺れは急激に大地を激しく揺らし、やがてゆっくりと収まっていった。


そして大きな揺れが完全に鎮まった時……その衛兵は、視界の先に奇怪なものを見た。


『芽』だ。

若芽である。

若芽が花壇から顔を出している。


その花壇はこの半年ほどでこの街のあちこちにできたものだ

確か街を治める首脳陣の一人、エルフ族の少女が提案し、採用されたものと聞いている。

街の景観向上や美化に役立つからと予算がついて、今では街の各所にそうした花壇が設置されており、色とりどりの季節の花が街の住人を、そして観光課客を楽しませている。

彼もまた日々の小さな楽しみとしていた一人である。


その花壇に……新芽が芽吹いている。

花の種が発芽したのだろうか。



ただその若芽には一点おかしなところがあった。

『大きさ』である。



芽吹きの高さおよそ4フース(約120cm)。

双葉の葉幅はそれぞれ3フース(約90cm)。

そんな若芽が、花壇から半ばはみ出すようにして『どずん』と鎮座しているのだ。


花の種から発芽したにしては些か……いやだいぶあり得ないレベルで大きすぎる。

仮に樹木の若芽だったとしても(そもそも花壇に樹は植えないだろうが)ちょっと巨大に過ぎやしないだろうか。


その若芽は花壇のど真ん中からにょきっと生えていた。

身動きができず体勢的に視線の先のそれを見つめるより他なかったその衛兵は、なんとも奇妙な感想を抱いた。


まるで、目が合ったみたいだ、と。


「うん……?」


その巨大な新芽を眺めていた衛兵は、やがてそれに小さな違和感を抱いた。

一体何だろう。


大きすぎるのはもうわかっている。

それが違和感の正体ではないはずだ。


ぱちくり。

幾度か瞬きして、彼はようやく徐々に大きくなってゆくその違和感の正体に気づいた。


育っている。

その新芽が育っている。

それこそ瞬きをするごとに以前より大きくなっている。


それは彼が気づいた時にはもう身の丈3ウィーブル(約2.7m)ほどの大きさに育っていて……


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」


そして、育ちながら自重に負けたかのようにその茎…いやもう『幹』と言った方がいいだろうか…を前にせり出し、地面に『どじゃっ』と倒れた。

けれどそれでその成長が止まることはなく、見る間に根を張りながら、その幹がにょきにょきと伸びてゆく。


まるで蚯蚓みみずかそれとも蛇かのように地面をのたくいながら、もはや樹木の幹が如き姿となったそれがものすごい勢いで通りを這い進んでいった。


「ん……っ」

「むむ、俺は一体……」

「お前達! 目が覚めたのか!」


先程の衛兵が叫ぶ。

自分より魔族の近くにいたせいでより酷い体調不良を訴え次々に倒れたはずの仲間たちだが、どうやら目を覚ましたものらしい。


「お前達は動けるのか!?」

「ん……? どういうことだ?」

「お前は動けないのか?」

「いや、俺は……」


むくり、と上体を起こした衛兵は、自らの両手を信じられぬと言った風に眺める。


動ける。

動けている。

先程まで指一本己の意思で動かせなかったはずなのに。


「うおっ!?」

「なんじゃこりゃ!?」

「樹?! 根っこ!?」


たった今目を覚ましたばかりの仲間たちが未だににょきにょきと花壇から生え続け彼らの横を通り過ぎ高速で地面を這い進むその樹の幹に驚愕している中、最初の衛兵は呆然とした面持ちで己の身体を叩き、再びその根を見つめた。



「もしかして……お前が助けてくれたのか?」



巨大な若芽……それは街のほとんどの花壇から生え、そしてみな同様に樹木の幹が如き太さとなって這い進んでゆく。

その動きは不規則だけれど、ある一定の法則性を有していた。


街の西の花壇から生えた芽は東に。

街の東の花壇から生えた芽は西に。

そして街の北と南の花壇から生えた芽はそれぞれ街の南と北に。


それらはすべて異なる方角に。

けれどすべて一か所に集まってゆく。



つまり()()()()()だ。



「うおっ!?」

「なんだなんだなんだあ!?」


その中途でつい先刻まで魔族どもと戦っていた各所の衛兵達を驚愕させながら、各所から集まった巨大な幹の群れがひとつところへと猛進する。


彼らの目当ては一つ。

クラスク市を治める城の中の城、いわゆる居館である。


もはや色的にも大きな樹木の幹が如き姿となったそれらの若芽は、居館の周囲にまるで蔓草のように次々と巻き付いてゆく。

それぞれの幹が螺旋を描くように居館を包み込んでゆき、やがれそれは樹木のドームのような形状となった。

その中央部から幾つかの見張り塔が顔を出しておりかろうじて城だと認識できる。


だが居館に巻き付いた樹幹どもは次にそれらの突き出た尖塔に巻き付いてゆく。

そして塔のてっぺんまで完全に飲み込んでしまうと、今度はそれぞれの幹が絡み合うようにして上へ上へと伸びていった。


にょきにょき。

にょきにょきと。


天へ。

天へ。

ひたすら上へ。


各地から集まった樹の幹が寄り集まって元々あった幹に覆いかぶさるように巻き付いて、より太く、太く。

やがてクラスク市全域を見下ろせるほど大きく高くなったそれらの幹は、そこでそれぞれ方向を変え、あるものは上に、あるものは斜めに、そしてあるものは真横にと一斉に、四方八方に伸びてゆく。


ここに来て……それを見ている、というかあまりの光景に目を奪われている者達にもその形状がようやく理解できるようになった。



これは樹だ。

一本の巨大な樹木だ。



花壇から生えてきたものはこの形状から逆算すれば幹というよりはむしろ位置的に『根』だ。

いわば根っこが各地から集まり巨大な樹木のような形状を為しているのである。


ということは、クラスク市の上空で方向を変えた意味もよくわかる。

あれは枝だ。

巨大な樹木の幹から枝を生やしているのだ。


それを示すようにその枝先から生えてきたものがある。

『葉』だ。

葉っぱが次々に生えてきてみるみる樹上を緑で覆ってゆく。

そしてそれと同時に新たに生えてきたものがあった。



『つぼみ』である。



仮に樹木なのだとしたら花を咲かせても何らおかしくはないのだが、その色が少し珍しかった。


黒いのだ。

黒く、黒く、真っ黒な。

まさに漆黒のつぼみなのである。


さて、クラスク市の中心部になにやら巨大な樹木が生み出されつつある間、街の各所では奇妙な現象が起きていた。


魔族が自爆して生み出した大量の瘴気溜まり……

それが、次々と消え失せているのだ。


消滅するというよりはこう、地面に吸い込まれるように。

各地の瘴気溜まりがみるみると消滅してゆく。


そしてそれらの瘴気溜まりが消え失せてから少し時を置いて、クラスク市の中心部に茂った巨大な樹木に次々とつぼみがついてゆく。


それは、まるで……

まるで街の各所から生えたその根が瘴気を吸って、自らのつぼみに変えているかのようにも、見える。



やがてその巨大な樹木の生長が止まった。

時を同じくして、街中に蔓延していた黒い瘴気の塊が奇麗に消え失せる。



開花が、はじまる。

巨大な樹木に咲く、巨大な花。

漆黒の、けれど美しい花。







街中の瘴気を啜り取り込み浄化したその巨大木は……

人類にとって害悪でしかないはずの瘴気を、無害で美しい花へと変えてしまったのだ。








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