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異世界に転生したらオークの花嫁になってしまいました  作者: 宮ヶ谷
第一部 オーク村の若夫婦 第二章 村の改革
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第86話 族長クラスク

わぁ…という悲鳴のような、歓喜のような歓声が村中に響き渡る。

あえて表現するなら感極まった…が一番近いだろうか。


一斉にクラスクに…新たな族長に駆け寄ろうとするオーク達。

だがそれより早く誰より早く矢よりも早く彼の胸元に飛び込んだ者がいた。



言うまでもない。

彼の妻、ミエである。



「ぐら゛ずぐざぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!!」



涙と鼻水を流しながら彼の首っ玉に飛びつき、ひっく、ひっくとしゃくりを上げながらその胸に顔を埋める。


「ごぶじでっ! ごぶじでな゛に゛よ゛り゛でじだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇんっ!!!」

「ミエ……血ガ付くゾ」


ぐりぐり、とその顔をクラスクの体に擦り付けたミエは、鼻水と涙と血が混ざったなんともみっともない顔になった。

激闘によってクラスクの体は血まみれとなっており、それに抱き着けばお互い血まみれとなるのは必定と言えた。


当然ミエの服も血に汚れ、繊維に血が走って見る間に赤く染まってゆく。


「いいんです。貴方が御無事でさえあれば…」


首に回した腕の力を強め、ん~…と唇を伸ばしてクラスクの口を吸う。

たちまち盛り上がる群衆一同。


「旦那様。旦那様。だんなさま。クラスクさん…!」

「ミエ。ミエ。ミエ! 好きだ。大好きダ…!」


公衆の面前で幾度も幾度も唇を交わす二人。

一度目より二度目、二度目より三度目の方がより長く、より濃厚に、より情熱的になってゆく。


「私も! 私も貴方が好き! 大好き! 愛してる!!」


感極まって腕の力を強めたミエを…だがクラスクが押し留めその両肩を掴んで空に掲げた。



「ミエ…『アイシテル』ッテ、ナンダ」



一瞬きょとん、としたミエは…けれど目尻に涙を浮かべたまま破顔してこう応えた。


「大大大だぁ~い好き! って意味です!」



その言葉にクラスク電流走る。



「そうカ! それガ()()()()()カ! なら俺もミエのことアイシテル! アイシテルぞミエ!!」

「はい、はい! 私もです! 私達『愛し合ってる』ですね!」

「ミエ!!」


がばちょ、と宙に掲げたミエを再び抱き締め、互いに強く唇を貪る。

新しい気族長の珍奇かつ熱い行為に再びどっと沸く観衆一同。


ユーホ!」

「マタユーホダ!」

「アレガユーホカ!」

ユーホTUEEEEEEEEEEE!」


観衆が口々にミエを指差し、今回の立役者を祝福する。

幾度も幾度も倒れそうになったクラスクを立ち上がらせ、力を与えたのは彼女の声の枯れんばかりの声援だった。

それが見ていたオーク達にもよくわかったのだ。


「俺達モ…ユーホイタラ強クナレル?」

「ワカラン。デモアンナ風ニナレタラナア」

ユーホイイヨネ」

「イイ…」

「イイ…」


村のオーク達のざわめきと囁きを耳にしながら、北原ヴェクルグ・ブクオヴ族の族長代理・ゲヴィクルは小さく噴き出した。


「ハハ! ユーホトきタ! 成程、彼一人ノ力デナくあノ娘ノ助力あっテこそノ勝利…トイっタトこロカナ?」


そして目を細め、村の誕生した新しき族長に最大限の祝辞を送る。



「まるで夫婦ネルーボ・ギアヴロだ!」



当たり前だが嫁という概念はオーク語にはなく、ゆえに()()()()()()()()()()()()()

村の者が口にしているユーホも元はミエたちが使っていた共通語が広まったものである。




そう、その言葉…決闘の裁定者を務めた若者・ゲヴィクルが最後に使った夫婦ネルーボ・ギアヴロという単語は…





商用共通語ギンニム、だった。





×        ×        ×




「ホラー! 勝ッタド! 兄貴ガ勝ッタ! 勝ッタ! 兄貴ノ勝チダアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

「きゃあ! あは! あはははははははははははははっ!」


飛び上がらんばかりに大喜びのワッフが両手でサフィナを宙に抱え上げその場でぐるぐる回る。

サフィナは一瞬驚いたが、すぐに朗らかに笑いながら共に勝利を祝った。


彼女も応援していた。

小声ながら精いっぱい応援していた。

そしてクラスクはそれに応えたてくれた。

応援が本当に力になった。

それはとてもすごいことだ。


けれど…サフィナが一番すごいと思ったのは…

彼がそういうオークであると、最後まで信じ続けたワッフであった。




「ほれ! ほれ!! やったではないか! お主らの兄貴分がやったではないか!! 見よ!」


シャミルが隣にいるリーパグの背中をばんばんと何度も叩く。

咽るように前にのめったリーパグが、引きつった笑みを浮かべて彼女の方を向いた。


「ウヘ、ウヘヘヘ…スゲエ…クラ兄ィスゲエ…! スゲェヨォ…俺、俺一生兄ィニツイテク!」

「いやそれは最初からついていってやれ」


今更なことを言い出したリーパグにシャミルがジト目でツッコミを入れる。


「ナアナア! オマエ色々知ッテルダロ! コウイウ時ドウスレバイイ? ナニスレバイイ?!」


小躍りしながら訪ねるリーパグに…シャミルは肩を竦めながら答えた。


「そりゃあこういう時は…『あれ』じゃろ?」


背の低すぎるシャミルの前で腰を屈めたリーパグに彼女はこっそり耳打ちし…


顔を輝かせたリーパグは、満面の笑顔と共に彼女と手と手を打ち合わせ、こう叫んだ。


「「イエーイ!!」」





そしてラオクィクとゲルダは…


「ヤッタ、ヤッタゾ! クラスクガヤッタ!」

「やりやがった! アイツやりやがった!!」


手を取り合って跳ねるように喜んで、

互いに情熱的に見つめあって、手を差し伸べて熱く抱き合って、

そのまま…熱病の侵されたように唇を重ねた。


「ん…んんっ! ん…ちゅ、ん…んっ!? ちゅ、ちゅば…ん、れろ…んっ、んっ、ちゅ、ん……んん~~~っ!!」


互いに唇と唇を貪って、幾度も重ねて、抱擁する手を強めて、

舌を絡め合わせ劣情…もとい熱情に満ちたベーゼを交わす。


ただ…あまりに夢中になっていたため、いつの間にか周囲の注目を集めてしまっていることに二人は気づいていない。


「んっ、んっ、んんっ! んん~~~~~~~っ!! も、もぉ、お前なあ……ん?」


強引すぎるラオクィクの攻めに先に根を上げたゲルダが少しだけ顔を離して…



そして、ようやく周りの視線に気がづいた。



「あ、いや、これは…」


じろじろ、じろじろという無遠慮かつ興味津々の視線。

見るまに赤くなるゲルダとラオクィク。


ユーホカ?」

「アレモユーホカ?」

「抱ケー! 抱ケー! …抱イテタワ」

「ジャアソレ以上ヤレー!」

「オ前アレ以上ッテ…外デ人前デカヨ」

「エ…ダッテ前ハヤッテタ奴イタダロ? コウ鎖ヒッパッテサア」

「デモアアイウノッテユーホッテ奴ニシテイイモンナノカ? 嫌ガラナイカ?」

「…ワカラン」


少々特殊性癖に属する会話を交わしつつ二人の行為を物見遊山しているオークども。

その中に混じって、二人して同じような表情をしながらニヤニヤと歯を見せて笑いつつ「ヒューヒュー!」と煽るシャミルとリーパグ。

そしてさらにその後ろで…


両手を掲げ頭上にサフィナを掲げたワッフと、両手を飛行機のように広げていたサフィナの、純真無垢な、


「ワッフー、あの二人、ラブ、ラブ?」

「ンダ(コクコク)。ンダ(コクコクコク)」



その純粋な瞳に、ラオクィクとゲルダは耐えられなかった。



「ンォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!」

「んがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


二人を互いに右拳を構え、左足を引き、右足を踏み込んで…

互いの顔面に、実に綺麗なクロスカウンターを放った。



「だからなんでそうなるんじゃーっ!?」



思わずツッコむシャミル。

どっと湧く一同。

そんな喧噪を見つめながら…オーク達に揉みくちゃにされていたクラスクとミエは楽し気に笑っていた。



×        ×        ×



「ま、そうイうわけダ近隣の族長諸氏。新族長トしテハまず村をまトめナイトイけネエ。合同デ色々すンノハそノ後にしネエカ?」


ミエの肩を抱き、彼女を抱き寄せ、多くの村のオーク達と女性達に囲まれながら…

クラスクは各部族の長達に向けニヤリと笑い犬歯を光らせた。


上手い。


ゲヴィクルは素直に感心する。

ここで彼らを拒絶すれば他の部族をまとめて敵に回しかねないし、最悪この村抜きで戦争を起こすかもしれない。

だが『後に回す』と含みを持たせればこの村の前族長と合議を交わした彼らも迂闊には反故にできぬ。

さらに戦争推進の中心人物物かつ最大戦力であったこの村の前族長ウッケ・ハヴシが倒された直後である。


村の雰囲気も相まって、これは()()()()


「ふふン…ドうしテドうしテ」


ゲヴィクルはすぐに理解した。

この村の新族長は『賢い族長』だ、と。

昨今のオークの族長に少ない…けれどかつて広汎な領土を支配してのけたオークの王たちが必ず有していた資質である。


そういう存在を、オーク達は崇敬を込めてこう呼ぶのだ。

『大オーク』と。


無論今のクラスクの力も勢力も到底その名を冠するに相応しいものではないけれど。

それでも……確かに、ゲヴィクルは、彼にその萌芽を見た。



「僕ハ構イマせンよ。オ爺様ハ現場デノ僕ノ判断を支持すル、ト仰っテマしタし」


ゲヴィクルが真っ先に賛同し、他の族長どもも村の雰囲気とクラスクの話術に流され不承不承頷く。

その様子を見て満足げに笑い合ったクラスクとミエは、そこで互いにつ、と離れた。


「さあさあ! それナら宴ノ準備ダ! ラオ! リーパグ! ワッフ! クィーヴフ! ルコヘイ! クラウイ! ウチノ蔵から酒もっテ来イ! ありっタケダ!!」

「「「「「「ヘイ!」」」」」」


クラスクが手を叩き、村の若者たちがきびきびした動きで大きな壺を運んでくる。

大量の壺。その中から漂う嗅いだことのない芳醇な香り。


「コ、コレハ…!?」

蜂蜜酒ミードダ。うちノ嫁が作っタ酒ダ」

「女ガ…!?」

「うちノ嫁ハ酒造りノ名人ダからナ! ユーホにつイテ知りタイなら酒ノ席デ幾らデも話しテやル! ハハハハ!」


高らかに笑うクラスクの横で、ミエも軽やかに手を叩き良く通る声で告げる。


「さあさあ! 私だけがいいところ見せてるばっかりでいいんですか~? 御婦人方レッビュートもぉ、準備ぃぃ~~~!!」

「「「はぁ~~い!」」」


ミエの声に村の女性達…村の女性の全てではないのだろうが、かなりの数が…黄色い声で応え、各々自分の家に駆けてゆく。

そしてミエに比べたらだいぶ少量ではあるけれど、各々大きな壺を抱えて(娘によっては隣のオークが手伝い担ぎながら)広場に集合する。


「ウチのは林檎ウブキを使ったんだ。林檎酒って奴さ。旨そうだろ?」


ゲルダが大壺を傾けなみなみと湛えられた酒を指差し、オーク共が歓声を上げる。


「サフィナのはね、葡萄フクァビを使ったの。皮ごとね、サフィナがいっぱいいっぱい踏んだの…」


ワッフが嬉しそうに掲げる壺の下で、小さなサフィナが照れながらぼそぼそと語る。


「あの…美味しい、よ…?」


オーク達の興奮した声がどっと上がりサフィナを驚かせるが、それは単に彼女の酒の出来栄えに対するものではなく、その()()に由来するもののようだった。


「ワシのは一味違うぞ! その名も酒瓜ウィケヴ・ノーヴィ酒じゃ! 御存知の通り酒瓜は酒の味はするが酒ではない。じゃからまずこれを発酵させる必要があるが困ったことに酒瓜の甘みは糖分ではない。そこでこの酒瓜の成分を別の菌によって糖化させその糖分を天然酵母で同時に発酵させるという画期的な…」

「デソレ味ハドウナンダヨ」

「…わしは酒には詳しくないがまあ酒瓜の時と大して変わらんな」

「ダメジャン」

「やっぱそうかのう。これ失敗かのう…忘れるか」

「全部飲ンデ忘レヨウゼ!」

「そうするか!」


リーパグと漫才しながら自前の酒をプレゼンしていたシャミルは、だが出来栄えが満足いかず処分するつもりのようだ。

技術だけ見れば平行複発酵醸造酒というかなり高度なものではあるのだけれど。


彼女たちだけではない。

ある娘は藪苺プカストピッキーから酒を造り、ある娘はイチジク(ドゥー)、またある娘はサクランボ(スギッキィ)…森で採れる様々な果物を、ミエからもらった天然酵母で発酵させ酒としたものが各々の家で作られていた。


オーク族にとっての急所、大好物の酒が、それも侮蔑している女たちの手で大量に供給される。

驚愕に目を見開き口をあんぐりと開けた近隣の村の族長たちを前に…

してやったり! といった表情で自慢の酒壺を傾け見せつけた女どもが歯を見せてどっと笑う。

そして彼女たちの黄色い歓声を背に…クラスクが胸を張って告げた。




「これガ…うちノ村ノこれからノ『やり方』ダ」




わぁっと歓呼の声が上がり、乾杯の音頭がそれに続いた。

普通のオークの村のそれとは違う、男と女の声の交じり合った喝采だった。


ゲヴィクルが手を叩いて大笑いし、族長たちの周りに集まった娘たちが次々に自慢の酒を勧める。


次々に回される杯、供出される料理。

それぞれの娘の種族、あるいは故郷の肉の味が振る舞われ…歌、踊り、舞い、そして手拍子がそれに続いた。




酒を飲んで。

飲まされて。

肩を組んで騒いで。






新たな族長の就任を祝う宴は、夜を徹して行われる勢いであった。





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