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異世界に転生したらオークの花嫁になってしまいました  作者: 宮ヶ谷
第五部 竜殺しの太守クラスク 第十九章 旧き死
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第859話 停止した時の戦い

空は昏く、戦場は蒼く。

この世の全てが停止した世界の中で、ただ二人だけが剣戟の音を立てている。


片や剣と斧と。

片や鉤爪と角と牙と尻尾と。


武器と武器の打ち合いに比べその音はやや鈍いけれど。

それは互いの手練が足りぬからというわけでは決してない。


強く、強く、強く。

速く、速く、速く。


ますます刃は研ぎ澄まされて。

ますます爪の鋭さは増してゆく。


ただそのどちらが有利に戦いを進めているのかと言えば……それは高位魔族たるグライフの方であった。


彼はまず大きい。

人皮を被っていた頃は人間族ファネムの成人男性程度の背丈しかなかったのに、皮を破り捨てた今その全長は巨人族に匹敵する大きさだ。

そして同じ体躯の巨人族をはるかに凌駕する怪力の持ち主でもある。


クラスクは大柄なオーク族の中でも圧倒的に巨躯である。

それは毎日繰り返されたミエの≪応援/旦那様クラスク≫のステータス還元能力によって応援のたびに上昇していた耐久値の一部が彼に恒久的に還元されてきたからだ。


だがそれはあくまで人型生物フェインミューブとして大きい、という話である。

小さな巨人族に近い体躯と言っても、それは大きな巨人族には叶わぬという事だ。


普段クラスクを圧倒的に有利にさせていたその体格、そしてパワーは、今日この日に関しては相手より明確に劣っているのである。


さらに体格差から来るリーチの差。

腕が、蹴りが、肘や膝の角が、クラスクの得物の範囲の外から襲ってくる。

さらに長いのがその尻尾で、射程40フース(約12m)というちょっとした飛び道具並みのリーチがあった。


それがその体躯に似合わぬ速度で次々と繰り出されてくるためクラスクは己の武器の間合いの内側に相手を捉えることができず、結果一方的に攻撃を受けてしまうのだ。


そしてクラスクが近づけないことで……グライフはさらに畳みかけるような戦術を取って来た。


ぶおんっ。


グライフの近くで音がして、彼の右肩上空あたりに何かが生まれた。

攻撃系の妖術である。


クラスクの近くで妖術を発生させようとすれば≪高速化≫されていない限り隙を作ってしまう。

そうすればクラスクの手にした斧や剣が彼に襲い掛かりいらぬ手傷を負いかねない。


圧倒的にタフなグライフはそれで呪文消散ワトナットさせたりはしないだろうが、それでも無駄な負傷は避けたい。

なにせクラスクの左手にある聖剣で傷つけられれば傷口の再生が効かぬのだ。

どんな微小な傷でも負うべきではないのである。


だからグライフはクラスクの武器が己に届かず己の攻撃だけがクラスクに一方的に届く間合いを保ちながら、発動の隙を狙われぬ距離で妖術を放つ。


無論ここは停止した時の中であって、以前ネッカが説明した通り術者から離れた呪文や妖術はそこで時間停止に巻き込まれ、静止してしまう。

だからグライフが放った妖術が即クラスクを襲う事はない。


……が、クラスクは鬱陶しそうに地を蹴り、その空中で停止した妖術を避けるかのようにその場から急ぎ離れた。


止まっていた妖術は、いつか動き出すからだ。

この時間停止が終わったその瞬間に。



そしてそのタイミングがいつになるのかを、クラスクは知らぬのである。



十秒後なのか、それとも今すぐなのか。

クラスクにはその判別がつかないのだ。


ゆえにそれがどんな状況であれ、グライフ側が妖術を空中にセットしたならそれを避けるよう動かざるを得ないのである。


先刻からその攻防を幾度も繰り返している。

クラスクが妖術を避けその場から退避し、グライフがそれを追撃しながら再び妖術をセットする。

結果クラスクは常に移動移動を繰り返しながらグライフの猛撃を受け続ける事となっていた。


だがクラスクも必死に応撃する。

時間停止した魔族の肩を掴み急角度で方向転換したリ、そんな魔族どもの中に飛び込んで彼らを遮蔽にしたり。

地面に転がる石を拾いグライフの眼球目掛けて投げつけたり……まあこれは投擲した瞬間空中で固まってしまったが……などのように、あらゆる手練手管を駆使して相手の攻撃をいなし続けてきた。


だが物事には限度がある。

神がかり的な直感と戦闘勘に助けられ必死に攻撃を防ぎ続けたクラスクは、けれど僅かに甘い角度で放った斧を大きくかち上げられ、その胴体をがら空きとしてしまった。


最短。

そして最速。


そんな隙を逃すはずもなく、グライフの右鉤爪が一直線にクラスクの腹部目掛けて放たれる、


クラスクはなんとか右手の剣を前に出しそれを受けんとするが……それは不可能だ。

剣を前に出しての受けは体勢を低く、しっかりを受け止めねばならぬ。


そんな中途半端な体勢で前に出しただけの剣などグライフにとっては物の数ではない。

そもそも力自体クラスクよりグライフの方が上なのだから。


そしてその鉤爪がそのクラスクの前の剣刃ごと彼を貫かんとして……



…そして、大きく弾かれた。



「ッ!?」


あり得ない。

あり得ない。


その前に差し出しただけの剣で己の必殺の一突きを受け止められるはずがない。


一体どんな刀術でそんな受け太刀ができるのか……と視線を走らせ、グライフはぎょっと目を剥いた。




()()()()()()()()




そう、クラスクは己の目の前に出した剣を……自ら手離していたのである。


妖術がグライフから離れた瞬間に時間停止に巻き込まれるように。

クラスクが持っている剣もまた手を離せば時間停止の影響を受ける。


結果魔竜殺しドラゴン・トレウォールは異なる時間の流れの中に飲み込まれ、空中で完全に停止し、硬直した。


時間の流れの異なる対象を傷つける事はできぬ。

これもまたネッカがクラスクに教えた事のひとつ。

ゆえにグライフの一撃は時間停止した聖剣に弾かれてしまったのだ。


「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」


と同時にグライフの左側から凄まじい勢いで斧がかっ飛んできた。

左手の剣を離したことで両手持ちとなったクラスクの大斧が、虚を突きグライフを襲ったのである。


それを左腕で受けんとして……だが危険を感じて後ろに下がるグライフ。

だが腕を引くのが一瞬遅れ、手の甲が避け親指が切り飛ばされる、


ごば、と血が噴き出すが、噴き出た血は空中で固まってクラスクの斧には吸い込まれない。


けれど出血自体は止まらずに傷口を広げ続け、グライフの再生能力を以てしても完全に閉じきれぬ。


その間クラスクは斧を掴んでいた左手を離し、空中で固まった己の剣の刀身を指先でなぞる。


つー…と指先で剣先から柄まで撫で上げ掴みなおすと、その剣は色を取り戻しクラスクの腕へと戻った。

まあ当人には硬直していた自覚はないだろうけれど。


「……驚きだな。どこで気づいた」

「俺達の周りノ空気ダ。俺達止マらズ動けル。空気アルノニこれオカシイ。ナラ他ノハドウカッテ思っテ色々試シテミタ」

「非術師の発想じゃあないね……!」


…彼らの言っている事はこういうことだ。


自転車や自動車で走っている時、たとえその場所が無風状態であっても乗っている者は風を感じる。

これは自身が高速で動くことで止まっている空気に自ら当たり、疑似的な風として感じるからだ。


時間停止ベルクアイウォー〉とは理屈上それより遥かに高速で動いている状態である、

当然凄まじい空気抵抗が発生するはずで、何もなければ時間を停止させる→周囲の空気が邪魔でまったく動けない→時間停止が解ける…のような間抜けな挙動となってしまうことだろう。


ゆえに〈時間停止ベルクアイウォー〉は自分の周囲の空間だけは凍れる時の枷から解き放つ。

術師が身に着けている衣服や装備などが時間停止の影響を受けぬのも同じ理屈である。


それならば、どこからどこまでが凍れる時の中で動かせる範囲で、どこから先が停止するのか?

クラスクは、戦いながらそれを調べ続けていたのだ。


攻撃を避ける際、時間停止した魔族を盾にした。

この時はどんなに触れても彼らの時間が戻る事はなかった。


石は拾えた。

拾った石は時間停止の影響から抜け出していた。

だが投擲と同時に再び時間停止に巻き込まれた。


これら様々な検証からクラスクが導き出した推論はこうだ。


ひとつ、時間停止に巻き込まれた生物を戻す事はできない。

ひとつ、時間停止中であっても無生物で、かつ全体をこちらの身体で覆える程度の大きさの物体であれば、こちらの時間に合わせ動きを取り戻する事ができる。

ひとつ、自分の装備品や手にしているもの、そして自分の周囲の空気は時間停止の影響を受けないが、それらが自分から一定距離離れてしまえば時間停止に巻き込まれる。


ゆえに彼は己の目の前で剣を離し硬直させ、グライフの攻撃を受けた。

グライフもまた時間停止の影響を受けぬ身だが、鉤爪の先端が触れただけでは剣の全体を覆っていないためその時間を戻す事はできず、結果完全停止した聖剣に弾かれたわけである。


その後クラスクが指先で剣を撫で、手を伸ばすようにして己の()()()に剣を置くことで時間停止のくびきから解き放ち、再び動くようになった剣を握った、というわけである。



何が起きたのですの?!

何が起きたのですの?!



若干挙動不審になる手の内の聖剣の柄を深く握り込み…クラスクは己の額の汗を丁寧に拭った。

なにせ下手に汗を頬から垂らすとそこで時間停止してしまって動く邪魔になりかねないのだから。



「フウ……上手く行っテヨカッタ」



クラスクは再び両の手で剣と斧を構え、気合を入れ直す。






停止した時は……未だ戻る様子はない。






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