第869話 閑話休題~へっぽこパーティ御一行~
さてドルムに駐留しているような一流の冒険者はごくごく一部。
ほとんどの冒険者は一攫千金を夢見るはみ出し者や駆け出し達の集まりである。
この地方の場合優秀で強力な冒険者はドルムに請われ召集されてしまうため特にその傾向が強い。
そんなやや残念な冒険者一行が、ここにもいた。
「思ったよりはだいぶ賑やかだの」
人間族の聖職者、アムウォルウィズが周囲を見渡しながら呟く。
「だなー。これまでもこっちからくりゃ良かったなー」
そう返事したのは人間族の戦士、ヒーラトフだ。
「それはあんたがこれまで一番上から攻略したいーって言ってたからでしょ! もー! 何度再挑戦したと思ってんのよー」
小人族の盗族、ライトルが腰に手を当てて憤慨している。
どうやら以前だいぶ苦労したものらしい。
彼らは冒険者。
駆け出しというには年季が入っているが熟練と呼ばれるには実力が追っついていない、まあよくいる冒険者一行だ。
そしてかつてネッカが一時的に所属していたパーティーでもある。
彼らがいるところは街の中。
ただしその天井が全て石で覆われている。
いや、厳密に言えば地下に掘られた街なのだ。
そう、ここはドワーフの街オルドゥス。
ドワーフの国グラトリア最北の街であり、かつて落盤事故を起こしクラスク市の協力により救助活動が行われた街である。
かつてのこの街はドワーフの街らしくだいぶ閉鎖的で、ドワーフ以外の人種を見る事は滅多になかった。
だが今は街のあちこちで彼ら冒険者のような雑多な種族を目にするようになっている。
これはこの街がクラスク市をはじめ各種族と広く交易するようになり、他種族の商人たちが出入りするようになったことと、もう一つは冒険者が訪れる事が増えたからだ。
理由は単純。
街の奥にある坑道から古代の地下迷宮に直結しているからである。
かつてクラスクらが坑道の奥で掘り当てた地下迷宮の壁。
今やそこは整備され立派な門が造られていた。
古代文明の遺跡たるその巨大迷宮は、本来の入口とは別にここに新たな進入路を確立したのである。
その入り口は古代遺跡の中階層居住区と繋がっている。
居住区自体は比較的安全だが、そこから下はかつての赤竜の巣穴たる赤蛇山の火口まで難度の高い可動式の迷路が広がっている。
ただ……難度は高いものの挑む価値はある。
なぜならこれまで居住区より下層の迷宮に挑んだ者は殆どいないからだ。
そこに挑むのはかの赤竜に挑まんとする者だけ。
そしてその多くは稼働する迷宮の中途で立ち往生し、或いは力尽き帰ってくることはなかった。
そんな彼らが遺した装備やアイテムが、そして未調査の部屋が多く残されているのである。
また無事迷宮を抜け竜に挑まんとした者、或いは途中で撤退した者達、彼らもまたここより下層の迷宮にほとんど手を付けていない。
なぜなら竜に挑むためには可能な限り魔力や消費型の魔具…ポーションや巻物など…の損耗を避け、なるべく準備万端で挑む必要があったからだ。
たとえ途中の迷宮に宝が配置された隠し部屋などがあったところで、寄り道をする余裕などなかったのである。
もしそんな部屋を見つけて迂闊に入り、そこでゴーレムなどが起動してしまった場合死力を尽くした戦闘にならざるを得ない。
そんなことになれば赤竜と戦う余力を失ってしまう。
なぜならそれまでの冒険者はこの古代遺跡を第一階層から丁寧に一歩ずつ攻略せざるを得なかったからだ
けれど今は状況が変わった。
このオルドゥスの坑道から入れば、序盤の危険な上位階層をまるごと無視してほぼ手つかずの稼働迷宮に挑むことができる。
それゆえ今この街は冒険者達でごった返し、彼ら目当ての商人がやってきて、そんな彼らのための宿屋や酒場が繁盛し、結果さらに多くの人が集まっているわけだ。
だがかつてのこの街のあり方であればここまでの発展には至っていなかっただろう。
かつてのネッカの実家での扱いからもわかる通り、ドワーフというのは基本閉鎖的で容易く他種族に心を開かぬからだ。
例外は付き合いの長いノーム族くらいだろうか。
けれど今は違う。
ドワーフ王国グラトリアの中でもこのオルドゥスだけは違う。
かつてネッカの家族だけが請け負ってきた冷蔵庫製作。
そこから対価として街に流通し、たちまちドワーフ達の心を掴んだ蒸留酒。
そして赤竜復活の余波で起きた落盤事故。
それを救出せんと街にあふれたオークども。
さらに街の復興を大幅に後押ししてくれたアーリンツ商会。
そんな流れで彼らは街のオーク族と獣人族を受け入れてきた。
獣人はともかくとして、とにもかくにもオーク族である。
ドワーフ族がオーク族を受け入れている時点で、もうどんな種族だろうと恐れるものはないのだ。
「…………………」
「どした。緊張してんのか?」
「あ! いえ! そういうわけでは!」
戦士ヒーラトフに話しかけられた娘はびくりと肩を震わせ慌ててそう返事をして……
「いえ、やっぱり少し緊張してるかもしれません」
「まー実戦が初めてならしょーがねーよ」
その娘は黒いローブを纏い少し大きめの三角帽子を被って、右手に杖を持っている。
どこからどうみても典型的な魔導師スタイルである。
だが彼らのパーティーの魔導師は女性ではなかったはずだ。
ややいかつい老魔導師、イルゥディウという男性だったはずである。
それに比べるとその娘はだいぶんに若い。
種族は人間族。
年齢は二十代に届いているかどうか…といったところだろうか。
なぜいつもとは違う魔導師がパーティーに加わっているのだろうか。
「まあ仕方あるまい。イルゥに学院の用があるのではな」
聖職者アムウォルウィズの言葉にぶんぶんとその娘が頷く。
「うちの学院でぎ、儀式詠唱をこなせる術師はそう多くありませんので…」
そう。
魔導師イルゥディウは、副学院長ネザグエンの指揮の下、儀式詠唱の詠唱者として魔術の塔に籠っている。
彼の手が離せないからかわりにとこのパーティーにつけられたのはこの若き女魔導師というわけだ。
名をエポレッツァという。
学院を卒業しているので腕前に問題はないが、実戦経験が足りなさすぎる。
パーティーの要である魔導職が完全に新米なのはやや不安材料であると言えるだろう。
「けどまー仕方ねえ。急ぎの依頼だかんな」
「そうねー。報酬も悪くなかったし受けない理由はないわよね」
「万全の活躍は期待しておらん。己にできることをしてくれればよい」
「は、はい! がんばりますっ!」
聖職者アムウォルウィズのフォローにびしりと直立するエポレッツァ。
どうやらだいぶ緊張しているようだ。
……パーティーというのは職業構成のバランスが重要なのは言うまでもないが、それと同じかそれ以上に重要なものがある。
パーティーの連携である。
できることがまるで異なる者達の集まりであるがゆえに、個々の単に強いだけの連中の集まりよりも強さで劣っていても連携の取れたパーティーの方が手強いものだ。
だから普通は魔導師職が用があって参加できぬというのなら、その仕事が終わるまでパーティーは冒険者の酒場などで時間を潰すか訓練や鍛錬をするか、或いは街の雑用などをして小金を稼ぐのが普通である。
連携の取れていない新米魔導師を連れて冒険になど出たりしない。
なぜ彼らはそんなリスクを負ってまでこんな場所に来ているのだろうか。
「けど一体何の用事だろうね。迷宮の中で待機して欲しい、だなんて。それもあんなとこ」
「イルゥディウが街に提出したレポートが原因だとは思うが…依頼主自身もよくわかっておらんようだったな」
「…だよなあ。本人が首捻ってたもんな」
「ま、いいんじゃない? 何もなければ何もないで。報酬は受け取れるんだし」
仲間の疑問を小人族ライトルが肩をすくめて受け流す。
彼等への依頼は単純だ。
時間を測るなんらかの手段を用意しておくこと。
古代遺跡のある場所に行き、一定時間待機しておくこと。
依頼主は……街の重鎮の一人。
エルフ族の少女、サフィナである。