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異世界に転生したらオークの花嫁になってしまいました  作者: 宮ヶ谷
第五部 竜殺しの太守クラスク 第二十章 魔族の計画
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第900話 瘴気爆発

足を押さえ苦悶に呻くキャス。

≪呼応呪文≫が応えて彼女に最後の力を与えてくれたけれど、逆に言えばその前にすでに限界を迎えていたということだ。

そこを無理して全力疾走しつつミエを抱きかかえての跳躍である。

むしろ足の痛みだけで済んでいるだけまだマシというものだ。


「キャスさん! すぐに手当てを……ああ救急箱もってきてない!!」


あわあわと慌てながら辺りをきょろきょろ見回すミエ。

教会は基本奇跡の力で怪我や病気を治療する場所だけれど、実際には神聖魔術の助けを借りるまでもないケースもよくある。


本人が動転していて大した怪我でもないのに転がり込んできたり、血がたくさん出たからと慌てて飛び込んできたけれど傷自体は大したものではなかったときなどだ。

病院などでもわざわざ診療する必要のない人が来院したリ実際は軽傷なのに救急車を呼ばれたりすることもあるだろう。

それと同じである。


そうした相手に奇跡の力で治療するのは魔力の無駄である。

いや無論治療してもいいのだけれど、寄付金の支払いが結局相手の余計な負担となってしまう。

だから教会には普通奇跡による治療が不要なレベルの傷の手当てをするための治療道具一式が置かれているのが普通なのだ。


ただ……その時ミエが見つけたのは別のものだった。


それを見た時、一瞬何がそこにあるのか理解できなかった。

ただ遅まきながら頭が働き、それが()()()()()()()()()()()が類推できた。


キャスが自分を抱えて走ったという事は何かの危険から遠ざけてくれたということだ。

とするならキャスが駆けてきたのと逆方向にある『それ』が……彼女が全力で逃げ出したものの正体なのだろう。


「ふぇ……?」


ミエの視界に、『それ』はあった。

教会の一部、先ほどまで角魔族ヴェヘイヴケスがいたあたりが……()()

こう炭のような黒というより、その部分だけ光が通っていないような、そんな漆黒なのだ。


ミエはそんな『光を通さぬ黒』を、見たことがなかった。


「……なんですか、あれ」

「先ほどの魔族の()()()だ。だがそれにしても妙だな……」

「ふぇ!?」


僅かに沈思するキャスを前にびっくりして目を丸くするミエ。

自爆?

じぶんでばくはつする?

なんで?


かつて大人になるまで生きられぬと宣言されて。

絶望の中それでも一日でも長く生きようともがいてきたミエにとって、その行動は全く理解できぬものだった。

まあ実際にはミエ本人も赤の他人を救うために命を投げ捨てているのだけれど。


「でもでも魔族って自分の命を大事にするはずじゃあ……!」

「そうだ。だが何事にも例外というものはある。相当に追い詰められた時などだな」


魔族が瘴気地の外で肉体を持つと、その肉体が弱点となって死の危険が生じる。

瘴気地の中であればほぼ不死身……まあミエのせいでそうも言ってられなくなってしまったが、キャス達は未だそれに気づいていないのだ……である彼らが、死というリスクを負ってしまうわけだ。


当然瘴気地の外での彼らの行動は慎重にならざるを得ない。

だがそれでも人型生物フェインミューブどもの必死の探索や丹念な調査、執拗な占術などによって正体が露見し、追い詰められることがある。


上級魔族はまだいい。

大抵の上級魔族は〈転移ルケビガー〉や〈大転移ルケビカー・クィライク〉もしくはそれに類する転送・移送系の妖術を獲得している。

戦闘時でもなければ隙を突かれることもなく、危険だと思った時にすぐに撤退できることだろう。


だがそれ以外の多くの魔族はそんな便利な力など持ってはいない。

だからもし正体がバレて追い詰められでもしたら包囲網を突破し強引に脱出するか、もしくは追っ手をすべて返り討ちにするしかない。


そのどちらもができなかったとき……魔族には死が待っている。

人類の敵である魔族に、神の使途が蘇生の力を振るうことはないからだ。


だから……そんな時、彼らは最後の力で一仕事する。

それが≪瘴気爆発≫と呼ばれる、魔族の自爆攻撃である。


魔族は瘴気地の外で活動するために物理的な肉体を持つ。

これは瘴気を固めて肉体と化したものだ。

当然なんらかの防御術で隠蔽しない限り〈瘴気探知エンチューン・スゴソゥ〉などの占術で探知されてしまう。


彼らは己が窮地に陥り、脱出も逃亡も不可能となった時、この仮初めの肉体を内側から爆発させる。

材料が瘴気なので、魔族を中心にどす黒い瘴気の破裂が発生することになる。

これが≪瘴気爆発≫である。


無論魔族は助からず、そのまま死亡する。

だがその分威力と効果は折り紙付きだ。


魔族にとどめを与えんとした討伐部隊や冒険者は必要以上に接敵している事が多い。

魔族は〈転移ルケビガー〉をはじめ瞬間移動系の妖術を有していることが多く、また羽があろうとなかろうと飛行能力を持つ者が多い。

そして敵対存在であるため情報源が経験談や体験談によるものが殆どであり、能力の全貌を知らぬ者が多いため、どの魔族がどんな奥の手を持っているかわからず、結果いかなる手段を取られてもいいよう距離を詰めるのである。


そうしてとどめを入れんと接敵した相手の前で…魔族は≪瘴気爆発≫を敢行する。

これはまず魔族本人を中心に闇属性の爆発が広がり、周囲の生物に大ダメージを与える。

大抵の相手はそのまま即死だ。


さらにこの爆発に巻き込まれた者は瘴気に汚染されてしまう。

汚染された者は体調を崩し病気となり苦しみ呻く。


傷口がいつまで経っても治らず塞がらず、低い魔力の治療呪文は弾いてしまう。

さらにもし闇の爆発に巻き込まれ死亡してしまった場合、その死体は瘴気に汚され蘇生呪文を拒絶してしまう。

絶対不可能というわけではないが、高い魔力で高位の蘇生術を使わぬと蘇生呪文が失敗してしまうのだ。


さきほどキャスが全速力でその爆発の範囲から逃げ出そうとしたのはこの効果のためである。

弱っているキャスもほぼ一般人のミエも≪瘴気爆発≫に巻き込まれれば命がない。

そしてもしそれで死んでしまえば死体が瘴気に汚され、復活が非常に困難になってしまう。

警戒するのも当然だろう。


そしてもう一つ……この自爆攻撃には副産物がある。


「なんかあの黒いの、いつまでも消えずに残ってます…?」

「ああ。なにせ『瘴気溜まり』だからな」

「あれが……?!」


魔族どもはその身体から瘴気を発する。

これにより魔族が長く留まるとその地が瘴気に汚染され瘴気地となってしまう。


そして魔族の肉体は前述の通りその瘴気によって構成されており、それを一気に破裂させることで大量かつ高濃度の瘴気を瞬時に発生させる。

結果としてその場に濃い瘴気溜まりが残るわけだ。


「でもじばく? して瘴気溜まりを生んでも……あまり意味なくないですか?」

「……そうだ。その通り。奴は一体……いや待て」


キャスが角魔族の行動から彼が街中の魔族に下したであろう指令を察し顔面蒼白となる。


「いかん。もし奴の指令が、目的がそれなら……! だがまさか魔族が? 魔族がそんなことをするのか?!」


もしキャスの推測が正しいとするなら、それは確かに戦術としてはおそろしく有効だ。

非常に、かつ激烈に作用するだろう。

特にこの街には致命的に突き刺さる。


だがそれは同時に魔族の『生態』として不可解だ。

彼らがそんなことをする意味がわからない。

それがゆえにキャスは混乱している。


≪瘴気爆発≫の副産物として発生する瘴気溜まりは危険なものだ。

濃密な瘴気がそこから延々と漏れ出して、放っておけばその場所を瘴気地と変えてしまう。


……が、本来であればそれはそこまで致命的な事にはなり得ない。

なぜならその瘴気は魔族が守ってもいなければ魔術などで隠してもいない()()()()()()()である。

まあ自爆攻撃なのだから当然と言えば当然なのだが。


そして人型生物フェインミューブは対魔族用の戦術や魔術を常に開発してきた。

聖職者の毎朝の祈りには〈瘴気探知エンチューン・スゴソゥ〉の詠唱が込められているし、冒険にしろ騎士にしろ魔族と戦うとあらかじめわかっていればどこに向かうかしっかりと報告と連絡を入れる。

ゆえにそんなあからさまな瘴気溜まりはたちまち見つかって、聖職者達によってたちまち浄化されてしまうだろう。


その角魔族ヴェヘイヴケスの生み出した瘴気溜まりなどはよりにもよって教会の中にできたものだ。

たとえイエタの魔力が尽きていたとしても、この教会に務める修道女チュツォル達が戻れば短時間で浄化されてしまうに違いない。

人類は総力を結集して魔族どもと戦ってきたのである。







だが……もし。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()








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― 新着の感想 ―
やったー勝てそう!ってなってからのこれ!怖いです!
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