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異世界に転生したらオークの花嫁になってしまいました  作者: 宮ヶ谷
第五部 竜殺しの太守クラスク 第二十章 魔族の計画
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第882話 預言の最期

「なん、だと……」


≪魔族招来≫は基本己より下の魔族を呼び出す妖術である。


強力な者なら一体。

下級魔族であれば数体から数十体。


それらを呼び出し戦場を有利に変えんがために使役する。

呼び出された者は命令には絶対に従う。


ただし……呼び出される側の条件は先述した通り己の位階『以上』の魔族に呼び出された時それに応える事ができる、である。

つまり同格の、同種の魔族が出てくることもあるにはあるわけだ。


けれどそんなことはまず起こり得ない。

格下の相手であればいくらでも理不尽が効く魔族社会だが、同格は別だ。

借りが莫大なものになってしまう。

喩え懲罰部隊の魔族相手であろうとそんなことをすればその莫大な負債により出世コースから外れかねない恐れすらある。


ゆえにそんな呼び出しはまず行わないし、呼びかけに応える同格魔族もまたいない。



だが……死を賭した依頼ということであれば、多少の無理は通る。



キャスに敗れた角魔族ヴェヘイヴケスは死んだ。

瘴気地の外で死んだ魔族は基本助からぬ。


その状態で彼はキャスに命を絶たれ、そして死の間際に≪魔族招来≫を用いたのだ。


己の計画、コネ、財産。

そうしたものをすべてくれてやるからと、その上で懲罰部隊から抜け出すだけの功績を立てる機会を与えてやるからと同格の魔族に呼び掛け、そしれに応じた同格の上級魔族がいたのである。


「参った、な……」


ずず、と床に突き立てた剣に身を預けながら、キャスは青ざめた顔で唇を歪める。


二体。

角魔族ヴェヘイヴケスが、二体。


それは無理だ。

一体ですら全力で限界まで体と魔力を酷使してやっとどうにかなったというのに、二体は無理だ。


どうやって、どうすれば、なにをすればこの事態を打開できる……



その時、教会の外から大きなどよめきが聞こえた。


歓声だろうか。

いやどちらかというとこれは悲鳴や慟哭のそれに近い。


どよめきが徐々に収まって、けれど外から聞こえる撃剣の音は未だ止まぬ。

だが、明らかに何かがあった。

その証拠に、固く閉ざされていた教会の正門がゆっくりと、ゆっくりと開いてゆく。



入ってきたのは、魔族であった。



全身黒い鱗に覆われた、蝙蝠のような羽を生やした大型の……

角を生やした、魔族。


角魔族ヴェヘイヴケス……!」


呆然とした表情で、キャスが呟いた。


外の戦闘は続いている。

だが『大勢』が決したのだ。


魔族を誰一人教会の中に入れんと死闘していた外のオーク兵ども。

それを指揮していた兵士長ワッフ。


彼が無事ならこの魔族は教会に入って来られまい。

ということはワッフは既に倒れ、後は残党狩り、という状態になったということだ。


角魔族ヴェヘイヴケスが、三体。


それだけ揃えば地上に派遣された魔族としてはほぼ最強戦力と言っていい。

クラスク市と同程度の規模の街であればこの三体で十分攻め滅ぼせることだろう。

それがこの教会に集っている。


どうしようもない。

これはもうどうしようもない。


詰みである。

この街の戦力では彼らを止めるに能わなかったという事だ。

己の余力を考えて軽く心が折れかけるキャス。




だが……その背後で己が想像もつかぬ事態が発生しつつあることを、彼女はまだ知らなかった。




×        ×        ×



(あれ、死んだかも……?)


角魔族ヴェヘイヴケスが二体招来された時、サフィナはそう思った。


なにせあのキャスがあれほど苦戦した相手が完全無傷な段階で新たに二体ポップしたのである。

それは死を覚悟しようというものだ。


ただ……そこからの考えが、彼女は少し違っていた。


(なら……()()()()()()()()()()()()()かなぁ?)


彼女はそう考える。

なぜなら……サフィナは()()()()()()()()()()()()()からだ。


サフィナには予知に似た直感能力がある。

未来に起こるであろうことが映像として見える事があるるのだ。


ただ突然ある場面の光景が脳裏に浮かんだとしても、前後がわからなければそれがいつどこでどうやって起こるのかわからない。

実際いざ発生して初めてこのことだったのかと判明する時も少なくないのである。



サフィナは……己が死ぬであろう情景を既に見て知っている。



『いつ死ぬか』まではわからない。

けれど『どう死ぬか』については、ずっと以前から知っていたのだ。

それこそこの街……もとい村に住み着くずっと以前から。



そして……問題は彼女は己が死に至るための『引き金』についてある程度把握している、という点にある。



『それ』をすれば己は死ぬ

そしてそのその引き金は自分自身で選択して引く事ができる。


だから彼女はこれまで街がピンチに陥るたびに幾度も自問自答していた。

それを引くのは今回の件なのか?

今自分はそれをすべきなのか? と。


ミエやクラスクの頑張りや他の者達の奮起で、結局これまでは『そう』せずに済んだ、

だが今回ここにはミエもいない、クラスクに至っては街にもいない。

そして先ほどまでの激闘でキャスも満身創痍だ。


サフィナはそっと隣の女性を見上げた。

聖職者イエタ。

今この街の護りの要を担っている女性。


イエタを死なせるわけにはいかない。

彼女にはまだしなければならぬことがある。

サフィナはそれを知っている。


今度はその視線を剣にしがみつきながらなんとか立ち上がろうとしている、半分己と同じ血が流れている親衛隊長に向けた。


キャスもまた死なせるわけにもいかない。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


だとするなら、今だ。



今この時こそ、引き金を引くべき時なのだ。



慈悲と(オペルツ ウムェ )厳粛たる(ゥグロン ヒィ ズ)森の王(マック オレ アイウ)慈愛と豊(ストプレフ ウムェ )穣たる森(オパイア ヒィ ムー)の女王よ(アジュ オレ アイウ)


呟くような、己に言い聞かせているが如きその呪文……

サフィナのそれを耳にした時、イエタは耳を疑った。


だって彼女がいま唱えているのは『神聖語』だ。

聖職者が奇跡を起こすために唱える御言葉である。


サフィナが魔術を扱う事はイエタも知っていた。

だが彼女がこれまで目にしてきた呪文は神聖魔術ではなかったし、魔導術でもなかった。

そう、精霊魔術だったはずである。


だが今の彼女が唱えているのは神聖語だ。

しかも意味は通じるが何をするのかがわからない。

イエタは、サフィナが唱える呪文の正体を知らなかった。


どの神を信仰しようと出力する()()()()は基本同じである。

神に捧げる詠唱に違いはないからだ。


だが中には例外がある。

それぞれの神独自の、いわばその神の傾向や権能などに関わる呪文の場合である。


だからサフィナがそうした類の呪文を唱えているのならイエタが知らなくてもおかしくはない。



けれどそもそもサフィナはどの神に祈りを捧げているのだろう。

詠唱の内容から森の神ヴサーク、或いは森の女神イリミに対しての呪文のようにも聞こえるが。


というか、そもそも彼女は聖職者なのか?

森人ドルイドは神聖魔術と精霊魔術を扱うと聞くけれど、ならば彼女は森人ドルイドなのか?


我は捧ぐ 己(オンハイム オガ)の身の全て(ハルゲット ユー)此地の草と(ストリィ ウムェ ミ)木と森を救(ューゼソゾップ オロ)わんがため(フス オペット イズ)


サフィナの詠唱は続く。

最初は呟くだけだったその神聖な御言葉みことばは、いつの間にか朗々とした詠唱となっていた。


我は願い奉るスフツァルラハグロン 森より降りて(スフツァル ラハグロ)その慈光(ン スメルツ ウムェ)を下さら( スモッグトウェ ア)んことを(イウ ウェルヴ ユー)


ふらり、と上体が揺れる。

詠唱を終えたサフィナハ、まるで糸が切れた人形のように体をぐらつかせ、横倒しに倒れそうになった。


イエタは慌てて彼女に手を伸ばし、その身を支える。

彼女の手の中のサフィナはぐったりとしていて、生気がまるでなかった、


「サフィナさん、大丈夫ですか、サフィナさん!」


イエタは心配になって軽く揺するがサフィナの上体がぐにゃりと垂れてぞくりと背筋を凍らせる。


()()()()()()()()()

()()……()()()()()()()()


聖職者にあるまじき事に思い至って真っ青になる。


傷があるでもない。

何かの状態異常にも見えない。

死んではいない……けれど体温は驚くほどに低い。



()()()()()()()()()()()()()()



「………………………………」


よろり。

イエタの腕の中でサフィナがゆっくりと上体を起こす。

掌に伝わる体温が戻ってゆくことにイエタはほっと息を吐いた。


だが……その瞳を見て、再びイエタに不安と……同時に何か別の感情が芽生えた。


瞳の色が、濃い。

サフィナはエルフとしても元々濃かった翡翠色の瞳ではあったけれど……それはこれほどに深い深いみどりだったろうか。


サフィナは軽く頭を押さえ、自らの足で立ち、教会の中を軽く一瞥する。

まるで初めて見る光景であるかのように、怪訝そうに目を細めて。


そして……頭に軽く右手を乗せながら、普段と違う口調でこんなことを呟いた。






「まったく……無茶するんだから」





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