第862話 共闘
「その煌輝の剣……そうか、『荒鷲団』の新たなリーダーか」
「お、魔族に名前知られてるなんて俺らも有名になったもんだなー」
光の剣を再び納刀し、オーツロが嬉しそうに告げる。
グライフは己の右肘を見て、その後腕を幾度か振った。
「角が再生しない。どうやらその剣で斬られても物理障壁を突破した扱いになるようだな」
「そうそう。どうもそれっぽい」
魔族相手に物怖じせず当たり前のように口をきく。
このあたりオーツロもだいぶ変わり者である。
「それよりさっきノレナンダ! ナンカ光ル剣!」
「あー、ありゃ俺のスキルだよ。≪気煌剣≫っつーんだ」
「オオオオオオオオキコーケェン!!」
「どーだ、カッコいいだろー?」
きらーんと歯を輝かせて決めポーズ。
「カッコイイ! スゴクカッコイイ!!」
「だろー?」
どうも感性が男の子というか、この手のものが大好きな二人である。
「それよりクラスクこそなんだよ突然現れて。ピンチっぽかったから咄嗟に助けちまったがびっくりしたぜー」
「突然……」
オーツロの言葉にグライフが僅かに動きを止めた。
「成程。私が計算ずくで一方的に追いこんだように見えて、その実お前もここを目指していたのだな。道理で誘導が容易だったわけだ」
「お前俺一人じゃ倒せナイ。ムリ。ダから手借りル事にシタ」
そう、高位魔族グライフが全て計算ずくでクラスクの時間停止解除時の位置を計算していたように、クラスクもまたこの場所に半ば計算ずくで向かっていたのだ。
自分一人では身に余る相手ゆえ、対抗できる誰かのところへと。
皮肉にも互いの思考と計算があまりに被ってしまっていたがゆえに、お互いそれに気づかず自分の計算通りに事を進められていると思い込んでしまっていたのである。
「ぞっとしないな」
「同感ダ」
互いに嫌そうな顔で毒づくその横で、オーツロが話に首を突っ込んできた。
「お? なんだ? お前ひとりで手の余る相手か? そんな奴いんのか?」
「ソウダナ。コイツグライフ。『旧き死』トカ呼ばれテル奴」
「どうも。『旧き死』です。人間族の舌で発音しづらいならグライフで結構ですよ」
「ぶっほ」
クラスクに紹介され片手を上げて唐突に丁寧な口調に替えて挨拶するグライフ。
そして遠くから聞こえる誰かが噴き出す音。
クラスクではない。
オーツロでもない。
二人から少々離れた場所で杖を構えていた荒鷲団の魔導師ヘルギムである。
「グ、グ、旧き死じゃと……!? 世界に八体しかおらん魔族の最高位存在! 個体固有種たる次代の魔王候補! それが……ここに?!」
「コイツ」
「あ、私です」
クラスクがすたすた左に歩きながらびっと指差し、グライフがこれまた丁寧口調で突起を斬り落とされた右手を上げ応える。
「おーすげー! あの魔将連中より上ってことか?!」
そして瞳をキラキラさせるオーツロ。
「そうですね…彼らに命令を下す立場ですし」
「おおー! 大ボスって感じじゃん! すっげ-! で、それがなんでいきなり出てきたんだよ」
「サッキマデコイツに時間止められタ。お前ら巻き込まれテさっきマデ止まっテタ」
「私が止めてました」
「マジでー!?」
「「ぶっほ」」
ふおおおおおおお!とさらに興奮するオーツロ。
そして再び吹き出すヘルギム。
いや今度は隣にいた聖職者のフェイックもだ。
「そんでそんで!? 時止められてどうなった! なんでお前無事だったんだよ!!」
「それデ……アー、こう色々頑張っテその停止シタ時間に割り込ンデ……」
「いやーあれには参りました」
「マジか!! すっげー!!」
「「「ぶっほ!」」」
オーツロの興奮度合いがますます上がり、ヘルギムとフェイックに続いて近くの物陰からも吹き出す音が聞こえた気がした。
「それデさっき時間停止中に幾つも準備されテタ妖術を俺の最終移動地点読マれテ一斉に喰らっテ。俺モこのママジャ不味イ思っテお前らノトコマデ連れテキタ」
「まさか同じことを考えていたとは……」
「迷惑ダナ」
「ですねえ」
お互い肩をすくめ肯き合うクラスクとグライフ。
妙に緩んだ空気である。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
そして大興奮するオーツロ。
「すっげ! 時止め! それに割り込み! 反撃! 停止中に攻撃設置! それってまんまJ●J●じゃん! マジかー! カッケー! 俺もやってみてえなあ!」
「ジョ……?」
オーツロがあまり伏字の用を為していない固有名を出すが、当然ながらクラスクにはさっぱり理解できない。
「どうでもいい。旧き死……貴様は殺す」
ただ、戦場のただ中に於いて妙に弛緩した(ヘルギムあたりにしてみれば生きた心地がしなかっただろうが)空気の中にあって、その目を血走らせグライフを睨みつける者がいた。
エルフ族の魔法剣士、ヴォムドスィである。
「だが殺す前にひとつだけ聞かせろ。シヴィトゥカフ・デ・フェックは貴様の知り合いか」
「はは……やっぱり。貴方、『あれ』の生き残りですか。道理で魔族を目の敵にするわけですね」
びき、とヴォムドスィのこめかみに青筋が走る。
どうやら彼の逆鱗に触れる発言のようだ。
だがそれでも血も流さんばかりに己の剣を強く握りしめ、今にも躍りかからんとする己の身体を必死にに押さえつけながら、グライフの返事を待つ。
「しヴぃとぅ……? 誰ソレ」
「共通語で言うなら『闇の帳』とでもいうのでしょうか。私と同じ高位魔族の名ですよ。通り名ですが」
クラスクの怪訝そうな声に対し丁寧に説明するグライフ。
「知り合いと言えば知り合いでしょうか……言葉を交わしたこともありますよ。私の為に働いてくれるのなら彼の情報を詳しく教えてもよろしいですが、如何します?」
「ふざけるな! 魔族は全て殺す!」
「おや交渉決裂。残念ですね。彼への憎しみでどうにかできると思ったのですが……」
ふむと少しだけ肩をすくめ、クラスクの方を向く。
歩きながら会話していたクラスクは今やグライフの背後に立っていた。
「ではお互い要件も済んだようですし」
「治せル傷ハ全部再生シタカ。そノ後マデ乗っテ来タノハアイツノスカウトガ目的カ?」
「成功すれば儲けものでしたしね」
今の会話……当然ながら戦場のただ中でするにはいささか悠長すぎる。
それをあえていていたのは互いに時間が欲しい理由があったからだ。
グライフ側はクラスクに受けた傷の回復と己以外の高位魔族に強い恨みを持つらしきそのエルフの魔法剣士のスカウトを。
そしてクラスクは……
がしゃん、という音がした。
ガラスのようなものが砕ける音だ。
それはクラスクの前方の空間から響き……
そして、そこに縫い留められていた聖剣が、慌てたようにクラスクの手の内に収まった。
「サテ……」
「ええ、では……仕切り直しをするとしよう」
グライフが口調と声色を変えそう呟いた瞬間、『それ』は起きた。
彼の足元を起点とし黒い霧の渦ようなものが巻きあがり、それが一気に周囲に広がったのである。
「ぐ……!?」
「なんだ……!?」
黒い霧を浴びた周囲の者達の様子が一変した。
突如顔が青ざめ、まるで瘧にかかったかのように震えだし、顔からみるみると自信と闘志が消え失せてゆく。
額には脂汗が浮かび、目から精気が失われ、口の端から涎が垂れた。
恐怖である。
それも[恐怖]効果の中でも最も強力な[絶望]効果。
全てを諦め、諦観し、ただただその場に蹲って、目の前に敵が迫って己の心臓を刺し貫かんとしても抵抗する気すら起きぬという最悪の恐怖。
それが周囲に蔓延したのだ。
「……?」
ただクラスクだけはきょとんとした顔で己を通り過ぎる黒い霧と一変した周囲の様子に目をぱちくりとさせていたが。
だがそこに割り込む一人の人物がいた。
荒鷲団の聖職者フェイックである。
彼は真っ青な顔でその身を震わせながら、それでもその恐怖に抗しながら己の魔術をそこに割って入れた。
「邪を祓い、魔を禊げ! 〈破魔〉!!」
何かが砕ける音がする。
それは彼らを覆っていた[精神効果]…恐怖の帳が……砕かれた音だった。