第857話 搦め手
「話を戻しまふ。このうち〈空振探知〉を魔具化したものが『空振計』、〈時振探知〉を魔具にしたものが『時振計』でふ。これは魔導学院に行けば大抵売っている基本的な魔具で、古代遺跡の探掘なんかを行う冒険者なんかが購ってゆくものでふね」
「それあれば力場見えルようにナルカ?」
クラスクの問いに、ネッカは申し訳なさそうにかぶりを振る。
「残念ながら無理でふ、クラ様。この魔具はどちらも目盛と針がついた計測器で、近くに空間や時間の歪みがあった時それぞれ針が動いてその歪みの大きさを教えてくれまふが、そこまででふ。言ってみれば元の呪文を唱えた瞬間の効果までしか発揮できないんでふ。力場の位置を特定するにはしばらく精神集中が必要でふから…」
「ソウカ、残念」
「そのかわり本来の呪文にはないメリットもありまふ。元の呪文は対象が『目標:術者』なので術者の視界に空間や時間の歪みを目視させるものなんでふが、こちらの魔具は針が動けば誰でもそれが見てわかりまふ。つまり魔導師でなくても使えて持ち運びできるわけでふ」
「ホウ」
ネッカの言葉にクラスクが目を輝かせる。
「テ事ハ俺がその『時振計』トヤラヲ持ッテッテ……」
「はいでふクラさま。その針が最大まで振れた事を起動条件にすれば、ネッカが〈時間停止〉を知らなくとも〈対応呪文〉の起動条件にできるはずでふ」
「「おおー」」
ネッカの力強い言葉にミエとクラスクが感嘆の声を上げ大袈裟に拍手喝采する。
ネッカは照れて頭を掻いた。
「問題はどんな呪文を発動させるなんでふよね……〈回避霊気〉があれば攻撃呪文を身のこなし次第で回避できるようになりまふが回避できない呪文を準備されたらダメでふし、いっそ死なないように〈不屈〉をかける手もありまふがダメージでない呪文が来たらアウトでふし、近寄らせないように〈拒絶〉をかけても遠くから攻撃魔術を大量にセットされて終わりでふし……」
「そんなに悩むことなんです?」
「紐づけられる呪文は一つだけなんでふ、ミエ様。ネッカでも〈時間停止〉に合わせて防御術が発動させるところまではなんとかやりくりできると思いまふ。でふが発動したところで結局時間停止には巻き込まれまふ。停止中に相手はクラ様をじっくり観察する余裕があるわけでふから…」
「あー…〈魔力探知〉は『目標:術者』だから時間停止中でも使えるんでしたっけ。じゃあ旦那様にかかってる呪文をじっくり鑑定して対策建てられちゃうわけですね」
「はいでふ」
二人の話に耳を傾けていたクラスクは素朴な疑問を投げる。
「対応……呪文? ッテ奴に繋げられるノ一つダケカ」
「はいでふクラ様」
「増やせナイノカ。こう…コピーすルトカ」
「あー…〈魔術模倣〉でふか?」
「あルノー?!」
適当な事を言ったら真面目に返されたクラスクが両目を剥いた。
「あるにはありまふが…自分の呪文を模倣してもあまり意味がないでふね。同じ呪文同士では効果が累積しないでふし、別の呪文同士であっても例えば[精神効果:高揚]と[精神効果:高揚]のような同系統の効果は累積しないんでふ」
「そうナノカー」
「なので本来の使い方は攻撃呪文の手数が切れた時、相手が唱えた〈火炎球〉とかを模倣して打ち返すとかの使い方で……」
「…………………」
さっきとは逆に二人の会話を耳を傾けていたミエの脳裏にふとあることが浮かんだ。
「呪文ってコピーできるんです?」
「はいでふ。今その話をしているとこでふが」
「それって〈時間停止〉はコピーできないんですか?」
「「…………………………」」
ネッカとクラスクの動きが止まった。
「…デキルノカ?」
「いやできないでふ! 無理でふ! 人型生物の限界を超えてまふ! 仮にできたとしても……あれ?」
あわあわと両手を振ったネッカは突然黙り込むと、ぽくぽくぽく……と三拍ほど間を置いてから口をあんぐりと開けた。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
あまりの声の大きさに思わず耳を塞ぐミエとクラスク。
「ど、どうしたんです?!」
「で、できる……できまふ! いや無理なんでふけど! 無理なんでふけどできまふ!」
「落チ着ケ」
クラスクに肩を掴まれ、深呼吸して息を整えるネッカ。
「ええっと結局できるんです? できないんです?」
「ええと順を追って説明しまふ。まず『模倣』と呼ばれる系統の呪文は魔術補正呪文…〈魔術強化〉や〈結界解析〉、それに今回の〈対応呪文〉といったその呪文自体に効果はなく、他の呪文に影響を与えるタイプ以外の呪文に対し効果がありまふ。ゆえに〈時間停止〉も対象になりまふ」
「オオー!」
「ただし実用には幾つか問題がありまふ。対抗呪文と違って模倣呪文は相手の呪文が発動し、その魔素が残っている間にこちらが模倣呪文を唱えることで空間に残存した魔力の残滓から効果を復元、複写する、という手順を踏むため通常の方法では相手の〈時間停止〉が先に発動しこちらが行動不能になりまふ。その後時間停止が解けた後こっちが模倣できるようになるわけでふが…」
「それ詰んテル」
「はいでふ。なので〈対応呪文〉と紐づけ〈時間停止〉の発動に合わせて自動的に模倣呪文…〈魔術模倣〉を発動させる必要があるわけでふが…」
ネッカはここで一度言葉を切り、ささっと板書を始める。
「まず通常の下位呪文〈魔術模倣〉では式が甘すぎて〈時間停止〉が模倣できないんでふ。レベルが低すぎるんでふね。中位魔法の〈上位魔術模倣〉でも無理で、〈最上位魔術模倣〉という最高位呪文で初めて模倣可能になりまふ」
「「ふむふむ」」
ネッカの魔術講義に頷く二人。
「ところが〈対応呪文〉は中位最高位呪文で、この呪文に紐づけられるのは『この呪文より下の位階の呪文』となりまふ。つまりこの〈最上位魔術模倣〉を紐づけることはできないんでふ」
「…真似スル呪文に段階アルナラ対応スル呪文ニモ段階ナイノカ」
「ありまふ。最高位階呪文として〈上位対応呪文〉がありまふ。これも『この呪文より下の位階の呪文』しか紐づけれらないでふが、元の位階が最高位なのでより多くの呪文が対象に入りまふ」
「……あれ?」
ネッカの説明を聞いていたミエが首を捻る。
「ええっとちょっと待ってください。お話を整理しますね。最も高い位階の呪文である時間停止〉をコピーできるのは〈最上位魔術模倣〉で、こちらも最高位呪文なんです?」
「はいでふ。人型生物というか、定命の生物が詠唱可能な最高難度の呪文でふ」
「で〈上位対応呪文〉っていうのも最高位呪文なんですよね?」
「はいでふ」
「とすると…〈上位対応呪文〉に紐づけられるのは『その呪文より下の位階の呪文』……ってことなんだから、同じ位階にある〈最上位魔術模倣〉は対象外ってことになりません?」
「なりまふね」
こくんとネッカが頷き、クラスクが頭を抱えた。
「グアアアアアアアアア……結局無理ナノカ」
「うーんそうそううまい話はないってことですよねー」
肩を落とす二人の前で、けれどネッカの頬は興奮したままだ。
「…それができるんでふ」
「はい?」
「ナニ?」
ネッカの言葉に二人が怪訝そうな顔で顔を見合わせる。
「でもさっきできないって…」
「言ッタ! 俺聞イタ!」
「確かに現存する魔導師が修得できる呪文域では無理でふ。でも国宝クラスの魔具の中にはそれが可能なものもあるんでふ」
「国……」
「宝……?」
二人の頭に何かが引っかかる。
「えーっと国宝クラスの魔具で……相手の呪文に応じて呪文を発動させるやつ……なーんかあったような……」
「…サッキ言っテタ大トカゲの巣穴守っテタ奴ジャナイカ」
「あー! それです! 転移呪文を止めるんだったか解除系の呪文を反射するとかなんとか!」
「それでふ! 赤竜の巣穴を守護し続けたその魔具の〈対応〉効果ならたとえ最高位の呪文であっても紐づけることが可能でふ!」
「凄いじゃないですか! たたたたた大変! いったいどこの国にお伺いを立てればいいんです? 一時的に借り受けないと……」
「それがあるんでふ! まだこの街に!」
「ふえ……? あれでも各国の国宝は全部返したって……」
ミエの言葉にネッカはぶんぶんとかぶりを振った。
「『|強欲王アイコキフの七変の羽飾り《アイコキフ・ジムサンゾムス・ホストフォル》』! ニールウォール王国の強欲王と悪名高いアイコキフ王が神様か半神から大量の貢物の代価として授かったとされる国宝でふ! そしてニールウォール王国は既に滅んだ国……なので返却先がなくってまだうちの宝物庫にあるんでふー!!」
ネッカの叫びに……
夫と姉嫁の叫びが重なった。
「「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!?」」